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第580話 くっころ男騎士の賭け

 この森は、それほど広くはない。昼間であれば、一時間足らずで端から端まで横断することができるだろう。しかしいまは夜半であり、さらには一個中隊に相当するであろう数の敵兵が我々を探して森の中をさ迷っている。そんな状況で迅速に行動するのは不可能に近く、目的地である森のはずれに到着するまでには二時間以上の時間を擁してしまった。


「アル様! ああ、よかった……ご無事でしたか」


 胸をなでおろしながら僕たちを出迎えたのは、先行させていた近侍隊の騎士だった。どうやら、予定時間をすぎても到着しない我々を、随分と心配してくれていたらしい。予定では三十分前には着いていたハズなのだ。そりゃあ、彼女もなかなかヤキモキしたことだろう。

 そんな騎士の周囲には、馬の世話をする従者たちの姿がある。昼間のうちに森のあちこちへ分散して隠していたものを、この騎士が再集結させたのだ。これほどの規模の山狩りから二十頭余りの馬を隠しおおすのは尋常なことではなかったが、追手は間違いなく騎馬で来るからな。こちらも馬を使わないことには絶対に振り切ることなどできないだろう。最初から、徒歩という選択肢はない。


「すまない、心配をかけた。敵の哨戒がなかなかまめ(・・)でな、隠れるのに随分と苦労したよ」


 あの後、僕たちは敵の小集団に五回も遭遇した。末端の兵隊はやる気も練度も無いようだったが、上層部のほうはそれなりに真剣に山狩りをやっているらしい。おかげで、予定が随分とずれこんでしまった。


「すいません、ネェルの、図体が、大きい、ばかりに」


 鎌の先端で頭を搔きながらネェルが恐縮する。実際、我々だけならば包囲網からの脱出はもう少し容易だっただろうというのは確かだ。今日の天気は快晴で、月や星の光はなかなかに強い。そんな中でサイやゾウなみの体格を持つネェルをこっそりと移動させるのは……正直、なかなかに大変だった。

 とはいえもちろん、それをネェルが謝る必要など全くないわけだが。都合のいい時だけ彼女の戦闘力をアテにして、ネェルが不得手とする状況になったとたんに邪魔者扱いというのは得手勝手が過ぎるだろ。そもそも、ネェルを作戦に参加させたこと事態が僕の采配であるわけだしな。


「謝るな謝るな、ここで君が頭を下げたら僕の器量が疑われる」


 苦笑しながら彼女の脚をペシペシと叩き、僕は視線を馬の方へと向けた。


「それよりも、馬の方の準備はできているんだろうな? 夜が明けないうちにできるだけ距離を稼いでおきたい」


「はい、もちろん」


 従者隊のリーダーが、緊張した面持ちで答える。


「ですが、所詮は間に合わせの馬です。皆様がいつも乗っていらっしゃるような、立派な軍馬とは違います。同じ調子で走らせると、あっという間に潰れてしまうやも」


 彼女の言う通り、この場に居る馬たちは皆ずいぶんと貧相な体格をしている。騎士が騎乗するような立派な軍馬と比べれば、体力も走力も雲泥の差だろう。従者の心配も当然のことだった。

 むろん、好き好んであえて貧相な馬を用意したわけではない。なにしろレーヌ市はほんのこの間まで戦争をやっていた地域だから、立派な体格の馬はほとんど徴用されたり買い占められたりしている。金に糸目を付けずに探し回っても、満足の行く軍馬を入手することはかなわなかったのだ。


「ああ、もちろん注意する」


 僕は従者頭に頷き返してから、後ろを振り返った。普段と違う馬に乗るデメリットは他にもある。一応、その辺りについても注意しておいた方がいいだろう。


「みんな。わかっているだろうが、今回用いる馬は銃声に慣らす訓練をしていない。敵に追いかけられても、発砲は出来るだけ避けるんだ。最悪の場合、自分や周囲の乗騎がパニックを起こして振り落とされてしまう可能性すらある」


「ああ、そういやそうッスね……」


 言われてみれば、という調子でジョゼットが顔を引きつらせた。本来、馬は臆病な動物だ。耳元で銃なんて撃った日には、パニックを起こして暴れまわってしまう。リースベンで使っているような軍馬は普段から銃声に慣らしておくことでそのような事態を防いでいるが、こいつらは急場で用意した普通の乗用馬だ。銃声への耐性など無きに等しいだろう。


「発砲禁止だなんて……大丈夫なのか?」


 難しい表情でアデライドが聞く。その顔色が青白く見えるのは、なにも月の冷たい光ばかりが理由ではないだろう。鉄砲と言えば我々の強さの源泉と言って差し支えのない兵器だ。それを縛られた状態で敵とやり合うのは、確かにかなりの困難を伴うだろう。


「……なに、大丈夫だ。そもそも、この作戦は隠密前提だからな。上手くいけば、そもそも敵に遭遇することなく王軍の勢力圏から抜け出すことができるはずだ」


 笑顔でそう返す僕だったが、もちろん内心はそれほど楽観的ではない。いや、山狩り部隊どものダラけぶりをみて、一瞬気が緩んじゃったのは確かだけどね。でも、現場と上層部の間に意識の差があるなんて珍しい事ではないからな。安易な希望的観測に縋るのはよろしくない。実はこの山狩り自体が罠で、マリッタの騎兵隊が我々の脱出ルートに先回りして今か今かと待ち構えている……そんな事態すらありうるのだ。気を抜くことなんてできないだろ。

 もちろん、そういう事態に備えての策も考えてあるがね。まあ、はっきり言って窮余の策といっていいような代物だがね。できれば使いたくないが、全滅するよりは遥かにマシだからなあ。いざという時には四の五の言ってられないし、言わせる気もないし……。


「なぁに、鉄砲は使えずとも魔法は使える故な。リースベンのエルフでも一、二を争うほどの魔法使いが着いておるんじゃ。安心せい」


 ロリババアが無い胸を張りながらそんなことを言う。それでやっとアデライドの表情が緩み、肩から力が抜けた。実際、ロリババアの魔法使いとしての腕前は、王軍の精鋭魔法使いと比べてすら隔絶したものがあるからな。よほどのことがない限りは、彼女に任せておけば大丈夫だろう。


「確かにそうだな。いや、すまない。少しばかり心配性が過ぎたかもしれないねぇ」


 不安を振り払うようにして頭を左右にブンブンと振ってからm口元にいつもの笑みを張り付けるアデライド。そして殊更に明るい声で、「さて、問答はこれくらいにして、いい加減この陰気な森からはオサラバと行こうじゃないか。私の馬はどれだね?」と言葉をつづけた。


「ああ、それは……」


 すぐに従者が答えようとしたが、それよりも早く僕はネェルの鎌をきゅっと引く。


「ああ、アデライドはネェルに乗せてもらってくれ。騎馬よりも、こちらの方がよほど安全だろうから」


 なにしろ、アデライドの乗馬の腕ははっきり言って三流の部類だ(文官なんだから当たり前だが)。本職の騎馬隊に追い立てられたら絶対に助からないだろう。それを避けるためには、ネェルの背中に乗せてもらうのが一番手っ取り早い。彼女なら徒歩で騎馬に追従できるし、最悪の場合は飛んで逃げることすら可能だ。まあ、夜目の利かない彼女に夜間飛行を強いるのはよほどのことがないかぎりやめておいた方がいいだろうがね。


「むぅ、そこまで過保護にしてもらわなくとも良いのだがねぇ。私だって、自分の身くらいは自分で……」


「はいはい、失礼しますよ~。お話なら、ネェルが、道すがら、いくらでも、聞いて、上げますので」


「ぎゃあ」


 ブツブツ言っていたアデライドだったが、ネェルは問答無用で彼女を捕獲し強引に自らの背中に乗せてしまった。そして、こちらに向けてウィンクをしてくる。本当に可愛い奴だなあ、君は。僕は彼女に笑顔を返し、そして手近な馬へと跨った。さて、さて。ここからが最後の難関だ。マリッタは我々の動きをどこまで読んでいるのだろうか? 我々がまだ市内にとどまっていると踏んで街の中を探し回っているのか、あるいは僕の策を読み切って先回りしているのか……それが問題だ。

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