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第579話 くっころ男騎士とかくれんぼ(2)

 夜の森を、微かな月光が照らしている。王軍の山狩り部隊と我々の間で発生したかくれんぼは、我々の勝利に終わったのである。王軍は必死に我々を探し回ったが、結局擬装を見破ることができなかった。彼女らに土地勘がなく、おまけにこの森の植生にも詳しくなかったからだ。これが現地人で編成されていたスカウト部隊であれば、こうも上手くいくことはなかっただろう。僕は内心、安堵のため息をついた。


「敵兵が節穴のごとき目の持ち主ばかりで助かったのぉ」


 ネェルの身体に巻き付いた擬装布を外してやりつつ、ロリババアがニヤニヤと笑う。すっかり日が暮れた今もまだ山狩りは続いているが、僕としては明日の朝までこの不毛なかくれんぼを続けるつもりはない。むしろ、これ以上の敵増援が現れる前に、夜闇に紛れて包囲網から脱出するべきだ。僕は事前に、真夜中一歩手前の時刻を見計らって擬装を解除しいったん集結するように部下たちに伝えていた。


「ま、甲冑も小銃も持たされていないような雑兵どもですからね。ましてやここは彼女らにとっても異郷の地、本気で隠れた我々を見つけ出すのは困難でしょう」


 小声でそんなことを言うのはジョゼットだ。よくよく見れば、その顔には黒や茶色の絵具が塗りたくられひどい怪物めいた外見になっている。自然空間では人間の肌の色は良く目立つものだ。本気で隠れようと思えば、こうした偽装は不可欠だった。


「……まあ、オヌシの言うことにも一理あるがのぅ。しかし、少しばかりはワシの頑張りにも目を向けてほしいものじゃ」


 そう語るロリババアはちょっと拗ねた様子だった。確かに、今回の作戦におけるダライヤの貢献は目を見張るものがあった。僕やジョゼットらが地形を生かして身を潜めていた一方、彼女一人が遊撃班として森の中を歩き回っていたのである。

 その目的は、山狩り隊を誘導することにあった。ダライヤは敵兵をストーキングし、その連中が味方が隠れている場所に近づこうとするとわざと足音を立てたり動物の鳴きまねをしたりして、その目を逸らしてくれていたのだ。にわか仕込みの我々と違い、ダライヤは千年もの期間を森で過ごした化け物級の斥候だ。雑兵集団を思うがまま誘導するなど、赤子の手をひねるよりも容易なことだった。


「君には本当に感謝している、ありがとうね」


 僕はロリババアの尖り耳に口を近づけ、そう囁いた。実際、彼女が居なければ危なかったのは確かだ。敵の一団が僕とネェルが潜む藪に近づいてきた時なんか、かなり危なかったしな。一時は先制攻撃すら検討し、サーベルの柄に手をかけもした。剣を抜かずに済んだのは、ダライヤが敵兵の後ろでわざと足音を立ててくれたおかげだ。あの援護がなければ、本当に駄目だったかもしれない。


「むっふふふ、言葉だけでは足りんのぅ。そういうことは、きちんと態度で示してもらわねば……」


 しかし、相手はあのエロババアである。当然ながら、一筋縄ではあいかない。彼女はイヤらしい笑い声を上げつつ、僕の尻を揉み始めた。それを見ていたアデライドが、半目になりながらダライヤの頭をシバく。


「それは私の尻だ、勝手に触るんじゃない」


 それだけならいいのだが、今度はアデライドの方が尻を揉みだしたのだからたまらない。アホ言ってんじゃないよ、僕の尻は僕のものだぞ。


「阿呆なことやってないで、さっさと動こう。チンタラしてたら夜明けがきちゃうよ」


 そう言って、僕はアデライドの手から強引に逃れた。そもそも、敵だってまだ撤収してくれたわけではないのだ。いまだに森の中では、松明を掲げた王国兵がウロチョロしている。昼よりは安全とは言え、声や物音を聞かれれば少しばかり厄介なことになるだろう。


「……森のはずれに馬を集めておりますんでね。そいつでさっさとズラがりましょう」


 ジョゼットもため息交じりに僕に追従してきた。敵の包囲網から逃れるためには、夜のうちに出来るだけ長い距離を踏破する必要がある。敵に見つかるリスクを冒してまで馬を連れてきたのもそのためだ。


「すいません、少し、良いですか」


 そこで、ネェルが僕の肩を優しくちょんちょんと叩いた。そちらに目をやると、彼女は目を細めながらこちらに顔を寄せてくる。


「どうしたの?」


「ネェルは、あまり、夜目が、利きません。先導を、お願いします」


「ああ、そりゃもちろん」


 カマキリ虫人はあまり夜目が効かないのである。そもそもカマキリは昼行性の生き物なのだから、こればかりは仕方がない。僕は頷き、彼女の鎌の先端をそっと握った。ネェルは身体が大きいから、誘導の際にもかなり気を使わなくてはならない。木の枝にでもひっかかりでもすれば、間違いなく大きな音がして敵の気を引くことになるだろう。

 それで戦闘に発展したら最悪だ。視界が効かない以上、いかなネェルといえどレーヌ城の戦いで見せたような芸当……ライフル兵による一斉射撃を正面からはじき返すような真似はとてもできない。死角から狙撃を受ければ、対応はまず不可能だろう。できれば終始隠密で行動できれば一番なのだが……。


「ごめんなさい。夜戦では、ネェルは、ちょっと、足手まとい、かもです」


「これで夜にまで強かったら、ワシらの出る幕がないじゃろう」


 ダライヤの言葉に、近侍隊の連中が一斉に頷いた。僕は思わず苦笑してから、ネェルの鎌を引っ張った。


「様々な兵科を組み合わせることで、各々の有利不利を補い合うのが諸兵科編成コンバインド・アームズというものだ。得手不得手について気に病む必要はないさ」


「……」


 自分では気の利いた言葉のつもりだったが、笑ってくれたのはネェルだけだった。アデライドとロリババアは、『こいつはまた……』みたいな顔をしてため息をついている。なんだよ、おい。言いたいことがあるなら言えよ。


「……こほん。さて、それはさておきだ。そろそろ出発しようじゃないか」


 少しばかり頬が熱くなるのを感じつつも、僕は気を取り直してそう指示する。こうして、夜の森の行軍が始まった。夏の森は夜になっても騒がしい。虫や夜行性の鳥の声を隠れ蓑にしつつ、我々は慎重にと前に進んでいく。光源と言えば空から降り注ぐ月と星の光くらいで、動きづらい事この上なかった。

 慣れた場所であっても、夜間行軍は危険だ。ましてやここは初見の森。迷子にならない方がどうかしている環境だろう。頼りになるのは昼間のうちに作っておいた詰み石の目印だけだが、なにしろ地味な代物なのであっというまに見失ってしまいそうになる。


「……」


 目を皿のようにしながら進んでいると、木々の間で鬼火めいた光が揺れているのが見えた。即座にハンドサインで停止を命じ、様子を窺う


「隊長め、夜回りしろしろってうるせぇんだよ……あー、眠い」


「あれだけ厳重な警備が敷かれた街の中からこっそり脱出できるわけねぇよな。はぁ、なにが悲しくてこんな遠方まで来て朝から晩まで森の中をウロウロしなきゃいけないんだ」


 光の正体は、鬼火よりも恐ろしい物だった。王国兵の掲げる松明だ。数は二十名ほど、つまりこちらと同じである。相手は雑兵だから戦えば勝てるだろうが、増援を呼ばれると大変に厄介なことになる。ここは潜伏一択だ。いっそ幽霊のほうがマシだ、などと思いながら、息を潜めてやりすごす。


「異常ねえや。さっさと戻って寝ようぜ」


 光が森の奥に消えると、僕は肩から力を抜いた。やる気のない連中で助かったよ。


「どうやら連中、昼間からずっと私らを探し回っているようですね。後詰の部隊はいないのでしょうか?」


 こそこそ声でジョゼットが言う。実際、王国兵の声は疲れ果てたものだった。あれでは、捜索がおざなりになっても仕方がない。本来なら、そうならないようローテーションを組み適宜交代しつつ作戦を進めるはずなのだが……。


「むこうも人手不足なんじゃろうな。兵士ども自体は大勢いるにしろ、レーヌ市の周辺はまだ王軍にとっては敵地のようなもの。全兵力を一度にワシらの捜索に当てることは出来んじゃろうて」


「過信はできないが、その可能性は高そうだ」


 ロリババアの推論に、僕も同意する。この様子ならば、敵の予備戦力はそれほど多くないのかもしれないな。上手くやれば、一戦もせずに包囲網を脱することだって可能ではないだろうか?

 …………いかん、良くない方向に思考が流れているな。兵隊は楽観的な方が良いが、将校は悲観的なくらいがちょうどいい。根拠のない希望的観測に縋り始めたらお終いだ。僕は無言で、自らの頬をつねった。相手はソニアの妹だぞ。まったくもって油断できん。常に最悪の状況を考えておかねば……。



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