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第571話 くっころ男騎士とレーヌ城脱出(4)

 懸垂下降(ラペリング)を駆使することで無事地上に降り立つことが出来た我々だったが、乗り越えるべき障害はまだまだ残っていた。なにしろレーヌ城は長年の係争地に建設された実戦用の城塞だからな。城外に出るためにはたった一つしかない正門を突破しなくてはならないし、おまけにその手前には重厚な防御施設が幾重にも立ちふさがっている。

 おまけに、追手側である衛兵隊の動きも極めて迅速なものだったからたまらない。彼女らは素晴らしい手際で防御陣を組み、我々の逃亡を阻止せんと襲い掛かってきた。動きの早さから見て、おそらく王軍側は最初からこういう事態を想定して準備を整えていたのだろう。


「撃て、撃て、撃ちまくれ! 火力で敵の頭を抑え込むんだッ!」


 しかし、敵方にも計算違いがあった。こちらがボルトアクション小銃を装備しているという点だ。レーヌ城の三の丸に連続した銃声が響き渡り、散兵線を組んだ衛兵たちに鉛玉の嵐が降り注ぐ。そのたびに、真紅の軍服を纏った女たちは血煙を上げながらバタバタと倒れていった。悲惨極まりない光景だ。


「た、隊長! 敵は小銃を連発しております!」


「くそ、何なんだあの銃は! 連射性能が違いすぎる……!」


 一発撃ってもボルトを弾けば即座に再装填できるのがボルトアクション銃の強みだ。おまけに、弾倉の中身を使い果たしてもクリップで五発一まとめになった銃弾を押し込めば即座に射撃を再開することができる。敵のライフル兵は一発撃つごとにいちいち銃口から弾薬を押し込む必要があるのだから、連射性能はまさに天と地ほどの差がある。

 しかも、敵方はライフル兵ばかりで構成されているわけではない。従来型の槍兵や両手剣兵などもまだまだ現役だ。こうした白兵戦兵科は、魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んでいない限り開けた場所では何の脅威にもなりえない。連発銃の猛射撃を喰らった彼女らは、たちまちのうちに壊乱状態に陥った。

 我々はこの圧倒的な火力差を生かし、本丸も二の丸も突破してきたのだった。ごり押し極まりない戦術だが、こうでもしないと勝てないのだから仕方ない。王軍の本隊が態勢を整え打って出てきたらもうお終いだ。奇襲の優位を生かせるうちにせめてレーヌ城からの脱出を図る必要があった。


「突破口を、開きます」


 さらにそこへ鎌を振りかぶったネェルが突っ込んでいくものだから、敵からすれば文字通りの泣きっ面に蜂というものだろう。万全の状態で戦列を組んでいても、ネェルの突撃阻止は困難なのだ。ましてや、今の彼女らは槍衾を組むことすら難儀するような有様だ。それでも幾人かの衛兵は翅を広げて突っ込んでくる彼女にライフルを撃ち込んだが、すべて鎌で弾かれてしまった。


「う、う、ウワワーッ!?」


「こんなのやってられるかクソッタレー! こちらと夫子もおるんじゃこんなところで死ねるかーッ!」


 一瞬のうちにダース単位の同僚が血祭に上げられるのを見て、いよいよ衛兵隊の士気が折れた。指揮官はまだ撤退命令を出していないというのに、何人もの兵士が銃を投げ捨て逃亡を図る。こうした恐慌は伝染するもので、まだ小銃や槍を構えていた者たちまでもが持ち場を放棄し始めた。


「ムッハハハハハ! 圧倒的だな新式小銃は! 高いカネを出した甲斐があったというものだ!! ムッハハハハハハハハ!」


 その様子を後方から見ていたアデライドが哄笑を上げる。慣れない戦場でハイになっているのはわかるが、その下衆めいた笑い声は何とかならないのだろうか? 本気で謀反を仕掛けようとした悪徳宰相としか思えないようなムーヴである。


「ネェルに続け! 総員突撃!」


 まあ、今はそんなことを気にしている状況ではない。僕はサーベルを振り上げ、近侍隊にそう命令した。我々が優勢を保つことができる時間はそう長くはない。時間がたてばたつほど敵は集まってくるだろうし、こちらの弾薬も乏しくなってくる。ボルトアクション銃は素晴らしい連射性能を持っているが、それだけに弾薬消費量は旧式の前装銃の比ではないのだ。

 とにもかくにも迅速に敵の包囲網を食い破り、レーヌ城から……そしてレーヌ市自体から脱出する必要がある。なにしろもはやこの街は敵地そのものなのだ。チンタラしている暇などどこにもなかった。


「ウオオオ! センパーファーイ!」


 銃剣付きの小銃を槍のように構え、近侍隊が一斉に突撃する。その喊声を耳にして、とうとう士官や下士官までもが逃げ出し始めた。これで我々の行く手を阻む者は誰も居ない。ジョゼットが逃げ去る敵兵の背中に中指を立て(余談だが、この世界において中指を立てる動作は"情けない男みたいなヤロー"を揶揄するサインとされている)「二度と私たちの前に現れるんじゃないぞバーカ!」と叫んだ。その声音は、侮蔑というより哀願に近い色があった。

 僕や近侍隊は、もとはと言えば王軍のいち部隊に属していた人間だ。つまり、彼女ら衛兵隊は我々の元同僚ということになる。ジョゼットとしては、そんな連中に銃口を向けるような真似はしたくなかったのだろう。正直、僕もまったくの同感だった。何が悲しくて、古巣の人間を殺めなくてはならないのか。いくらなんでも理不尽にも程がある。


「……行くぞッ!」


 もやもやした気分を振り切り、僕はアデライドの手を引いて走る。その先にあるのは、城外に出るための正門だ。もちろん王軍のほうはこちらを逃がす気などさらさらなわけだから、その大扉は既に閉鎖されてしまっている。しかし城門というのはあくまで外敵の侵入を阻むものであって、内部から出ていく者を阻むようにはできていないのだ。即座に数名の近侍が大扉に組み付き、かけられていたカンヌキを投げ捨ててしまった。

 もっとも、城門を開放しても即退散というわけにはいかない。レーヌ城の周りには深くて広い堀が設けられており、そこを渡るための跳ね橋は今はあげられてしまっている。これを降ろすためには、城門の横に設置された巨大なウィンチを回す必要がある。ジョゼットらは急いでその作業に取り掛かろうとしたが、それより早くダライヤがズイと前に出た。


「ワシに任せよ!」


 彼女は腰から抜いた木剣を掲げ、歌うような調子で何かの呪文を唱えた。すると剣の切っ先から二条の稲妻が放出され、ウィンチに繋がった二本の太い鎖を直撃する。鋼のリングを連結して作られたそれは、一瞬のうちに白熱してはじけ飛んでしまった。ひどく乱暴な音を立てながら、跳ね橋が地面に叩きつけられる。


「……お見事!」


 リングの一つ一つが数キロくらいありそうな巨大な鎖を、二本同時に切断してしまうとは。このロリババア、智謀の実力は当然として魔法の腕前も規格外に過ぎる。ガレア王室お抱えの宮廷魔術師と言えど、ここまでの芸当ができる者はそうそう居ないのではないだろうか?


「ぬふふ……礼と賞賛はタップリと頼むぞ? もちろん、夜の褥でのぉ」


「ああ、はいはい。面倒ごとが全部終わったら、好きなだけ付き合ってやらぁ」


 今までであればこの手の冗談にはツッコミを返していた。どうせ、この戦争が終われば彼女と結婚する手はずになっているのだ。今さら恥ずかしがることはない。……でも、結婚云々に関しては間違っても口に出さない方がいいな。よくないフラグが立ちそうだ。


「う、うおお……我らのアル様が性格最悪のクソババアに汚される……うおおん……」


 近侍隊のほうから妙な声が聞こえてきたが、無視だ無視。今さらフランセット殿下みたいなこと言ってるんじゃないよ。


「馬鹿なことを言ってないで、さっさと脱出するぞ。衛兵だけならなんとでもなるが、騎士連中が出てきたらシャレに……」


 そこまで言ったところで、僕はふと後ろから聞きなれた音が鳴っていることに気付いた。馬の蹄が石畳を叩く音だ。口をへの字に結びつつ振り返ってみれば、案の定二の丸と三の丸を繋ぐ通路を疾走する騎兵の一団の姿が見えた。


「……こいつは面白い事になってきたな」


 口元に笑みを浮かべつつ、僕はそう呟く。しかしもちろん、本心は言葉の正反対だ。非常にまずい事になってしまった。こちらに向かって迫る騎兵隊は、剣と盾の紋章の描かれた旗を掲げている。これは、僕にとってはブロンダン家の家紋の次に見慣れた紋章だった。……そう、スオラハティ家の家紋である。


「マリッタの奴がもう出てきやがった。奴は地獄の猟犬より執念深いぞ、脱出を急げッ!」


 相手は王国最強・最新鋭の騎兵集団だ。まともにぶつかりたくはない。むろんネェルとダライヤがいれば負けはしないと思うが、時間稼ぎに徹されると厄介だ。それに、ネェルは大ホールでの一斉射撃事件で手傷を負っている。あまり無理はさせたくない。……そうなるともう、僕に残された選択肢は尻尾を巻いて逃げる以外に残されていない。僕たちは大慌てで、跳ね橋を渡りレーヌ市街へと逃げ込んだ。


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