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第567話 くっころ男騎士と冤罪(2)

 論功行賞が無事に終わった矢先に、フランセット殿下はとんでもないことを言い出した。なんと、王都にいるアデライドの部下たちが謀反の準備をしていた咎で逮捕されてしまったらしい。むろん、僕やアデライドはそのような命令は出していない。まったくの事実無根、とんでもない言いがかりであった。


「お待ちください、殿下。極星に誓って申し上げますが、私は謀反など企んではおりませぬ。そのそも、本当にそのようなはかりごとを進めているのであれば、このような場にノコノコ現れるはずがありません。私自らがこのレーヌ市に赴いたこと、それ自体が私の潔白の証明となりましょう」


 クーデターを計画している人間が、謀反を仕掛ける当の本人の求めに応じて遠方までやってくるはずがない。アデライドの反論は確かに的を射ていた。まして、彼女は最低限の護衛しか連れていないのである。この状態でクーデターを始めるような阿呆は、そうそう存在しないだろう。


「さあて、それはどうだろうか。君の部下が逮捕されてしまったのは、確かな事実であるわけだしね。連帯責任という言葉もある。君だけお咎めなし、というわけにはいかないな」


 だが、フランセット殿下はそんなことなどまったくどうでも良さそうな態度だった。理屈など通っていなくても、アデライドさえ逮捕できればそれでよいとでも考えているのだろうか。だとすれば、何ともお粗末な話だが……


「それに、君がこの催しに参加したことは、君の潔白を証明することにはならないよ。いま君が口にしたような言い訳を使うことで、部下だけに罪を押し付ける作戦かもしれない。いわゆるトカゲの尻尾切り、というやつだ。竜人(ドラゴニュート)であれば恥ずかしくて使えないような策だが、君はあくまで只人(ヒューム)だからね……」


「お言葉ですが、殿下。私としてはそもそも、部下らが謀反の準備をしていたなどというは話そのものが信じがたいのですが。文官ばかりの我が部下では、クーデターなど成功するはずもありません。そしてよしんば成功したところで、首謀者たる私が王都にいないのでは政権の維持などうまくいくはずもない……むしろこの事件、私を嵌めるために何者かが仕組んだでっち上げではないでしょうか?」


 名言こそしなかったが、アデライドの目は明らかにフランセット殿下を指弾している。これはむしろ、殿下に向けてというより周囲の諸侯らに聞かせるために発した言葉なのだろう。


「どうかな」


 舞台役者めいた声音でそう返しつつ、フランセット殿下は肩をすくめた。


「アルベール……男騎士の上げた武勲を横取りし、リースベンの実質的な領主に収まろうとしているのがアデライドという人間だ。さらには婚約者の操を切り売りし、現地の蛮族と同盟を結ぶような真似すらしようとしていると聞く」


「……」


 そんなことを言われたアデライドは、ぐっと詰まってしまった。たしかに、リースベンの現状を外から眺めればそういう風に見えてもおかしくないかもしれない。ただ、もちろんこれは事情があってのことだ。その責任を負うべきなのは僕であって、アデライドではない。我慢がならなくなった僕は口を開きかけたが、それより早くアデライドが僕の手首をつかむ。


「泥はすべて私が被る……! 君はあくまで被害者のままでいろ」


 決然とした声だった。そこで、僕も彼女の意図に察しがついた。アデライドは、万が一この場からの脱出に失敗した時のことを考えているのだ。すべての責任をアデライドが負えば、僕は彼女に良い様に使われた哀れな被害者ということになる。そうすれば、少なくとも斬首は避けられるだろう。

 馬鹿を言うな。僕は思わず叫びそうになった。嫁を犠牲にしてまで生き残るような真似ができるか。しかし、アデライドは僕の手首を握る力を強くしてそれを制止する。彼女は首を微かに左右に振り、視線をフランセット殿下に戻した。そして、大きく息を吐いて手首を離す。

 ……ああ、クソ。最悪な気分だ。しかし、アデライドのおかげで少しばかり冷静さを取り戻せた。たしかに、ここで短慮を起こすわけにはいかない。リースベン領のことを思えば、二人そろって処刑されるような真似は何が何でも避けなくてはならない。すくなくとも、どちらか片方は生き残らなくては……。


「ふん。なんだ、この期に及んでアルベールに助けを求めようというのか?」


 しかしそんなやり取りも、フランセット殿下の目には歪んで見えてしまうらしい。彼女の目には、そうとうに度と色のキツイ色眼鏡がかかっているようだ。本当に、どうしてこうなってしまったんだろうか。少なくとも去年の彼女は、経験は足りずとも聡明な人物だったはずなのに……。


「……それで、殿下。殿下は私めどうせよとおっしゃるのです。毒杯でも呷れと?」


 フランセット殿下の煽りをまるで無視して、アデライドはピシャリとそう言った。その顔には憎たらしい笑みが浮かんでいる。


「君が自らの罪を認めるのであれば、そこまでは求めないよ。なにしろ一応、君はアルベールの婚約者であるわけだからね。彼は、我が王家における最高の功臣の一人だ。これ以上彼の経歴を傷つけるような真似はしたくない」


 傲然とした笑みをアデライドに還してから、フランセット殿下はちらりとこちらを見る。彼女の目は、熱に浮かされたように無気味にとろけていた。


「これはまさか……殿下と宰相閣下が男を取り合っている、という状況なのか?」


「馬鹿な。高級男娼くずれの毒夫ならまだしも、奴は女勝りな無骨男だぞ……」


 突然に始まった王太子殿下と宰相閣下の争いに、諸侯らは困惑することしかできない。そんな彼女らから漏れた発言は、僕にとってはなかなかに刺激的なものだった。この争いの原因が、僕? 勘弁してくれ、冗談じゃない。しかし、どうにも殿下が僕をヤバい目つきで見ているというのは確かなのだ。死ぬほど認めがたいことだが、彼女らの言葉にも一理ある……のかもしれない。

 とはいえ、だからと言っても今さら僕にどうしろというのだ。アデライドは自分が矢面に立つ気でいるし、殿下の方は僕を見ているようでまったく見ていない気配がある。私人としても公人としても、この状況で出来ることなどほとんどないというのが現実だった。


「アルベールとの婚約を解消し、カスタニエ宮中伯の地位から自ら降りるんだ。そうすれば、命までは取らない。むろん、監視付きの生活くらいは覚悟してもらわねばならないが」


「おやおや、流石は王太子殿下。何ともお優しい事ですな」


 たっぷりと毒を含んだ声で、アデライドは殿下を皮肉った。しかし、その額には冷や汗が流れている。なにしろ、こうしている間にも二十名を超える数の近衛騎士たちがじわりじわりと包囲網を狭めてきているのだ。殿下が合図を飛ばせば、彼女らは問答無用で切りかかってくるだろう。相対するこちらの近侍隊も、すでに椅子から立ち上がりいつでも応戦できるよう構えている。


「だろう? せっかく戦争がひとつ終わったばかりなんだ。これ以上、余計な血を流すべきではないと思うんだけどね。……どうだい、アデライド。投降してくれるかな?」


「御免被る」


 当然のように、アデライドは殿下の提案を斬って捨てた。それを聞いた近衛がスラリと剣を抜く。もちろん、近侍隊もそれに続いて抜剣した。いまや、大ホールに満ちる空気は戦場そのものの緊迫感を帯びている。会場にいる数少ない男の一人がか細い悲鳴を上げ、ばたりと倒れた。

 ああ、くそ。予想通りとはいえ、ロクでもない事態だ。僕もいい加減に剣を抜くべきだろうが、それをやればアデライドの気遣いを無駄にすることになる。僕はただ、歯を食いしばることしかできなかった。ここまで己の無力を痛感したのは、二度の人生でも初めてのことかもしれない。


「無実の罪で囚われ、夫を奪われるなど冗談ではない。私を文官だと思って甘く見るなよ、トカゲ王女! その喧嘩、言い値で買ってやる!」


「口ばかりは達者だな、腐れ詐欺師め! 近衛騎士団、そこな無礼者をひっとらえろ!」


「はっ!」


 剣を構えた近衛騎士の一団が、こちらへとびかかろうとしたその瞬間である。ジョゼットを含めた幾人かの近侍隊員が、小脇に抱えていたステッキの持ち手をぐっとひねった。彼女らはそのままステッキを小銃のように構える。その先端が向けられた方向は、窓際。


「仕込み銃か、対射撃防御!」


 窓際側を守っていた近衛たちは、あわてず騒がず盾を構えた。こちらが何らかの隠し武器を持っていることは既に予想していたのだろう。その動作は至極スムーズな者だった。


「やれ、ジョゼット!」


 だが、彼女らの予想は外れていた。アデライドが叫ぶと、ジョゼットらは一斉にステッキのグリップを引っ張りぬいた。すると、そのポンという間抜けな音とともに先端から小さな火球が飛び出していく。それらは身構えた騎士たちの間をすり抜け、窓の外へ飛び出していく。そして数秒後、派手な破裂音と共に爆発し、空中で真っ赤な煙を発生させた。このステッキの正体は、信号弾の発射機だったのだ。


「ネェルとクソババアが来るまでの辛抱だ! それまで、なんとしてもアル様とアデライド様をお守りしろ!」


「ウーラァ!」


 撃ち殻となったステッキを投げ捨て、サーベルを構えなおしながらジョゼットが叫んだ。近侍隊は、ひるむことなくそれに応じる。とうとう、近衛騎士団と近侍隊との間で戦端が開かれたのである……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 著者がこのシリーズをどのような方向に導いているのかは確かにわかりませんが、眼帯をした翼のある少女の干渉がなくても、論理的な観点からはそうです。 王女の主人公に対する行動は、ある意味合理的で…
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