第566話 くっころ男騎士と冤罪(1)
「解囲を狙い強襲を仕掛けてきた皇帝軍に対し、騎士バレテレミーは反撃のための一番槍を務め……」
司会進行役の女爵の声が、会場に響き渡っている。僕が席に戻った後も、論功行賞は中断することなく粛々と続いていた。この手の式典としては、まったくの平常運転といった様子である。だが、会場の空気は明らかに緊迫の度合いを増していた。その原因は、周囲に配置された近衛騎士らだ。武器こそまだ抜いていないものの、彼女らは露骨にこちらへ警戒の目を向けている。一触即発、そういう雰囲気だ。
「これはもう駄目だな」
ごく小さな声で、僕はそう呟いた。近衛騎士らは明らかに剣呑な空気を纏っている。それはただ要注意人物を警戒しているというだけではなく、鉄火場に臨む直前の兵士のそれに近い。いわば、号令待ちの猟犬のようなものだ。"飼い主"が一言「GO!」と叫べば、彼女らは情け容赦なく一斉に襲い掛かってくるに違いない。
「もはや回避が望める状況じゃなさそうだ。実力行使は避けられないな」
「ま、こちらとしては最初からそのつもりですんでね。別に構いやしませんよ」
近衛騎士団はガレア最強の戦闘集団だ。それに囲まれているわけだから、状況は最悪に近い。条件が同じならまだ戦いようはあるが、こちらは数でも装備でも劣っているのだ。まともにぶつかり合えば敗北は必至だろう。
にもかかわらず、僕の隣に座ったジョゼットの口元には笑みさえ浮かんでいた。まったく、頼もしいことこの上ない。流石はリースベンの最精鋭だな。彼女を含め、うちの近侍隊はみな臨戦態勢を崩していない。もちろん周囲に怪しまれないようくつろいだ風を装っているが、いざという時にはすぐに剣を抜けるようにしている。これならば、近衛がいきなり襲い掛かってきても慌てず応戦することができるだろう。
「アル様。このいくさの勝利条件は、無事に撤退することですからね。間違っても、奇声を上げながら近衛に突っ込んでいったりしないでくださいよ」
「しないよ、そんなこと。僕を何だと思ってるんだ」
人をバーサーカーか何かだと勘違いしてないか、この幼馴染みは。よほど追いつめられてない限り後退戦闘で抜剣突撃とかやるわけないだろ常識的に考えて。
ジョゼットは「どうだか?」と言わんばかりの顔で肩をすくめたが、それ以上は何も言わなかった。まあ、状況が状況だ。敵前で余計なお喋りするのは、流石に控えておいた方がいいだろう。
「以上を持ちまして、今次戦役における論功行賞を終了させていただきたいと思います。皆様、ご静聴ありがとうございました」
ジリジリした心地で待つこと三十分。目立った戦功のある者をすべて呼び終わったらしい司会が、締めの言葉を口にして一礼した。それを受け、賓客たちが一斉に拍手をする。
……なんというか、最後の最後まで民間企業が主催する普通の式典みたいなテンションで進んでいくな。王都に居たころに参加した式典は、もっと仰々しい雰囲気だったんだが。開催場所が遠征地なのであまり手間をかけられなかったのだろうか? あるいは急速な軍拡と予想外の長期戦で王家の財布もそろそろ限界という可能性もあるが……。
「カタい話も終わりましたので、そろそろ宴のほうを始めさせていただこうと思います。皆様の労をねぎらうべく、最高の料理と美酒を用意しておりますので、お楽しみいただければ……」
司会がそう言った途端のことである。それまで黙っていたフランセット殿下が、唐突に立ち上がった。そして、両手をパンと叩き周囲の注目を集める。突然のことに諸侯らがざわつくが、よく見れば発言を妨げられたはずの司会の顔には一切の驚きがない。どうやら、この乱入は当初から予定されていた物のようだ。
「失礼、皆さん。申し訳ないが、宴の前に少しばかり時間を貸してもらおう」
有無を言わせない口調でそう言い切る殿下の目は、ハッキリとアデライドの方を見ていた。明らかに敵を見る目つきだ。
「始まったか……」
僕は小さく呟いた。近衛たちが、ゆっくりと我々を包囲し始めている。どう考えても、何かを仕掛けてくる前兆だ。異変を察した諸侯の一部が、油断のない目つきで周囲を見回している。しかし、騎士らはそんな連中には目もくれない。彼女らの標的は明らかに僕たちだった。
「祝いの席でこのようなことを発表せねばならないことを、まずは謝罪させてもらおう。大変に申し訳ない。……先ほど、王都より連絡があった。驚くべきことに、王都で再び謀反の兆候があったらしい。もっとも、幸いなことに今回は叛乱軍が蹶起する前に首謀者らを逮捕することができたようだが……」
謀反、叛乱軍。その刺激的過ぎる単語に、諸侯らのざわめきはますます強くなった。なにしろ、王都では去年もクーデターが起きているのだ。二年連続でそのような事態が発生するなど、前代未聞の話だった。
当然ながら、混乱しているのはこちらも同じことだ。しかし、殿下がなぜこんなことを言い出したのかは察しが付く。僕はちらりとアデライドの方を見た。彼女は顔を引きつらせつつも、小さな声で「そう来るとはな」と呟いた。
「奴め、どうやらでっちあげの謀反で私をしょっぴくつもりらしいぞ」
アデライドの予想は外れていなかった。大げさな身振りで嘆いてから、フランセット殿下は言葉を続ける。
「逮捕者の筆頭は、ラングレー子爵。我が宮廷の宰相、アデライド・カスタニエ宮中伯の腹心として働いている人物だ」
アデライドがギリリと歯を鳴らした。ラングレー子爵といえば、僕も幾度となく顔を合わせた記憶のある人物だ。フランセット殿下の説明の通りアデライドの部下として働いている文官であり、なかなか有能な人物であったと記憶している。
その彼女が……逮捕された? 僕の知る限りでは、ラングレー子爵はクーデターなんて大それたことを企むような人物ではなかったはずだ。そもそも子爵はアデライドの子飼いであり、アデライドに秘密で謀反の準備を整えるなどまず不可能だろう。つまり、彼女は濡れ衣を着せられたのだ。
「そのほかの逮捕者も、すべて宰相の派閥の者ばかりだ。アデライド、大変に申し訳ないが君も逮捕させてもらうぞ。ここまで状況証拠が揃ってしまった以上、君を見逃すことはできないからね」
「……」
顔を青ざめさせたアデライドは、ちらりと僕の方を見る。そして周囲に聞こえないような声で「……アル、君は何もしゃべるな。すべて私に任せろ」と囁きかけてきた。僕が余計なことを言って、向こうに上げ足を取られるのを避けたいのだろうか? 確かに、僕はこの手の戦いではウカツな真似をしてしまいがちだ。正直少しばかりの不満は覚えたが、大人しく頷いておく。
「お待ちください、殿下。極星に誓って申し上げますが、私は謀反など企んではおりませぬ。そのそも、本当にそのようなはかりごとを進めているのであれば、このような場にノコノコ現れるはずがありません。私自らがこのレーヌ市に赴いたこと、それ自体が私の潔白の証明となりましょう」
決然とした表情で立ち上がったアデライドが、胸に手を当てながらそうまくし立てる。実際、本当に彼女がクーデターを計画していたのならば、こんな遠方まで自ら出張ってくるなどあり得ない話だろう。ましてや、彼女は本当に最低限の護衛しか連れていないのだ。謀反人にしては、あまりに無防備すぎる。
実際、諸侯らがアデライドを見る目つきは犯罪者に向けるものではない。むしろ困惑や哀れみの色が強いものだった。みな、この謀反騒ぎが茶番であることに気付いているのだ。
「さあて、それはどうだろうか。君の部下が逮捕されてしまったのは、確かな事実であるわけだしね。連帯責任という言葉もある。君だけお咎めなし、というわけにはいかないな」
しかし、フランセット殿下は悪びれもせずにそう返す。問答無用、そう言いたげな口調だ。こりゃ、今さら何を言い返そうが無駄だろうな。殿下は何が何でもアデライドを捕まえる気らしい。こいつは参ったな……。




