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第565話 くっころ男騎士と論功行賞(2)

「では、続いて戦功二番を発表したします。戦功二番は、前南部方面軍司令、リースベン城伯アルベール・ブロンダン閣下であります」


 司会進行役の女爵の言葉に、僕は棒を飲んだような心地になりながら「はっ」と答えた。まさか、この僕が戦功二番とは。いや、これ自体はそれほどおかしな話でもない。南部を巡る戦いではそれなりの戦果を挙げた自身もあるし、わざわざ戦勝パーティを僕がレーヌ市にやってくるまで延期していたフランセット殿下の配慮を思えば、戦功序列が低いはずもなかったからだ。

 とはいえ……これから”朝敵”になるかもしれないこの僕が、このような場で栄誉を賜るというのはなんとも居心地が悪い。殿下が宰相派閥の一掃に僕を巻き込むつもりなら、こういった真似をする必要はないだろう。つまり、彼女は僕のことをアデライドに良い様に利用される哀れな被害者だと思っているのだろう。本当に困る。


「……」


 ガムラン将軍に向けられたものと同じような、やる気のない喝さいが僕の背を押す。いやーな心地になりつつ、僕はフランセット殿下の元へと歩み寄った。彼女はふわりと柔らかく微笑み、軽く会釈をした。一見平静に見える彼女だが、その目にはまるでタチの悪い酔っぱらいのような陶酔の色がある……ような気がする。まあ、僕の勘違いかもしれないけれど。

 何はともあれ、いくら情勢が緊迫しているとはいえ王家との関係はまだ断絶しない。僕は臣下としての例を損なわぬよう、しっかりとした姿勢で敬礼をした。


「ブロンダン閣下はこの戦争の開戦時より南部方面軍の司令に任じられましたが、諸侯軍の集結を待たず自軍のみで帝国諸侯ミュリン領に侵入。南部屈指の堅城レンブルク市をわずか一日で落城させ、ミュリン領首都ミューリア市の直前でミュリン伯イルメンガルド率いる諸侯軍との戦端をひらきました」


 歌劇役者のような朗々とした声でそう語りつつ、女爵は聴衆を見回した。まるで、英雄歌を唄う吟遊詩人のようだ。


「両軍の兵力比は一対二、戦力には圧倒的な差がありました。しかしブロンダン卿は臆さず攻勢を仕掛け、見事帝国の烏合の衆を一方的に敗走させるに至ったのです」


 二倍の敵を敗走させたと聞いて、聴衆らが少しばかりざわついた。


「軍の集結を待たずに進発したことといい、大軍に積極的な攻勢を仕掛けたことといい……なんと勇猛な」


「彼は男ですよ。いくさを知らぬ身の上ゆえ、却って無謀な真似ができたのでは」


「いや、彼は去年のイザベルの乱でも鎮圧部隊を指揮しています。むしろ、今のガレア諸侯の中ではもっとも実戦慣れした武人のひとりでしょう」


「女でも身震いしそうな戦歴ですな。もしや彼は、股間の逸物を母親の腹に忘れて来たのでは……」


 おうおう、好き勝手言ってくれるじゃないの。何やら気に入らない言葉も聞こえてくるが、もちろん耳に入っていないフリをする。アデライドも、あくまで目立たないように立ち回れと言っていたんだ。トラブルは避けなければ。……いや、別に普段でもいちいちこの程度で喧嘩を売りに行ったりはしないけどね。別に、腹立たしいわけでもないし。


「ミュリン領で足場固めを終えたブロンダン卿は、諸侯軍と合流しエムズハーフェン領へ稲妻のように攻め込みました。ブロンダン卿がまず手始めに狙ったのが、エムズハーフェン領首都エムズ市の下流にある川辺の小都市リッペ市でした。しかし、この攻撃はあくまで陽動。敵の主力の釣りだしに成功したブロンダン卿は、さらにわざと部隊を分け自らを囮とすることで敵将エムズハーフェン選帝侯を誘い出しました」


「エムズハーフェン選帝侯といえば、音に聞く知将ではないか。それを知略戦で制したとなると、尋常なことではないな」


「報告がすべて本当ならば、ただ事ではない。ガムラン将軍を差し置いて、戦功一番に認定されてもおかしくない戦果では……」


「やはり、ブロンダン卿が本当に男なのか怪しくなってきましたな。いっそ、股間の方を確認させてもらいたいくらいなのですが」


「今の発言はやや邪悪ですね。性欲を満たしたいだけなのでは?」


「オット失礼、知的好奇心が少しばかりあふれてしまいました」


 ……諸侯どもがめちゃくちゃうるさいんだけど。どうやらセクハラはアデライドだけの専売特許ではないようだな。あー、頭痛い。


「誘引したエムズハーフェン選帝侯を、ブロンダン卿は逃しませんでした。見事な伏兵戦術で敵の本隊を急襲、選帝侯閣下本人を捕虜にせしめました。これによりエムズハーフェン家は皇帝軍に対する支援を断念せざるをえなくなり、レーヌ市方面への補給線の一つが断絶いたしました」


「なるほどな。皇帝軍が思った以上に弱体だったのは、そういう理由があったか」


「連中、日に一食しか食えぬ日も多かったという話だからな。腹が減ってはいくさもできぬだろうよ……」


 皇帝軍への補給線を遮断したという話に、諸侯らの目に関心の色が浮かんだ。この場にいる武官らは、みなレーヌ市を巡る戦いに参戦している。どうやら、僕の援護射撃はしっかり効果を発揮してくれたようだな。よかったよかった。


「ブロンダン卿の戦果報告は以上になります。また、ブロンダン卿の功績大なり、褒賞も相応のものを贈るべきである……という内容の書状が、リュミエール騎士団のリュパン卿から届いております」


 リュパン団長、そんなものを送ってくれてたのか。まったく知らなかった……なんというか、普通にうれしいな。無事に一連の事件が収まったら、しっかりお返しをしなきゃならないな。まあ、状況次第では朝敵認定されてリュパン団長と敵対する可能性もわりとあるんだけども。


「ブロンダン卿の武勲、しかと聞きとどけた」


 重々しい口調で、フランセット殿下は頷いた。


「期待を遥かに超える大戦果、すばらしい限りだ。リュパン卿の口添え無くとも、これに応えねば王家の恥である」


 応えてくれるというのなら平穏をくださいよ、いやマジで。僕が戦塵にまみれるのは別にいいんですけど、民衆に迷惑かけるのは為政者として論外ですよ。


「ブロンダン卿には、伯爵位を授ける。もっとも、現状のリースベン領は伯爵領とするにはいささか小さい。そこで、爵位に相応しい規模に発展するまで王家よる投資を行いたいと思う」


 フランセット殿下は、ニコリと笑いながらそういった。伯爵への昇爵は、予定通りだな。まあ、これだけは有り難い。昇爵しないことには、アデライドと結婚できないわけだし。とはいえ、投資云々は少しばかり困る。カネを貰っちゃったら、相手からの口出しを防げなくなるからな。よくわからん飛び地を押し付けられる、とかよりはマシだが……ううーん。


「また、君が単独で撃破したミュリン家に対する処遇も、ブロンダン卿に一任することにする。領地の割譲や賠償金の支払いに関して、王家は一切の権利を放棄しよう」


「は、有り難き幸せ」


 逆に言うと、エムズハーフェン家との交渉には口を出してくるつもりだと。まあ、いいけどね。あっちはツェツィーリアがモラクス氏を転がしまくったおかげで既にいい感じの講話がまとまりつつあるし。


「また、勲章や年金に関しても追って授与することにする。褒章は以上だ。諸侯諸君、異論はあるかな?」


 余裕ぶった表情で、殿下が会場を見渡した。もちろん、異論を挟むものなどいない。僕は現状のガレア最大派閥である宰相派に属しているし、褒賞を決めたのは他ならぬ王室だ。現状のガレア王国における二大権力者がバックについている人間に、文句をつけられるような者はそういない。そう思うと、なんだか自分がド汚い人間になってしまったようで気分が悪いが。

 ……いや、いるわ。僕に真っ向から反発できる立場の人間が。マリッタだ。僕はあわてて、会場内を見渡す。……いた。マリッタは貴賓席で、こちらを睨みつけている。やはり、フランセット殿下の裁定にはご不満の様子だ。

 しかしながら、声を上げて反論する様子はみられない。彼女とてあのソニアやヴァルマの姉妹だ。気にくわないことがあったら、王太子相手でも喰ってかかる程度の胆力がある。しかしそれをやらないということは……やはり彼女は、フランセット殿下と繋がっているのだろうか?


「よろしい。では、アルベール。そういうことで……な?」


 フランセット殿下は、親しげな口調でそう言ってからウィンクをした。僕は、釈然としない心地で返礼し、自分の席に戻っていく。結局、殿下は論功行賞の席では仕掛けてこなかった。

 だが、緊張感は緩むどころかますます高まるばかり。フランセット殿下のこの態度、妙に気になるんだよな。まるで、肉食獣が獲物を前にして身構えているような……。なんだか、嫌な予感がする。決壊の時は近いかもしれない。

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[一言] 望まない褒賞でも押し付けられるかと思ったら普通に終わった。
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