第563話 くっころ男騎士と敵情視察
昨日は体調不良のため更新できませんでした。申し訳ありません。
いよいよ、戦勝パーティの日がやってきた。僕たちは正装に身を包み、レーヌ城へと向かう。もちろんジョゼットたち近侍隊は全員登城する予定だったが、ネェルだけは例外的に留守番を命じていた。彼女の場合、体格が大きすぎて城へ入るのにも一苦労なのだ。パーティに同行させるのは、流石に少々無理がある。
……それに、彼女は彼女で仕事を命じている。なにしろ、王太子殿下が仕掛けてくるとすれば間違いなく今日だからな。有事を想定した布陣を考えるならば、戦闘要員のすべてをレーヌ城を集中させるのは避けたい。ネェルには、むしろ城外に居てもらった方が助かるのだ。
正門で僕らを出迎えた衛兵たちは、少なくとも表面上は友好的だった。ただし、ボディチェックだけは念入りにやられた。もっとも、こればかりは仕方ない事だろう。我々が反逆者予備軍ではなかったとしても、警備の面を考えれば城内に重武装の者を入れるわけにはいかないからだ。
「失礼いたします、城伯様」
男性使用人が頭を下げ、ボディチェックを始める。どうやら、男性の検査は男性が担当しているらしい。配慮が行き届いているな、と僕は思わず苦笑する。今までの経験では、こういう場では女性に体をベタベタと触られることが多かったのだ。
「お手数をおかけいたしました。問題はございません」
身体や持ち物などを丹念にチェックした後、男性使用人はもう一度頭を下げた。武装のチェックが行われるのはわかっていたから、怪しげなものは最初から持ってきていない。検査はたいへんにスムーズだった。
逆に言えば、今日の僕は拳銃すら携帯していない。許された武器は、剣のみだった。騎士から剣を取り上げるのはたいへんな無礼なので、よほどのことがない限り(例えば重罪を犯したり、玉座の間で国王陛下と謁見したりなどだ)没収はされないのだ。とはいえ正直、武器が剣だけというのは流石に不安だ。まあ、何もないよりはマシではあるのだが……。
「さあさあ皆さま、こちらへどうぞ」
愛想のよい騎士に案内され、僕たちは会場の大ホールへと向かう。先日歓迎パーティが開かれた、あの部屋だ。とはいえ、よくよく見れば部屋の様相は随分と異なっている。飾られている調度品は明らかに先日よりもランクのものに交換されていたし、縁奏担当の楽隊の数も倍以上に増えていた。
ただ、料理や酒の類はまだ並べていない。これは、パーティの前に戦争の論功行賞が行われる予定になっているせいだ。流石に、食事をとりながら他人の戦功を褒めるというのは失礼な行いだろう。
テーブルと椅子だけが並んだ会場にはすでに少なくない数の貴族らが詰めかけ、開宴を待っている。しかし、腰を下ろしている者はあまりいなかった。みな、団子になってあれこれ雑談をしている。この世界にはまだ電話もメールもないから、情報交換をするにはこうして直接顔を合わせて会話するのが一番手っ取り早い。貴族がたびたびパーティを開くのも、半分以上は顔合わせの機会を作るためだった。
「なかなか、警備が厳重ですね」
まあ、我々にとってはパーティ会場の調度品や式典の手順などは全くどうでもいい話である。肝心なのは、”敵”戦力の配置だった。ジョゼットはいかにもリラックスしている風を装いつつも、油断なく周囲を探っている。
「主力は近衛か。間違っても事を構えたくない代表格だな……」
会場の要所要所には、全身甲冑でフルフェイスの兜まで被った騎士の姿がある。彼女らは王族の警護を担当する近衛で、ガレアの最精鋭とも呼ばれるほどの武人たちだ。去年の王都内覧では彼女らとも共闘したが、噂通り……いや、それ以上の化け物揃いだった記憶がある。
むろん、こちらの近侍隊とて精鋭だ。近衛が相手でも遅れはとらないだろう。しかし、それはあくまで同じ条件で戦った場合だ。今回に限っていえば、流石に厳しい。なにしろこちらは礼服であちらは全身甲冑だ。装備が違いすぎる。
「よくよく見れば、普通の衛兵もライフル兵ばかりですね……いくら何でも殺意が高過ぎでは」
ジョゼットの言葉を受け、視線に勘付かれないよう気を払いながら衛兵をちらりと確認してみる。真っ赤な軍服を纏った彼女らは、確かにカービン仕様のライフルを背中に担いでいた。
「……敵味方、さらには無関係の賓客までいるこの会場で鉄砲はぶっ放せまい。ありゃ、見せ札だろう。僕らを威圧してるんだ、抵抗は無駄だぞってな」
とはいえ、屋内戦ではライフルとてそこまでの驚異ではない。たとえ流れ弾上等で発砲したところで、初弾を防げば再装填に二十秒から三十秒はかかるからな。その間に突撃をしかけ、斬り伏せてやればいいだけだ。
「ま、とはいえ油断は禁物ですよ。並べられてる連中は、単なるカカシじゃなさそうですし」
「うん……鉄砲の担ぎ方が堂に入ってるな。ライフル導入以前から、鉄砲隊をやってた連中かもしれん」
それはさておき、ジョゼットの言うことももっともだった。鉄砲は我々の専売特許ではない。ライフルが普及する以前から、滑腔銃を使って戦っていた者は少なからずいる。そういった連中は肝も座っているし、装填等の動作もスムーズに行えるためかなりの脅威だった。
警備体制についての話をしつつ、僕はちらりとジョゼットの手元をみた。そこには、シンプルのデザインのステッキが握られていた。彼女に限らず、うちの近侍隊にはステッキを持ってきているものが多い。ステッキは近頃王都で流行っているというファッション・アイテムで近侍隊以外にもこれを持ち歩いている淑女は多かった。……つまり、杖ならば武器チェックを潜り抜けられるということだ。これを利用しない手はない。
「君たち、やめないか」
それまで僕の隣で黙っていたアデライドが、ちょっと怒った様子で僕の耳元で囁いた。あわてて、僕は彼女の方をうかがう。
「ただでさえ、君たちは目立っているんだ。ながなが内緒話をしていると、余計に怪しく見えてしまうぞ」
「……目立ってるかな、僕ら」
どっちかというと、あまり目立たない部類だと思うけど。そう思いながら、僕は自分の服を確認してみた。今、僕が着込んでいるのは紺色の詰襟だ。装飾もあまり派手ではなく、色合いと相まってかなりシックなデザインだった。この頃の軍礼服の流行りは派手な青や赤の原色カラーだから、周囲の貴族らはかなり派手な格好をしている。それに比べれば、僕の服装などまったくもって地味な部類だろう。
この服はリースベン軍の制式士官用礼服で、もちろんジョゼットらも同様のものに身を包んでいる。例外はアデライドで、真紅の派手なドレスを着ていた。深い色味の紅と美しい黒髪がコントラストをなし、実際妖艶である。ただ、この手のドレスは文官用だ。この場にいる者はほとんど武官だから、皆軍用礼服を着ている。おかげで、目立つこと甚だしかった。我々が悪目立ちをしているとすれば、それはアデライドのせいではないかと思うのだが……。
「アル、君ねぇ……昔、自分でも言ってただろう。偽装というのは、ただ地味にすればよいというものではない。周囲の景色の色味が派手ならば、地味な擬装布は却って目立つと」
「な、なるほど……」
軍事で例えられると一瞬で理解できてしまうのが、僕の頭の残念な点だった。言われてみれば、紺色の詰襟など着ているものは誰一人としていない。言われてみれば、かなり目立っているような気がしてきたな……。
「とにかく、目立つような行動はよせ。嵐が過ぎ去るのを待つかのように、頭を低くしていなければならない。そうしないと、もしもの時に被害者ヅラができなくなってしまう」
「う、ウッス」
僕は大人しく頷いた。この手の感覚では、僕はアデライドの足元にも及ばないというのが実際のところだ。彼女の助言には全面的に従った方が良いだろう。
「じきに、開宴の挨拶が始まる。そうしたら、殿下はいつ仕掛けて来るやらわからないんだ。事が始まったら即座に反撃に移ることができるよう、君たちはしっかり準備していたまえ」
アデライドの目はすっかり据わっていた。どうやら完全に覚悟を決めているらしい。文官とはいえ、この辺りの割り切りようは尋常ではないな。いや、まったくもって素晴らしい女性を嫁さんにできたもんだよ。感心しつつ、僕はアデライドに頷いて見せた。




