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第559話 くっころ男騎士と作戦会議

 その後、歓迎パーティはつつがなく終了した。つつがなく、というにはいささか波乱が多すぎたようにも思うが。とくにマリッタの一件ですっかり参ってしまった僕は、すっかり意気消沈してしまった。妹同然に育った相手から、怨敵宣言されるというのは存外にキツいものだ。


「はぁ……思ったのより三倍くらい厄介な状況になってるな」


 レーヌ市のアッパータウンに建てられた高級宿の一室で、僕はため息をついていた。今日の寝床として、アデライドが調達してきた部屋だ。フランセット殿下はレーヌ城の客間を貸してくれると言っていたのだが、アデライドはそれを「宿は既に取ってあるから」という理由で断ったのである。


「本当にな。まったく、ここまでひどい事になっているとは思わなかったよ」


 僕の対面の席に座ったアデライドは、ひどく深刻な表情で頷きつつ川魚のソテーをナイフで切り分けた。手ごろな大きさになったそれを、フォークで刺して丁寧な所作で口に運ぶ。既に深夜と言ってよい時間帯なのだが、彼女は夜食の真っ最中だった。


「おかげで、せっかくの催しなのに一滴の水すら飲めなかった。社交パーティでは満足に飲み食いできない、というのはいつものことだがねぇ。ここまで何も口にできなかったのは初めてだよ」


「まったくのぉ。あれほど豪華な料理が目の前に盛られているというのに、まったく手がつけられないとは。まるで地獄じゃ」


 同じく夜食中のダライヤが同調する。どうやら、ロリババアもパーティでは飲食できなかったようだ。


「あの王太子の主催するパーティで何かを口にするのは自殺行為だな。なにが盛られているやら分かったもんじゃない」


 頬を膨らませてから、アデライドが吐き捨てた。旅の途中での余裕ぶりから一転、彼女はすっかり警戒を露わにしている。わざわざ嘘をついてまでレーヌ場を辞したのも、フランセット殿下に対する警戒の現れだろう。アデライドとしては、殿下のおひざ元で寝泊まりするのなんてご免だ、ということらしい。


「パーティ会場でのアレを言ってるの? たしかに、あの件は僕もどうかと思ったけど……流石に、毒を盛るような真似はしないんじゃないかな」


 フランセット殿下は、会場でアデライドをずいぶんと挑発していた。もしアデライドが武官だったら、主君と言えど構わず決闘を挑んでいたかもしれない。貴族……とくに領邦領主にとっては、メンツは忠義よりも優先すべきものだからだ。あの時のフランセット殿下の態度は、お世辞にも褒められるものではなかった。


「それもそうだが……それ以前から、妙な気配はしていたからねぇ。どうやら殿下の中では、私はアルを食い物にして私腹を肥やすとんでもない悪党ということになっているらしい」


「一面では事実ではないかのぉ? それ」


「やかましいぞクソババア」


 漫才めいたやりとりをする二人をしり目に、僕はしばし考えこんだ。そういえば、フランセット殿下がお忍びでロースベンにやってきたときも、そんなことを言っていたような気がする。


「何はともあれ、どうやら私は状況を甘く見ていたのは確からしい。もしかしたら、アルを"救出"しに来る可能性すらある」


「救出って、何から」


「悪の宰相から、さ。殿下はずいぶんとタチの悪い妄想に浸っていらっしゃる」


 んなアホな。そう言って僕はアデライドの考えを笑い飛ばそうとしたが、できなかった。どうにも、今のフランセット殿下は不気味だ。冷静さを欠いているのは間違いあるまい。もしかしたら、本当にマトモな判断力を失っている可能性がある。


「愛に狂った女は怖いぞ、アルベール。ワシの盟友も、それが原因で身を滅ぼしてしもうた」


 香草茶のカップを両手で持ちながら、ダライヤが意味深な目でこちらを見てくる。ロリババアの盟友と言えば、エルフの長老の一人だったヴァンカ・オリシス氏で間違いあるまい。彼女は愛する男を失った悲しみにより、エルフという種族全体に憎しみを向けるようになった。その結果が、エルフ内戦最終盤における大暴走だ。


「フランセット殿下が、ヴァンカ氏と同じような状態にあると?」


「うむ」


 ……やっべーな、それ。僕は思わず頭を抱えたい気分になった。どうしたもんかね、こりゃ。


「こっちはマリッタからも敵対宣言をされたばっかりなんだぞ。タイミングが悪すぎじゃないか?」


 マリッタの一件については、もちろん二人には伝えてあった。正直、僕一人の手には余る問題だからな。智者の力を借りねばどうしようもない。


「というか、おそらくこの両者は連動しているのではないかね」


 砂を嚙むような表情で、アデライドが言う。まあ、実際に噛んでいるのは白身魚だが。


「もともと、マリッタはそこまで積極性のある人間ではなかった。姉を慕っているのは確かだろうが、ある程度の折り合いを付けられるだけの度量はあったはずだぞ。そうでなければ、カステヘルミも次期当主になど推薦しない。フランセットにしろ、マリッタにしろ、本来よりも極端に視野が狭くなっているように思えるのだがね」


「確かに……」


 唸りながら、僕は香草茶で口を湿らせた。本当ならば浴びるほど酒が飲みたい気分だったが、いつ緊急事態が起こってもおかしくない情勢のようだから堪えている。まったく、どうしてこんなことになってしまったのやら。


「なにやら、臭いのぉ。この一連の流れ、もしやどこぞに黒幕がおるのではなかろうな」


「ありうる。実際、王の側近の中にもそれを疑っている者がいるようだ」


 ダライヤをチラリと見てから、アデライドは思案顔で視線をさ迷わせた。


「実は先刻、オレアン公閣下と少しばかり話をした。殿下の現状についてだ」


「オレアン公……」


 まさかの名前が出て、僕は一瞬あっけにとられた。僕がリースベンに赴任することになったもの、オレアン公爵の策謀が原因だった。もっとも、公爵当人は去年の王都内乱で戦死している。その最期を看取ったのは、ほかならぬ僕だ。腹黒い婆さんだったが、騎士としての誇りも確かに持ち合わせた不思議な人物だった。

 記憶が確かなら、現オレアン公はあの婆さんの次女が就任しているはずだ。直接顔を合わせたことはないが、風の噂で人となりくらいは知っている。控えめだが、聡明で真面目な人物だという話だ。とはいえ、彼女の姉(つまり前オレアン公の長女)は内乱の首謀者の一人だったから、当主になった後にはさぞや苦労していることだろう。


「彼女としても、近頃の王太子殿下のご様子には違和感があるようだ。そして、その理由にも多少の心当たりがあるとか」


「それは、また」


 身体にかかる重力が五割増しになったような気分になって、僕は思わず目を逸らした。ヤだなぁ、本当にヤだなぁ。こんな話に首突っ込みたくないんだけど。ああ、しかし、もはやどうあがいても僕にはこの重力から逃れるすべはないんだよな……。


「大丈夫かのぉ? オレアン家とやらは、オヌシらと因縁があるのじゃろう? 復讐のため、何かの罠を張っている可能性もあるのではないかのぉ」


 小さな酒杯を片手に、ダライヤが眉を跳ね上げる。こんな状況でも、彼女は平気で飲酒をしていた。マジで羨ましいんだけど。


「その可能性はある。しかし、今の我々はいわば袋の鼠だ。これほど露骨な罠を仕掛けなくても、やろうと思えばすぐにでも仕留めることができるだろうさ」


 一方、アデライドの表情は渋いままだ。どうやら、状況を甘く見過ぎていたと自己嫌悪しているらしい。


「とりあえず、手繰れそうな糸は全部引っ張ってみるさ。オレアン公とは、明日の昼にこっそり面会をすることになっている。アル、君もついてきてくれ」


「わかったよ」


 あの老公爵の娘と面会するのはいささか気まずいが、状況が状況だけにアデライドと離れ離れになるのは避けておいた方が良いだろう。僕はしっかりと頷いて見せた。


「はぁ、しかし油断をした。まさか、王太子殿下の頭があそこまで煮えていたとは。とにかく、ここしばらくは最大限の警戒をしつつ慎重に行動しよう。そして向こうが仕掛けてきたら、王家側が泥をかぶるように立ち回るんだ。そうすれば、最悪ガレアが割れても勝ち目はでてくる」


「……了解。ジョゼットやネェルたちにも、最悪の場合に備えた準備をしておくよう伝えておくよ」


 場合によっては、王軍の追撃を受けながらこのレーヌ市を脱出するような状況に陥るかもしれない。ひとまず、脱出経路の確認や物資の確保はしておいたほうがいいだろう。はあ、まったく。参っちゃうなァ……。



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