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第555話 くっころ男騎士とレーヌ市

 ミューリア市を発って二十日と少し、とうとう我々の旅にも終わりが見えてきた。当初は一か月はかかるであろうと予測されていた旅程ではあるが、旅の後半はほとんど川の流れに従って下っていくだけで済んだため、予想よりもはるかに旅程を圧縮することができたのだ。

 レーヌ市のひとつ手前の街に到着した我々は馬に乗り換え、いよいよレーヌ市へと乗り込むことにした。もちろん川はレーヌ市まで繋がっているのだが、一応僕たちはは騎士だからな。王軍に合流する際は、騎馬を用いたほうが恰好がつくと判断したのだ。まあ、要するに演出だな。くだらない見栄だが、アデライド曰くこうした一見無意味にみえるような真似も、生き馬の目を抜くような貴族社会を生きていくには必要なことなのだそうだ。面倒くさいね。

 まあ、それに実務的にも手元に馬があったほうがいろいろと便利だしな。万一王軍と事を構えることになれば、港は容易に封鎖されてしまう可能性がある。敵中突破をするのであれば、川船よりも馬の方が向いているだろう。


「うおっ……これは……」


 ひそかに警戒を続けつつも、いよいよ我々はレーヌ市へとたどり着いた。白亜の壁に三重に守られた、川辺の要塞都市。そういう風情の街だ。しかし、威容を誇っていたであろうその町並みは、いまやひどい荒れようになっている。正門があったであろう場所など、完全に崩落して原型すらとどめていない有様だ。この街で熾烈な攻城戦が行われたのは、間違いないようだった。

 もっとも、僕が声をあげたのは街の惨状をみてのことではなかった。自分たちの出迎えが、予想の三倍くらい派手だったのだ。レーヌ市の門前には一万人は軽く超えているであろう数の兵士たちが整然と並び、それぞれの属する諸侯の軍旗を掲げている。もっとも目立つ軍旗は、もちろんヴァロワ王家の青地に龍が描かれた紋章だ。

 万単位の兵隊がズラリと整列しているその光景は、遠目から見ても圧倒されるような迫力があった。これが王軍の総力かと、僕は内心ひとりごちる。万一王家と敵対することになれば、彼女らの持つ槍や銃が一斉にこちらに向けられることになるのだ。正直、あまり愉快な想像ではなかった。


「な、言ったろう? 貴族は見栄とハッタリの生き物だと。これ見よがしに兵隊を見せびらかして、こちらを威圧しているんだ」


 馬を寄せてきたアデライドが、そんなことを囁いてくる。なるほど、なんでたかだか辺境の城伯風情の出迎えにこれほどの人数を動員したのかと首をひねっていたが、そういう意図があるわけか。まったく、ヤンナルネ。旅行ですっかり緩んでいた頭が、あっという間に仕事モードに戻っていく。

 まあ、確かにこれほどの規模の軍隊を相手に、手持ちの戦力で仕掛けようなどという気はまったく起こらないがね。しかし、こっちは別に喧嘩を売りに来た訳じゃないんだぞ。もうちょっと穏当な出迎え方をしてもらいたかったんだが。そんなことを思いつつ、僕は先導役の騎士の背中に目をやった。

 我々がレーヌ市に到着間近であることは、先触れをだして知らせていたからな。ほんの先ほど、きらびやかな甲冑を纏った近衛騎士たちが迎えに来てくれたのだ。よく見れば、その中には去年の王都内乱で共闘した騎士たちも混ざっているようだった。まあ、彼女らであればある程度信頼してもよかろう。少なくとも、こちらに咎があるわけでもないのにいきなり仕掛けてくるような無作法な連中ではなかったからな。


「ガレア王国軍、南部方面軍前司令官、アルベール・ブロンダン城伯閣下のご到着です!」


 王軍の前衛にある程度近づくと、先導する近衛騎士が大声でそう報告した。すると、隊列の前に立っていた軍楽隊がそれぞれの楽器をサッと構え、壮麗な音楽を奏ではじめる。それと同時に、居並ぶ将兵らが一斉に敬礼をした。かかとを揃えるときのザッという音が、地響きのように鳴り響く。


「おお、おお、こりゃ凄い」


 閣下呼ばわりから始まって、この演出か。やべーな、こりゃ。ほんの先日にも『偉くなるもんじゃないな』なんて思っていた僕ですら、ちょっとグラッと来た。まるで国賓を迎える際の式典だ。まさか僕らを迎えるためだけにこんな真似をするとは、流石に驚きだな。

 僕は王軍のほうを見た。揃いの制服を着た儀仗兵が、捧げ剣の姿勢で道の両脇に整列している。まるで剣のアーチだ。その向こうには万単位と見える兵士らが並んでおり、こちらに敬礼を向けていた。その軍の規模にふさわしい数の軍楽隊が奏でる音色は、大地を揺るがすような大音響。下手なオーケストラなど目じゃない迫力だ。

 手が震えないように気を付けながら、返礼を返す。はっきりいって、僕はこういう演出には弱い。恥ずかしい話だが、僕が前世で軍人を……それも士官を目指したのは、こういう光景を間近で見るため、という不純な動機も多大にあってのことだったのだ。

 まあ、今から考えればなんとも馬鹿らしい話だと思うがね。とはいえ、現実ってヤツをある程度理解した今になってなお、やっぱりこういう派手な軍隊パフォーマンスは嫌いじゃあないんだよな。王太子殿下がそれをわかってこういうことをやってるってんなら、なかなかの策士だぞ。


「オヌシは本当に感覚がオンナノコじゃのぉ~」


 僕の背中にくっついたダライヤが、そんなことを囁きかけてくる。その通りなので、言い返すことはできなかった。だってしゃーないじゃん、好きなんだから。パレードとか、こういう歓迎式典とかさ。

 とはいえ、こんなイベントの主役をたびたびこなしていたら、間違いなく人間が駄目になっちゃいそうだな。自分が特別な人間だと誤解して、無制限に傲慢になってしまいそうだ。そういう悪しき誘惑に耐えて人の上に立つ責任を背負い続けられる人間など、そう多くはないだろう。僕自身、これほど浮ついているのだから世の権力者を指弾する資格などないかもしれない。

 そんなことを考えつつも、僕は馬を前に進ませていく。儀仗兵が作った剣の道へと入る前には、意識して背筋を伸ばした。左右に儀仗兵、前に兵の大軍。冷静になれと頭の中で繰り返してみても、シラフに戻るのはなかなか困難だった。せめてそれを態度に出すまいと気を付けつつ、僕は密かに息を吐いた。


「一応、歓迎ムードはだしてくれているな。とはいえ、いつこの剣の群れが襲い掛かってくるのかわからないというのは、なかなかの威圧感だ……」


 隣を歩むアデライドがボソリと呟く。流石宰相閣下、冷静だな。僕はコホンと咳払いをして、「そうだね」と彼女に同意した。たしかに、その通りではある。この場でいきなり彼女らが敵にまわったら、我々に生き残る術などないだろう。


「歓迎に見せかけた牽制だよ、これは。飲まれるんじゃないぞ……」


「うん」


 小声でそんなことを話しているうちに、とうとう剣の道の終着点へとたどり着いた。そこには、道の真ん中で騎士の一団が陣取っていた。そしてその先頭に居るのが……ヴァロワ王家の王太子、フランセット・ドゥ・ヴァルワ閣下だ。彼女は旗手の掲げる王家の紋章を背に、満面の笑みを浮かべている。

 僕は大きく息を吐き、馬の足を止めた。主君を前にして、馬上に居続けるなど不敬の極みだからだ。もちろん、アデライドやダライヤ、そして幼馴染の騎士たちもそれに続く。少しだけ深呼吸をしてから、ピシリとカカトを合わせ敬礼をした。


「リースベン城伯アルベール・ブロンダン、殿下の命により参上いたしました。お出迎えありがとうございます、殿下」


「レーヌ市へようこそ、アルベール。長旅ご苦労様だ」


 敵意など微塵も感じさせない優しい笑みを浮かべつつ、王太子殿下は晴れ晴れとした口調でそう言った……。



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