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第553話 くっころ男騎士の婚前旅行(1)

 レーヌ市を目指し、旅は進んでいく。山を越え、谷を越え、川を越え、一直線に北へ。途中で何度も馬を乗り換え、川船なども多用するとにかく急ぎの旅だった。それでも所詮は騎馬や船の旅だから、景色を楽しむ余裕だって十分にある。幼馴染たちや嫁と物珍しい景色や名所などを巡るのは、たいへんに楽しい経験だった。まるで新婚旅行のようだ。まあ、まだ、婚前なのだが。

 そうして北上すること十二日間、僕たちはすでに旅程の半分を消化していた。なかなか快調な進み具合だ。貴族特権さまさまだな。一般人ならば行く先々で替え馬を用意するような真似はとてもできないし、自分たちのためだけに川船を出させるような真似もできない(これはツェツィーリアのコネのおかげでもある)。なんだかズルをしているような気分になるが、有難いのは確かだった。


「……んーっ!」


 背中を伸ばしながら、ベッドに転がる。僕は今、宿の一室でくつろいでいた。高級な旅籠の一番お高い個室だから、のびのびと身を休めることができる。これもまた、貴族としての特権の一つかもしれない。普通の旅人は、大部屋で雑魚寝ができれば上々。普段は野宿……などという者も多いからな。セキュリティのしっかりした個室や清潔な寝具が手に入るのはお大尽様だけだ。


「はぁ」


 小さく息を吐きながら、天井を見上げる。身体には心地の良い疲労感が満ちていた。朝から夕方まで馬に乗り続け、たどり着いた宿場で地元の名産品と地酒に舌鼓を打つ。そしてそのまま寝心地の良いベッドにイン。なんと贅沢な生活であろうか。こんな生活を続けていたら、そのうちダメ人間になってしまいそうだ。

 いやはや、しかし。戦勝パーティへの出席には少しばかり拒否感のある僕だったが、旅そのものはそれなりに楽しいなぁ。行軍とは違って、かなり自由度が高いし。なにより仕事から解放されるというのがデカい。いや、仕事が嫌いなわけではないけどね。とはいえ、やはりたまの休みくらいは必要だなぁ……。


「こんなに急ぎの旅なのに、君は楽しそうでいいなぁ」


 僕の隣で寝っ転がったアデライドが、ちょっと呆れた様子でそう言った。そのまま、僕を抱き寄せ優しくキスをする。……こういう動作を自然にやってくるようになったから、婚約中と結婚済みの境界があいまいになっちゃってたんだよなぁ。僕は旅の初日に起きた小騒動を思い出しながら、心の中でひとりごちた。


「もしや、酒が飲めればそれで満足なのかね、君は」


「いや、そんなことは……旅そのものも楽しんでるよ、ウン」


 人のことを酒だけあればそれで良しのアル中みたいに言うのはやめてほしい。まあ、確かに今日飲んだ酒はなかなか良かったが。香ばしい香りの黒ビールで、チーズにたいへんよく合った。おかげでジョッキに何杯も飲んでしまい、僕の腹はもうタプタプだ。


「最近は、あんまり旅をする機会がなかったからね。しかも今回は、ツェツィーリアの手引きもあって神聖帝国領内を通ることも多いだろ? 見慣れないものもたくさんあって、面白いよ」


 少し前までは、春が来るたびにスオラハティ家の治めるノール辺境領へと旅行していたんだけどね。この頃はそういうことも無くなってしまった。もちろんあちこちに行く機会自体はあるのだが、翼竜(ワイバーン)でビューンとひとっ飛びとか、兵隊をズラズラ連ねて行軍とか、そういう楽しむどころではないシチュエーションばかりだった。最後に旅らしい旅をしたのは、去年春のリースベン赴任の時だったかもしれない。


「エムズハーフェンの家名は効果てきめんじゃったのぉ。いやはや、持つべきものは権力者の友人じゃな」


 アデライドとは逆側に寝転がったダライヤが、にやにや笑いで生臭い発言をする。この部屋のベッドは夫婦向けのダブル・サイズのものだが、ロリババアは小さいので三人でも余裕でくつろぐことができるのだった。もっとも、巻き込まれたアデライドは不満げだったが。

 実際、神聖帝国領内の川辺の都市ではエムズハーフェン家の名前が葵の御紋の入った印籠なみの効果を発揮した。おかげで、川船を使って旅路をショートカットするのも簡単だった。この世界ではまだ橋のかかっている川はそれほど多くないので、川船に優先的に乗れるという特権はなかなかデカい。

 まあ、そのおかげでガレアと神聖帝国の国境地帯を縫うようにして進む羽目になっているがね。当然ながら、国境付近は物騒な情勢下にある場合が多い。今までトラブルに巻き込まれずに旅ができている理由は、アデライドとツェツィーリアという両国の大貴族がバックについている(アデライドに関してはバックというより矢面だが)という要素が大きかった。


「まあ、とはいえガレアの王太子殿下からの下命を果たすために、神聖帝国の大貴族の名前を使うのはいささか危険な気もするけどね……」


 僕はそう言って肩をすくめた。宰相派閥はただでさえ敵の多い身だ。露骨に敵と通じていることをアピールすれば、足をすくわれてしまうのではないかという不安があった。


「なぁに、大丈夫だ。世の中は結構理不尽にできていてね。一本気な忠義の士よりも、少しくらいフラフラしているヤツのほうがいい目を見られるのだよ。寝返りを防ぐためにいろいろと便宜を与える必要があるからねぇ……」


 ワルい表情になりながら、アデライドがわさわさと僕の尻をまさぐる。こうしてみるとマジで悪の宰相って感じだから凄いよな、この人。まあわざと悪ぶっている節はあるんだが。


「そういうもんかぁ……」


 まあ、言わんとしていることはわかるけどね。僕は肩をすくめつつ、アデライドの手をブロックした。ケツ揉みはいつものことだが、だからと言って油断しているとシャレにならない場所に手を持って行こうとするのがこの頃のアデライドだ。おそらく、結婚が間近ということでタガが緩みつつあるのだろう。


「ま、駆け引きというヤツじゃな。やられっぱなしではナメられるからのぉ。ある程度、こちらからもやり返さねばならん」


 アデライドとの攻防の隙をついて僕にベッタリとくっつく、首筋に頬擦りをしながらロリババアが言った。セクハラといえばアデライドの代名詞だが、彼女の方も負けてはいない。とんだエロババアである。


「そうこうことだ。軍事でも同じだろう? こちらの力を誇示することで、相手の手出しを防ぐ……それが抑止力だ。軍事の場合は兵隊や兵器がこの役目を担うが、政治の場合は人脈がモノを言うのだ」


「なるほど」


 そういう説明の仕方ならば、僕にも理解しやすい。……しやすいのだが、いい加減セクハラの手を止めてくれないだろうか。前から後ろから攻められて大変に困るのだが。あっコラ、ロリババア! 耳を舐めるな耳を。


「ま、安心したまえよ。この戦勝パーティとやらこそが、ここしばらくの政治情勢における最大の峠なのだ。これを乗り越えてしまえば、もはや王家は我々に手出しできなくなる」


「そうなの?」


「ああ、なにしろアルはこの戦争でも大きな戦果を挙げ、そして我々はエムズハーフェンとの結びつきを得て更なる躍進の素地を得たからねぇ。王家派閥に対し、勢力的にこちらの方が優勢になれば戦争のリスクは一気に下がるだろう」


 確かに、理屈の上ではそうだ。……だからこそ、なんだか不安なんだよな。この峠を越えれば、王家は我々に手出しができなくなる。ならば、手出しできるうちに仕掛けておこう。王家の側がそう判断しない保証はないのだ。


「ますます、戦勝パーティに出たくなくなってきたな。飛んで火にいる夏の虫にならなければいいんだけど」


「なぁに。我々は既に勢力的には王家に拮抗するレベルまできているのだ。マトモな頭をしているのならば、衝突は回避するのが常道。まして手出しをすれば自分の側が泥をかぶる状況ならなおさらだ」


「そっかぁ……」


 どうやら、アデライドはこの難局を乗り切る自信があるようだ。なら、仕方ない。嫁さんがこう言っているのだから、僕はそれを信じるまでだ。


「そういうわけだから、早い所レーヌ市へたどり着いてチャッチャと仕事を終わらせてしまおうじゃないか。君と私がゴールインしてしまえば、あとは敵なしだ。こんな急ぎの旅じゃなくて、ゆっくりとした新婚旅行だっていけるだろう」


「ん、それはいいね」


 僕はクスリと笑った。なるほど、それは楽しそうだ。問題は、嫁が多すぎて旅行の隊列が大名行列みたいになりそうなことだが。まあ、旅の恥はかき捨てとも言う。せいぜい楽しい旅にしたいところだな。


「それはつまり、子育てをする時間も出来るという事じゃな?」


「うむ、そういうことだ」


「ぬふふ」


「ぐふふ」


 僕の前後を挟み込むように布陣したアデライドとダライヤが、同時に怪しげな笑い声をあげる。あ、やべえ。そう思うがもう手遅れだった。


「ならば、"本番"で失敗せぬよう予行演習をしておいた方が良いやもな」


「うむ、うむ。確かにそれはその通りだねぇ。世継を作るのは貴人の義務、失敗は絶対に避けねばならないからねぇ」


「……ヤるか」


「ヤろう」


 そういうことになった。いや、なってんじゃねーよ。そうツッコむ暇もなく、僕はエロ宰相とエロババアから同時に襲い掛かられた。


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