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第551話 くっころ男騎士と別れの挨拶

 宮仕えはツライよ、などという発言は前世でもさんざん吐いていた記憶がある。それでも懲りずに二度目の人生でも宮仕えを選んだ僕は、相当のアホなのかもしれない。とはいえ、今回の辞令は大概だ。まとまりのない諸侯軍と制圧したばかりの占領地を丸投げされ、それに四苦八苦していたと思ったら今度は超遠方への出張だ。本当に無茶を言ってくれるなあ、というのが正直なところだった。

 とはいえ、一度命令が下れば嫌でもなんでも果たさねばならないのが宮仕えである。とにもかくにも、戦勝パーティとやらに間に合うようレーヌ市へ向かう必要があった。そのために僕が最初に取り掛かったのが、仕事の引継ぎ作業だ。

 僕は一応南部方面軍司令という役職についているが、レーヌ市への出頭命令が来た時点でこの役職は猶予付きで解任ということになった。そりゃあ、遠方への道すがらに諸侯らの指揮がとれるはずもないから当然である。そういう訳で、南部方面軍の解散までの諸侯の取りまとめ役は僕とは別の人間が勤めねばならない。

 王室が僕の後任として指定した人物は、リュパン団長だった。彼女は僕よりもよほど人望があり、しかも十分な実績と実力もある。まったくもって適切な人選だ。いっそ、軍司令は最初から全部リュパン団長に任せておけばよかったんじゃないのか? などと思わずにはいられないくらいだ。


「貴様ともこれでお別れか。まったく、いくさの一番面倒な部分だけを拙者に押し付けていくとは……良いご身分だな」


 出立の前日。ミューリア城では僕の送別会が開かれていた。大ホールにテーブルを並べただけの、立食形式のラフなパーティだ。とはいえ出てくる料理はミュリン伯家お抱え料理人が腕によりをかけたものばかりで、大変に美味しい。酒も高価で珍しい物ばかりだ。

 もっとも、主賓たる僕には料理や酒に舌つづみを打っている余裕などなかった。なにしろ、ひっきりなしに客がやってくる。開口一番いきなりこんな発言をぶつけてきたリュパン団長もその一人だった。直球過ぎるその発言に、僕としては苦笑するほかなかった。

 まあ、彼女の気分はよくわかる。なにしろ団長は貧乏くじを引かされた身の上だ。だいたいからして、世の中のほとんどのことは後片付けが一番たいへんで面倒なんだよな。大勢の人間がかかわる戦争ともなればなおさらである。

 それだけ面倒な仕事なのに、たいていの場合は戦功や功績としてカウントされないんだからマジでやってらんない感じはある。そりゃ、リュパン団長としては『最後まで始末をつけていけ』と言いたくなるに決まっているだろう。


「申し訳ありません、団長。この借りは必ず返しますので、ここはよろしくお願いします」


「ふん、そんなことを気にする必要はない。男を相手に貸し借りだのなんだのとみみっちぃことを言うような趣味なぞ持ち合わせておらんわ!」


 最後の最後まで、リュパン団長は相変わらずだった。でも、間違いなく悪い人ではないんだよな。もし次の機会があるとすれば、僕は喜んで再び彼女と轡を並べるだろう。なんなら、団長の下で戦うというのもアリだろう。むしろ、そっちのほうが気楽に戦えていいかもしれないくらいだ。……まあ、軍人の身で"またの機会"などというのは憚られるがね。戦争なんて起きないに越したことはないからな。

 ちなみに、リュパン団長以外の諸侯らとは、さらにアッサリとしたやり取りのみで別れることとなった。大した付き合いもないのだから当然のことかもしれない。政治の上手い人間なら、短期間の薄い付き合いでもサッと人脈を築くこともできるんだろうがね。僕では、なかなかそういう真似はできない。歯がゆいものだ。


「婚約したとたんに遠方へ逃げてしまうなんて、悪い男ねぇ」


 僕との別れを惜しんでくれたのは、味方よりもむしろ敵方だった。エムズハーフェン閣下……もといツェツィーリアなどは、わざとらしく悲しみながらそんなことを囁きかけてきて困ってしまった。送別会ということで、周囲にはガレア側の諸侯も大勢いる。危険発言はやめてもらいたい。

 婚約などといっても十割政略だし、さらに言えば表沙汰にできない秘密契約だろうに。まあ、向こうもそんなことは承知したうえでゆさぶりをかけてきているんだろうがな。


「用件自体は大して時間のかかるものではありませんから、サッと行ってサッと南部に戻ってきますよ」


 戦勝パーティに出て、昇爵して……会場が近所ならば、一週間やそこら程度で終わる要件だ。それほど面倒なこともない。とにかく旅程が長い事が一番の問題だった。


「まったく、仕方のない男ねぇ。手助けはしてあげるから、さっさと私の元に戻って来なさいな」


 古なじみの友人を相手にしているような口調でそう言いながら、ツェツィーリアは悪戯っぽくウィンクした。オフの土岐の彼女は、やたらとフレンドリーでノリが軽い。厳格で思慮深い選帝侯としての一面は、彼女にとっては仮面に過ぎないのかもしれない。

 もっとも、この"ツェツィーリア"としての顔も、こちらの警戒心を解かせるための仮面である可能性は十分にあるが。なにしろ相手はアデライドが相手でも互角に持ち込むほど頭の回転が速い女性だ。いろんな意味で油断はできない。


「それに関しては、本当になんとお礼をいっていいのやら」


 今回の旅では、エムズハーフェン家がいろいろと便宜を図ってくれることになっていた。それは例えば帝国諸侯の領地を通行する許可の取り付けであったり、替え馬の手配であったり、ショートカットのための川船の容易であったり……それこそ、全面的なバックアップといっていいレベルの出助けを貰えることになっていた。これにより、旅程は随分と短縮することができたのだ。

 戦勝パーティ自体、どうやら僕の到着待ちのようだからな。向こうの連中をあんまり待たせると心証が悪くなる。移動時間は出来るだけ短縮したいと考えていたので、彼女の申し出は文字通りの渡りに船だった。

 しかし、まったく王太子殿下にも困ったもんだよな。パーティの開催を遅らせてまで僕を待つ意味がどこにあるんだ。もし十割厚意からの行動であったとしても、正直に言えば結構困る。露骨なエコヒイキは軋轢しか産まないんだよな。


「まっ、この貸しはおいおい返してもらうから、気にする必要はないわ」


 ワルっぽく笑いつつ、ツェツィーリアは僕の肩を叩いた。そのなんとも愉快そうな表情は、とても演技とは思えないものだった。おお、怖い怖い。相手は優秀な軍人であると同時にやり手の商人でもある大人物だからなぁ。油断してホイホイ借りを作っていたら、ケツの毛までむしられる事態に発展しかねない。


「冗談よ、冗談。……もし向こうで何かトラブルに遭遇したら、躊躇なく私を頼りなさいな。レーヌ市の周辺には、エムズハーフェン家ゆかりの商会がいくつも支店を出しているわ。そこに要件を伝えてもらえれば、私の方に直通で繋がるようにしておくから」


「ありがとう、助かります」


 そんな事態にならなきゃいいがなぁ。僕は何とも言えない気分になりながらツェツィーリアと改めて握手を交わした。自らの正式な上官を警戒し、敵国の重鎮を頼るためのツテを整えておく……本末転倒にもほどがあるだろ。なんだかなぁ。マジでなんだかなぁ。

 ため息をこらえつつ、僕はツェツィーリアとさらに二言三言と言葉を交わした。そして、それに続いてイルメンガルド氏やらジークルーン伯爵らとの会話に移る。誰もかれもが、僕との別れを惜しんでくれた。むろん、社交辞令だろうがね。とはいえ、挨拶を一度交わしただけでサッと引いてしまうガレア諸侯ら(とくにヴァール派閥の連中)とは大違いの対応には違いあるまい。

 公衆の面前で敵国の諸侯と親しく交わっている姿を見せるような真似をするから、ますます孤立するんじゃないか? などと思わざるを得ない状況だな。はぁ、しんど。せめて、戦場を共にした連中……ジェルマン伯爵やら騎士ペルグラン氏やらが居てくれたら、これほど露骨な対比にはならなかっただろうに。みんな軍役を終えて所領に帰っちゃったんだよなぁ……はぁ……。

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