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第550話 くっころ男騎士と作戦会議

「レーヌ市に出張要請、か。少しばかり難儀なことになったねぇ」


 難しい表情で、アデライドが唸る。モラクス氏による戦勝報告が終わった後、僕は作戦会議のために宿へ一時撤退をしていた。いくさに無事勝利できたのはたいへん結構なことなのだが、戦勝パーティ出席のためにレーヌ市まで出張してこいなどという要請を受けたのだからたまらない。このミューリア市からレーヌ市まで、いったいどれほど離れていると思っているのだろうか?


「正直、断りたいくらいなんだけど」


 これが前世の世界なら、飛行機を使ってパッと行ってパッと帰ってくることができるんだけどね。この世界ではそうもいかない。むろん、翼竜(ワイバーン)を使えば空の旅自体は可能だ。とはいえ、一騎につき一人の乗客しか載せられない翼竜(ワイバーン)では輸送効率がわ悪すぎる。一人二人で行けるような要件なら良いのだが、護衛や補助人員が必要となるような仕事では使いにくい。


「しかし、先方はレーヌ市で昇爵関連の式典もやると言っているんだろう? これを断るのはあまり外聞が良くないぞ」


 香草茶のカップに物憂げな視線を向けつつ、アデライドはため息をついた。面倒なことに、王太子殿下は僕をこの戦争における功労者の一人として名指ししているらしい。伯爵への昇爵もその一環だ。

 これはつまり、式典においてもそれなりに重要な賓客として扱われることを意味している。そんな名誉な扱いを受けているのに、大した理由もなく欠席するというのは後ろ指を指されても仕方のない行為だった。


「まあ、そうなんだけどさ……最近の王室周りはどうにもきな臭いからなぁ。あんまり近づきたくない感じがする。少しばかり体面は傷つくかもしれないけども、断っちゃったほうがいいんじゃないかな」


 行きたくない条件が重なりすぎてるんだよな、レーヌ市での戦勝パーティ。単純に長旅が嫌だし(これ以上リースベン領を留守にしたくないしな)、王室との関係に暗雲が立ち込めているというのもデカい。招集に応じてノコノコ出向いたら、何かしらの罠に掛けられるんじゃないかという懸念を抱かざるを得ない。


「いいかね? アル。体面、体裁、あるいは礼節。こういったものは、政治の世界では盾や甲冑として機能するのだよ。政情が不安定だからこそ、手を抜くわけにもいかない」


「なるほど……それもそうか」


 確かにそうだよな。王家からの要請を平気で無視するような真似をしてたら、そりゃあ周囲の評判も悪くなる。もしも何かがあった時には、あくまで被害者ですよと言えるようなポジションを確保しておかないといけないって訳か……。


「そうなると、出席は不可避か。仕方ないな……」


 ため息を一つついてから、香草茶を口に運ぶ。レーヌ市、レーヌ市かぁ。遠いなぁ……。徒歩なら間違いなく一か月以上かかるだろうから、全員騎馬で行く必要がある。替え馬の手配も必要だな。

 幸いにも旅費は全額王家持ち(まあ向こうの要請で出向くのだから当然だが)だから、かなりぜいたくな旅行計画を組むことができる。行く先々で馬を乗り換える前提であれば、旅程はかなり圧縮できるだろう。


「そうなると、警備面が心配ですね。最悪の場合、この招集が王家の罠である可能性もあります。主様の護衛は数も質も揃えたいところですが」


 そんな指摘をするのはジルベルトだ。なにやら、妙に僕をチラチラ見ている。どうやら自分が護衛に付きたいようだ。


「流石にそれはないと思うがね……。万一この一件が罠だった場合、王家は功績ある臣下をだまし討ちにする卑怯者ということになってしまう。去年の反乱で、王家の体面はおおいに傷ついたからねぇ。マトモな頭があれば、これ以上自分たちの立場が悪くなるような真似はしないはずだ」


 指をクルクルと回しながら、アデライドが反論する。しかしジルベルトは納得しない様子で首を左右に振った。


「それは分かりますが、最悪の事態に備えるのが軍人の役割ですから。こと、主様の身の安全ともなれば手抜きはできませんよ」


「まあ、それはその通りだねぇ。備えるに越したことはない。暗殺めいたことは流石にやらないと思うが、なんらかの濡れ衣を着せるような罠を仕掛けてくる可能性は捨てきれないしねぇ……」


 ジルベルトとアデライドは、二人して腕を組み頭をひねり始めた。ああ、もう。なんで上司からの招集命令に応じるだけで、こんなにあれこれ考えなきゃいけないんだよ。勘弁してほしいだろ……。


「とはいえ……流石にジルベルトに護衛をやってもらうのは流石にオーバーすぎる。フル武装のライフル兵大隊をまるまる連れて行ったりすれば、戦争でもしに来たんじゃないかと勘違いされてしまうよ」


「それはそうですが」


 僕の指摘に、ジルベルトはひどく悔しそうな様子で首を左右に振った。


「……やはり、今回も近侍隊とネェル殿にお任せするしかありませんか」


 深々とため息をついてから、ジルベルトはジョゼットの方を見る。僕の幼馴染たちによって編成された近侍隊は、僕の護衛が本業なのだ。全員が騎士上がりということもあり、馬の扱いにも長けている。この手の任務に関しては、僕の部下の中でももっとも適性が高いだろう。


「はいはい、お任せあれってね。新兵器の配備も終わったことだし、ライフル兵一個中隊分の活躍くらいならしてみせますとも」


 半ばヤケクソになった様子でジョゼットは胸を叩いた。こいつは射撃の腕は天下一品だが、責任を負うのは嫌いなタチだからな。本音で言えば、こんな仕事だってやりたくないに違いない。でも僕だってこんなきな臭い出張には行きたくないんだよ、お前も地獄に付き合ってもらうぞ。


「新兵器……例のボルトアクション銃ですね。我が部隊に配備されつつある後装式ライフル(スナイドル銃)よりも、さらに高性能な銃とか。いやはや、羨ましい話です……」


 本音でそう思っている様子で、ジルベルトは肩をすくめた。近侍隊はほんの先週に装備更新を終えたばかりで、今や全員がボルトアクション・ライフルを装備しているのだ。連発式小銃の火力は尋常なものではなく、ライフル兵一個中隊ぶんの働きが出来ると言ったジョゼットの言葉は決してフカシではない。

 とはいえ、連射性能が高いぶん弾薬消費量も多いのが連発式の欠点だ。一般兵にボルトアクション銃が配備される日はまだ遠いだろう。現状ですら、リースベン軍の兵站機能の不足は明らかなのだ。これ以上、兵站には負担をかけたくない。


「ボルトアクション銃を装備した近侍隊、そしてネェル。この陣容ならば、それこそ王軍全体が敵に周りでもしない限りそうそう遅れは取らないだろう。正面戦闘力では班の不安もないな」


 周囲を安心させるため、僕はことさらに気楽な声でそう言った。正直、個人の護衛としてはいささか過剰戦力に過ぎるような気がしなくもない。近侍隊はまだしも、ネェルなどはほとんど戦闘ヘリコプターや戦車なみの戦闘力を持っているのだ。


「そうなると、やはり問題はアデライドの指摘するような政治的な罠だな。うちは武張った人間ばかりだから、この方面は弱い。ダライヤなりアデライドなりにも同行してもらった方が良さそうだな」


 この頃はなんとか政治的なセンスも身につけようと頑張っている僕だったが、正直うまくいっているとは言い難い。政略に通じている人間であれば、僕をハメるなど赤子の手をひねるよりも容易いことだろう。そこを補おうと思えば、アデライドなりロリババアなりに頼るほかないだろう。


「……」


「……」


 僕の言葉に、アデライドは動きを止めた。そして、テーブルの端でお菓子をモシャモシャ食べていたロリババアに視線を送る。リスのような姿勢でビスケットを頬張りつつ、ダライヤはその視線を悠然と受け止めた。なんとも剣呑な雰囲気だ。


「アデライド殿は、アルと並んで我らの陣営の大将のようなものじゃからのぅ。二人して"敵地"に出向くというのは、いかにも不用心じゃ。鉄砲玉めいた仕事は、老い先短いこの婆にお任せあれ」


「なぁにが老い先短いだ。順当に子供ができて加齢が始まったとしても、どう考えても君より先に私の方がお迎えがくるんじゃないかと思うんだがねぇ? それに、今回行われるのは重要な公的行事だ。それに本妻である私が同行しないというのは、流石に不義理が過ぎる。ブロンダン家そのものが後ろ指をさされるような事態にならぬためにも、私の同行は必須だろう」


「おやおや、宰相殿はひどいことをおっしゃりますのぅ? ワシはもう、百年以上リースベンの外にはでておらなんだ。年寄りに少しばかり外の世界を見せてやろうという配慮はないのですかのぉ?」


「おどろいた、知らぬうちにミューリア市はリースベン領になっていたようだねぇ? そんな報告は受けていないのだが」


 ワァ……僕の一言が原因で一気に空気が険悪になっちゃったぞ。どうしようコレ……。思わずジルベルトに視線で助けを求めたが、彼女はため息を吐きながら首を左右に振るばかりだった。おお、もう……参ったなぁ。



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