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第549話 くっころ男騎士と戦勝

 翌日。今日も今日とて代わり映えしない占領軍生活である。もはやカルレラ市の執務室と変わらぬほど馴染んだ司令部へ出勤し、すっかり慣れた手際で仕事を消化する。途中でわが軍の下級貴族同士が決闘騒ぎを起こしている、などという報告が入ってきたがそれもいつものこと。またか、などと思いながら仲裁へと向かう。貴族などという生き物はみな血気盛んなので、この程度のトラブルは日常茶飯事だった。

 一時間ほどかけてなんとかアホ貴族二名をなだめ、司令部に戻ってきたころには昼前になっていた。今日はガレア諸侯どもと昼食会か、またヴァール派閥の連中にイヤミを言われそうだな。そんなことを考えていた時、司令部へ突然モラクス氏が走り込んできた。


「皆さま! 重大発表、重大発表です! 外へ出ている方がおられましたら、今すぐ呼び戻してください!」


 そう叫ぶモラクス氏の顔には明らかな喜びの色があった。こりゃ、朗報が来たな。僕はそう直感し、大きく息を吐いた。


「えー、皆さま。突然の招集、申し訳ありません。先ほど、王軍から速報が入ってきましたので皆様に連絡させていただきます」


 それからニ十分後。南部方面軍の重鎮が全員集合した司令部で、モラクス氏が改めてそう言った。彼女は誇らしげな様子で我々を見回す。


「九月十五日、王太子殿下率いる王軍はレーヌ市の完全掌握に成功。そして四日後の十九日、つまり三日前に神聖皇帝マクシーネ三世陛下との間で停戦が成立。今次戦争において、ヴァロワ王家の勝利が確定いたしました!」


 その言葉に、諸侯らは空虚な拍手を返した。おおむね予想通りの内容だから、驚きの声はない。まあ、勝てて良かったよ。そういう感じ。まあ、南部の人間からすればレーヌ市を巡る戦いなど所詮は他人事だ。万歳三唱が自然発生するほどの喜びはない。

 ま、当然といえば当然だな。今この司令部に詰めている諸侯の過半数が、エムズハーフェン戦の後に合流してきた連中だ。彼女からすれば、この戦争は召集こそされたが実戦らしい実戦は一度もやらないまま終わってしまったあっけない物だ。戦勝の喜びなど沸くはずもない。

 しっかし、やっとレーヌ市が落ちたか。包囲が始まって一か月半……もうすぐ二か月か? 攻城戦としては、長くもなく短くもなくって感じだ。いや、堅牢な水城であるレーヌ市を二か月で落としたのだから、かなり頑張った方かもしれない。


「……これに伴い、南部方面軍にも殿下より辞令が降りてきております。ご確認ください」


 シラけ気味の我々に『もっと喜べよ』みたいな顔をしつつ、モラクス氏は僕に命令書を渡してきた。いやまあ、気分はわかるけどしゃあないだろ。こっちの戦場はとうの昔に形勢が決定的になってるんだから。ミュリン領制圧からもう二か月以上たってるんだぞ、そりゃあシラけもするだろ。


「ありがとうございます、モラクス殿」


 むろんそんな内心はおくびにも出さず、僕は受け取った命令書を確認した。曰く、一応戦争は終結したがまだ講和会議は終わっていないので、戦争結果が確定するまでは軍は解散させずミュリン領の占領も維持するように……とのことだ。

 戦勝直後の事例としてはごく一般的な代物だな。戦争が終わったからと言って、ハイ解散とはいかない。最後まできちんと後始末をする必要がある。こちらとしても貰うものは貰ってるから、責任をもって付き合うほかない。


「なるほど、承知いたしました。竜頭蛇尾にならぬよう、最後まで奮励して任務にあたる所存であります」


 そう言いつつも、僕は自分の肩から力が抜けていくのを感じていた。はぁ、やっと戦争が終わったよ。長かったなぁ。いやまあ、開戦から三か月ちょいか四か月くらいで終結したのだから、特別長期戦だったというわけでもないが。むしろ、戦争の規模から考えればかなり短かったほうだ。前世の英仏百年戦争みたいなことにならなくてよかった、マジで。


「なんだ、もう終わってしまったのか……」


 しかし、僕とはまったく反対の感想を抱いた者もいたようだ。過激派担当、リュパン団長である。この人も僕と同じく軍役期間は既に過ぎているはずなのだが、なぜだか当然のような顔をしてこのミュリン領に滞在し続けている。

 おそらくは僕と同様に王家からの慰留を受けたのであろう。とはいえ、彼女は筋金入りの過激派だ。その目的はカネなどではなく、神聖帝国に対する新たなる攻勢に参加することに違いあるまい。


「ミュリン戦は間に合わず、エムズハーフェン戦は追いかけっこに終始。これほど大規模ないくさなどそうそう起こらぬというのに、なんと情けのない戦果だろうか。……くっ、汚名返上の機会を逸してしまったな」


「まあ、致し方ありませんよ。大戦とはいえ、所詮南部は補助戦線に過ぎなかったわけですし……」


 気分は分からなくもないが、泥沼の消耗戦に付き合わされてはかなわない。僕は苦笑しながらリュパン団長を慰めた。戦争なんてさっさと終わるに越したことはないよ、マジで。ベトナムやらイラクやらアフガンやらの二の舞はマジで御免だろ。


「手柄を上げられた貴様には言われたくないわっ!」


「ハハ、申し訳ない」


 いやそうな顔で叫ぶリュパン団長に、僕は笑うほかなかった。実際その通りだからな……ちょっと言い返せないわ。ミュリン戦でもエムズハーフェン戦でも戦ったのはリースベン軍ばかり。動員された他の諸侯らからすれば、自分たちは添え物かと文句を言いたくなるのも仕方のない事だろう。

 とはいえ、リュパン団長はカラッとした人柄だから、あれこれ言われてもまったく気にならない。不満を後に引きずるタイプでもないしな。この人は良くも悪くも武人気質なので、僕としては付き合いやすい。


「確かに、リースベン城伯殿が手柄を上げたのは事実。むろん、王太子殿下もそのことは重々承知していらっしゃる」


 腕組みをしながら、モラクス氏が僕をジロリと睨んだ。


「此度の戦功を鑑み、殿下は貴卿を伯爵に昇爵するよう陛下に進言するおつもりのようだ。喜ぶように」


「アッハイ、ありがとうございます」


 昇爵かぁ……まあ、そうなるだろうな。王都の内乱を鎮圧した時点で、近いうちに伯爵にしてやるという話は出ていたのだ。それほど驚くことでもない。新たな領地を下賜されるわけでもないだろうから、称号がリースベン城伯からリースベン伯爵へと変化するだけだろう。正直、あんまり嬉しいとも思わない。

 いや、だからと言って新しい領地が欲しいわけではないけどね。むしろ、これ以上土地を押し付けられても困るよ。僕のキャパ的には、リースベン領だけで手いっぱいだ。これ以上仕事が増えたらマジで過労死しかねない。


「いやはや、流石はブロンダン卿。殿下の覚えもめでたいようで……」


 ほらほら、案の定イヤミが飛んでくる。発言者は例のヴァール子爵の後任者だ。これも嫌なんだよなぁ。たぶん、僕が露骨にエコヒイキされていると感じているのだろう。実際、エコヒイキされてるしな。やっかみは身に余る出世の代償だ。甘んじて受け入れるほかないだろう。僕は小さく息を吐いて、彼女に頭を下げた。


「それから、リースベン城伯。貴殿には別口の辞令も来ているぞ。論功行賞の件だ」


 そんなことを言って、モラクス氏は一枚の書類を押し付けてきた。おいおい、また仕事を増やす気かよ。そんなことを思いながら、書面を確認してみる。すると……


「うぇっ」


 思わず妙な声がでた。そこに書かれていた辞令というのが、たいへんに厄介な代物だったからだ。内容をかいつまんで説明すると……戦勝パーティを開くから、お前も参加しろ。そういう意味の命令が、美辞麗句で装飾された長ったらしい文章で書かれていたのだった。


「殿下はリースベン城伯を直接ねぎらいたいと仰せだ。まったく、貴殿は幸せ者だな」


 うわあ、マジかよ。この期に及んで、遠方へ出張? 冗談じゃねえ。このミューリア市からレーヌ市まで、いったい何キロ離れてると思ってるんだ。ふざけるのも大概にしてくれ……。

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[一言] あれ、そのまま囚われてしまう?
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