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第548話 くっころ男騎士と貢物合戦

 諸侯らの嫌味を右に左に受け流しつつ仕事を続けていたら、気付けば昼食の時間になっていた。軍人にとって、食事と言えば唯一の癒しと言っても過言ではないイベントだ。しかし、この頃の僕はいやおうなしに政治に関わらなくてはならない立場になっていた。こうなると、単なるメシですら無心で楽しむことはできなくなる。


「木っ端諸侯の扱いが面倒なのは、神聖帝国でも王国でも変わらないわねぇ」


 ミューリア城の一角にある小さな応接室で、僕は昼食をとっていた。テーブルの上にはなかなかに豪華な料理が並んでいる。メインディッシュはザワークラウト(塩漬け発酵キャベツ)とソーセージやベーコンを一緒に蒸し焼きにしたシュークルートという料理。くしくも、今回の戦争の焦点となっているレーヌ市近辺でよく食べられている郷土料理だった。

 でかいソーセージがゴロゴロしたシュークルートは大変にうまそうだが、残念ながら今の僕は夢中になって料理に舌鼓を打つ暇などない。なにしろ、対面の席に座っているのはあのエムズハーフェン選帝侯なのだ。一応協力関係を結んでいるとはいえ、油断できる相手ではない。ぽやぽやしていたらケツの毛までむしられてしまう恐れがある。

 しっかし、こうして敵国の諸侯と食卓を囲むというのはだいぶ妙な気分だな。こういうことしてるから、余計な疑念を買うんだろうが。……いや、もちろん僕と選帝侯殿の関係は秘密だ。この会食も、王国側の連中には露見しないように手配してある。城主のミュリン伯イルメンガルド氏がバックについているので、この手の工作はそうむずかしいものではない。とはいえ、情報なんてものは漏れる時には簡単に漏れるからなぁ……


「ヴァール伯爵一派ですか。確かに、少しばかり仕事がやりにくいですね」


 僕を敵視していたヴァール子爵は所領へ戻ったが、その母親であるヴァール伯爵は手勢を何人も南部方面軍へと送り込んできた。こいつらはいつの間にか一派を成し、諸侯軍の中に居る僕を嫌う者たちと結合して妙な派閥を作り上げている。

 成り上がり者、しかも男ということもあり、僕は結構な嫌われ者だ。エムズハーフェン戦で轡を並べた諸侯らからは戦友扱いを受けていたが、今やそういった者たちの多くが軍役を終えて帰途についてしまったしな。そういう訳で、今の南部方面軍における僕の立場はいささか浮いたものになっている。


「とはいえ、まあ今のところは嫌味をぶつけられる程度の被害で済んでおりますから。それほど大した障害ではありませんよ」


 ザワークラウトを丁寧な所作で口に運ぶエムズハーフェン選帝侯を見ながらそう言うと、彼女は口の中のものをしっかり飲み込んでから「ふぅん」と短く答えた。


「今はそうでも、そのうちエスカレートするかもだから油断しちゃ駄目よ? アル。……それから、敬語も駄目。周囲の目がない場所なんだから、夫婦らしい言葉遣いをしましょうよ」


 ウィンクしつつそんなことを言うエムズハーフェン選帝侯に、僕は曖昧な笑みを浮かべることしかできない。同盟締結後、彼女はプライベートな席ではこうしてラフな言葉遣いをするようになっていた。普段の威厳ある口調とはまったく異なる、親しみやすい話し方だ。そして、これを僕の方にも求めてくる。


「いやいや、それはどうかと思うぞ? 選帝侯殿。政略によって結ばれた縁なのだから、必要以上に親しくする必要もあるまい。余計な情が生まれれば、選帝侯殿も動きづらくなってしまうだろうからな」


 僕の隣の席に収まったアデライドが、とげのある口調で選帝侯殿を牽制した。今は戦争というよりも政治の季節だから、相変わらず僕の補佐はアデライドが担当してくれていた。立場的には、むしろ僕の方が秘書のようなものだけどね。


「それは困ったな。私は敬虔な星導教信者でね、不倫などは唾棄すべき真似だと思っている。ならば、愛とぬくもりが欲しければ夫に求めるほかないだろう?」


 僕に向ける優し気な口調からは一転、選帝侯殿はいつもの厳格で冷たい口調に戻って言った。


「敬虔な星導教信者が、すでに妻が何人も居るような男に手を出すというのはどうかと思うがねぇ?」


「星導教は確かに一夫二妻を推奨しているが、これはあくまで"推奨"だ。それ以上の関係が禁止されているわけではない」


 笑顔を浮かべたまま、宰相と選帝侯はつばぜり合いを続ける。なんだろう、胃が痛くなってきたな。これ、一応両手に花的なシチュエーションなのになぁ。全然うれしくねぇや。


「そういえば選帝侯殿。今朝リースベンのソニアから連絡があったのですが、エムズハーフェン製の弾薬の第一陣が到着いたそうです」


 僕がそういうと、二人の小柄な美女は揃って『こいつ、露骨に話を逸らしやがった』みたいな顔になる。ああ、そうだよ。話題逸らしだよ! 残念ながら、僕はこんな環境で飯を楽しめるほど図太くはないし、さりとて二人の仲裁が出来るほど口が上手くもない。戦略的撤退以外の選択肢はないだろ。


「……せめて、ツェツィーリアと呼んでもらいたいのだけど?」


 流し目をくれつつ、選帝侯殿は唇を尖らせた。小動物めいた可愛らしいお姉さんがそういうことをすると、破壊力がスゴイ。とはいえ、ここでデレデレして頷くと後々怖い事になる。僕はチラリと隣の"本妻"をうかがった。


「……」


 しゃあねえな、それくらいなら許してやる。そんな顔で、アデライドは小さく頷いた。かなり不承不承な感じだが、容認には違いあるまい。


「え、ええと。では、ツェツィーリア……」


「よろしい。貴女の顔に免じて、今回は矛を収めてあげましょう。……で、弾薬だっけ? 遅くなっちゃってごめんね。原料はそれなりの量が揃ってるんだけど、製造と配達に手間取ってね」


 エムズハーフェン家には、秘密裏に前装式ライフル(ミニエー銃)の製造法を教えている。その代金が、弾薬の提供だった。王家との衝突の可能性が高まっている今、我々には一発でも多くの弾薬が必要だった。


「我々がエムズハーフェンから弾薬を受け取っていることが露見したら、いよいよマズいことになるからな。他の荷物に偽装し、発送元すらも隠して迂回ルートでリースベンに弾薬を届ける……我がカスタニエ家とエムズハーフェンの共同作業とはいえ、なかなか難儀をしたよ」


 フォークでソーセージを突きさしつつ、アデライドが肩をすくめた。


「ありがとう、二人とも」


「うむ、どんどん感謝したまえ」


 胸を張るアデライドに、選帝侯殿……もといツェツィーリアは『なんでお前が自慢げにしてるんだよ』みたいな顔をを向ける。それから小さく苦笑して、こちらを見た。


「まったく、ガレア王国と神聖帝国屈指の大貴族二人にあれこれ貢がせるとはねぇ。こんな悪男、千年に一人も出てこないわよ」


「はは、違いない。……貢ぐならば、宝石や貴金属を渡したいところなのだがねぇ。なんでこう、うちの夫は弾薬だの兵器だのまったくもって可愛げのない物品を求めるんだか……」


「い、いや、ははは……」


 宝石やら貴金属やらを貰っても困るだろ、正直。僕としては苦笑するほかない。


「ほう、兵器。私には弾薬をねだって、そちらには兵器と来たか。いったい、どのような代物を贈ったのか気になるね」


 油断ならない目つきのツェツィーリアが、アデライドをちらりと見る。しかし、彼女は隠微な笑みを浮かべつつ曖昧に頷くのみ。同盟関係とはいえ、なんでもつまびらかに明らかにするわけではないぞ、という態度だった。

 まあ、アデライドの方の"プレゼント"もなかなかに危険なブツだからな。そう簡単にバラすわけにもいかないのだ。……具体的にどういう物品かというと、後装式ライフル(スナイドル銃)。他にも対王家用の新兵器がいくつか、だ。

 特に後装式ライフル《スナイドル銃》の配備は極めて速いピッチで進んでいる。従来の前装式ライフル(ミニエー銃)を改造する形で、すでに一個中隊が武装の更新を済ませていた。これにより、わが軍の戦闘力は飛躍的に上昇した……はずだ。まあ、その分弾薬消費量も飛躍的に上昇しているだろうが。


「……はぁ」


 視線で牽制合戦を続けるアデライドとツェツィーリアを見つつ、僕は密かにため息を吐く。敵国の領主と密かに手を結び、武器の密貿易を行い、軍備を整える……。いよいよ本格的に謀反人としての地盤が固まってきた風情だ。僕はあえて王家に歯向かう気などさらさらないのに、準備と状況証拠ばかりがどんどん詰みあがっていく。正直、参っちゃうよなぁ……。どうすんだ? コレ。

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