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第547話 くっころ男騎士と南部戦線異状なし

 レーヌ市の攻囲が始まって、気付けば一か月半が立っていた。攻城戦というのは、たいていの場合は長引く。レーヌ市をめぐる戦いもそれは同様で、待てど暮らせど落城の報告はやってこない。

 その間も、相変わらず南部は平穏だった。いや、平和というには少し語弊があるかもしれない。戦闘自体は頻発していたからだ。もっとも、それは領邦同士の大規模な衝突などではない。敵は盗賊、火事場泥棒、ごろつき……そういった無法者どもだった。

 戦争が起きれば流民が増える。流民が増えれば治安が悪化する。治安が悪化すれば、それに付け入る悪党も増える。当然のことだ。ミュリンやジークルーン、それにエムズハーフェンといった帝国の南部諸侯の軍は我々の手でボコボコにしてしまったから、この手の無法者への対処はどうしても後手に回ってしまう。我々占領軍が出動するしかないのだ。


「アルベール、ベルカ村西ん廃砦を根城にしちょった盗賊団をチェスト(なおして)きたぞ」


 ミューリア城の一室に設けられた占領司令部に入ってきたフェザリアが、そんな報告をする。最高の猟兵であるエルフは、対盗賊戦でもたいへんな活躍を見せていた。この一か月半で、彼女は七つもの盗賊団を壊滅させている。討ち取った盗賊の中には、高額の賞金を懸けられた札付きの凶悪犯も含まれていた。


「うん、よくやってくれた。相変わらず、君たちは頼りになるな」


 執務机に積みあがった大量の書類を処理する手を止め、僕はフェザリアにニッコリと笑いかける。


「報告書はあとで読むとして……戦果や被害についての次第を教えてくれ」


「食い詰めてからはいめっ武器を握ったような短命種(にせ)に後れを取っエルフ(ぼっけもん)なぞおらんど。残らず根切りにして、討ち取った首は見せしめとしてベルカ村ん郊外に積み上げてきた」


「あっ、そう……」


 また生首タワーを作って来たのか、こいつら。何度目だよ……。いやまあ、盗賊は問答無用で死罪というのがこの世界の常識だ。根切りにすること事態に異論はないのだが、見せしめのやり方があまりにも猟奇的なのは勘弁してほしい。


「それと、囚われちょった男が何人けおったで、ミュリン軍の連中に預けてきたど」


「またか」


 僕は額を押さえてため息をついた。この手の悪党は、若い男と見れば問答無用で攫って行く傾向がある。奴隷や男娼として売り払うためだ。これがなかなか、良いシノギになるらしい。やはり、戦乱においては男子供などの弱者から食い物にされていくものだ。


「ありがとう、よくやってくれた。部隊に酒を回すように手配しておくから、しばしゆっくりと休んでほしい」


「ン」


 コクリと頷き、フェザリアは部屋から去ろうとした。しかし彼女がドアノブに手をかけようとしたところで、僕が呼び止めた。


「ああ、そうだ。たまには一緒に飲まないか?」


「よかか?」


 こちらに振り返ったフェザリアは一見仏頂面だったが、よく見れば口元が緩んでいる。ちょっと嬉しそうだ。


「ああ。今夜なら、たぶん大丈夫」


 僕も大概忙しい身ではあるが、仕事にかまけて"家族"をないがしろにするわけにもいかない。この頃の僕は、暇を見つけてはこうして家族との交流を図るようにしていた。


「承知した。時間を空けちょこう」


 短くそう答えてから、フェザリアは今度こそ指令室を後にする。あっさりした会話だったが、ドアが閉まる瞬間彼女がグッとガッツポーズをしているのが見えた。良かった、どうやら喜んでくれたようだ。


「……」


 僕は密かに大きく息を吐く。昼はガンガン仕事をして、夜は美人な嫁とゆっくりとした時間を過ごす。ああ、なんという充実した毎日だろうか。こんな日がいつまでも続けば良いのに、などという気分すら湧いてくる。まあ、占領地の司令官という立場はさっさと辞したいが。

 しっかし、僕はいつになったらリースベンに戻れるんだろうね。軍役の期間は、とっくに超過しているんだけども。しかし、王家は相変わらず僕に戦場へと留まるよう"依頼"(軍役は終わっているので"命令"はできない)し続けている。レーヌ市で一進一退の攻防を続ける王軍の元に、帝国南部諸侯が攻め寄せたらたいへんに面倒なことになる。戦線が離れているとはいえ、だからこそ牽制は必要なのだ。

 むろん、こちらとしてもタダ働きをしてやるつもりはない。軍役終了後、わが軍には王家から改めて褒賞金が下賜された。さらに、これとは別に軍資金も投入されている。おかげで我々はミューリア市に滞在しているだけで少なくない額のカネが転がり込んでくる状況になっていた。これはこれで……正直美味しくはある。

 それに、王家の指示に従い続けていれば、ある程度周囲に対しても恰好がつくからな。この状態で王家が我々を切れば、悪いのは向こうの方という話になる。正統性の確保ってやつだ。そういう訳で、僕は相変わらず"南部方面軍司令"などという無暗にデカい肩書を掲げ続ける羽目になっている。


「いやはや、やはりリースベン軍は凄いな。まさに獅子奮迅の活躍だ」


 ボンヤリと思案していた僕に声をかけて来るものがいた。エムズハーフェン選帝侯閣下だ。彼女はニコニコ笑いながら、こちらを見ている。秘密同盟と共に僕の新たなる婚約者にもなってしまったこのカワウソ殿は、近頃すっかりこの司令部に入り浸るようになっていた。


「先日も、我が領地で暴れていた盗賊どもを討滅したばかりだろうに。自分の領地でもないというのに、これほどまで精力的に活動してくれるとは、まったく驚きだ。南部諸侯を代表して礼を言わせてほしい」


「と、盗賊相手に実地演習をやってるだけなので……」


 すっかり味方ヅラをしてそんなことを言うエムズハーフェン殿に、僕はすっかりタジタジだ。やめてください過度にヨイショするのは。僕たちの関係は一応秘密なんですよ。


「これまで、盗賊どもの対処は後手後手にならざるを得なかった。他の領邦に逃げこまれば、手を出せなくなってしまうからな。しかし、リースベン軍は国境を越えて活動できる。これは強い。まさに、盗賊対策の特効薬だ」


 ニコニコ笑いのまま、エムズハーフェン殿は香草茶を口に運んだ。


「いくさが終わった後も、リースベン軍には駐留しつづけてもらいたいくらいだな。ふふふ……」


 隠微な笑みと共にヤバイ発言をするエムズハーフェン殿。つまりアレか、僕に南部の盟主にでもなれと? やめろやめろ! ガレア王国に属している僕がそんなことできるわけないだろ! 僕に王家を裏切れとでもいうつもりか!?

 ……たぶんそうだよなぁ。彼女とアデライドが立てた計画において、ガレア王家はかなりの邪魔ものだ。できれば排除したいと考えていてもおかしくない。でも、ガレア諸侯もいるこの部屋でそんな危ない発言をするのはマジでやめてください。


「ははは……」


 愛想笑いで彼女からの圧力をかわしつつ、僕は内心ため息をついた。まったくもって、困ったものだ。気付けば、すっかり謀反人としての足場が固まりつつある。この有様じゃ、王家から疑念を抱かれるのも当然のことだ。いやまあ、僕がこういう立場に置かれたのはそもそも王家がいらぬ疑いをかけてきたことが原因なのだが。


「いやはや、本当にブロンダン卿はお優しい。敵国を荒らすどころか、手助けしてしまうとはね」


 案の定、イヤミが飛んできた。発言者は、軍役を終えて領地へ戻っていったヴァール子爵の後任としてやってきた小貴族だ。こいつもヴァール子爵と同じくヴァール伯爵家の縁者で、僕を敵視している。交代の際、ヴァール子爵からあることない事を聞かされたのだろう。

 ヴァール子爵が去ったように、ガレア諸侯軍の陣容もずいぶんと変化していた。戦役当初から参陣していた者たちが、軍役期間を終えたからだ。僕のように王家から直々に慰留された者もいるが、多くの諸侯は所領に帰ってしまった。自分と関わりのない戦争に長々と参加し続けたい領主貴族などそうはいないから、当然のことだ。

 むろんそんな有様では軍を維持できないので、王家は新た軍役を招集して戦力の維持を図った。それでも全体的な兵力は低下の一途をたどり、当初は一万名を数えた南部方面軍も現在の兵力は七千名を割っている。まあ、現状を考えれば七千でも多いくらいだが。


「盗賊はイナゴの群れのようなものですから、餌場が枯渇すれば他の所へ飛んでいきます。我々の領地に類が及ぶ可能性も十分にありますから、早めに手を打っておいた方が良いと思いましてね」


「はあ、左様で」


 良かれと思ってやっている治安維持活動だが、どうにもガレア諸侯からの評判は悪い。そりゃあまあ、この世界の戦争では"敵の領地はガッツリ略奪してナンボ"みたいな常識があるからな。これはもう仕方がない事だ。

 そう言う訳で、盗賊討伐に参加するのはもっぱら僕直属の部隊、つまりリースベン軍ばかりだった。信頼できない他の諸侯共の軍を差し向けたら、そいつらのほうが盗賊化してしまうリスクがあるのだからしょうがない。どいつもこいつもマジ野蛮で困るんだが。


「まあ、所詮はついでの仕事ですから。ムリヤリ参加を要求したりはしないので、ご安心を。我々の本来の任務は、帝国南部に圧力を与え続けることですからね」


 ようするに、そこにいるだけでいいってことだ。楽な仕事だよ、まったく。張り合いがないのでさっさと終わってほしい。いや、もちろん兵隊をズラッと並べて敵を牽制するのも立派な戦術のうちだがね。


「ええ、もちろん。我々の主君は王家であって、ブロンダン卿ではございませんから」


 おお、おお、言ってくれるね。まあ、事実なので文句は言わんが。しっかし、空気が悪いねぇ。エムズハーフェン戦で轡を並べた連中も、ほとんど所領に帰っちゃったし。新しく入ってきた連中はこちらの戦いぶりを見ていないのでガッツリ舐めてくる。勘弁してほしいなぁ。

 ま、なにはともあれ王家はさっさと戦争を終わらせていただきたいものだな。楽しく仕事をしたいなら、ミュリンよりもリースベンの方が環境がいいからな。さっさと辺境引きこもり生活に戻りたいぜ……。

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