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第546話 ナンパ王太子の暴走

 余、フランセット・ドゥ・ヴァロワは苛立っていた。レーヌ市を巡る戦いが、予想に反して長期化しつつあったからだ。我が王軍は川辺の大都市レーヌ市をすっかり包囲していたが、敵の抵抗は頑強でありいまだにその城壁に取りつけずにいる。腹立たしいことこの上ない。

 本来の計画であれば、レーヌ市はとうに落ちているはずだった。にもかかわらずこんなことになっているのは、砲兵隊が対城射撃を始める前にわが軍の弾薬集積地に戦術魔法が撃ち込まれてしまったからだ。堅牢な城壁をも崩す威力の大魔法は貴重な弾薬類を軒並み吹き飛ばし、砲兵隊はその本領を発揮する前にただの文鎮と化した。こうなればもう、軍制改革前の従来のやり方で攻城戦を仕掛けるほかない。


「いつになったら落ちるんだい? レーヌ市は」


 にわか作りの指揮本部には、不快な空気が満ちていた。真夏とはいえ、ここレーヌ市はそれなりに北にあるため気温は高くない。だが、河が近いだけあって湿度は高かった。そんな場所に、ここしばらくマトモに風呂にも入っていないむくつけき武人たちが十人以上も雁首をつき合わせているのだ。居心地の悪さと言ったらない。

 おまけにその武人どもが軒並み不景気な顔をしているのだからたまったものではない。さっさといくさから足抜けしたいと思っている者、ロクな戦果も上がらず兵糧ばかりが減っていく現状に焦っている者、遅々として進まぬ攻撃計画に苛立っている者……誰もかれもが、この戦争に不満を持っていた。空気が良くなるはずがない。


「相手は何十年もかけて防御設備を増築した大都市……それも水城でありますから。初手の速攻作戦がとん挫した以上は、もはや腰を据えてじっくりと攻略するほかありませぬ。焦りは禁物ですぞ、殿下」


 何回説明させる気だ、という表情を隠しもせずにそう答えるのは、今回の遠征の実質的な総指揮官であるガムラン将軍だった。宰相アデライドと同じく宮中伯の位階を持つこの中年竜人(ドラゴニュート)は、王軍の重鎮の一角を成す大物貴族だ。

 ガムラン将軍は初陣からずっと王軍に籍を置き続けているという生え抜きの将校で、過去に起きた幾度かの貴族反乱を見事な手管で無事鎮圧した経験もある。それゆえ余も彼女には信頼を置き、レーヌ市遠征の指揮を任せたわけだが……どうにも、今の彼女の指揮には不満を覚えざるを得ない。とる策があまりにも消極的過ぎるからだった。

 彼女の作戦はこうだ。まずは技師を呼び寄せ、攻城塔や攻城槌、投石器などの古典的な攻城兵器を組み立てる(むろんその建材は現地調達だ)。そして十分な兵器が揃ったら、それらを用いて正攻法で城壁を乗り越える……。数百年前から進歩のない、たいへんにカビくさいやり方だ。南でアルベールが見せたという電光石火の対城戦術とは比べるものおこがましい。


「むろん、その程度のことはわかっているよ。しかし、市街を包囲するばかりで大きな圧力も加えないというのは、流石に手ぬるいのではないかな? 君の言うように、レーヌ市は水城だ。早々のことでは物資切れは起こさない」


 指揮卓の上の地図を指で叩きつつ、余はそう言った。大きないくさに参戦するのはこれが初めてだが、用兵術については余もそれなりの勉強をしている。確かに、水城は厄介な存在だ。なにしろ、水路を使って密かに物資を運び込むことができる。兵糧攻めを貫徹するのは困難を極めるだろう。


「しかし、だからこそ消耗戦に付き合うのは得策ではないと思うんだがね?」


「確かにそういう側面もありますがね……」


 指摘を受けたガムラン将軍は、片手に持っていたパイプを口に運んだ。そして煙幕を張るように、もうもうたる白煙を吐き出す。


「この遠征軍はライフル兵が主力なのです。貴重な火薬の浪費は避けたいと思いましてね……」


 何を言ってるんだ、この女は。火薬を温存したいのなら、なおさら短期決戦を志向するべきじゃあないか。漫然と長時間の射撃を続けるよりも、短時間のうちに猛烈な射撃を加えて敵を制圧したほうが、かえって弾薬の消費量は少ない。あのアルベールの書いた教本にもそう書かれていたじゃないか。

 消耗を嫌っておきながら、長期戦を志向する……矛盾した行動だな。大丈夫なのだろうか? この女。戦歴を評価して将軍に抜擢したはいいが、往年の鋭気はすっかり鈍ってしまっているらしい。娼館通いが趣味だという話だし、妙な病気でももらって頭がボケてしまったのだろうか?


「火薬が足りないからこそ、迅速に敵を倒す必要があるんだろう!? 経験の足りぬ余ですら、その程度のことは理解しているぞ。ガムラン将軍、君は……!」


「まあまあ、落ち着いてください殿下」


 撃発しそうになるも、諸侯の一人が余を止めた。オレアン公だ。とはいっても、もちろんあの陰険な老婆ではない。なにしろ彼女は去年の王都内乱で戦死している。オレアン公の座は、あの老婆の次女であるピエレット・ドゥ・オレアンという女が継いでいた。

 王都反乱の首謀者は、前オレアン公の長女……つまり、現当主ピエレットの姉だ。母と姉を一度に失い繰り上げで当主になったピエレットはどうにも凡庸な女で、宮廷での評価は芳しくない。まあ、派手な反乱を起こした女の妹なのだから、好意的にみられるはずもないわけだが。


「我らの敵は、レーヌ市の守備隊ばかりではありません。むしろ、本命は皇帝軍のほうでしょう。彼女らは、我らが好きを晒すのを虎視眈々と待ち構えております。拙速な行動は避けるべし、というガムラン将軍の作戦も一理あるのではないかと」


「……ふんっ、どうだか」


 たしかに、皇帝軍は脅威だ。リヒトホーフェン家の現当主……アレクシアの妹、マクシーネに率いられたこの軍勢は、総兵力が三万を超えている。数の上ではわが軍とほぼ同じだ。もっとも、こちらにはライフルがある。アルベールは同様の条件で三倍の敵を倒したのだ。同数であれば、それほど怖いとも思わない。

 しかし、なるほど。ガムラン将軍もオレアン公も、皇帝軍に恐れをなしているのか。火器があれば、数ばかり膨らんだ雑兵の群れなど大した脅威ではないというのに。やはり、旧守派は駄目だな。宰相らの一派を倒したら、こういった頭の中が古いままになっている連中も掃除したほうが良いかもしれない。

 気に入らないな。まったく気に入らない。砲兵隊さえ活躍していれば、この愚か者どもの鼻を明かすことができたというのに。だが、それを成すための弾薬は噂に聞く男魔術師の手で消し飛ばされてしまった。少人数でこちらの勢力圏に侵入し、戦術魔法で大破壊を巻き起こす……恐ろしい手管だった。脅威以外の何物でもない。


「とにかく、正道にはこだわらない方がいいだろう。レーヌ市は堅城だ。古臭いやり方では攻略に時間がかかりすぎる」


 この戦争が終われば、宰相派の一斉清掃が待っている。前哨戦ごときで躓くわけにはいかないのだ。余は強い意志を込めて臣下らを睥睨したが、彼女らは嫌そうな様子で目を逸らすばかり。ああ、なんと情けない。我が部下には無能しかいないのか。

 いや、単なる無能ばかりではないかもしれない。作戦が躓いたのは、間違いなく弾薬庫の爆破が原因だ。だが、当然ながら弾薬をどこに集めているかという情報は、最高機密に指定していた。それが敵に露見し、実際に爆破されてしまったわけだからね。わが軍の中枢にスパイか裏切り者がいるのは間違いないだろう。


「……余は作戦の再検討に入る。君たちはここでやくたいのない話でもしていればいいさ」


 そう言って、余は椅子から立ち上がった。裏切り者がいるかもしれない場所で、作戦会議などできるはずもない。信用できるものだけを密室に集め、内々で方針を決する必要がある。


「お待ちください、殿下。もしやまた、あの怪しげな商人を呼ぶおつもりですか? あのような者に機密を教えてはなりません」


 オレアン公が慌てて立ち上がる。怪しげな商人というのは……ポンピリオ商会のヴィオラのことだろう。私はこの頃、この女と頻繁に会合をしていた。


「彼女は信用できる。謀反人の妹などよりずっとな」


 オレアン公の諫言を、余は容赦なく切り捨てた。ポンピリオ商会のヴィオラというのは、世を忍ぶ仮の姿。その正体は星導教の司教、フィオレンツァ・キルアージだった。最初は彼女を胡散臭いと思っていた余ではあるが、最近はすっかり信を預けるようになっていた。フィオレンツァが本気でこの国とアルベールの将来を心配しているということが理解できたからだ。余と彼女は、いわば同志。信頼できないはずがない。

 しかも、聖職者などをこなしているだけあって、フィオレンツァと話しているとありとあらゆる悩みが氷解していくような感覚があった。なぜかその時の記憶はあいまいなのだが、とにかく気分がスッキリして意志が強くなったような感覚を覚えるのは確かだ。それゆえ、最近はすっかり彼女と二人きりで話し合いをするのが日常化していた。


「お待ちください! 殿下、殿下! まだ確証が取れてはおりませんが、あのヴィオラという女は――」


 呼び止めるオレアン公を無視し、余は指揮本部を出ていった。こんな無能どもに合わせていたら、いつまでたってもこの国は良くならないしアルベールも救えない。余にはそれを成す義務があるのだ。フィオレンツァだって、そう言っている。こんなくだらない連中に、それを邪魔されるわけにはいかないのだ。

 ああ、アルベール。我が愛しき男。彼は今、どうしているのだろうか? 彼がいまだに宰相の魔の手から逃れられずにいると思うと、虫唾が走る。牽制のためにモラクスを送ったが、どうにも心配だ。なにしろあの女は、特筆するような成果を上げたことなど一度もない地味な法衣貴族なのだ。アルベールを助けるためにも、もっと有能な者を出したかったのだが……。

 ……いや、大丈夫。モラクスを推薦したのはあのフィオレンツァだ。智謀に優れた彼女のことだから、きっと何かしらの勝算はあるはず。余にとって、フィオレンツァはほぼ唯一の同士なのだ。それを疑うことなどあってはならない……。


予告しておりました通り、本日より更新頻度を下げさせていただきます。


火・木・土・日の週四日更新の予定ですので、これからも本作にお付き合いいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダメだなこれは、机の上でしか物を知らんのだ
[気になる点] フィオレンツァのヘイトがすごいな
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