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第541話 くっころ男騎士とカタブツ子爵(1)

 気が重くなるばかりの緊急会合は、それから二時間も続いた。時間を浪費するばかりのくだらない会議だった。確かに北の戦線では厄介な事態が発生しているが、逆に言えばただそれだけ。南の我々の知ったことではない……というのが、一般的な南部諸侯の認識なのだ。こんな様子では、実のある会議など出来るはずもない。

 もっとも、はっきり言って僕自身も当事者意識を覚えられずにいるのだから、彼女らを責める資格はないだろう。どうにもこの戦争は、王家の私戦という印象がぬぐえない。こんなんで士気が上がるはずないだろ、などと思ってしまう。

 まあ、とにもかくにもこちらは自分の仕事をこなすだけだ。ひとまず当面の方針を定め、ひとまず会合は解散ということになった。現場ではどうしようもない部分は、モラクス氏に全部投げたがね。主君ってのはケツモチが仕事なのだから、しっかりとその仕事を果たしていただきたいものだ。


「なるほど、少しばかり厄介なことになっているようですね」


 対面の席に座るジルベルトが、ため息交じりにそう言った。会合を終えた僕は、リースベン軍が借り切っている宿屋の一室に彼女を招いた。あれこれと事情を説明するためだ。彼女はわが軍唯一のライフル兵大隊の隊長で、現場組の実質的なトップと言える。ジルベルト自身経験豊かな将校であり、現場のことならば彼女に投げておけば万事うまく差配してくれるという信頼感があった。

 ……ああ、エルフやアリンコたちはまた別だ。あいつらはあいつらで、個別の対応が必要なんだよ。正直面倒だが、リースベン軍の成り立ちを考えれば仕方ない事だ。なにしろジルベルトに率いられた生え抜きのリースベン軍と、新エルフェニア軍と、正統エルフェニア軍と、アダン王国(アリンコたちの故国だ)残党軍は、もともと全くの別組織だからな。完全な統合にはかなりの時間が必要なのだ。

 それはそれとして、上がワチャワチャしていると現場にも不安や不信などが広がってしまうものだからな。こういう事態になってしまった以上、現場を安心させるためにいろいろと手を打っておく必要がある。ジルベルトを招集したのは、その一環だった。


「王軍は大慌てで火力部隊を整備してたからな。それが使い物にならなくなったというのであれば、そりゃあ混乱もするだろうが」


 香草茶を片手に、僕は肩をすくめる。もちろん、大砲やライフルが使い物にならなくなったというのは僕の想像だ。レーヌ市からの書状にはその辺りの事情はまったく書かれていなかった。しかし、伝え聞こえてくる戦況を総合的に判断すれば、そういう事態が発生しているとしか思えないんだよな。


「しかし、戦場では"想定外"などは日常茶飯事ですよ。緒戦は優勢だったというのに結局消耗戦へと引きずり込まれてしまったのですから、これは王軍の手落ちとしかいいようがありません」


 かつての職場を、ジルベルトは手厳しく非難した。彼女はもともと、王軍の精鋭部隊であるパレア第三連隊で指揮官をしていたほどの人物だ。王都の内乱により職を辞す羽目になったとはいえ、旧職場に対する思い入れはいまだにあるのだろう。


「確かにね。……とはいえ、王軍と同様の弱点はわが軍も抱えている。戦争が終わったら、じっくりと戦訓を検証した方が良いだろうな。他山の石ってやつだ」


 リュパン団長の発言を思い出しながら、僕はそう主張した。ミスをしない軍隊など存在しない。肝心なのはミスをしてもリカバリーできる態勢を整えておくこと、そしてその失敗を検証して次につなげていく努力だ。


「まあ、よそ様の話はさておいてだ。現場の方は、どういう空気になってるんだ? 妙な流言飛語やらが飛び交ってたりしないか?」


「ええ、問題ありませんよ。みな、比較的落ち着いております」


 ニッコリ笑って、ジルベルトは頷いてくれた。僕はほっと胸をなでおろす。軍隊は閉鎖的な組織だ。根も葉もないうわさが予想外の広がりを見せ、シャレにならない大事件を引き起こしてしまう場合もある。


「良かった。出陣からもう結構な時間が立つからな。みな、戦いに倦んできたころ合いだろうと少しばかり不安に思っていたんだ」


 僕がそういうと、ジルベルトはクスクスと笑って香草茶を一口飲む。


「たしかに、リースベンを発ってからもう随分と立ちますが。しかし、戦地の方が良い食事が出ますのでね。それほど不満は溜まっていないのです」


「ああ……」


 思わずため息めいた声が漏れる。そりゃそうだよな。リースベンでの食事と言えば、燕麦かサツマ(エルフ)芋かの二択になる。しかし、このミュリンに駐屯していれば毎日のように小麦のパンとソーセージやベーコンなどの肉類を口にすることができるのだ。むしろ、リースベンには戻りたくないなどとのたまっている者がいてもおかしくない。


「それに、我々の部隊はエムズハーフェン遠征に参加しませんでしたからね。戦いに倦むどころか、なぜ置いていったんだと文句を言うものまでいる始末。士気はたいへんに高い状態を維持しておりますから、ご安心を」


 そう言うジルベルトの目には、少しばかりこちらを非難する色があった。彼女自身、エムズハーフェン戦に参加できなかったことを残念に思っているのかもしれない。


「流石わが軍の兵士たちだ」


 若干の申し訳なさを覚えつつも、僕はそういうほかなかった。いや、だってさ、仕方ないだろ。わずか九門の山砲の補給ですら難儀するような戦場だったんだから。弾薬消費の甚だしいライフル兵隊なんぞ、とても連れていけたものではない。


「まあ、とはいえこの状況では事態はそうそう容易には進展しないだろう。一部部隊は、いったんリースベンに戻そうかと思っている。いつまでも領地をがら空きにしておいては、いかにも不用心だ」


「武器の更新の件もありますしね。……ひとまず、一個中隊を帰投させる準備をしておきましょうか」


「頼んだ」


 ライフル兵大隊の武装は、順次後装式ライフル(スナイドル銃)へと更新していくことが決まっている。とはいえ、いま我々の手元にある後装式ライフル(スナイドル銃)の数はそれほど多くはない。ラ・ファイエット工房が引っ越しの手土産として二十挺ほど持ってきてくれてはいるが、その程度では焼け石に水だった。

 今の時点で一個中隊をまるまる後送して武器更新の準備をするというのはいささか気が早すぎる気もするんだが……ま、今ある銃だけでも訓練はできるからな。まったくの無駄という訳ではないだろう。それに、いつ何時事態が急変するとも限らないからな。布石は早めに打っておく必要がある。


「しかしやっと前装式ライフル(ミニエー銃)が定数揃ったというのに、もう更新とはなぁ。現場に負担をかけてしまって申し訳ない」


 幕末並み……いや、それ以上のせわしなさかもしれんね。まったくもって難儀なことだ。王室の件さえなければ、これほど慌てる必要もないんだけどなぁ……。


「いえいえ、お気になさらず。……ふふ。それに、わたしも武人ですからね。新しい武器と聞けば、心も踊ります。正直に言えば、新式銃をこの手で触るのが楽しみでなりませんよ」


「ハハハ、なるほどね? その気持ちはよくわかるよ」


 僕は思わず破顔した。これに関してはまったくもって同意見だ。新兵器配備となると、まるで新しいオモチャを買ってもらえることになった子供のような気分になってしまう。不思議なもんだね。


「なにはともあれ……新式銃に関してはこちらにお任せください。迅速な戦力化をお約束します」


「ありがとうジルベルト。君がいる限り、リースベン軍は盤石だ。頼りにしているぞ」


 僕の言葉に、ジルベルトはたいへんに嬉しそうな顔で頷いた。しかし突然表情を真面目なものへと変え、「そういえば」と続ける。


「話は変わりますが……少しお聞きしたいことがあるのです。よろしいでしょうか?」


「ああ、もちろん」


 頷くと、ジルベルトは少しばかり躊躇した様子で視線を宙にさ迷わせた。しばし黙り込み、それから意を決したように口を開く。


「実はその……主様の新たなご縁……つまり、何と言いますか……エムズハーフェン選帝侯閣下について、お聞きしたいことが」


「……」


 僕は思わず黙り込んだ。そこを突かれると弱い。本当に弱い。なにしろ僕は、ジルベルトとも結婚をする約束をしているのである。一体何股なんだよコレは。そんな声が頭の中に響く。浮気を指摘された夫のような(ような、というかまさにその通りなのだが)気分になって、僕は椅子の上に正座した。

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[良い点] 雪だるま式
[一言] 勝手に女が増えていく男、アルベール。後の世にはどんなふうに語り継がれるのやら
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