第540話 くっころ男騎士と戦況急変
北部戦線異状あり、そんな連絡が僕らの元に届けられたのは、エムズハーフェン家との秘密同盟が締結された十日後のことだった。
「王軍はレーヌ市にて攻城戦を開始せり……?」
北方から届けられた書状を読んで、僕は自分の目を疑った。攻城戦、攻城戦と来たか。こりゃ、北はずいぶんと厄介なことになっているようだぞ。
緊急連絡が来たということで、現在我々はミューリア城の会議室で緊急会合を開いていた。季節は既に真夏と言っていい時期であり、室内には何とも言えない嫌な熱気が漂っている。南部特有の過酷な暑さと、上から降りてきた妙な連絡。この二つが重なり、居並ぶガレア諸侯らの目には明らかな不快の色が浮かんでいた。
「おや、それはおかしいですわね~? 王軍は攻城砲を装備しているという話でしょう。重砲ならば従来型の城壁など容易に打ち崩すことができる。マトモな攻城戦なんて生起しないはずですわよ~?」
僕の右隣に座ったヴァルマが、小首をかしげながらそんなことを言う。僕も全くの同感だった。ミュリン領での戦いにおいて、堅城と謳われたレンブルク市は大砲の威力を前に一日と立たずに降伏する羽目になった。今までの工法で建造された防壁が大砲の弾をはじき返すのは不可能なのだ。
むろん、中北部の要衝レーヌ市はレンブルク市よりもさらに厚い防御がしかれていることは間違いない。とはいえ、それでも重砲を並べて猛射撃を加えればどうとでもなるはずだ。しかし、連絡によれば敵はマトモな籠城戦を実行できているらしい。コイツは妙だ。
「つまり、王軍は火器の使用を制限せざるを得ない状況になっている、と。集めた弾薬を吹き飛ばされでもしたか?」
「まぁ、不用心ですわねぇ」
呆れた様子で肩をすくめるヴァルマ。いや、本当だよマジで。火力戦を施行した軍隊にとって、弾薬集積地は一番のウィークポイントなんだ。それを軽々しく狙われるようじゃ、まったくもって話にならない。
「つまりなんだ。王軍は、我々の慣れ親しんだ典型的な攻城戦をやっている……ということなのか?」
話についていけない、というような顔でそんなことを聞いてくるのはリュパン団長だ。僕は彼女に頷き返す。大砲が使えないというのなら、そりゃあ戦闘は古典的なやり方に回帰するしかないだろ。攻城塔とか攻城槌とか投石機だとか、そういった千年前からあるような兵器をつかってえっちらおっちら戦っているに違いない。
「なるほど。ふん、新奇な兵器もこうなってしまえばただの文鎮だな。ブロンダン卿もこれを他山の石とすることだ。戦場で最後に頼りになるのは昔ながらのやり方であることを肝に銘じるがいい」
「ういっす」
言い方はイヤミだが、リュパン団長の言う事にも一理ある。僕は抗弁することなく頷いた。
「しかし、これはなかなかの長丁場になりそうだな。レーヌ市ほどの大きな街が相手となると、どれほどの大軍で囲んでも一週間や二週間では落ちぬはずだ。一か月や二か月は戦いが続くことを覚悟する必要がある」
僕から視線を外し、リュパン団長は肩をすくめた。攻城戦ってのは、基本的に我慢比べだからな。攻囲の期間が半年以上にもおよぶ場合だって、決して珍しくはない。
「モラクス殿。あえて申しますが、我々に今から王軍の救援に向かえ……などとおっしゃられても困りますぞ。このミュリン領からレーヌ市までは、急行軍でも一か月半はかかってしまう。戦場にたどり着くころには、我らの軍役期間はとうに終わっておりますからな」
念押しするような口調で、宰相派の重鎮ジェルマン伯爵がモラクス氏に釘を刺した。前から言っているように、臣従関係における軍役は手弁当が基本だ。しかし、だからこそいつまで軍に参加していればよいのかという明確に期限が定められている。そりゃあ、無期限に延々とただ働きさせられちゃあたまったものではないからな。当然といえば当然のことだろう。
そういう訳で、臣下は契約で定められた軍役の期間が終われば、たとえ戦争の真っ最中であってもさっさと帰ってしまう。この辺りの関係は存外ドライなのだった。もちろん、君主の側がなんらかの条件を提示して臣下の慰留を図る場合も決して珍しくはないのだが。さっさと所領へ帰りたい臣下と戦場へとどめておきたい君主の綱引きは、戦場の風物詩だ。
「む、むろんそんなことは承知しております!」
言い返すモラクス氏の額にはタラリと汗が流れていた。確かに室内の温度はなかなかのものだが、大汗をかくほどではないんだがな。やはり、これは王室サイドからしてもこの展開は想定外ということか。
おそらく、本来であれば大砲を使ってさっさとレーヌ市を落とす腹積もりだったんだろう。直前に我々がレンブルク市を速攻しているので、なおさら大砲への期待は強かったものと思われる。
「……」
額をハンカチで拭うモラクス氏を、会議場に詰める諸侯らは白けた目つきで見ていた。この場に居る諸侯はみな南部に所領を持つものばかりだ。北がどうなろうがどうでも良い、などと思っている者も少なくないだろう。南部における戦いはもう終わったのだから、さっさと解散してくれ。これが皆の総意に違いなかった。
「結局、我らはどうすればいいんだ? そのあたり、はっきりしてもらいたいんだがね」
トゲのある声でそう指摘するのは、近頃僕に対する敵愾心を隠しもしなくなったヴァール子爵だ。囮に使われたことがどうにも我慢ならないらしい。逆恨み……というわけでもないからな。甘んじて受け入れるまでだ。
「今回のコレは、あくまで連絡ですからね」
持っていた書状を机の上に置き、紙面をぽんぽんと叩く。ラフな言い草はわざとだ。こういう時に、深刻過ぎる態度を取るのは得策ではない。
「追加の命令はないわけですし、我々は今まで通り南部を押さえ続けていれば良いかと」
「レーヌ市が陥落するまでか? 気が長い話だ」
いやそうな顔で首を振るヴァール子爵。奇遇だねえ、まったくの同感だよ。僕としても、こんな無益な仕事はさっさと終わらせてリースベンに戻りたい。とはいえ、勝手に軍を解散するわけにもいかんからな。嫌々でも、責任は果たさねば。
「僕には軍役を終えた方を押しとどめる権限などはございませんので。仕事が終わった方から順に、領地に戻っていただく方向になるのではないかと」
金さえ出せば、戦場にとどまってくれる諸侯も少なくないだろうがね。僕にはそのための予算などは与えられていないし、自腹を切ってそれをやるだけの義理もない。最低限の責任さえ果たせばそれで良いだろ。それ以上を求めるのならばもっとやる気の出るような仕事を用意してほしい。
「い、いや、流石にそれは困るのですが。南部ががら空きになったら、皇帝軍に増援が合流してしまいますよ」
「おっしゃりたいことは分かりますがね。それを何とかするのは上層部の仕事でしょう? "延長料金"を用意するなり、別の諸侯に軍役を命じるなり、王家の方で何とかしていただきたい」
こればっかりは僕に言われてもどうしようもない。戦場での指揮は請け負ったが、兵隊の調達までは僕の業務外だ。
「え、ええ、もちろんその通りです。とはいえ、今は上も大忙しですから……少しばかりお時間を頂きたい。一、二週間もすれば、ある程度の方針は示せるはずですので」
いや二週間も待ちたくないんだけど。諸侯の誰かがそう漏らした。僕もまったくの同感だ。こっちだって、いい加減結構な期間従軍してるんだからな。契約の上ではもうすぐ"年季明け"なのに、延長戦なんでマジで御免だろ。僕はいったい、いつになったらリースベンに替えることができるのだろうか……?
4月1日から、新作の執筆のため本作は隔日更新になります。申し訳ありません




