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第539話 覇王系妹の密謀

「ハァ~……」


わたくし様、ヴァルマ・スオラハティはクソデカため息を吐いた。その原因はひとえに、目の前にいるライオン女、アレクシア・フォン・リヒトホーフェンにある。

 時刻はすでに夜半、普段であればお布団でスヤァなお時間にもかかわらず、わたくし様は宿を飛び出して小さな居酒屋に潜り込む羽目になっておりました。居酒屋といっても、門にはすでに閉店中の札がかけられているのですけどね。ついでに言えば、店内の明かりも最低限でなイカニモ怪しげな雰囲気と来てますわ。

 それに加えて、わたくし様にしろアレクシアにしろお供は最低限の護衛のみ。どうみてもマトモな会合では無いですわね。ヤバげな臭いがプンプンでしてよ~!


「人の顔を見ながらその態度は流石に失礼ではないか?」


 アレクシアは唇を尖らせてそんなことをおっしゃいますけども、むろんわたくし様には態度を改める気などさらさら無くってよ。あ~アホくさいですわぁ~……。

 今ごろアル(先生)は、あのいけ好かない宰相とねんごろやってるんでしょうねぇ。なにが悲しくって、こんなむくつけきデカ女と密会しなきゃいけないのかしら? まあデカさではわたくし様も負けておりませんけども。


「でぇ~? どうしてまたこんな時間にわたくし様を呼び立てやがったのかしら~?」


 わたくし様を呼び出したのも、この怪しげな店を手配したものアレクシアなんですのよね~。どう考えても何か悪いことを企んでますわね~。わたくし様は公明正大清廉潔白がモットーですから、こんな胡散臭い催しには参加したくないのですけれど。


「貴殿とまともに話すのは初めてだが、噂以上にせっかちだな。もう少し、こう……段階を踏んだ話し合いがしたいのだが」


 アレクシアはため息をついて、手元の酒杯のワインをちびりと飲んだ。知ったこっちゃねぇ~ですわ~、段階とかクソ食らえですわ~。こちとら男女関係すら段階なんて無視してゴン詰めする派閥でしてよ~。


「まあ、貴殿が冗長な会話を好まぬというのであれば、こちらもそれにあわせよう。北の話は聞いているな?」


「どうやら皇帝軍が不利らしい、ということくらいは承知していましてよ~」


 北、つまりレーヌ市を巡る王軍と皇帝軍の戦いに関しては、遠方ということもありあまり情報が入ってきていないというのが正直なところですけどね~。まあ、王軍には我がスオラハティ軍も参戦しているので、最低限の情報は入ってくるようにしております。まっ、淑女のたしなみってやつですわね。


「ああ……ガレア軍は曲がりなりにもライフル銃をそれなりの数投入してきている。おまけに、火砲もしっかりと装備しているようだからな。南部の戦訓を思えば籠城などは論外、さりとて野戦でも撃ち負けてしまう可能性が高いとなれば、取れる手段は限られてくる」


「なにやら案の定話が怪しげな方向に行きつつありますわね~」


 わたくし様は顔をしかめつつそう言ってやった。まあ、半分はポーズですけども。こんなところに密かに呼び出された時点で、マトモな用件でないのは確実ですものね~。


「防諜の方は大丈夫なのかしら? モラクスは確かにあまり有能な女ではないですけれど、ナメてると痛い目を見ますわよ~?」


「問題ない。我が何のために、会議の間ずっと小さくなっていたと思う? 王国関係者の目をアルベールらに釘付けにするためだ。奴らから見れば、我の役割なぞ終わったも同然。注目も警戒も受けていないのは確認済みだ」


「フゥン、意外とそういう面にも頭が回りますのね~」


 たしかに、この頃のアレクシアの影の薄さは尋常なものではなかったですけど、意図的だったんですのね~。ちょっぴり評価を上げてあげてよいかもしれませんわね~。ま、ちょっぴりだけですけど。その前のポカがひどすぎて大幅上方修正はムリですわ。


「いちいち失礼だな貴殿は……まあいい。単刀直入に言うが、北で間者を手配してもらいたい」


「そう来ると思ってすでに準備万端、王軍を売る用意はできてましてよ~」


 予想通りの言葉に、わたくし様はニヤリと笑った。ま、実際のところ、向こうからアクションがなければこっちから押し売りに行こうと思ってたくらいですもの。そりゃあもう、何もかも用意済みですわ。


「……流石に驚いた。どういうつもりだ?」


「仮想敵が消耗する分にはむしろアドですもの。王軍にはできるだけ悪戦してもらいたいところですわね~? 皇帝軍と共倒れしてくれれば言うことなしですわ~」


 アル(先生)は積極的に王家に喧嘩を売るつもりはない、とおっしゃってましたけどね。向こうは明らかにそういうつもりではないんですもの。将来的に敵対することが確定している相手なら、少しばかり足を引っ張ったところで微塵も良心は痛みませんわ。

 しかも、今はできるだけ時間を稼ぎたい盤面ですものね。新しい後装式ライフル……スナイドル銃だったかしら? 可及的速やかに、あれを揃えたいところですわ。王軍がさっさと皇帝軍を片付けてしまって、そのままこちらに殴り掛かってくるというのが最悪のシナリオですから、それだけは避けたいところですわね。


「さてね、おそらくは貴方の期待する通りの状況だとは思いますけども~」


 王室とわたくし様たちが不仲であることは、このライオン女も承知しているはず。そのくらいの察しがつかなきゃ、わざわざわたくし様にこんなお願いをしに来るはずないですものね~。今回はそれを隠し立てするよりも、ある程度事情を匂わせて向こうからの譲歩を引き出すべきですわ。


「なるほどな。こちらも大概な状況だが、そちらも盤石とはいかぬか……」


 唇を尖らせつつ、アレクシアはワインを一口飲む。……地味に腹立ちますわね~。こちとら下戸で、お酒は全然飲めないのですけども。おかげでアル(先生)の晩酌に付き合う事すらなかなかできませんわ。叶うことならば、彼を飲み潰してそのまま美味しくいただいちゃいたいのですけれど。現実はわたくし様の方が先に潰れちゃうんですわよね~……。


「ちなみに、間者を手配しろとおっしゃいましたが、具体的にはどのような作戦で行くつもりですの~? 大軍を多少の情報漏洩や破壊工作で足止めするのはかなり厳しくってよ~?」


 泥縄式の作戦では、多少優秀な間者がいても上手くいきっこないですものね。アホに手を貸して、こちらにまで火の粉が飛んでくるような事態になっては元も子もありませんわ。この女がどの程度の器かくらいは、確かめておかねば。


「弾薬を狙う。我々にとっての一番の脅威は火器類だ。これを封じることができれば、五分の勝負に持ち込むことができる」


「なるほどね、大変結構ですわ~。じゃ、お望み通り王軍の弾薬集積地を吹っ飛ばせるよう、手はずを整えておきますわね~」


「かたじけない」


 ほっと息を吐いて、アレクシアは頭を下げる。ま、流石にこの辺りは外しませんわね。火力戦ドクトリンの最大の弱点は、弾切れに弱い事。弾薬の切れた小銃はたんなる短槍だし、大砲にいたっては無暗に重いだけの文鎮になりさがりますものね。そこを狙うのはもはや常識ですわ。


「しかし、くだんの戦いには我がスオラハティ軍も従軍しておりますのでね。むろん、あなた方が吹き飛ばしたぶんの火薬は、補填していただきますわよ? それも物納でね」


「チャッカリしているな。まあ、いいだろう。」


 今後の戦いを思えば、火薬はいくらあっても足りませんものね。あれこれイチャモンをつけて、破壊工作で失われた分よりも多くの火薬を引っ剝いでやりますわ。アレクシアはリースベン戦争の敗北以降、自軍でも火器の戦力化を戦力化すべく試行錯誤しているという話だから、火薬類はタップリ在庫があるでしょうね。できれば全部横取りしたいですわね~。

 それに、スオラハティのほうでは姉二号ことマリッタが怪しげな動きをしてますからね。あんまり信用ならないというのが正直なところですわ。あの性悪シスコン女、馬鹿王太子のほうに走るつもりじゃないかしら? マリッタが使える分の火薬を減らして、私の使う火薬を増やす。この策はなかなかによさげですわね。


「アッサリ火薬を渡してくるということは、やはりライフルの実用化はうまくいってないようですわね~?」


「……ああ、なかなかうまくいっていない。ライフル自体はできたのだが、弾の装填に一分も二分もかかるような代物でな。どうにも扱いづらいことこの上ない」


「でしょうね? うふふ~」


 予想通りの答えに、わたくし様はニッコリとほほ笑んだ。わたくし様たちの使うライフルは、最短で二十秒もあれば再装填が完了しますものね。連射速度が三倍も違うのでは、勝負になりませんわ。


「まあ、この問題の解決はそれほど難しい事ではない。レーヌ市の戦いで得た鹵獲ライフルを調べればある程度のことはわかるだろうからな」


 おっと、牽制が飛んできましたわね。ライフルの製法を材料にした取引に応じるつもりはないと。コイツは残念ですわね~、上手くやればいろいろと強請れそうな気がしてたのですけれど。


「それより、貴殿。さっきから実務の話ばかりで、対価を求める様子がないな? まさか、損害賠償の火薬だけでこの話を受けるつもりなのか?」


「ふっ」


 アレクシアの疑問を、わたくし様は鼻で笑った。そりゃあ、ただ働きなんてもちろん御免ですわ。わたくし様がそれを許す相手は世界でただ一人、アルベール・ブロンダンだけですわ~。


「むろん、報酬はいただきますとも。しかし、それは今ではありません。今回の取引の清算は、次回の取引の際に行いますわ~」


「次回、か。なるほど……」


 つまりわたくし様は今後事あるごとにこのライオン女へと強請りタカりをするつもりですよと、そういう宣言な訳ですわ。それを察したアレクシアは、なんとも微妙な表情で酒杯を揺らすばかり。んっふふふ、嫌そうですわね~、楽しいですわ~。


「まっ、安心しなさいな。わたくし様も、取引相手に対するサービス精神くらいは持ち合わせておりますわ~。リヒトホーフェン家もこれからなかなか大変なことになるでしょうけど、その時は是非ともわたくし様を頼りなさいな~。最低限のメンツを保つ手助けくらいはしてあげましてよ~」


 具体的に言えば、南部諸侯とか。たぶん近いうちにゴッソリ帝国南部は削られるでしょうね~。まっ、そのあたりはアレクシアもうすうす察しはついているみたいですけれど。


「痛い所を突いてくる。まるで悪魔と会話しているような気分だ」


 案の定、アレクシアは心底苦々しそうな様子でワインを呷る。うふふ、良い反応ですわ。今回の勝負はわたくし様の完封勝利ですわね~。

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[気になる点] ヴァルマってスオハラティ家では珍しく酒が飲めるタイプ何じゃなかったっけ? [一言] マリッタ、家族全員からよく思われてないんか…
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