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第538話 くっころ男騎士の苦悩

「ぬわああああ……そう来るとはなぁ……」


 僕に抱き着きながら、アデライドが呻いている。エムズハーフェン選帝侯閣下の元を辞した我々は、宿に戻ってきていた。すでにランプの火も落とされており、部屋の中は真っ暗だ。

 そんな暗い部屋の中で二人して何をやっているかといえば、もちろん同衾だった。我々は婚約者同士ではあるが、まだ結婚はしていない。本来であれば寝室を共にするのは避けるべきなのだろうが、アデライドは(そしてソニアも)その辺りはまったく気にする様子がない。……まあ、流石に"初夜"は結婚してからにしよう、という話にはなっているが。


「どいつもこいつも二言目にはアルベールだ! くそぉ、私のだぞ……ふざけるなよ……」


 アデライドはぶつくさぶつくさ言いながら僕に頬擦りをしている。いや、頬擦りというか、もはや頭をドリルにして僕の胸を掘削するような勢いだ。別に痛くはないので放置しているが、何なんだろうかこの動作は。


「まさかの一手、ってやつだね……。選帝侯閣下もとんでもないことを言い出したものだ……」


 ブロンダン家とエムズハーフェン家の次期当主同士を、異母姉妹にしよう。選帝侯閣下が出したその提案は、つまりアデライドと閣下とで僕を共有しようというものに他ならなかった。巻き込まれた僕としては、寝耳に水としか言いようがない。


「それだけ、この同盟に本気になっているということだ……これ自体は、悪い事ではないのだがねぇ。はぁ……」


 ため息を吐きつつ、アデライドは頭でぐりぐりしてくるのを止めた。暗いせいでその表情はよくわからないが、だいぶ困り果てている雰囲気がある。


「一昔前は、こうして同盟者がひとりの男を共有するやり口はよくあったのだ。もっとも、星導教の推奨する一夫二妻制度が普及した現在ではすでに廃れてしまっているがね」


「直接的過ぎる……」


 亜人種族は女性しか生まれない性質を持つ。それだけに、姻戚関係を結ぶにもいろいろな工夫が必要だった。現在は広く行われている、男児を赤子の内から引き取って義理の兄弟として育てるやり方もその一環だ。


「しかし、古臭くとも有効な手であることには変わりない。実際、アル自身も蛮族どもその手を使って蛮族どもの統治しているじゃないか」


「……そりゃそうだね。いまさらか」


 リースベンの蛮族のリーダーたち……つまりフェザリアやゼラ、ウルなどとはすでに結婚の約束をしてしまっているわけだからな。本当に今さらというほかない。正直、このあたりは自分でもどうかと思うがね。マジの種馬以外の何物でもないだろ、これ。相手が多すぎてすでに結婚という感覚じゃないよ。


「とはいえ、選帝侯閣下も『この提案は断ってくれても構わない。じっくり考えてから結論を出してくれ』って言ってたじゃないか。あんまり悩む必要もないのでは?」


 断っていいのならばそりゃ断ればいいんだよ。いや、別に選帝侯閣下のことが嫌いなわけではないがね。とはいえ、結婚云々に関してはもう流石に打ち止めにしてほしいという感覚はあった。一般的な一夫二妻ですら嫁さん二人は多すぎるだろ、みたいな感覚になんだよこっちは。


「……あのだねぇ、アル。彼女がああいったのは、じっくりと考えれば考えるほどこの話を受けざるを得ないからなのだよ。ハッキリいって、我々に選択肢はない」


「エッ……」


 ナニソレ!? 困惑する僕に、アデライドは深々とため息をついた。


「いいかね、この同盟はリスクの大きいものだ。どちらかが裏切れば、もう片方は大損害を被る。だから、私はひとまず強い共通利益を作ることでそれを担保にしようとした。しかし、このやり方はあくまで当面機能するものにすぎない。だから選帝侯殿は、もっと長期的に機能する担保を要求してきたのだよ。血縁という担保をね……」


「……」


 血縁なんぞが担保になるかい! 僕はそう叫びたい気分になったが、グッと堪えた。世襲前提の社会制度で血縁を否定しては、後には何も残らない。それに気づいたからだ。


「逆に言えば、むこうはそれだけこの同盟に前向きということになる。これ自体は、朗報の類なのだがねぇ……はぁ」


 何度目になるかわからないため息をついて、アデライドは僕をぎゅっと抱きしめた。


「……すまない、アル。皆と、そして君自身のために、ちょっとばかりエムズハーフェン家の寝室へ出張してきてくれないか」


「…………」


 婚約者の頼みで他の家の寝室へ出張って、どういうプレイだよ!! そう突っ込みたい気分をなんとか押さえて、僕は無言で頷いた。なんだろうねぇ、いよいよ本格的に種馬だぞ、これは。それも比喩じゃなくてマジのやつ。そろそろ、種牡馬に同胞意識を覚えるレベルだな。


「すまない、本当にすまないね。私がもっと頼りになる人間であれば、このような真似をせずに済んだというのに」


 湿った声でそう言ってから、僕の背中を撫でるアデライド。いや、むしろ悪いのは僕の方だろ。こんないい嫁さんを貰ったってのにさ、男娼まがいの真似に手を出して……。


「アデライドは悪くないよ。すべては、僕の優柔不断が招いたことだ」


「君が私事となるといきなり優柔不断になるのは事実だが、これに関しては"本妻"たる私が全責任を負うべきことだ。私から責任を奪うのはやめ給えよ」


「むぅ……」


 やはり、アデライドは言い嫁さんだ。僕は拗ねつつも彼女にキスをした。アデライドは嬉しさと申し訳なさが混ざった様子で、それを受け入れる。


「……せっかくあちらとも婚姻するのだ。一方的に絞られるばかりでは不平等だぞ? アル。自分を夫にしたいのであれば、それなりの甲斐性を見せろと言ってやりなさい」


「甲斐性、ねぇ」


 確かに、同盟を結ぶのであればそれなりの働きは期待したいところだ。とはいえ、現在のエムズハーフェン軍は我々との交戦で大ダメージを受けている。戦闘不能とまでは言わないが、所領の防衛や治安維持を考えれば遠征能力は皆無に等しい。戦力的にはあまりアテにできないだろう。

 つまり、直接的な戦力供給以外の部分で仕事をしてもらう必要があるってことだな。僕はエムズハーフェン家とその所領についての情報を頭の中に思い浮かべた。あの家はアデライドのカスタニエ家に負けず劣らずの金持ちだし、領地もずいぶんと発展している。おまけに手広く商売もやっているから、物資の収集もお手の物だ。


「……彼女には、後方支援をやってもらおう」


 リースベン軍は正面戦闘力ばかりを強化したアンバランスな組織だ。リースベン領から得られるリソースでは、平時においてすらこの巨大な軍隊を支え続けるのは難しい。ましてや、王軍のような大勢力と本気で殴り合うような事態になれば、間違いなく息切れを起こす。

 それが今まで何とかなってきたのはアデライドという外部心肺があったからだ。とはいえ、彼女だけに頼り切りというのはいかにもマズい。なにしろ今の仮想敵は王家であり、彼女には監視の目が向いている。アデライドはあまり派手には動けない。ならば……。


「ミニエー弾の……前装式ライフル用弾薬の製造法を、エムズハーフェン家に教えよう。その代わり、作った弾薬は優先的にリースベンに卸してもらう」


 しばらくの間、わが軍では新式後装銃と旧式前装銃が混在した状態になるだろう。しかし、これらに対応したいろいろな弾薬をすべてリースベンで生産していたのでは、あまりにも効率が悪い。そこでエムズハーフェン家の出番だ。

 前装式ライフルの弾薬であれば、製造法さえ伝えれば容易にコピーすることが可能だ。しかし、金属薬莢を用いた新式弾薬ではそうはいかない。エムズハーフェン家に従来型弾薬の生産を丸投げし、リースベンは新式弾薬の生産に集中する。こうすれば、短期間のうちに弾薬の大増産が可能になるはずだ。


「連発式火器が普及すれば、弾薬消費量は今とは比べ物にならないレベルに増大する。とにかく、今は弾薬の生産拠点を増やす必要があるんだ。その点、エムズハーフェンは弾薬の新供給源としてはかなり条件がいい。火薬や鉛、油紙なんかをアデライドとはまったく別ルートで仕入れられるからね」


 まあ、弾薬の作り方を教えれば、すぐにエムズハーフェン領でも前装式ライフルのコピーが始まるだろうがな。ガッツリ技術流出になるが、仕方あるまい。後装式のスナイドル銃の配備が進めば、前装式のミニエー銃は陳腐化からな。ま、たぶん大丈夫だろう。いっそのこと、ライフルの方の製造法も懇切丁寧に教えてやって、かわりに対価を受け取る方向の方がいいかもしれんね。


「アルは選帝侯殿にタマを撃ち込み、そのかわりリースベンはタマを受け取ると。そういう取引な訳だね? なるほど、等価交換だ」


 真剣な話をしてる時になんでクソ下品なオヤジギャグをぶっ放しちゃうのかなぁこのセクハラ宰相は! 僕は無言で、彼女にデコピンをした。

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― 新着の感想 ―
[一言] アルくん下手な種馬より種蒔き予定あるよね。 現在11又予定でその他に4人にも好かれてるわけだし
[一言] 親父ギャグってこの世界だとどう言うんだろうね? お局ギャグ?(明後日の方を見ながら
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