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第533話 くっころ男騎士と打ち合わせ

 アデライドを出迎えたあと、我々は歓迎のための昼食会に参加した。イルメンガルド氏の主催で開かれたこの催しははなかなに豪勢なものだったが、なにしろ主賓のアデライドは空の旅を終えたばかりだからな。残念ながら、楽しく美食に舌つづみを打つような余裕はなかったようだ。なにしろ翼竜(ワイバーン)の乗り心地は現代の旅客機などとは比べ物にならないほど悪いので、致し方のない話である。

 そうしてなんとか昼食会を終えた僕たちは、いったん休憩所代わりの談話室へと逃げ込んだ。情報交換と打ち合わせをするためだ。アデライドとは定期的に手紙や電信のやり取りをしていたが、やはり直接顔を合わせての話し合いはしておきたい。


「しかし、君は相変わらずだねぇ」


 革張りのソファにどっかりと座りながら、アデライドはそう言った。少し、呆れたような言い方だった。


「ミュリン家と戦いに行くと言って出陣して、なんでエムズハーフェン家まで倒しているんだ? 手紙一枚で……しかも、事後報告でそんなことを知らされた方の身にもなってくれたまえよ」


 機密保持の観点から、エムズハーフェン領に攻め込んだことをアデライドへ伝えたのはリッペ市が完全陥落し、停戦が成った後の話だった。進行中の作戦についての情報を外に漏らすわけにはいかないので仕方がないのだが、やはりアデライドとしては不満のようだな。まあ、気分はわかるがこればかりは許してほしいだろ。


「ごめん。とはいえ、手紙に機密度の高い情報を乗せるのはちょっと……ね?」


 これは別にアデライドを信用していないとかそういう話ではなく、手紙その物が敵対者に奪われてしまうことを危惧してのことだ。情報というものは、動かしただけでリスクが発生してしまうのである。


「ま、そのあたりは分かっているがねぇ……はぁ」


 ため息を吐くアデライド。僕は苦笑しながら、もう一度「ごめん」と言った。


「まあいいさ、王家に要請されての進軍だというのは承知しているからね。……しかし、王家も無茶を言う。エムズハーフェン家といえば、我が国のオレアン公爵家に負けず劣らずの大貴族だ。烏合の衆の諸侯軍でちょっかいをかけるというのは、いささか危険すぎるような気がするのだが」


 オレアン公爵家か……。僕は去年の夏ごろ起きた大事件、王都の内乱を思い出した。ガレア王国の四大貴族と呼ばれる重鎮の一角、オレアン公爵家。その次期当主イザベルが王家に対して突如牙を剥いたのである。

 あれもまた、なかなか骨の折れる戦いだった。スオラハティ軍の精鋭がちょうど王都に滞在していたこと、そして当のオレアン公本人がこちらに協力してくれたこと。さまざまな幸運に恵まれてこそ、僕は勝利を得られたのである。


「モラクス氏いわく、リッペ市まで進軍するというのは流石に想定外だったという話ですが」


「ミュリン領から軍を北上させれば、嫌でもエムズハーフェンを刺激することになる。君は果敢過ぎる性格だから気にならないだろうが、普通に考えればこれはたいへんに危険な判断だと言わざるを得ないね」


「確かに……」


 腕組みをしながら、僕は唸った。……いや、誰が果敢過ぎる性格だよ。それなりに慎重なつもりはしてるんだが。


「その後の対応といい、モラクスのやり口は気に入らんね。確かに現状の王家最大の懸案事項は我々の存在だろうが、アルベールのような功臣にこのような扱いをするとは。むしろ、我々を煽っているのではないかと邪推してしまいそうだ」


 顎を撫でながら、アデライドは唸るような声で言った。その声音には明らかな不信感が含まれている。


「それはさすがに……考え過ぎだと思いたいけども」


 王室やモラクス氏がなにやらきな臭いのは事実だがね。しかしまあ、頑張って戦った兵隊が銃後でひどい扱いをうけるのは前世でもよくあったことだからな。ベトナム帰りの先輩から聞いたほどアレな扱いはまだ受けていないので、そこまでピリピリする必要はないような気がする。


「なら、いいのだがね。しかし、最悪の状況には備えておかねば。とりあえず、例の"お茶会"とやらで選帝侯殿の真意を確かめてみよう」


 昼食の際、アデライドは選帝侯閣下にお茶会へと誘われていた。まあ、そもそもアデライドがミュリン領までやってきたのは彼女に要請されてのことだからな。いろいろ話し合いたいことがあるのだろう。


「選帝侯閣下か……こっちと協力関係を結びたいという話だったけど、実際どうしたものかな。正直、かなり悩ましいんだけど」


 彼女にどのような返答をするのか、僕はまだ決めかねていた。敵国の大貴族と手を組むというのは、やはり尋常な取引ではない。メリットもデメリットも極めて大きいので、慎重に判断する必要があった。


「そうだねぇ……もし王家との亀裂が決定的なものとなった場合、選帝侯殿が味方に付いていれば状況は遥かに楽になる。これは事実だ。しかし半面、彼女との関係が表沙汰になったり、あるいは裏切られたりすれば、かなり不味い事になる」


 難しい顔をしながら、アデライドはテーブルの天板を人差し指でトントンと叩いた。


「私としても、容易には判断をしかねる問題だねぇ。とにかく、一度選帝侯とは腹を割って話し合ってみることにするよ」


「……僕は、この手の仕事ではまったく頼りにならない。申し訳ないけど、よろしくお願いするね」


 僕は、アデライドの手を両手できゅっと握ってそう言った。自分から政治に関わろうと決心したばかりで何なんだけども、マジで僕はこの手の仕事に向いてないからな。ひとまず、自分で何とかならない部分は人に頼るほかない。正直情けないけれど、みんなに迷惑をかけるよりはマシだ。僕は僕で、自分に出来ることを着実にやっていくしかないだろうな。


「ふっ。なあに、足りない部分を補い合うのが……ふ、夫婦……ってものだろう? 私はいくさに出れない分、こういう部分で頑張らなくてはな。まあ、大船に乗ったつもりで安心してくれたまえよ」


 はにかみ交じりのアデライドの言葉に、僕は思わず真っ赤になった。「う、うん。そうだね。夫婦だものね」と返すと、彼女も照れ顔で何度も頷く。……あー、顔が熱い。こういう不意打ち、卑怯だろ。


「……ああ、そうだ。足りない部分云々といえば、少しばかり私では判断がつかない案件があってね。君の意見が聞きたいんだ」


 猫のように頭をプルプルと振ってから、アデライドは言った。そして、チラリと後ろを振り返る。そこに居たのは、アデライドの専属護衛ネル氏だ。うちのカマキリちゃんによく似た名前だが、こちらは小柄な竜人(ドラゴニュート)の騎士である。

 そのネル氏は、待ってましたとばかり持っていた大きなカバンを机の上に置いた。錠前のついた、デカくて立派なハードケースだ。アデライドがその錠前を開錠し、パカリと開く。中から出てきたのは……二挺の小銃だった。


「おおっ、これは……!」


 思わず、声が出た。大喜びで一挺を取り出し、よく確認してみる。木製の銃床、長い銃身。そして何より、銃身の根元にくっついた鉄製のレバー。外見上は、近侍隊で使われている後装式ライフル・シャスポー銃によく似ている。だが、よく見ればその機関部には固定式の弾倉がついていた。この小銃には、一度に複数の装填することができるのだ。つまりは……連発銃!


「ボルトアクション式小銃、完成していたのか……!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後装連発ライフル銃と後装式大砲プラス榴弾が量産出来るなら、エムズハーフェン領には現在使用中の前時代装備を下げ卸してもいいんじゃないの? 江戸幕府に南北戦争終結で余った中古のシャスポー銃やナ…
[一言] この世界のニンゲンがどの程度小柄なのか分からないけどアリカサ・ライフルなら扱いやすそう。主人公は前世アメリカっぽいけど。
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