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第531話 くっころ男騎士と選手交代

「戦争はもう佳境だというのに、なにやら厄介なことになりつつあるな……」


 宿屋に戻ってきた僕は、ため息交じりにそう呟いた。やはり、あのカワウソ選帝侯閣下はなかなかの難敵だ。茶会という名の会談で、僕は冷や汗をかきっぱなしだった。やはり、今の僕ではあの手の仕事はまだ荷が重い。だからと言って、逃げるわけにもいかないが。


「向こうが秋波を送ってきていることには気づいていましたが。しかし、これほど早いタイミングで協力関係の構築を打診してくるとは。少しばかり予想外ですね」


 僕の対面の席に座ったソニアが、自らの顎を撫でながら言った。彼女はあの茶会には参加していなかったが、もちろんあそこでどのような会話が交わされたのかは洗いざらい伝えてある。この案件は、とてもじゃないが僕一人では判断がつけられるようなものではない。優秀な参謀の助力が必要だった。


「それだけ余裕がないということだろうな。内政も、外交も……」


 あれだけ安全保障体制の再構築を急いでいるというのは、選帝侯閣下の危機感の表れだろう。とはいえ、同様の懸念はディーゼル家やミュリン家も持っていた。帝国諸侯の周辺に対する不信感は尋常ではない。よくもまあこんな状態で国としてまとまっていられるもんだねぇ。


「ま、向こうが段階を踏めなかったのは、アルベールのせいでもあるがのぉ。オヌシが迂遠な手管を好まぬのは知っておったが、あそこまで直接的に切り込むとは。選帝侯殿も苦笑しておったぞ?」


 そんな苦言を呈するのはロリババアだ。彼女は焼酎を手酌でやりつつ、呆れたような目を僕に向けている。


「しゃあないでしょ、僕なんぞが策を弄したところでいいようにあしらわれるだけだもの」


「ま、それは否定せぬがのぉ……」


 何とも言えない表情で肩をすくめ、ロリババアは焼酎を口に運んだ。


「しかし、逆にダライヤは妙に大人しかったな。もうちょっと、こう……大規模な工作とか仕掛けるんじゃないかと思ってたんだけど」


 実際、今回の案件ではダライヤの動きはかなり消極的だった。懸念していたような暴走・独走の気配もない。適度に牽制しつつ、相手の出方を見ている……そういう動き方だ。


「なぁに……そばに暗い伴星がおってこそ、明星はより輝いて見えるものじゃからのぉ? あのカワウソ殿が相手であれば、ワシは引き立て役に徹したほうが良いと判断したまでよ」


「フゥン……」


 くつくつと陰険に笑いつつ、ダライヤはちびちびと酒を飲んでいる。どうも、大人しいのは表面上だけで腹の中では何やら大それた作戦を練っている様子だ。こりゃ、気を緩めない方がよさそうだな。絶対ロクでもないこと考えてるやつだぞ。


「何はともあれ、閣下からの打診が爆弾みたいな案件なのは確かだ。扱いには細心の注意を要する。……そういうわけで、ソニア。モラクス氏のほうの反応はどうだった?」


 我々がエムズハーフェン選帝侯と会談している間、ソニアのほうはモラクス氏と接触していた。目くらましと偵察を兼ねた手だ。僕が個人的に敵の主将たる選帝侯閣下と接触していることが王家に露見すれば、あまりいい顔をされないのは確実だからな。ある程度の手は打っておいた。

 もっとも、モラクス氏個人を足止めしたところでどの程度の効果があるのかは謎だがね。むろん茶会の際は"ねずみ"を近づけさせないための手は打っていたが、実際のところそれにどの程度の効果があるのかはわからん。ウチの防諜担当は、以前にも王家に後れを取っていたしな……。


「あまり良くはありませんね。少しばかり釘を刺されました」


 難しい表情で、ソニアがそう答える。釘、ね……。つまりはまだ警告の段階。ボーダーラインは踏み越えていないようだが。しかし、肝心のボーダーがどこにあるやらさっぱりわからない状態でアレコレせねばならないのはとても神経によろしくない。正直『僕もう知ーらない』つって領地に帰りたいくらいだ。なんでいち城伯に過ぎない僕がこんな薄氷の上でタップダンスするような真似しなきゃいけないんだ、マジでわけわかんないだろ。


「ううむ……難しいところだな」


 僕はダライヤから徳利を奪い、自分のカップに焼酎を注いだ。そのまま、ぐいっと一息に飲み干す。芋焼酎(エルフ酒)特有の芋の香りが鼻孔を支配する。


「……閣下からの提案、二人はどう思ってる? どうにも、僕一人では判断がつかん。みんなの意見を聞きたい」


 選帝侯閣下からは、それなりに魅力的な見返りを提示されている。具体的に言えば、リースベン領からエムズハーフェン領までの街道の再整備だ。今回の作戦における進軍路ともなったこのルートは現在荒れ放題になっており、輸送効率が大変に悪い。

 そこで選帝侯は自分が音頭を取って出資者を募り、この街道を石畳の立派なものへと整備しなおそうと提案したのだ。エムズハーフェン領は交易の中心地であり、ここへつながる街道が重点強化されればリースベン領にも多大な恩恵があるだろう。税金に頼らない収益手段の確保はリースベンの喫緊の課題だ。正直、飛びつきたい気分はかなりある。


「エムズハーフェンの交易圏に参入できるのは、確かに大きいですよ。実際のところ、現状のリースベンでは独力で軍の維持はできませんから。今はアデライドのカスタニエ家がその埋め合わせをしていますが。柱が一本だけではいかにも不安定です。別ルートでも戦費を調達する方法を構築しておいた方が良いでしょう」


「ワシも同感じゃな。今のワシらが飢えずに済んでおるのは、ディーゼル家による食糧援助のおかげじゃ。しかし、経済的な理由でリースベン軍が弱体化し、ディーゼル軍との力関係が逆転するようなことがあれば……とても厄介なことになる。将来にわたって、リースベン軍は周辺諸国の中で最強の存在であり続けねばならぬのじゃ」


 どうやら、ソニアとロリババアは同意見のようであった。彼女らのいうことは、よくわかる。結局のところ、リースベンそのものは貧しい小国に過ぎないのだ。今、我々が大きな顔を出来ているのは、たんに立場不相応な武力を持っているからに過ぎない。

 だったら、その武力で国力を底上げし、軍隊規模に見合った経済力を付ければ良いだけ。ソニアらはそう言いたいのだろう。正論だな。とはいえ、こういうやり方を用いた結果、止まるに止まれなくなり滅んでしまった国などいくらでもあるからなぁ。安易な拡大政策には、少しばかり抵抗がある。

 しかも、この方向性だと結局王家との衝突は避けられないというおまけつきだ。逆賊の汚名とか被りたくないだろ、普通に。ああ、やだなぁ。マジでやだ。半ば身から出た錆びというのは理解しているが、どうしてこうも厄介な立場に立たねばならんのか。


「……なるほど、君たちの意見にも一理ある。とはいえ、今結論を出すのはあまりにも早計だ。せっかくの機会だから、アデライドにも相談してみることにしよう」


 すでに、リースベンのアデライドには救援要請を出してある。翼竜(ワイバーン)を使えば、リースベンからミュリンまでなら日帰りで往復できるからな。出張もそう難しいものではない。


「そうですね。このような問題が相手であれば、私よりもアデライドのほうが適任でしょう。ここは、彼女に任せることにします」


 ソニアはそう言ったが、彼女の目にはたいへんに残念そうな色があった。実は、アデライドと入れ替わりでソニアがリースベンへと戻る予定になっているのだ。なにしろリースベンは不安定な土地だから、領主名代を務められる人間はそう多くはない。僕かソニアかアデライド、この三人のうちの誰かが留守番を引き受ける必要があった。


「面倒ばかりを賭けて、申し訳ない。悪いが、リースベンの方は任せたぞ」


「ええ、もちろんです」


 不満の色をさっと隠し、ソニアは胸に手を当てて一礼した。いや、まったく、本当に申し訳ないわ。人手不足すぎて本気で困るよなぁ……。王家との緊張は日に日に高まっている。正直、こんな有様で大丈夫なのかと心配になっちゃうね。もしも本当に反逆者の汚名を着せられるような事態になったら、そうとうに厳しい戦いが待っているに違いない。はぁ、やんなるね。

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