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第529話 くっころ男騎士の交渉術

 エムズハーフェン選帝侯に誘われ、庭園で始まった小さなお茶会。明らかに腹に一物を抱えている彼女にすっかり気後れしていた僕だったが、同行するロリババアに『お前は既にコマではなくプレイヤーなのだから、その自覚を持て』とハッパをかけられる。

 確かに、彼女の言うとおりだ。すでに僕には少なくない数の部下や領民がいる。いつまでも下っ端気分のままでいては、彼女・彼らに大きな迷惑をかけてしまうだろう。いい加減、意識を変えるべき時が来たのだ。僕は深呼吸をし、選帝侯閣下と正面から向き合う決心をした。


「選帝侯閣下。一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」


「なんなりと、城伯殿」


 僕の言葉を、エムズハーフェン選帝侯は悠然と受け止めた。彼女は片手に豆茶のカップを持ち、柔らかくも油断ならぬ微笑を浮かべている。いかにも強者然とした態度だ。


「閣下は、どういう意図をもって僕をこのような場に招待したのでしょうか?」


「これまた、直球だな」


 クスリと笑って、選帝侯閣下は優雅な所作で豆茶を一口飲んだ。


「そのようなことは、会話を通じてじっくりと探っていくのが一般的ではないだろうか」


「僕はそのような技能は持ち合わせておりません」


 正直に答えると、閣下は思わず吹き出しそうになって口元を抑えた。まさか、こう来るとは思ってもみなかったのだろう。


「いや、面白いな、貴殿は……。別に答えても良いが、それが嘘八百だったらどうするつもりなのだ」


「嘘か真かはダライヤが判別できますので。嘘を吐くのであれば、それはそれで良いのです。そちらがこのような状況で嘘を吐くような相手とわかった時点で、目的の半分は回収できますから」


 ダライヤの肩をポンポンと叩きつつ、僕は薄く笑った。こちらの意図を察したロリババアが、死ぬほど底意地の悪そうな笑みを浮かべてサムズアップする。実際問題、この年齢四桁のババアであれば熟練の詐欺師が相手でも容易に嘘を見破ってくれるだろう。下手なウソ発見器などよりよほど頼りになる。


「……その言い方と手段は流石に卑怯じゃないかなぁ」


 一瞬そっぽを向いて、選帝侯閣下はボソリと呟いた。威厳ある普段の口調とは明らかに異なる、年相応の喋り方だ。この人、意外と素顔は親しみやすいタイプなのかもしれんな。


「結構、結構。ならば、正直に答えよう。私はたんに、君と親睦を深めたいだけなのだ。ただそれだけの目的のために、君を茶会に招待した。……これで良いかね? 賢者殿」


 僕がチラリとダライヤの方を確認すると、彼女はコクリと頷いた。どうやら、嘘ではないようだ。ふーむ、なるほど。親睦を深めたい、か……。まあ、口説いているわけじゃなし、つまりこれはリースベンと友好関係を築いていきたいということだろうか? ……いや、まあ、『(こちらを罠に嵌める前準備として)君と親睦を深めたい』と言っている可能性も無きにしも非ずだが。

 とはいえ、そういう邪心あっての発言であれば、ロリババアが反応するはずだ。それがないということは、ある程度そのままの意味で受け取ってもいいだろう、たぶん、おそらく。


「正直なことを言えばな、貴殿とは二度と戦いたくないのだ。鉄砲だの大砲だのを一方的に撃ち込まれるのはもう御免だし、エルフやカマキリをけしかけられるのはもっと嫌だ。ならば、もう、選べる選択肢はただ一つ。そうだろう?」


「友好関係の構築、ですか……」


「その通り」


 イカサマの種をすべて潰された博徒のような顔で、選帝侯閣下は肩をすくめた。そしてダライヤに流し目をくれ、深いため息を吐く。そりゃあ、ダライヤみたいなヤツがいたら死ぬほどやりにくいだろうね。実際卑怯な手だが、こうでもしないと僕の弁舌力では閣下に太刀打ちできないのだから仕方ない。

 とはいえ、積極的に政治にかかわる決心したというのに、結局ロリババア頼りというのは自分でもいささか情けないとは思うがね。しかしまあ、これはあくまで心構えの問題だ。要するに、上の腰が座ってないと現場が大迷惑をするから気を付けよう。ただそれだけの話である。現実問題、僕の政治能力がゴミカスなのは事実だからな。やはり現状、実務は専門家に任せるほかない。適材適所ってやつだ。


「この際だから本音を言っておこう。此度のいくさによって、我がエムズハーフェンを取り巻く環境は極めて厳しい物になりつつある。合戦に敗れた結果わが軍は著しく弱体化し、その割に日和見に徹した周辺諸侯はまったくの無傷。つまり、我々の一人負け状態だ」


 閣下の口調はたいへんに深刻なものだった。実際、この状況が大変にまずいものであることは、僕にも理解できる。我々の出兵の発端となったディーゼル家とミュリン家のいざこざも、もとはと言えばディーゼル軍が大幅に弱体化した結果起きたことなのだ。

 神聖帝国では同じ国の友邦と言えどまったく信用できない。それはディーゼル家とミュリン家の関係を見れば明白だった。おそらく、選帝侯閣下も同様の懸念を抱いているのだろう。ましてや、彼女の本拠地は交通の要衝。周辺諸侯から見れば、喉から手が出るほど欲しい物件のはず……。


「それに加えて、リヒトホーフェン家の権威の凋落だ。アレクシア陛下の醜態もあるし、聞いた話によればレーヌ市のほうもかなり状況が悪いという話だろう?」


「あちらの戦線の情報は、まだ噂話程度のものしか伝わってきていませんが……我が方が優位を取っている、という話は聞きますね」


 現在、王太子殿下に率いられたガレア軍はレーヌ市を包囲して攻城戦の真っ最中だという話だ。対する皇帝軍は解囲を目指して反撃中とのことだが、上手く入っていない様子である。どうやら王太子殿下は戦場に大砲(我々の遣っている山砲や騎兵砲と同じものだろう)を持ち込んでいるという話なので、攻城戦自体それほど長引きはすまい。


「このまま順当にいけば、リヒトホーフェン家は敗北する。そうなれば、おそらく皇帝の改選運動に発展するだろう。次の皇帝はリヒトホーフェン家以外の家になるやもしれん。……これらの動きが平和裏に進むとは、はっきり言って考えづらい。神聖帝国は荒れに荒れるだろう。場合によっては、帝国という枠組み自体が吹き飛んでしまう可能性もある」


 確かにその通りだ。僕はアーちゃんの顔を思い浮かべた。彼女はこの会議にも同行しているが、明らかに存在感を発揮できずにいる。帝国諸侯であるエムズハーフェン家やミュリン家ですら、露骨に彼女を無視して話を進めているのだ。アーちゃん自身もこの状況には危機感を抱いているようだが、打開策を打てずにいる様子だった。


「統治者が権威を失えば国が荒れる。これは世の理ですじゃ」


 香草茶のお代わりを自分で淹れていたダライヤが、落ち着いた声で言った。湯気の上がるカップに息を吹きかけつつ、彼女は言葉を続ける。


「似たような事件は、我が故国……エルフェニア帝国でも起き申した。天災をきっかけとして当時の皇帝家は人望を失い、帝国には内乱の嵐が吹き荒れましてのぉ。結局内戦は百年も続き、全人口の九割以上が死に絶える事態になりましたのじゃ」


「……なんと悲惨な。そうか、彼女らがあれほどまでに苛烈なのは、長すぎた内戦の影響なのだな」


「いや、エルフが苛烈なのはもともとそういう気質なだけですじゃ」


「あんな連中ばかりでよくもまあ国が成立してたわね!? ……こ、こほん。失礼した」


 思わずと言った様子で選帝侯閣下はそう叫び、はっとなって赤面する。選帝侯閣下、やっぱり素は結構親しみやすい感じの人かもしれんね。


「何はともあれ、内乱は悲惨ですからのぉ。己の郎党と民草くらいは、なんとしてでも守ってやらねばならぬ。ワシはそう思っておりますじゃ」


 そんなこと言ってオメー、一応皇帝位についておきながらわざと国を真っ二つに割ったあげく皇帝の権限すべてを僕に投げつけようとしたよな? 僕がそう思いながらロリババアを睨みつけると、彼女はニヤァと笑ってこちらを見返してきた。このクソババア……。


「……うむ、うむ。私としても、まったくの同感だ」


 そんな裏事情はつゆ知らない選帝侯閣下は、腕組みをしながら何度も頷いた。停戦直後に自らリッペ市の混乱収束に動いたあたり、この方の民を思う気持ちはホンモノだろう。ううむ、可能であれば手を貸したいところではあるな。なにしろ、この状況を招いた責任の一端は僕にもあるわけだし……。

 とはいえ、実際のところ無条件というわけにもいかん。彼女が領主としての責任を負っているように、僕には僕の責任がある。最優先にするべきなのは、リースベン領民の生命と財産を守ることだ。それをないがしろにする人間は、軍人や貴族としての資格はないだろう。


「だが、単独でそれを成すのは不可能に近い。パートナーが必要なのだ。」


「……もしや、それが我々と?」


「その通り。……どうだ、ブロンダン卿。私と手を結ばないか? むろん、一方的に諸君らを利用する気はない。お互い満足できる取引を提供するつもりだ……」


 そう言って、選帝侯閣下はニヤリと笑った。小動物めいた外見に似合わぬ、狂暴な笑みだ。これは……攻勢を仕掛けてくるつもりだな。僕はそう直感した。ちらりとダライヤの方を見る。彼女は、ワシに任せておけとばかりに小さく頷いた。まったく、頼りになるロリババアである。さあて、ここからが踏ん張りどころだぞ……!

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