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第528話 くっころ男騎士と覚悟

 我々がミューリア市に帰還して、四日が経過した。予定通り、ミューリア城では連日講和会議の続きが行われている。やはりロリババアと合流した効果は大きく、彼女は巧みな弁舌を持って帝国諸侯らの交渉担当者を着実に追い込んでいった。

 ただ、敵方もやられるばかりではない。ミュリン家とエムズハーフェン家は連合を組んで抗戦をはじめ、なかなかの健闘ぶりを見せていた。まあ、本来別個にやるはずだった会議を同時進行でやっているわけだから、仕方のない事ではあるが。

 それに、こちらの陣営も一枚岩からは程遠い状況だしな。リースベン代表のダライヤと王室代表のモラクス氏では明らかに描いている絵図が別物だし、諸侯代表のリュパン団長やらヴァール子爵やらも己の利益を求めてあれこれ好き勝手を言ってくれる(うるさいのは断然ヴァール子爵だが)。まさに船頭多くして船山に上る、という風情。

 とはいえ、状況を主導しているのは明らかにリースベン、そしてロリババアだった。リースベン軍は戦場で決定的な戦果を挙げているし、すぐれた交渉人であるロリババアも居る。存在感を示すことができるのも当然のことだった。……まあ、だからと言って好き勝手やりすぎると諸侯らから『、やはり手柄を独占するために我々を当て馬にしたのだ』と批判されてしまうので、彼女らへの配慮は欠かせなかったが。

 そういう訳で、今日は朝からやくたいもない会議が延々と続いていた。なにしろ僕はこの手の仕事が大の苦手なので、たいへんに辟易する。昼になってやっと会議が終わった時には、大した発言もしていないのにヘトヘトになってしまった。


「ブロンダン卿。この後、一緒にお茶会でもしないか? 先日のお礼がしたいのだが」


 そんな僕に茶会の誘いをかけてきたのが、エムズハーフェン選帝侯だった。先日の、というのはどうやら例の昼食会のことのようだ。お返しを貰うほどのもてなしはしていないのだが(なにしろ準備不足だった)、実際のところお礼云々が方便でしかないことは政治音痴の僕ですら察しが付く。

 モラクス氏やヴァール子爵の顔を思い浮かべて一瞬躊躇した僕だったが、一緒に居たロリババアが脇腹をツンツンつついてくるものだから結局誘いにのることにした。あんまり周囲から疑念を買うような真似はしたくないんだが、まあ少しくらいなら大丈夫だろう。……大丈夫であってくれ。


「いやはや、まったく。ブロンダン家は文武ともに凄まじいレベルの人材がそろっているな。議場においても、戦場と変わらぬ手強さだ」


 豆茶のカップを片手に、エムズハーフェン選帝侯閣下が肩をすくめる。ここは、ミューリア城に併設された庭園だ。我々はそこへ折り畳みの椅子やテーブル、茶道具などを持ち込み、優雅なお茶会としゃれこんでいた。

 ちなみに、庭園と言ってもどこぞの宮殿のような風光明媚な場所ではない。ミューリア城は実戦を意識した城塞だから、籠城に備えて内部にも野菜畑が備えられていた。そういう訳で、ここも庭園と聞いてイメージするような洒落た雰囲気は全くなく、どちらかと言えば農村のような空気のある場所だった。まあ、僕としてはむしろこういう落ち着いた場所の方が趣味に合っているが。


「ありがとうございます、閣下。実際、部下に恵まれている自覚はあります」


 ハハハと笑いながら、僕は頷いた。部下のことなので、謙遜はしない。それは彼女らの頑張りを否定することになるからだ。


「とはいえ、ワシとしてはちぃと武に寄りすぎておるのではないかと思っとりますがのぉ」


 皮肉げな顔をしながらそんなことを言うのはダライヤだ。茶会に招かれたのは僕だが、このロリババアも当然のような顔をして同行してきた。これには、流石の選帝侯閣下も苦笑いだった。

 しかし、一応は敵方の諸侯である閣下の前で、わざわざ弱味を見せるようなことを言うんだな。むろん、腹黒いことにかけてはリースベンいちのロリババアだ。何も考えずにこんな発言をしたわけではあるまい。しかし、いったいどういう意図なのだろうか……。


「こればかりは致し方あるまいよ。代々の家臣団も持たぬ身の上から今の地位にまで登ってきたのがブロンダン卿だ。多少の不均衡はあれど、きちんと政治と軍事の両輪を揃えられるだけ上等だ。ましてや、ブロンダン家には貴殿のような賢者もおられるわけだし」


「お褒め頂き恐悦至極……ではありますがのぉ。所詮は老骨ゆえ、なかなか。アデライド殿の助力を受け、なんとかやって行けているという状況ですじゃ」


 ちょっとダライヤさん、ウチの内実をペラペラしゃべるのはやめてくださいよ。まあ、ウチで政務が出来る人材が現状ダライヤとアデライドの二人だけというのは確かだけどさ……。


「今は難儀だろうが、いずれはそれも解消されるだろうさ。ブロンダン卿には人を集める才能があるからな」


 一方の選帝侯閣下は、こちらに意味深な視線を向けてから豆茶を一口飲んだ。……先日は白湯を飲んでいた彼女だが、今日はちゃんと豆茶を飲んでいる。胃腸の具合が改善したのだろうか?


「ありがとうございます、閣下」


「事実を指摘したまでだ。調べた限り、君はいくさに参加するたびに心強い部下を得ている。きっと、此度のいくさでも同じようになるだろう」


「ははは……まさか、まさか。毎度毎度、それほど上手くいくとは思えませんが」


 事実を指摘され、僕は苦笑いするほかなかった。たしかに、僕の陣営は戦争のたびに傘下を増やしている。まあ、意識的にやっているわけではないのだが……。


「そうだろうか? ミュリン伯の孫などは、毎日君のところに通っていると聞いているぞ。そして、当のミュリン伯もそれを止めていない。将来的には、ミュリン家はディーゼル家と同じような立場に収まるのではないかと思っているのだが」


「……」


 いや、本当に耳が早いなこの人。たしかに、イルメンガルド氏の孫……アンネリーエ氏はこの頃連日僕の元を訪れている。本人いわく、勉強のため……らしい。まあ、僕としてもミュリン家とは仲良くしていきたいと考えているので、追い返したりはしていないが。


「いや、貴殿やミュリン伯を責める気はないとも、むしろ、私も一枚噛ませてほしいくらいだ。属する国は違えど、我々は同じ南部諸侯。相争って無益にヒトやカネを浪費するほど馬鹿らしいことはあるまいさ」


「……ええ、そうですね」


 なかなか難しい事を言ってくれるね。確かに、僕もこれ以上の戦争などはしたくもないが。しかし、だからと言って無条件に諸手を上げて友好関係を結ぶわけにもいかないんだよな。

 脳裏に浮かぶのは、先日の昼食会の一件。あの時、ゼラは『選帝侯閣下は銃や大砲を求めてこちらに接近してきたのでは?』という予測を立てていた。きっと、それは真実だろう。だとすれば、あまり無防備に接近していくのも考え物だ。


「とはいえ、僕はたんなる辺境の城伯にすぎませんから。あまり、大それたことは……いてっ」


 ここはひとまず撤退だ。そう思って弁明しようとしたところ、ロリババアに太ももをつねられた。何すんねん! などと思いながらそちらを見ると、彼女は『仕方のない奴だなぁ』と言わんばかりの様子で僕の耳元に口を寄せてきた。


「良いかアルベール。オヌシは確かにいち城伯にすぎぬ身の上じゃが、すでに敵からも味方からもひとかどの大貴族として扱われておる。つまり、オヌシはすでに誰かから一方的に操作されるコマではないということじゃ。そろそろ、プレイヤーとしての自覚を持たねばならぬ時期じゃぞ」


「……むう」


 小声で告げられたその言葉に、僕は唸ることしかできなかった。事実として、僕はド辺境の小領主に過ぎないわけだけが。しかし、よくよく考えれば今の僕は臨時とはいえ兵力一万クラスの軍を指揮している。これは、戦術単位では師団に相当する。これだけの規模になると、当然ながら指揮者は将官だ。

 果たして、僕はその職責に見合った働きができているだろうか? いつまでも、尉官気分を引きずってはいないだろうか? ましてや僕はたんなる軍人ではなく、領邦領主でもある。兵隊たちだけではなく、領民らにも責任を持たねばならない……。

 ……うん、確かにこのままではいかんな。僕は大きく深呼吸して、選帝侯閣下の方を見た。彼女は、明らかに仕事用とわかる笑みを浮かべてこちらを見返してくる。やはり彼女は、何かしらの思惑があってこちらへとアクションを仕掛けてきているようだ。……そうだな、逃げるばかりでは勝利は掴めない。いっちょ、やってみることにするか。

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[良い点] 味方より敵の方が話が早いとかありがちなだけに、ロリのじゃも大変だの
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