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第526話 カワウソ選帝侯とロリババアエルフ(2)

 ダライヤ・リンドはたいへんな強敵である。イルメンガルドの婆さんのその忠告を、私は決して軽く見ていたわけではなかった。しかし、現実は心構えをしていた程度で何とかなるほど甘くない。ダライヤ・リンドは……このクソババアは、いきなり初手でエムズハーフェン家の恥ずべき過去を突いて来た。

 そもそも、歴史ある貴族家にとっては開祖の話はなかなかにセンシティブな話題だった。我々貴族には青い血が流れているなどと言われるが、天地開闢の時から貴顕だった人間などまずいない。いずれかのタイミングで、赤い血から青い血へと変わっただけなのよね」。

 しかも、貴族に序されるような活躍というと、だいたい武功なわけよね。そしてまあ……平民なのに武功を上げられるような力を持ってる人間が、ただの平民のはずがないわけよ。大昔は山賊やヤクザでした、という貴族家は意外と多い。もっともそれをハッキリ表に出すのはいろいろと憚られるから、みんなイイ感じに擬装してるわけだけど。


「まさか、初代様と面識のある方とこのような場で会えるとは。縁とは不思議なものだな」


 邪心など微塵も感じさせないあどけない笑顔のクソババアに、私は余裕ぶってそう返した。でも、内心はとてもじゃないけど平静ではない。ウチの初代様は河賊だった。しかも、極悪非道という枕詞がつくレベルの。

 そもそも私たちがエムズハーフェン姓を名乗ることになったのは、エムズ=ロゥ市(当時はロゥはつかず単なるエムズ市だったけど)の領主になったことがキッカケだ。でも実はこの逸話には裏話があって、エムズハーフェン家初代のゲアリンデは、この街を一から建設したわけでもなければ戦功をあげてどこぞの主君から街を下賜されたわけでもなかった。

 ……じゃあどうやって領主になったかというと、当時の領主をぶっ殺して成り替わったわけ。もちろんとんでもない悪事なのだけれど、幸いにも(?)当時は戦乱の時代だった。戦争に積極的に協力することで、周囲の諸侯からの追認を得ることに成功してしまった。


「まったく、その通りですのぅ。いやはや、かつてのアウラー殿もすばらしい武人にして指揮官でありましたが、当代のツェツィーリア殿も負けず劣らずの素晴らしいお方ですじゃ」


 あんな極悪人と一緒にすんなやァ!! そう叫びかけて、なんとか堪えた。コイツ、わかってて言ってるんだろうか? 実は、確かめるすべがないのをいい事にいい加減なこと言いまくってるだけじゃない?

 ……いや、絶対ないわ。実際に初代様との面識があるかどうかはさておき、エムズハーフェン家の実際の成り立ち自体は絶対に知ってる。じゃなきゃ、初代様を旧姓のアウラー姓で呼んだりしない。そもそも、その名前は今となってはエムズハーフェン家の人間ですら知らない者のほうが多いくらいなのだから。


「よしてくれ、ダライヤ殿。私など、初代様の足元にも及ばぬよ」


 謙遜するフリをしつつ、私は考え込む。このクソババアは、一体どういう意図でこんな話題を出してきたのだろうか? 最初に考え付くのは……脅迫。エムズハーフェン家の真実をバラされたくなければ、要求を呑めと。そういうパターンが一番わかりやすいわよね。

 でも、おそらくは違う。脅迫ならば要求とセットで提示するのがセオリーだし、そもそもよく考えてみれば彼女が初代様の真実について触れ回っても、私たちにはそれほど大きなダメージはない。なにしろ、あの時代からすでに数百年がたってるんですもの。今さら掘り返されたところで、これまでの長きにわたる統治実績のほうがよほど重い。

 もちろん、このダライヤだってそんなことは理解しているはず。この女が只者ではないというのは確かだからね。安易なわりに効果が薄く、おまけに余計な敵を作ってしまうような下策を打ってくるとは思い難い。だとすれば……


「それより、ダライヤ殿。よければ、後ほど当時のお話を聞かせてもらってもよろしいかな? 当家にもある程度の歴史書は残っているが、なにぶん遥か昔の話だから失われている話も多い。せっかく当時を知る者と出会えたのだ。いい機会だから、エムズハーフェン家の歴史を再編纂しておきたい」


「むろんですじゃ。アウラー殿の武勇伝であれば、いくらでも語れますのでな。この婆にお任せくだされ」


 ダライヤは胸に手を当て、恭しく頭を下げた。こちらの提案を予想していたような反応だ。やはり、そういうことね。これは脅迫ではない、挨拶だ。初手で強力なカードを切ることで、こちらがどう反応するのかを観察している。それによって、あちらも対応を変えてくる腹積もりなのだろう。

 いや、それだけではない。これは一種のマウンティングでもあるはずだ。ウチもそれなりに歴史の長い家だ。それに対する誇りもある。しかし、この女は自分の人生だけで、当家を超える長さの歴史を経ている。つまり、少なくとも歴史分野に限って言えば、当家はダライヤの風下に立つほかない。長命種にしかできないタイプのマウンティングだ

 この女、あまりに最悪過ぎるでしょ。脅迫でも取引でもなく、たんに今後のポジションを定めるという目的でこのカードを出してきた場合、私に対抗可能なカードはない。この勝負は自動的にダライヤの勝利ということになる。

 つまり、私は今後こいつとの交渉のたびに初手で一方的に敗北を喫した経験を引き摺り続けることになったということだ。この不利を覆すのはとても難しいでしょうね。ふんぎぎぎぎ……。ああ、せっかく収まってきた胃痛が、また……・


「よろしく頼むぞ、ダライヤ殿。……しかし、流石はブロンダン卿だな。幕下の人材が驚くほど粒ぞろいだ。正直、羨ましいくらいだな」


 ミュリン、ジークルーンの両伯爵と雑談をかわすブロンダン卿を見ながら、私は冗談めかしてそう言った。しかし、これは完全に本音だった。ソニアにしろダライヤにしろ、辺境のいち城伯の部下に収まるような器にはとても見えない。どちらも大国の宮廷でもトップを狙えるレベルの人間のように思える。

 はたして、この二人が本当に従っているのはブロンダン卿なのだろうか? もしかしたら、アデライド宰相という可能性もあるけれど。……合理的に考えると、後者と判断するのが普通でしょうね。でも、私の直感がそれに待ったをかけている。


「ハハ……こればかりは、謙遜はできませんね。本当にその通りだと思います」


 照れたように笑うブロンダン卿に、ダライヤが「そうじゃろぉ?」と言わんばかりの表情を向けた。胡散臭い女だけど、この表情ばかりは本音のように思える。この二人は、かなりの信頼関係で結ばれているみたいね。

 こんな厄介ババア相手に、一方的に搾取されるだけではない関係を築く……ただのシンボルでしかない人間には、そんな真似はできないだろう。やはり、ブロンダン卿は只者ではない。私は彼に対する評価をまた一段階上げた。優秀な部下を見事に使いこなすのも、貴族にとって大切な技能の一つだ。


「つまり、貴殿にはその優れた人材を使いこなす度量があるということだ。誰あろう、エムズハーフェン選帝侯たるこの私がそれを認めよう。貴殿は胸を張るべきだ」


 笑みを浮かべながら、私は彼に向かって頷いた。ダライヤとかいう予想外の難敵は現れちゃったわけだけれども、やはりブロンダン陣営への加入は魅力的だ。順当にお家の利益だけ考えても彼の傘下に入る益は大きいし。強大なライバルの存在は張り合いにもつながる。……いや、ダライヤは少しばかり強大過ぎるけれども。

 ……それに、それよりなにより。ブロンダン卿本人にも興味がわいてきた。ソニア・スオラハティはノール辺境領という大国を捨ててまで彼の下についた。自称蛮族酋長なダライヤも、おそらく尋常ではない経歴をたどっているはずだ。

 つまり、彼には本来であれば自らが王侯になれるような人間すら従わせるだけのカリスマがあるということだ。こういう人間の存在は、間違いなく時代に波風を起こす。そして状況が荒れれば荒れるほど、大きな利益を得るだけのチャンスは増えていくものだ。まったく、面白い事になって来たじゃないの……!

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― 新着の感想 ―
[一言] そいつら「性欲」とか「性癖」拗らせまくってるだけやねん(目反らし
[良い点] そこまでマウントとられても、なお傘下に入る方がよいと計算するエムズハーフェン公も大概やぞ
[良い点] ダライア婆マジでタチ悪いな もっとやれ [気になる点] サブタイトルの番号が(1)になっていますが、正しくは(2)では?
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