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第520話 くっころ男騎士と褒賞要求

 なんとも心休まらぬ会議を終え、僕は川港近くに設営されたリースベン軍の仮設宿舎に赴いた。仮設、といっても行軍中にやるような野営地を作っているわけではない。リッペ市は交易の中継都市だ。とうぜん、港の傍には交易品を一時保管しておくための倉庫が軒を連ねている。その一部を、兵隊用の宿舎として貸し切っているのである。

 いや、まあ、本当ならば、倉庫などではなくちゃんとした宿に泊めてやりたいんだがな。しかし残念ながら、我々はリースベン軍だけでも七百名近い大所帯だ。こんな大人数が泊まれる宿屋などない。

 さらにややこしいことに、この街には僕らの他にも一万名以上(とうぜんながらその中にはエムズハーフェン軍も含まれている)の兵隊が滞在しているのだった。兵隊の寝床になりそうな場所はほとんど奪い合いに近いような状態になっており、たんなる倉庫とはいえ確保するのは一苦労だった。ちなみに、この場所争いに敗れた者は街の外で野営生活を送っていた。……まあ、テント生活よりは倉庫暮らしの方がはるかにマシだろうということで、兵士らには我慢してもらっている。


「いやはや、なにやら面倒な(たいぎぃ)ことになっとりますのぉ」


「ああ。どうにも、な? きな臭いというかさ」


 同情したような目でこちらを見てくるゼラに対し、僕は肩をすくめてみせた。現在、僕らは昼食の真っ最中。宿舎と化した倉庫の前へ折り畳み椅子を並べ、串焼きにした魚やら野菜やらを食べていた。

 串焼きといっても、ただたんに焼いただけの簡単なものではない。特製の香辛料ミックスをふりかけ、燻製焼きにしたバーベキュー串だ。我々の前にはドラム缶サイズまで縮小された蒸気機関車のような形の奇妙な野外調理器具(フィールドキッチン)が置かれており、煙突からモクモクと煙をあげていた。この移動式オーブンで追加の串焼きが焼かれているのである。

 実のところ、わが軍では密かにバーベキューブームが巻き起こっていた。今日年末に開催したバーベキュー・パーティのせいだ。今年導入されたばかりの新兵器、フィールドキッチン。コイツを使えば、出先でも容易に燻製焼きを作ることができる。しかもリッペ市は川辺の交易都市だから、新鮮な魚や香辛料も安く手に入った。そういうわけで、にわかに海鮮(川鮮?)バーベキュー大会が始まった次第である。


「たぶん大丈夫だとは思うんだけど、もしかしたらまた君たちにもうひと頑張りしてもらわなきゃならない事態になるかもしれない。申し訳ないが、その時は頼んだ」


 エムズハーフェン選帝侯は再戦すらも示唆していた。むろんブラフであろうとは思うのだが、万が一ということもある。ゼラたち実戦部隊にも一応警告を発しておいた方が良いだろう。そんなことを考えながら、僕は串に刺さった魚にかぶりついた。

 川魚特有の淡白な味と、香草や舶来のスパイスを組み合わせて作った秘伝のソースの濃厚な香りがよくマッチしている。ウマイ。うまいが……話題のせいで、どうにも楽しみ切れないのが残念だな。僕は内心ため息を吐きながら、楽しげに舌鼓を打つ兵士たちを見回した。今回の作戦で、彼女らはたいへんによく戦ってくれた。にもかかわらず更なる戦いを強いるのはとても心苦しい。


「ま、それがワシらの仕事じゃけぇの。任せてつかぁさいや」


 ニヤッと笑って、ゼラが魚にかじりつく。そして笑みの質を変えつつ、こちらにジロリと視線を送って来た。


「とはいえ、そのぶん論功行賞は期待しとりますがね」


「……君たちアリ虫人隊は随分と活躍してくれたからね。ひとまず、勲章と金一封くらいは用意しておこう」


 実際、リッペ市防衛戦で勝利を掴めたのは、アリンコ隊が粘り強い防衛戦を続けてくれたおかげだ。あらゆる戦術行動の中でも、戦闘中の後退ほど困難なことはあまりない。夜戦という悪条件下でも立派に戦ってくれたアリンコ兵らは兵士の鑑だ。当然ながら、それなりのご褒美を与えるべきだろう。


「流石は兄貴、太っ腹じゃ。じゃがね、まあ世の中にゃあカネで買えんものもそれなりにあるんでね。時にゃあ、そういったモンを与えちゃってもええかもしれんぜ」


「……」


 ゼラの目は露骨に僕の下半身に向けられていた。……大柄な褐色美女からガッツリ性欲の籠った流し目をむけられるの、だいぶヤバイな。ちょっとゾクゾクする。セクハラと見れば即座に制裁に動くソニアも、今はいない。人手不足のあおりを受け、彼女もあちこちを飛び回っているからだ。


女王陛下!(オカン)、自分だけ春を迎えようっちゅうなぁ……少しばかりズルいんじゃあないの」


 ところが、そこへ思ってもみない方向から文句が飛び出した。めいめいの格好で魚介バーベキューを楽しんでいたアリンコ兵どもである。彼女らはアリンコ特有の統率で、自らの上官の周りにワラワラと集まり始める。


「独り身なんはこっちも同じじゃけぇの。ちったぁ分け前が欲しいんじゃが」


アル様(オジキ)ぃ、ワシらもそろそろ男が欲しいんじゃがね。どなたか紹介してつかぁさいよ」


「約束通り、街の男どもは拐かしとりませんけぇのぉ。人肌が恋しいんじゃわ。一夜の愛でええけぇ欲しいんじゃわ」


 口々に愚痴やら要望やらを口にし始めるアリンコ兵ども。戦場では一個の生物のように統率されている彼女らだが、私的な部分ではかなりちゃっかりしている。僕とゼラは顔を見合わせ、思わず苦笑した。


「まぁまぁ、永遠の愛とやらは今は我慢しろ。一夜のほうは……こんなんを男の兄貴に頼むなぁ筋違いじゃろうがね。申し訳ないが、頭領としてなんとかしてつかぁさいや」


「あー、はいはい。わかったわかった」


 要するにゼラは娼館を手配してくれと言っているわけである。図々しいようにも思える要望だが、実際のところ致し方のない部分もある。なにしろ性欲は三大欲求の一つだ。強引に抑え込めば暴発しかねない。コントロールできる形で兵らの性欲を発散させてやるのも将校の仕事の一つなのだった。


「ただねぇ。知っての通り、この街にはもともとの住人よりも多い数の兵隊が詰めかけているんだ。争奪戦になっているのは寝床だけじゃあない。申し訳ないが、君たちの要望を叶えるにはそれなりの時間がかかるということは承知しておいてほしい」


 なにしろこの世界は常時男が足りていない。当然ながら、男娼の数も限られている。そういう訳で、手配にはひどく手間がかかるのだった。


「ええー……」


「ご無体をおっしゃる」


……とはいえ、それは調達側の都合。当然ながら、兵士どもは露骨に不満顔だった。今にもブーイングが飛んできそうな雰囲気である。戦闘後といういうこともあり、いろいろ溜まってるんだろうな……。


「そがいなこたぁ、もっとこう……顔を赤らめながら言うてもらいたかったのぉ。高貴な男騎士様が、男娼云々の話をしよるんじゃ! 堂々とされちゃあ……なんというか、風情がない!」


 一瞬雰囲気が悪くなりかけるも、そこへゼラから絶妙な援護が入った。心底残念そうな声でそんなことを言うものだから、兵士どもは「確かに!」と大爆笑だ。……セクハラで一致団結するんじゃないよ。いや、しゃあないじゃないか。この程度の猥談で恥ずかしがっているようでは兵隊なんてやれんよ。


「……」


 思わず無言で肩をすくめると、ゼラは楽しげに笑いながら僕の肩を叩いた。僕もそれに笑みを返す。内心では、流石はゼラだと感心している。やはり、彼女は部下の統率が上手い。


「城伯様、城伯様」


 そこへ、誰かから声がかかった。そちらに目をやると、そこには姿勢をピシリとただした従兵が立っていた。どうやら、何かの報告があるようだ。


「ソニア様がお戻りになられました」


「おお、昼飯には間に合わないかもと言っていたが……ギリギリ何とかなったようだな」


 僕は薄く笑いながら、燻煙を上げる移動式オーブンに目をやった。アレの中では、まだまだ新しい串焼きが作られている。


「それと、もう一つご報告が。ソニア様が、お客様をお連れになられたようです」


「お客様? そいつは珍しいな」


 眉を跳ね上げてから、僕は従兵の顔をまじまじと見た。彼女の顔には、いささか困惑したような表情が浮かんでいる。"お客様"とやらは、どうやら一筋縄ではいかないお相手のようだ。


「……いったい、どこのどなたを連れてきたんだ、ソニアは」


「それが……」


 従兵の口調はなんとも歯切れの悪いものだった。僕はますます困惑を深め、報告の続きを促す。


「……エムズハーフェン選帝侯閣下がいらっしゃっているようでして」


「は?」


 思わず、妙な声が出た。ソニアと選帝侯閣下? いったいどういう組み合わせなんだそれは。

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