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第419話 くっころ男騎士と難問

 土俵が戦場から議場へと移っても、やはりエムズハーフェン選帝侯は強敵だった。会議室から去るカワウソ獣人貴族の背中を見送ってから、僕は大きくため息をつく。いやはや、まったく。ミュリン家との講和会議は意図的に空転させたが、今回に関しては純粋に相手が手強いがために話が進まない。参ったものだ。

 もっとも、実際のところ僕はこの会議においてはほとんど役割をはたしていなかった。もっぱら矢面に立っているのは、あの王室特任外交官のモラクス女爵だ。先日合流したばかりの彼女は意気揚々と選帝侯閣下に論戦を挑んだが、今のところ成果らしきものは一切上がっていない。

 むろんモラクス氏も大層な肩書を背負っているだけあって、全くの無能というわけでは断じてない。しかし、対戦相手である選帝侯閣下のほうが、一枚も二枚も上手であるのは確かなようだった。


「再戦をしてもかまわない、か。言ってくれるではないか」


 頬杖を突きながら、リュパン団長がボヤく。選帝侯閣下は、こちらがあまり無体な要求をしてくるようであれば再度の実力行使も辞さない、という姿勢を示している。いったん白旗を上げたとはいえ、無条件降伏をしたわけではないということだろう。


「流石は南部の覇者のひとり。一筋縄では参りませんね……」


 難しい顔をしながら、モラクス氏がペンをいじっている。手元のメモ帳には、細かい文字で大量の文章が書き殴られていた。


「王室としては、レーヌ市へ向かう補給路を遮断できればそれでよいのですが」


「王家はそれで満足だろうがね、こちらはそういう訳にはいかんよ。貰えるものは貰っておかねば」


 強い口調でそんな主張をするのはヴァール子爵だ。他にも、彼女に同調する諸侯は何人もいる。この連中は、エムズハーフェン選帝侯家から賠償金をせしめたい様子だった。こっちから攻め寄せておいて賠償金を請求するなんて、いったいどういう猟犬なんだろうな。強盗かよ。

 あー、しっかし本当に面倒くさいねぇ、政治ってやつは。僕の器量では軍事だけで精一杯って感じなんだが。立場が立場なので、まったく知らん顔もできないんだよなぁ。いい加減、政治面の勉強をするべき時期がきているのかもしれん。

 ……政治の勉強って、どうやるんだろうな? 政治家志望の人は、まず先輩政治家の秘書や下働きなんかをやって経験を積むのが一般的なルート、などと聞いたことはあるが。でも、それはたぶん前世のやり方だよなぁ。現世だと……家庭教師を雇うとか?


「エムズ=ロゥ市・レーヌ市間のルートの遮断。および、十分な額の賠償金の支払い。……この条件で、選帝侯閣下が頷く可能性は低いように思える。さて、特任外交官殿。貴殿はこの難局をどう乗り越えるおつもりか?」


意地悪な口調でリュパン団長が指摘する。彼女はどうにもこの文官が気に喰わないようで、事あるごとにこうして嫌味を言っているのだった。


「……」


 しばし黙り込んだ後、モラクス氏は僕とリュパン団長を交互に見た。そして、気が重い様子で口を開く。


「もしエムズハーフェン選帝侯と再び干戈を交えることになったとして。……勝利は掴めますか?」


「相手が選帝侯閣下の軍だけであれば」


 僕が何かを言うより早く、リュパン団長が即答した。これに関しては僕も同感だったが、これ以上戦いたくねぇなぁというのが正直なところだ。こちとら、ミュリン戦から連戦続きなのだ。いい加減、この無益な戦争からは足抜けしたい。

 いい加減兵らも休ませてやりたいし、何より弾薬類がとうとう底をついてしまった。根拠地から遠く離れたこのエムズハーフェン領では、弾薬の再補給も一苦労だ。これはもう、攻勢限界と判断するほかない。僕はリュパン団長の方をチラリと見て、「同感です」と同調した。


「問題は、近隣諸邦の領主らの動向です。アーちゃ……アレクシア陛下のご指摘どおり、この周囲には少なくない数の敵領邦が無傷のまま残っておりますからね。連中は日和見を続けていますが、こちらが弱れば間違いなく仕掛けてきます。あまり損耗を増やすのは得策ではないかと」


「自分のぶんの手柄は立て終えたから、もう店じまいをしたいと。そういうわけだな? 城伯。まったく得手勝手なことだ」


 今度は僕の方が嫌味をぶつけられてしまった。相手はもちろん、ヴァール子爵だ。完全に嫌われてしまった様子である。まあ、しゃあないが。


「ですから、エムズハーフェン軍撃破の戦功は皆で分け合うと申しているではありませんか。独占するつもりなどありませんよ」


 そもそも、今回の作戦はリュパン団長らがいなければ成立しえなかった代物だしな。そういう前提を無視して僕たちだけが手柄を独占するなんておかしいだろ常識的に考えて。


「むやみに新たな戦端を開くのは拙者も反対だ。勝てる戦を順当に取っていくのが兵法の基本。勝利に酔って己の実力を見失うようなものは将としては三流だ」


「リュパン団長の言う通りです。博打めいた作戦は好きませんね、僕としても」


 博打を打ちに行くような局面でもないしな。そんなことを考えながら発言すると、援護したはずの当人であるリュパン団長から「は?」と辛辣な声が飛んできた。辛辣なのは声だけではなく眼つきもだ。なんですかその顔は。


「……加えて申し上げておきますと、エムズハーフェン軍を下したからと言って、これ以上敵勢力圏の奥地に進撃せよと命じられても応じかねます。我々の補給能力は既に限界に達しつつある。これ以上の進撃は補給線の破綻に繋がりますよ」


 これ以上の無茶ぶりをされてはたまらない。僕は念のため釘を刺しておくことに舌。


「むろん、そのようなことを申すつもりはございません。……そもそも、現状ですら想定よりだいぶ奥地にまで進撃してしまっている。まさか、本当にエムズ=ロゥ市を脅かせる位置まで進出できるとは思ってもみませんでした」


 ところが、モラクス氏は実に心外そうな様子でそう反論してきた。は? 現状でも想定外のレベルで奥地に進出してる? いや、いや。進撃を命じたのはアンタでしょうに。

 ……あー、いや、今回の遠征は、思った以上に敵諸侯の動きが悪かったからなあ。敵の抵抗が薄すぎて進撃しすぎちゃいました、みたいな部分は確かにある。まあ、モラクス氏にそれを指摘されたくはないが。お前のせいでこんな遠方で戦う羽目になってるんだぞ僕は。


「……はぁ。まあ、とにもかくにも、選帝侯閣下との交渉を続けましょう。相手は難敵ですが、だからこそ短慮は避けるべきだというのは確かです」


「うむ、それが良かろう」


 はぁ、つまんねーな。そう言いたげな表情でリュパン団長は頷いた。感情的には戦い足りないが、この状況で新たな戦いを始めるのは有害無益であると理解しているのだろう。


「そうすると、我らは暇になるな。まったく……せっかく大戦(おおいくさ)に呼ばれたと思ったら、まさかたんなる勢子役しかできぬとは。口惜しや口惜しや」


「ははは……いくさの虫が収まらぬようでしたら、ウチの連中と合同演習でもいたしますか」


「……冗談はよせ」


 冗談半分に提案されたら、ガチトーンで拒否されてしまった。団長の顔にはマジで嫌そうな表情が浮かんでいる。……え、そんなにイヤ?


「残念ですね。エルフ連中が戦い足りないなどとふざけ腐ったことを抜かしていたので、良い機会かと思ったのですが」


「部下のストレス発散に拙者を使うのはよせ! というか、エルフと戦わせる気だったのか!? ……いやいやいやいや! エルフ連中は、一個大隊に満たぬ戦力で敵本陣に突っ込まされたばかりだろう! それで戦い足りぬとか言ってるとか嘘だろう!? ……がああああっ! ツッコミどころが! ツッコミどころが渋滞している!! んぎぎぎぎ!」


 物凄い顔をしながら絶叫したリュパン団長は、そのまま頭を抱えてうずくまってしまった。な、なんなのさその反応は……


「……じょ、冗談ですよぉ」


 はぁ、なんだろうねまったく。……まあ、それはさておきだ。実際問題、いくら停戦したからって遊び惚けてる場合じゃないよな。いろいろ、手を打っておく必要がある。選帝侯閣下はいまだに強敵だし、モラクス氏も信用しきれないし、ヴァール子爵は僕を目の敵にしてるし。針のムシロって感じだ。

 こういう状況では、敵よりも味方の方が怖いかもしれん。しかし、まさか先制攻撃を仕掛けるわけにもいかないし。うーむ、難しいシチュエーションだな。取れる選択肢が武力一本の僕やソニアでは、うまく対応しきれない可能性もあるな。いや、ソニアに関しては僕と違ってこのごろ政治の勉強にも精を出しているようだが。それにしたって、やはり限界はあるわけだし。


「……」


 そろそろ、ロリババアと合流したほうがいいかもしれないな。搦め手ならば、あのクソババアほど頼りになる人間はそうそういない。できれば、そこへさらにアデライドも加えることができれば最強なのだが。うーむ。なんとか、二人をこっちに呼べないもんかねぇ……。

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