第417話 くっころ男騎士の弁明
リッペ市の占領もひと段落したころ、やっとのことでリュパン団長に率いられた諸侯軍が帰還した。再会を喜ぶ僕だったが、情報伝達の不備からリュパン団長・ジェルマン伯爵の両名から現状を説明せよと詰められてしまう。
そんなことを言われても見ての通りですよと言い返したいところだったが、もちろんそんなことを口にすれば更なる檄詰めが待っているのは間違いない。仕方がないので、僕は改めて認識のすり合わせの機会を作ることにした。
「えーと、皆さんお集まりですね」
リッペ市市庁舎の会議室で、僕は周囲を見回しながら言った。僕の目の前にいるのは、ジェルマン伯爵、リュパン団長、そしてヴァール子爵の三名……つまり、諸侯軍の幹部たちである。
戦場から帰還したばかりで薄汚れていた彼女たちだったが、今では随分と身綺麗になっていた。報告会を開く前に、風呂へ入って戦陣を落としてきてはどうかと提案したのだった。……まあ、その、なんだ。夏場に一週間以上風呂にも入らず動き回ってたわけだから、そりゃあみんなひどい有様だったのよ。
「前置きはいい。さっさとこちらの戦場で何があったのかを教えろ」
腕組みをしながら、リュパン団長がアゴをしゃくる。
「我々が離れた後、このリッペ市で何があったのだ」
「ええと、はい」
威圧的だなぁ。そんなことを想いながら、僕は香草茶を一口飲んだ。
「リュパン軍がヴァール支隊への救援に向かった後、僕はリッペ市の攻略を目指しました。出立前にリュパン団長がおっしゃっていたように、ヴァール支隊への攻撃は陽動の可能性が高かったわけですからね。敵野戦軍とリッペ市の守備隊に挟まれでもしたら、僅か千名の兵力しかないわが軍はあっという間に壊滅してしまいます」
そう言って、ちらりとヴァール子爵の方を見る。彼女は見るからに不機嫌な様子で僕を睨み返してきた。どうやら、自分が囮にされてしまったことに気付いているようだ。……いや、まあ、それは事実だけどさぁ。軍役に招集されておきながら、農村やら隊商やらの略奪だけでお茶を濁そうというほうが無理筋でしょうが。少しくらい仕事をしてくださいな。
「しかし、拙者が出陣した時点では、リッペ市の防衛線にはいささかのほころびもなかったはずだ。豊富な兵力が手元にあった時ですら攻略に難儀していた相手を、どうやって倒したのだ」
唇を尖らせながら、リュパン団長が指摘する。
「豊富な兵力があった、とはいっても……あの時も、攻囲戦に参加していたのは僕の手勢ばかりでしたし」
ちょっとした言い訳を口にしてから、僕は視線を脇に逸らした。リッペ市への攻撃に彼女ら諸侯軍を参加させていなかったのには、いくつかの理由があった。一番大きいものはヴァール支隊への救援を速やかに行うためであったが……もう一つ、大きな理由がある。
理屈としては簡単だ。リッペ市攻略に他の諸侯を参加させておきながら、あとから単独で攻略を成功させてしまったら、手柄の横取りだと後ろ指を指されてしまう可能性が大きいからだ。前哨戦の段階では、諸侯軍の将兵の血は一滴たりとも流すわけにはいかなかったのである。
「それに、確かにリッペ市の正面防備は素晴らしいものがありましたがね。しかし、玄関の警備が厳重だからと言って、裏口まで鉄壁とは限りませんので。やりようはありました」
「裏口……どういうことです?」
ジェルマン伯爵が眉を跳ね上げる。しかし、僕が口を開く前に、リュパン団長が「やはりな」と声を上げた。
「守備隊の目をいったん中央に釘付けにしてから、港側から攻めた……そうだろう?」
「ご明察です」
さすがはリュパン団長、すでに僕の手品の種には気付いていたようだ。まあ、いかにも脳筋めいたリュパン団長だが、実際には名将と呼ばれる類の人物だからな。そりゃあわからないはずがない。
「で、結局リッペ市は、諸侯軍が離れた日の翌朝にはいったん制圧できたのですが……」
「いや、早いな!」
「翌朝って、実質半日じゃないですか!」
リュパン団長とジェルマン伯爵が同時に声を上げる。ヴァール子爵は面白くなさそうな顔で軽く舌打ちをした。
「エルフらが頑張ってくれたので」
これに関しては僕の采配云々よりもフェザリアの頑張りだからな。賞賛は彼女らに向けられるべきだろう。
「まあ、それはイイとして。問題は敵の別動隊です。リッペ市陥落からさして間を置かないうちに、エムズハーフェン軍三千が襲来しました」
「千対三千。個人的には、絶望的な戦力差に思えますが」
腕組みをしたジェルマン伯爵が、難しい顔で言った。しかし僕は首を左右に振る。
「そうでもありません。こちらはリッペ市守備隊が構築した防衛陣地をそのまま流用できましたからね。攻撃三倍の法則を鑑みれば、むしろ戦力的には互角と言っても差し支えない」
攻撃三倍の法則というのは、防御を固めた敵を打ち倒すには相手の三倍の戦力が必要ですよ、という戦場のことわざである。
「それは単なる経験則だろうが……実際問題、防御側が攻撃側の三倍有利だとか、そういうわけではないぞ」
「まあ、そりゃそうなんですけど」
バッサリと切り捨てるリュパン団長に、僕は思わず苦笑した。
「まあ、何にせよそれほど不利ではなかったのは確かです。僕はそちらの軍に救援要請を出しつつ、防御を固めることにしました。相手はしょせん三千、リュパン軍の救援が間に合えばものの数ではありません」
「防御を固めた…………?」
何言ってるんだテメェ? そんな顔をしながら、ヴァールが窓の外へと目を向けた。開け放たれた窓の向こうには、石造りの家が立ち並ぶリッペ市の街並みがある。
「言っていることと実際に起きたことに随分と差があるように見えますが」
「いや、まあ……」
実際、カウンター狙いで反転攻勢を仕掛けたのは事実である。そう指摘されると弱い。しかし、自分から攻撃を仕掛けたと言われるとまたリュパン団長からアレコレ言われてしまうので黙っていてほしい。
「その、なんといいますか……敵の陣営にリヒトホーフェン先帝陛下、エムズハーフェン選帝侯閣下のご両名がいらっしゃると聞いて、思ったんです」
「何を!?」
「暴徒をまる無視してエムズハーフェン軍に専念すれば、三千くらいの兵力なら自前の戦力で食えちゃうんじゃないかって」
「なんで!? なんでそんなこと思ったの!?」
冷や汗をかきながらリュパン団長が叫ぶ。
「いや、だって……こっちは内線側だし、十分に準備された防御陣地もあるし、何とでもなるかなって」
それに、兵の質でもこっちが勝ってたしな。エルフ隊、ヴァルマ隊、そしてネェル。このエースカードが三枚揃ってれば大概の敵はそりゃあ駆逐できるよ。
「市民らの暴動を完全に無視しても、防壁があればある程度は耐えられるということはわかっていましたので。あとは、浮いた戦力をどこに投入するか、という風に考えたんですが」
「理屈ではわかるが、指揮本部から壁一枚隔てた向こう側で市民共が暴れまわることを容認したのか貴様は!?」
「壁一枚あれば上等でしょ」
「……」
処置無し。そう言いたげな様子でリュパン団長は首を左右に振った。
「とはいえ、それで動けるようになったユニットはエルフ隊のみ。彼女らは精強な舞台ですが、単独で用いると流石に決定打に欠けます。エムズハーフェン選帝侯は強敵でしたので」
「まぁ、一個大隊に満たない数の軽歩兵ではね。で、それでどのような采配をされたのです?」
凄まじい顔色のジェルマン伯爵が質問をしてくる。いや、何だよその顔は。僕に奇人を見るような目つきを向けるのはやめ給えよ。
「単独で運用するからパワーに欠けるのであれば、別の味方に合流させればいいかなと。で、いざという時の脱出用に構築していた坑道を転用して、エルフ隊を包囲網の外に出しました」
「坑道!?」
「あとは簡単ですね。エルフ隊とヴァルマ隊による斬首作戦ですよ」
「斬首!?」
ジェルマン伯爵、そんなにツッコまないでください。別に変なことはしてないです。
「……頭が痛くなってきたな。何、坑道作戦をしたのか? よくもまあそんな策を思いついたな」
「いや、別に……坑道戦術は攻城戦における鉄板の作戦でしょう」
「攻囲側の戦術としては、まあベターだが。防御側は使わんだろう、普通」
半目になりながら、リュパン団長は僕を睨みつけた。……そうかな? 対抗措置で穴掘り返したりしない? うーむ。僕の脳内は前世の軍学と現世の軍学がごっちゃになっているので、このへんちょっとあいまいだ。
「その坑道から逆侵攻を仕掛けられる可能性もあります。危険な戦術ですよ、それは」
「その時は坑道を爆破して敵を生き埋めにするつもりでした」
「味方の退路を自ら断つと!?」
ジェルマン伯爵は嘆くような口調で叫んだ。いやまあ、確かに坑道を爆破しちゃったら、エルフ隊の退路が無くなっちゃうけど。でも、坑道の出口を抑えられた時点で退路もクソもないだろ、実際のところ。
「で、結果として、我らの救援を待たずして敵軍を倒してしまったと。滅茶苦茶にもほどがあるな……」
深い深いため息をつきながら、リュパン団長が言った。まぁ、そうだね。ウン。
「……はぁ。女だ男だ以前の問題だな、貴様は。思考が果敢過ぎる。攻撃三倍の法則などと口にしておいて、それを自ら捨て去って敵将の首を狙いに行くとは。拙者などよりよほど猛将じみているぞ、この猪武者が!」
せ、せやろか? 自分では、慎重派のつもりなのだが。少なくとも、エルフどもよりはよほど危険を避けた作戦を立てているつもりだぞ。
「結局のところ、私を囮にして手柄を独占しただけじゃないか。業突く張りめ」
ヴァール子爵の眼つきはひどく恨みがましいものだった。……確かに経過だけ見るとそうなるよなぁ。いや、まあ、申し訳ない事をしたとは思わんが。やる気も無いのに戦場をぷらぷらして盗賊ゴッコに明け暮れてる方が悪いだろ、どう考えても。せめてこちらの部隊と共同して行動していれば、敵に食いつかれることもなかったものを。
「いえ、そういうわけでは。この作戦は、皆様の協力がなければ実現いたしませんでした。今回の手柄はどう考えても共同戦果ですよ。僕一人が独占していいものではない」
「口では何とでも言えるさ……」
唇を尖らせ、ヴァール子爵はそっぽを向いた。
「おい、軟弱者。さっきから聞いていればペラペラと。何が囮だ、ばかばかしい。自分から単独行動をしておいて、いざ不利になったら人のせいか。まったく、男の腐ったような輩だな」
そんな子爵に、リュパン団長が厳しい目を向けた。この二人の仲の悪さは相変わらずだな。まあ、どう考えても馬の合うタイプではないので仕方ないのだろうが。
「……なんだと、貴様ッ!」
「なんだとはなんだ! そもそも、我らが敵軍を手早く殲滅できなかったのも、貴様が逃げ回っていたせいだろうが! 貴様の軍がエムズハーフェン軍を拘束しつづけていれば、会戦は三日も立たずに終わったはずだぞ! そうすれば、リッペ市の救援にも間に合っていただろうに! ああ、口惜しや!」
どうやらリュパン団長は自らがまともに戦う機会を得られなかったせいで不完全燃焼ぎみになっているようだ。いきなりその矛先を向けられたヴァール子爵は、たいそう憤慨する。
「倍以上も戦力差があったのだぞ! 逃げる以外に選択肢があるか!」
「遅滞くらいはできるであろうが! クソッ、まったく……貴様とブロンダン卿を足して二で割れば、丁度良い将になるものを……!」
こんなのと足して二で割るのはやめてください、団長。僕はため息をつきたい心地になって、ジェルマン伯爵に視線を向けた。彼女はやれやれといった風情で首を左右に振る。……たぶん、作戦中もこの調子でずっと喧嘩してたんだろうなぁ。仲裁役をやっていたであろうジェルマン伯爵があまりにも哀れだ。あとでとっておきの酒でも送っておこうかな……。




