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第516話 くっころ男騎士と諸侯の帰還軍

 我が方の指揮本部でアーちゃんとのやくたいもない雑談が交わされる一方、選帝侯閣下の治安維持部隊はリッペ市の秩序を取り戻すべく奮戦していた。聞いた話によれば、閣下は自ら陣頭に立ち混乱する市民らを説得していったそうだ。まったく、貴族の鑑のようなお方である。

 その甲斐あって、リッペ市の暴動は速やかに収束していった。ほとんどの市民らは、自らの街を守るために立ち上がったのである。破壊や略奪の心配がないと分かれば、武器を置いてくれる。一部には火事場泥棒目当てで暴力を煽るような真似をしているような悪党もいたようだが、そのような手合いはエムズハーフェン軍の精鋭部隊によって叩きのめされた。

 彼女らの活躍により、鎮圧作戦が始まって二日が立つ頃にはほとんどの暴徒は解散し、三日目には日常を取り戻し始めた。幸いにも、懸念されていたような事態……つまり停戦破りからの第二ラウンド、みたいな事態も発生していない。わが軍の警戒態勢は肩透かしに終わったわけだ。よかったよかった。


「リッペ市は秩序を取り戻した。そろそろ、将旗を市庁舎のほうへ移してはどうだろうか?」


 四日目。リッペ市から戻ってきたエムズハーフェン選帝侯閣下から、そんな提案があった。つまり、指揮本部を正門前から街中へ移設してはどうか、というお誘いである。まあ、リッペ市は交易都市だからな。我々がいつまでも正門前にたむろしていたら、商人や物資の出入りに支障をきたして迷惑だろう。断る理由もないので、お言葉に甘えることにした。


「立派な建物だこと……」


 リースベン軍の軍旗が掲揚されるリッペ市の市庁舎を前にして、僕はそう呟いた。この街は、エムズハーフェン領の中心地たるエムズ=ロゥ市の衛星都市に過ぎない。にもかかわらず、なんと立派な市庁舎であろうか。この建物はレンガ造りの三階建てで、門前には銅像まで設置されている。

 思わず自分の屋敷と比べてしまい、僕はゲンナリとした心地になった。なにしろカルレラ市の領主屋敷は木造二階建ての簡素な……いや、粗末な建物だ。いい加減、建て替えをした方が良いような気がする。見栄と言ってはそれまでだが、見た目の権威性というのは意外と大切なのである。


「ま、場所が変わったところでやることはそう変わりないわけだけど……」


 我々は庁舎の会議室を間借りし、そこを臨時の指揮本部とした。とはいえ、仕事の内容には変化がない。まず第一に取り組んだのは兵士らの食う・寝る・遊ぶの手配だ。これらを怠ると、軍隊は容易に瓦解してしまう。ちなみに、最後の遊ぶの部分も意外と重要だったりする。なにしろストレスをためた兵隊は何をやらかすか分かったもんじゃないからな。管理できるやり方で適切に発散させてやらねばならない。

 他にも軍の綱紀粛正やら、戦後処理の残りやら、やるべき仕事はいくらでもいあった。書類の山……いや、海に埋まってウンウンと唸る羽目になってしまった僕だったが、数日もしないうちに頼もしい援軍がやってきた。リュパン軍が帰還したのである。


「良くお戻りになられました! いやぁ、皆さまご無事でなりより!」


 戦塵にまみれて戻ってきた諸侯らを、僕は諸手を上げて歓迎した。なにしろ、わが軍はとんでもない人手不足だ。選帝侯閣下があれこれ手助けしてくれているが、それにも限界がある。仕事の量に比べ、事務作業が出来るような人材の数が少なすぎるのだった。とにかく、この持て余した大量の仕事を諸侯どもに投げつけねばならない。

 ところが、諸侯どもの反応はどうにも鈍かった。ガレアやリースベンの軍旗がはためくリッペ市庁舎を見て困惑し、さらに挨拶に訪れたアーちゃんやらエムズハーフェン選帝侯閣下らを見て目を白黒させている。なんだこの反応。そう思っていると、誰かに肩を叩かれた。リュパン団長である。


「おい。おいこら。おいおいおい。ブロンダン卿、どうなっているんだこれは。おい!」


 団長はいかにも猛将といった風情の顔に冷や汗を浮かべながら、僕をガクガクとゆすぶった。


「敵軍はいきなり停戦だとか言い出すし、リッペ市は知らないうちに陥落しているし、敵の大将格二名は捕虜になってるし、なんなんだこれは! 状況を説明しろ!」


「説明しろとおっしゃられましても……ご覧の通りですが」


 僕は困惑しながらそう答えた。いや、だって、そう答えるしかないだろ。他に言いようがない。敵軍の大将をとっつ構えて停戦を結んだ、それだけである。


「有力な敵部隊の攻撃を受け、劣勢……などという連絡を受けた記憶があるが!?」


「いや、あの時はそれなりに劣勢でしたけど……リュパン団長が送ってくれたヴァルマの助勢でなんとかなりましたよ」


「一千対三千のいくさで、なぜ騎兵一個大隊程度の増援を受けただけで完全勝利した挙句街まで落としてるんだ貴様はァ!!」


「あばばばば」


 肩を掴まれガクガクとシェイクされ、僕は情けない悲鳴を上げた。リュパン団長はソニアほどではないにしろなかなかの体躯を誇る竜人(ドラゴニュート)の武人だ。只人(ヒューム)の僕ではマトモに抵抗できない。


「リュパン殿、やめてくだされ! ブロンダン殿が泡を吹いておられますぞ!」


 慌ててリュパン団長を止めてくれたのは、ジェルマン伯爵だった。宰相派閥の一員であり、おまけにリースベンのすぐ隣の領地を治める領主でもあるジェルマン伯爵は、僕にとっては大変に心強い後見人であった。団長の魔の手から逃れた僕は、ホッとしながら彼女に頭を下げる。


「ありがとうございます、伯爵。助かりました……」


「いいえ、お気になさらず」


 ジェルマン伯爵は、その人の良さそうな顔に苦悩の表情を浮かべつつ頷いた。そして、周囲を見回してから深い深いため息を吐く。


「しかし、ハッキリ申しますが私もリュパン殿の同感なのですよ。いったい、これはどういうことなのですか? 説明をお願いしたい」


「はぁ」


 はぁ、じゃないが。リュパン団長とジェルマン伯爵は同時にそう言いたげな表情になった。


「……状況を整理いたしましょう。リッペ市攻囲戦のさ中、我々はヴァール支隊からの救援要請を受けて戦場を離れました。この街の周辺に残された部隊は、ブロンダン殿の麾下の約千名のみ」


 ヴァール支隊。諸侯軍の厭戦派の代表、ヴァール子爵に率いられたやる気のない部隊だ。略奪目的であちこちの農村を行脚していたら、敵軍の主力に捕まって泣きを見る羽目になった哀れなお方である。……哀れか? いや、普通に自業自得だろ。


「はい。まあ、その千名の中には、勇敢な独立騎士諸君も少なからず混じっておりましたが」


 騎士隊の代表者、ペルグラン氏の奮戦は記憶に新しい。彼女が最後まで戦線正面を支え続けてくれたからこそ、我々は勝利を掴むことができたのだ。いくら礼を言ってもいい足りないくらいだよな。


「で、我々とヴァール支隊は合流に成功し、敵軍と対峙した」


 難しい顔をしながら、リュパン団長がジェルマン伯爵の言葉を引き継いだ。


「彼我の兵力差は九千対七千。数的には我が方が有利ではあったが、敵軍は回避に専念しなかなか捕捉できなかった。そうしてモタモタしているうちに、今度は貴様から救援要請が来た。いわく、三千の敵部隊から攻撃を受けているという。拙者はとても慌てた。当初の懸念通りの事態が発生したわけだからな」


「で、救援としてヴァルマ隊を送ってくださったわけですね」


「ああ。本人からの希望もあったし、なにより急ぎの救援に間に合わせるには騎兵隊の機動力を活用するほかはない。適切な判断だったと思う」


 そう言ってから、団長と伯爵は顔を見合わせた。どちらも、妙にくたびれた顔をしている。


「……我々が知っているのはここまでです。やきもきしながら敵軍とやくたいのない追いかけっこをしばらく続けていたら、今度は突然向こうから停戦の申し出がありました」


「ああ。あの時は、いよいよ貴様がやられてしまったのかとひどく焦ったものだ。なにしろ、我々は時間をかけすぎた。あの逃げ足だけは早い軟弱なカワウソどもめ、武器も構えずただただ逃げ回り続けるとは卑怯なり」


 悔しげな様子でリュパン団長は拳を握る。まぁ、しゃあないね。歩兵主体の野戦では、双方が決戦を指向しないかぎりなかなか会戦には発展しない。敵軍のほうに地の利があればなおさらだ。リュパン軍は、逃げ回る敵軍を捕捉しきれずキリキリ舞いさせられてしまったのだろう。


「ところが、実際はこの有様ですよ。困惑するのも当然のことでしょう?」


 ウンウンと頷き合うジェルマン伯爵とリュパン団長。ううーむ。どうにも、情報のやり取りが上手くいってないな。まあ、戦っている間は定時連絡等する暇もなかったのだから、仕方のないことなのだろうが。


「そうはいっても……それほど妙なことはしていませんよ。目の前に手柄首が転がって来たので順当に回収しただけというか」


「それが"妙なこと"以外の何物だというのだ!!」


 言い訳する僕だが、とうとうブチ切れだリュパン団長に一喝されてしまうのだった……。

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[良い点] どうせ榴弾、鉄条網、塹壕、ライフル銃は軍標準になるんだろうから、あとはソニアの腫れた顔の理由とネェルちゃんだけ紹介しとけば(薩摩隼人とか居ませんよ)
[一言]    エルフ まあ鎌倉武士とは別法網に頭おかしい事してるよね(目反らし
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