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第515話 くっころ男騎士とお悩み相談(2)

 エムズハーフェン軍の将兵から冷たい目を向けられ、ショボくれてしまったアーちゃん。手持無沙汰な我々は、彼女の相談に乗ってやることにしたのだが……。


「何か明らかにマズい事をやってしまったことはわかるのだ。しかし、具体的に何が悪かったのかがよくわからん……もしかして、一騎討ちが不味かったのか……?」


 唇を尖らせ、両手の人差し指をツンツンと突き合わせながらアーちゃんは言った。そうとう堪えているのか、普段はつり目がちな彼女が垂れ目になってしまっている。こうなると、ライオンというよりやたらデカい子猫のように見えてなんだかカワイイ。いや、やってることは微塵も可愛くないが。


「なんだ、わかってるじゃないですか」


 ぞんざいな口調で、僕はぶっちゃけた。近隣諸国の王侯の中でも五指に入るほど偉いお方に対する態度ではないが、まあアーちゃんはそんなことはあまり気にしないので良いだろう。今はお付きの人もいない訳だし。


「今回の戦いにおけるアーちゃんの役割って、何だと思います?」


「貴様の身柄を確保することだろう……」


 イジケ口調のアーちゃんに苦笑しつつ、頷く僕。アホっぽく見えるアーちゃんだが、やはりこういう戦術面の判断力は正確だな。まあ、そこが厄介な点でもあるのだが。


「そう、その通りです。選帝侯閣下の作戦は、僕の斬首に特化したものでした。そしてその作戦における槍の役割を果たすはずだったのが、クロウン傭兵団とアーちゃんでした。そのほかのエムズハーフェン軍の役割は、あなたたちを支援すること」


 指揮卓に乗せっぱなしになっている地図の上を指先でなぞりつつ、僕は説明した。作戦の最終局面において選帝侯閣下は飽和攻撃を仕掛けてきた。しかし、その主攻がクロウン傭兵団であったことは間違いない。こちらの防御線を突破してきた部隊のうち、もっとも奥深くに切り込むことが出来たのがアーちゃんたちなのだ。


「……にもかかわらず、アーちゃんは一騎討ちで余計な時間を浪費してしまった。選帝侯家の将兵からすれば、ハシゴを外された気分でしょうね」


「しかし、それは」


 アーちゃんは僕を見てから、何かを考えこむ。そして豆茶を一口飲んでから、ソニアの方に目を向けた。


「結局のところ、この雌ドラゴンを排除せねばアルベールには手が届かぬのだ」


「誰が雌ドラゴンだ雌ライオンめ」


 ソニアは半目になってアーちゃんを睨んだ。しかし、雌ネコ呼ばわりが雌ライオンに改善している。タイマンで殴りあった結果通じ合うものでもあったのだろうか?


「そして、この女を倒そうと思えば、一ダースの騎士をぶつけるよりも我一人で当たったほうが効率が良い。私情で一騎討ちを仕掛けたのかと聞かれれば頷かざるをえないが、全体的に見れば合理的な判断だったと思うのだが」


 あー、なるほどね。意外と考えていらっしゃる。いや、意外というのは失礼か。まあ、何にせよアーちゃんの考えは誤りではない。実際問題、そこらの騎士が十人二十人居たところで暴れるソニアを抑え込むのは不可能だ。ならば、ソニアに匹敵する剣士をぶつけてしまえというような作戦になるのは自然な流れだろう。


「ならば、貴様がわたしを抑え込んでいる間に、別動隊によってアル様の身柄を確保するべきだったのだ。……まあ、むろんそのための備えはしてあったがな」


 ピシリとソニアが指摘する。ちなみに、備えというのはジョゼットら幼馴染の騎士たちのことだ。ソニアが釘付けにされた場合は、彼女らが壁となって僕を守る手はずになっていた。実際一騎討ちの最中にも戦闘は続いてたため、ジョゼットらはかなりの活躍ぶりを見せてくれた。

 まあ、そうは言っても懸念していたほどの集中攻撃は受けなかったがね。どうやら、クロウン傭兵団の面々はアーちゃん直々に「あえてアルベールを狙う必要はない。彼は我の獲物だ」などと事前に説明されていたようだ。そういうとこだぞアーちゃん。


「男を賭けて一騎討ちをしているのだぞ? そんな情けない真似ができるか! ……たとえエムズハーフェン殿が我と同じ立場だったとしても、彼女だって我と同じ手に出るはずだぞ。後ろ指を指される謂われはない」


 唇を尖らせつつ抗弁するアーちゃん。選帝侯閣下は戦争の真っ最中に男を賭けて一騎討ちなんかしねぇよ、というツッコミはさておき、確かにアーちゃんの言う事にも一理があった。貴族ほど体面を重視する生き物はそうそういない。一見非合理的でも名誉を重視した選択をするのは当然のことだった。


「まあ、そうでしょうけどね。でもエムズハーフェン家の人たちにとっては、そんなことはどうでもいい事ですからね。……そもそも大一番で男を賭けた一騎討ちなんかするのが駄目、というほかないですね。そんなことは平和な時代にやってください」


「みぎゅっ……」


 奇妙な鳴き声を上げるアーちゃんを半目で睨みつつ、僕はため息をついた。そして香草茶を飲み、茶菓子をつまむ。


「まあ、いったんそれは横に置きましょ。それよりなにより、たぶん彼女らが一番怒っているのはアーちゃんが連れてきた戦力が少なすぎたことだと思うんですよ。神聖皇帝は帝国諸邦の防衛義務を負ってじゃないですか。なのに、いざ侵攻された時にやってきた援軍は僅か一個中隊。これはマズイですよ」


 そもそも、本来であればこの戦いはアーちゃんの軍が主力となるべきだったのだ。にもかかわらず、実際のアーちゃんは精鋭部隊の前線指揮官程度の活躍しかしていない。下っ端貴族ならそれでよいのだが、上の人間がこの調子ではそりゃあ落胆もされるだろう。立場は高くなればなるほどより多くのことを求められるのだ。


「仕方ないだろうが! ガレア軍の主攻の矛先はレーヌ市に向いていた! 明らかに陽動でしかない南部戦線に、それほど多くの戦力は振り分けられん。正規軍が手一杯になっている以上、動かせる戦力は我が手勢以外にはいなかった」


 半目になりながらアーちゃんが抗弁する。こればかりは、彼女にも言い分があるようだ。


「……それに、一個中隊では足りぬことなどわかっていた。だから、手すきの南部諸侯に軍役を要請して援軍を出させようとはしていたのだ。しかし、どいつもこいつもあれこれ理由をつけて兵を動かさなかった。我自ら彼女らの所領を訪れ、直談判までしたにも関わらずだ!」


 もはや明らかに内緒話では済まないトーンの声で、アーちゃんは嘆いた。……あなた、そんなどぶ板営業みたいな真似も出来たんですね。


「あの軟弱者どもは、破竹の勢いでミュリン家を打ち破ったリースベン軍に恐れをなしているのだ。わが身可愛さに友邦の危機を見過ごす帝国貴族の面汚しどもめ……!」


 深々とため息を吐くアーちゃん。能天気に見える彼女にも、それなりの悩みはあるようだった。ガレアもガレアで問題が山積しているが、神聖帝国はそれ以上だなぁ……。


「それでいいのか、帝国諸侯」


 僕と同じ感想を持ったらしいソニアは首を左右に振り、ツッコミを入れた。


「良いわけないだろうが! そもそも、当のエムズハーフェン軍ですら、火の粉が飛んで来る前は日和見の姿勢だったのだ。やはり、このままでは駄目いかん。今のままでは、神聖帝国は国とは呼べぬ。もっと権威のある政府を作らねば、じきに外国(とつくに)に食い荒らされてしまうぞ……!」


 実際、神聖帝国はこうしてガレアによる侵攻を受けてるわけだしなぁ。防衛システムが機能不全を起こしているというのは、確かに早急に何とかするべき課題やもしれん。まあ、僕からすれば他人事なわけだが。


「ちなみに、援軍を得ようと各地を行脚したことは選帝侯閣下に伝えましたか?」


「いや……前当主が直接出向いてまで軍役を招集したというのに、拒否されたともなると大恥だからな。援軍はないとだけ伝えて、あとは隠していた」


「……そこはむしろ腹を割って話し合ってた方が、危機感を共有できて良かったかもしれませんねぇ」


「いわれてみればそうやもしれんな……」


 ガックリとうなだれるアーちゃん。まあ、後の祭りってやつだな。


「まあ、何はともあれアーちゃん……いや、リヒトホーフェン家は主君としての責務を果たせなかった。少なくとも、エムズハーフェン家にとっては。やはり、これはデカいですよ」


「……うう」


 とうとうアーちゃんは指揮卓にへたりこみ、情けのない声を上げ始めてしまった。


「これは道理の話をしているんじゃないんですよ。あくまで、感情の話です。エムズハーフェン軍にとって、アーちゃんは頼りになる上長ではなかった。おまけに、そんな火急の事態に男の尻を追いかけて遊んでいるように見えた。そりゃあ怒りますって、みんな」


「むぅ。しかし、しかし……」


 ぐぎぎぎと苦悶するアーちゃん。気分はわかるよ、気分は。彼女にも言いたいことの一つや二つはあるだろうさ。けどまあ、これは相手がどう受け取るかという話だからな。言い訳なんかしたってしょうがないだろ。そんなことをしたって、むしろ火に油を注ぐだけだ。


「思うに、貴様の一番の落ち度は臣下を納得させられなかったことではないのか?」


 思案顔で、ソニアが指摘した。失敗をほじくり返しているというよりは、相手を通して自分の行動を顧みているような口調だった。


「……人の心を本当に動かすのは、利益や道理ではない。納得だ。納得さえすれば、人は大損をしようとも気にならぬし、時には自らの命すら投げ出すこともできる。貴様は、臣下を納得させることができなかった。だから失望されたのだ……」


「う、うむ……うむ……」


 この指摘には、アーちゃんも黙らざるを得なかった。僕とソニアを交互に見て、しばらく考え込む。そして、カップの豆茶を飲み干してから、またうむうむと思案し続けた。


「……うむむ。確かに、その説明は"納得"できるやもしれん」


「ああ。正直、わたしも偉そうに人に指図できるほどの人間ではないのだが。……しかし、アル様を見ていると、何となく理解できるのだ」


「そうか、アルベール。そういうことか。確かに、この男は我などよりよほど人望がある……」


 何かを得心した様子でソニアとアーちゃんは頷き合い、そして僕の方を見た。えっ、えっ、なんなの? えっ?


「だいたい分かった。ありがとう、アルベール。我も、一度(わらべ)に戻ったつもりで、学びなおしてみることにしよう」


 決意を秘めた目つきで、アーちゃんはそんな宣言をする。ううん? いまいちよくわかんないけど、まあ本人が納得してるんなら別にいいか……

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― 新着の感想 ―
[良い点] という事で虜囚のあーちゃんはリースベンまでついてくるのであった。めでたしめでたし
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