第508話 くっころ男騎士と女の戦い
アーちゃんとの一騎討ちを優位に進めていたソニア。しかしアーちゃんは氷の魔剣の力を生かした卑劣な策を用いてソニアの剣をへし折ってしまった。攻撃のさなかに武器を失ってしまったソニアは特大の隙を晒してしまい……
「獲った!」
喜悦の滲んだ声と共に、白刃がソニアへと迫る。僕は思わず、腰の拳銃に手が伸びた。本来、一騎討ちのさなかに他の者が手を出すのはご法度だ。我が義妹カリーナなどは、それが原因でディーゼル家を勘当されてしまったほどだ。しかし、どれほどの不名誉を被ったところでソニアが死んでしまうよりはよほどマシというものだろう。
「そう来ると思ったぞッ!」
しかし、僕が銃を構えるよりも早くソニアは反撃に転じた。刀身の半ばで折れた愛剣を躊躇なく放棄し、唐竹割りの要領で振り下ろされた氷の魔剣を腕をクロスさせて防ぐ。変則的な真剣白刃取りのような状態だ。氷の魔剣と籠手の装甲がぶつかり合い、ギャリギャリと音を立てる。結局、その刃はソニアに届くことなく停止した。魔剣の放つ冷気が籠手を凍り付かせ、装甲を真っ白に染める。
「ノール辺境領に生まれたこのわたしがッ!」
しかし、ソニアの反撃はこれで終わりではなかった。彼女は交差させた腕で巻き取った氷の魔剣を強引に引っ張りつつ、アーちゃんに足払いをかけた。渾身の攻撃に見事なカウンターを喰らう形になり、さしものアーちゃんもひっくり返されてしまう。
「グワーッ!」
「鋼が寒さに弱いことを知らぬとでも思ったかァーッ!!」
ソニアはそのまま、アーちゃんが握ったままの氷の魔剣を蹴り飛ばした。そしてさらに起き上がろうとした彼女の顔面に強烈な膝蹴りをお見舞いする。脚甲と兜のバイザーがぶつかり合い、交通事故を思わせる大音響が周囲に響き渡った。
「グワーッ!」
全力の膝蹴りを喰らったアーちゃんは軽く三メートルは吹っ飛び、地面をバウンドした。その拍子に胴鎧と兜を接続しているロックが緩み、兜がどこかへ飛んで行ってしまう。
「そのまま死ねッ!」
露わになったアーちゃんの顔面に向かって、ソニアはキックを繰り出した。まるでサッカーボールを蹴るかのような、無造作で強烈な蹴りである。騎士の一騎討ちというよりはヤクザの制裁のような戦いぶりだ。
「流石だな! ソニア・スオラハティ……!」
だが、この程度で一方的にボコボコにされるアーちゃんではない。彼女はキックをひょいと回避し、もう片方の足へとタックルをかけた。今度はソニアが「グワーッ!」と叫び、地面に倒れる羽目になる。
「ますます欲しくなったッ! お前もッ! アルベールもッ!」
したたかに背中を打ち付けたソニアにアーちゃんが馬乗りになる。そのままソニアの兜を掴み、放り投げた。そしてそこへパンチをお見舞いする。当然ながらアーちゃんも籠手をつけているので文字通りの鉄拳だ。ガツンといい音がして、ソニアが苦しげなうめき声を上げる。
「我のモノになれ、ソニア・スオラハティ! 主従ともども愛してやるぞ!」
「誰かれ構わず発情しおってこのドラ猫がァ!!」
二発目のパンチをソニアは手で受け止めた。そしてアーちゃんの顔面に頭突きを喰らわせる。思わず怯むアーちゃん。もちろん、ソニアはその隙を逃さない。彼女の腰を掴み、横倒しにする。今度はソニアの方が馬乗りになった。攻守交代だ。
「やっちまえソニアーっ!」
「オオオオオオオッ!!」
プロレスでも観戦しているような心地で叫ぶ僕に、ソニアはホンモノの竜を思わせる方向で応えた。渾身の力を籠め、アーちゃんの顔面をブン殴る。なかなかに良い音がした。体格ではアーちゃんに劣るソニアだが、膂力に関しては決して劣っていないように見える。
「去年の借りは今回ですべて返してやる! リースベン戦争ではよくも好き勝手してくれたな、メス猫がッ!!」
「アババーッ!!」
容赦のない顔面パンチの嵐がアーちゃんを襲う。全身甲冑を着込んでいる以上有効打を入れられる場所がそこしかないのはわかるが、見目麗しい長身美女が顔面をボコボコに差れている姿はなかなかに凄惨だ。おもわず「うわぁ」なんて声が出てしまう。
「言わせておけばッ!」
が、少々ボコられた程度で白旗をあげるほど、アーちゃんは殊勝ではなかった。ソニアの腕を掴んでパンチのラッシュを止め、そのままグググと押し込み始める。地面を背に舌アーちゃんに対し、彼女に馬乗りになった体勢のソニアは力比べになるとかなり不利だ。歯を食いしばってお返そうとするも、最終的に無理やりマウント態勢を解除されてしまった。
「ぐぎぎぎ……」
「どうしたどうしたァ!」
両者はがっぷりよつになって力比べの姿勢だ。こうなると、流石に体格に劣るソニアは不利だ。ぐいぐいと押し込まれる彼女を、ライオン女は獰猛な笑みを浮かべて挑発した。
「貴様がどう思おうがッ! アルベールは我が頂いていくッ!」
「させんと言っているだろうがァ!!」
「グワーッ!」
ソニアは巴投げを仕掛けた。アーちゃんの大柄な体が宙を舞う。我が副官には幼いころから柔術を仕込んである。この程度の芸当ならばお手の物だ。
「それでこそッ! 我がライバルだッ!」
が、アーちゃんは見事に空中で態勢を立て直し、上手く着地した。そのまま地面を蹴りソニアに突進を仕掛ける。
「誰がライバルだこの横恋慕三十七号!! 貴様などわたしの眼中に入っておらんわ!!」
ソニアは強烈なストレートパンチで彼女を迎撃した。アーちゃんは顔面でそれを受け止めたが、怯みもせずにフックを繰り出す。頬を思いっきり殴られて、ソニアがたたらを踏んだ。……というか何なの? 横恋慕三十七号って。
「つれないことを言ってくれるじゃないか。エエッ!?」
「減らず口ばかりペラペラ、ペラペラ! 本当に貴様は発情した猫以外の何者でもないな!!」
口ぎたなくお互いをののしりながら、彼女らは熾烈な殴り合いをつづけた。パンチが命中するたびに、ショットガンの銃声を思わせる重苦しい音が響いた。おそらく、僕があのパンチを一発でも喰らった日にはそのまま昏倒してしまうことだろう。大柄な亜人同士の拳はほとんど鈍器のようなものだ。
「オオオオン!!」
「ガアアアアッ!!」
そのうち、とうとう二人は言葉すら失って獣じみた咆哮を上げるようになった。本物の竜と虎が戦っているようだ。いや、アーちゃんは獅子獣人だが。
「なんか思った以上にひどいことになって来たぞ」
両者の殴り合いは苛烈さの度合いを増しているが、二人とも倒れる気配はまったくない。なにしろどちらも化け物じみたタフネスの持ち主で、しかも甲冑を纏っている。タイマンの殴り合いならばそうそうノックダウンするものではなかった。
「益荒女どうしがアル様を取り合ってあれほど激しく戦ってるんですよ。ハハハ、男冥利に尽きますね」
愉快そうに笑いながらジョゼットが言った。笑ってる場合かよ!
「ちょっと困った。どうすりゃいいんだ、コレ」
「勝者にキスをしてあげる準備でもしてればいいんじゃないですかね」
僕は思わずため息をついた。万一アーちゃんが勝っちゃったらどうするんだよ、それ。いや、ソニアが負けるとは思ってないけどさ……。
「ま、コイツは女と女の真剣勝負ですからね。きっちり最後まで見守ってやるのが、男の甲斐性ってもんですよ」
「左様で」
戦争の真っ最中なのに、そんなに長閑なことでいいんかね? 僕は肩をすくめた。まあ、今頃はヴァルマやフェザリアの方でも作戦が最終局面に入っているはずだ。ソニアの決戦を見守りつつ、彼女らからの朗報を待つことにするか……。




