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第505話 くっころ男騎士と川辺の決闘

 戦いは数だよ、とはよく言われることだが、実際のところ質の面で圧倒的に優越していれば多少の数の差などひっくり返してしまえるのもまた事実であった。そういう意味では、アーちゃんが自ら一騎討ちを仕掛けてきてくれたのは大変にありがたい。彼女は僕より遥かに優れた剣士だ。まともにぶつかり合えば、少々の雑兵などでは簡単に蹴散らされてしまう。

 もっとも、それは向こうから見ても同じことだったのかもしれない。アーちゃんが優れた剣士であるように、我が方のソニアも尋常な騎士ではなかった。最強戦力には最強戦力をぶつけるんだよ! みたいな。何はともあれ、こうしてガレア王国最強の騎士と、神聖オルト帝国最強の騎士の一騎討ちが始まったわけである。


「……」


「……」


 ソニアとアーちゃんは、剣を構えたまま無言でにらみ合っていた。一騎討ちには必須のはずの名乗り合いすらしていない。お互い、もはや言葉は不要だと考えているのかもしれなかった。いつの間にか周囲の敵味方も戦いの手を止め、固唾を飲んで二人の立ち合いを眺めている

 ソニアの得物は両手剣、アーちゃんは片手剣と盾という組み合わせだ。体格はアーちゃんの方が優れているが、技量に関してはソニアのほうが優れているようにも思える。なかなか伯仲した対戦カードだが、勝つのはソニアだ。僕は堅くそう信じていた。


「ふっ!」


 先に仕掛けたのはアーちゃんだった。彼女は地面を蹴り、弾丸のような勢いでソニアに肉薄する。冷たい光を放つ魔剣を真っすぐに構え、目にもとまらぬ速さで刺突を放った。


「この程度で!」


 並みの騎士であれば何もできずに串刺しにされるであろう一撃ではあったが、相手はあのソニアだ。この程度でやられるようなヤワな奴じゃない。紙一重で刺突を回避し、お返しとばかりに両手剣を振り下ろす。


「ふん!」


 アーちゃんはそれを盾で防いだ。装甲の表面に描かれたリヒトホーフェン家の家紋の紋章がガリガリと削れ、火花を散らす。さらに、攻撃を受け流しつつもアーちゃんは膝蹴りを繰り出した。攻防一体の見事な体捌きである。

 ソニアはこれを肘でブロック。燕のような勢いで剣を翻し、二の太刀を放った。逆袈裟に切り裂く鋭い一閃だった。今度はそれを剣で弾くアーちゃん。そのままグッと足を踏ん張り、盾でソニアをぶん殴った。獅子らしい豪快な戦いぶりだ。


「グッ!」


 ソニアは盾を小手で受け止め、数歩後退する。体格では明らかにアーちゃんのほうが秀でている。純粋なパワー勝負ではソニアが不利だ。


「セイッ!」


 むろん、その隙を逃すアーちゃんではない。彼女は剣を真上に振り上げ、唐竹割りの要領で振り下ろした。ソニアは即座にそれを両手剣の腹でガードする。剣と剣がぶつかり合い、青白い火花が散る。


「う……るァ!!」


 今度はソニアが仕掛けた。袈裟懸けに振り下ろされた両手剣を、アーちゃんは自分も剣で受け止める。ソニアはぐいと踏ん張ると、つばぜり合いが始まった。


「冷気……」


 刃をギリギリと鳴らしながら、ソニアが呟いた。


「氷の魔剣というわけか。相変わらず妙な得物を使う」


「前の愛剣はアルベールに折られてしまったからな……竜人(ドラゴニュート)は寒さに弱いと聞いたぞ。さて、少しは効果があるとよいのだが」


 アーちゃんの声には喜悦の色があった。とっておきのオモチャを紹介する子供のような声音だ。……しかし、氷の魔剣ね。前使ってたのは雷の魔剣だったが。いろいろな武具を持ってて羨ましいことだ。

 というか、めっちゃ便利な代物持ってるじゃん。冷気を出せる剣? そんなものがあったら、移動式の冷蔵庫が作れるじゃないか。最前線でも新鮮な肉や野菜が食べられるようになるぞ。なんでその機能を剣なんかに組み込んじゃったんだよ、勿体ない。戦利品としてブン獲って冷蔵庫に改造できないだろうか?


「残念だがわたしはガレア北端の生まれでな……! その程度の冷気など物の数ではない!」


 ソニアは咆哮を上げながらアーちゃんを弾き飛ばした。嘘つけお前めっちゃ寒がりじゃん。温暖極まりないリースベンの冬ですら寒い寒いと言って僕に四六時中くっ付いてただろ。


「そいつは残念!」


 笑いを含んだ声でそう応えつつ、アーちゃんは猛攻を仕掛けた。片手用にしては大ぶりの氷の魔剣とやらを軽々と振り回し、ソニアを巧みに追い立てていく。彼女はそれを愛剣で防ぎ続けていたが、気づけば吐く息が白くなっていた。どうやら、魔剣とやらの冷却性能はなかなかのモノらしい。竜人(ドラゴニュート)が寒さに弱いのは事実だから、相当戦いにくいはずだ。


「貴様の思い通りにはさせん……!」


 長期戦は不利だと直感したのだろう。ソニアは大きく息を吸い、そして吐き出した。そのままアーちゃんの剣舞のような斬撃の隙間を縫い、反撃を開始した。身の丈を超える長さの両手剣を軽々と振り回し、アーちゃんに斬りかかる。


「おおっと!」


 氷の魔剣でその一撃を受け止め、愉快そうな声を出した。


「流石は北方の竜、一撃の重さが尋常ではない。片手で受け止めるのはなかなか骨だ」


「だったら身体で受けるがいいッ!」


 気迫のこもった叫びと共に、ソニアは猛烈な連続攻撃を仕掛けた。余裕ぶった言葉を吐いていたアーちゃんだが、ほとんど暴風か竜巻のようなソニアの攻め手には流石に防戦一方になってしまう。死神の大鎌めいて振るわれる刃を氷の魔剣で弾きつつも、一歩また一歩と後退していく。


「行け―! ソニア! そのままぶっ潰せ―!」


「陛下! いけません、いったん態勢を立て直すのです!」


 戦いを続けつつも、双方の陣営から応援の声が飛んだ。よくよく考えれば、この一騎討ちは神聖皇帝家の先代当主とガレア王国最大の領邦領主の長女の戦いだ。実質的には南部戦線における頂上決戦と言っても差し支えない。戦局全体に重大な影響を与えるような決戦なのだから、周囲の者たちとしても気にならないはずがない。


「オオオオオオッ!」


 幼馴染らの声に背中を押されるようにして、ソニアは猛攻を続ける。剣と剣がぶつかり合い、そのたびに火花が散って二人の騎士の姿を照らし出した。なんとも神秘的な光景である。

 ……剣と剣がぶつかり合って? ちょっと待て、何か変だぞ。アーちゃんは片手剣に盾という戦闘スタイルだ。盾を持ってるのに、なぜ剣で攻撃を受ける? よくよく観察してみると、アーちゃんは剣で防御をしつつ時折盾を使って反撃を狙っていた。

 やっぱりおかしい。確かに盾による打撃は案外強力だし、それを積極的に活用する流派もある。とはいえ、攻防の役割をまったく逆にしてしまうというのはやりすぎだ。明らかに彼女は何かを狙っている……!


「セイヤッ!」


 ソニアが剣を振り下ろしたすきに、アーちゃんがハイキックを仕掛けた。我が副官はそれを微かに身をかがめて回避する。ソニアのブーツがグッと地面を踏み込んだ。


「ハァァァッ!」


 電光石火の勢いで、剣を翻す。横薙ぎの一閃がアーちゃんを襲った。彼女はまたしてもそれを氷の魔剣で防ぎ――


「ッ!!」


 パキンとあっけない音がして、ソニアの剣が折れた。それを見て、僕の脳裏に前世で読んだ曽祖父の手記の記憶がよみがえる。曽祖父は冬の満州の戦いに参加した際、軍刀を折ってしまったそうだ。鋼はある一定以下の低温にさらされると、突然脆くなってしまう特性がある。アーちゃんは特殊な魔剣でその環境を人工的に再現した。つまり、彼女は最初から武器破壊を狙っていたのだ!


「ぐっ……!」


 攻撃の最中にいきなり愛剣が折れたのだ。さしものソニアも姿勢が崩れる。そしてその隙を逃すアーちゃんではなかった。彼女は喜悦に歪んだ声で「獲った!」と叫び、氷の魔剣をソニアに向けて振り下ろす――!

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[一言] 次回!ソニア死す! あーちゃんはかしこい
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