第503話 くっころ男騎士の吶喊
"前哨戦"はいくさの最中とは思えないような代物だったが、それでも双方の兵士は意気軒高。干戈を交えずして矛を収めるなどあり得ないような状況だ。アーちゃんが自陣に戻ると、クロウン傭兵団の鼓笛隊が軍鼓やら信号ラッパやらを演奏しながら前進を再開する。それに対抗するように、アリンコ隊も太鼓を打ち鳴らし始めた。これが本当の戦場音楽というやつだ。
「撃ち方はじめ! この合戦で弾薬をみな射耗してしまっても構わん! 遠慮なく撃ちまくれ!」
まず戦端を開いたのは、僕の指揮する近侍隊であった。夜戦ということもあり普段よりも距離を詰めてから射撃を始めたが、それでもクロスボウなどに比べればはるかに遠い間合いである。幼馴染たちは銃を構え、猛然と発砲し始める。
ちなみに、僕は射撃には参加せずサーベルを指揮杖代わりに振り回していた。僕も一応小銃は持ってはいたのだが、それは愛銃を壊してしまったジョゼットに貸し与えている。僕も射撃の腕にはそれなりの自信があるのだが、この頃は彼女の方が訓練の際の成績が良いのである。もろもろのクソ仕事に忙殺されて、あまり訓練に参加できずにいるせいだろう。正直ちょっと悔しい。
とはいえ、いくらライフルを撃ちまくったところで効果は薄い。敵は下馬騎士……つまり実質的には重装歩兵だ。誰もかれもが魔装甲冑をしっかり着込んでいて、弾丸が直撃したところで姿勢を崩す程度の効果しかない。甲冑の隙間に命中すれば話は別だろうが、僕の部下で一番射撃の上手いジョゼットですら夜戦でそのような芸当をするのは無理だ。
アリンコどもと戦った時にも思ったが、この世界の重装歩兵と戦う時はライフル兵だけでは力不足だな。やはり、火砲の支援が必要だ。しかし、手元に一門の砲もない状況で今さらそんなことを言ってもしょうがない。とにかく、牽制程度の効果しかないということを承知したうえで撃ち続けることしかできなかった。
「撃ち負けるな!」
ある程度彼我の距離が近づくと、クロウン傭兵団の側も射撃を開始した。敵の射撃兵科はほとんどが弩兵だが、よく見れば弓兵も混ざっているようだ。こちらの陣地に文字通りの矢の雨が降り注ぐ。アリンコ兵は二枚の盾を天に掲げ、敵の攻撃に耐え続ける。かつてはエルフと宿敵関係にあった彼女らだ。この程度の射撃ではこゆるぎもしない。
「お返しじゃ! タマぁ取っちゃれ!」
そして、耐えるばかりがアリンコ兵ではない。前列のアリンコ兵が矢を防いでいるうちに、後列の兵が槍を投げ始めたのだ。投げ槍といっても、あまり馬鹿にしたものではない。彼女らは投槍器という特殊な器具を用いることで、槍を百メートル以上も飛ばすことが出来るのだった。有効射程ではクロスボウにも負けていないし、むしろ威力面では遥かに優れている。
「グワーッ!」
矢玉には耐えられる魔装甲冑も、流石に槍の直撃を受ければタダでは済まない。悲鳴を上げながら倒れる者も少なからずいた。敵軍から聞こえてくる鼓笛のリズムがより激しいものになり、前進の速度が一段と増した。
「一直線に白兵戦へと移行する腹積もりのようですね。射撃戦に付き合うつもりはないということですか」
「アーちゃんらしい采配だな。上等だ、付き合ってやろう」
備蓄が怪しくなっているのは弾薬だけではない。数日間続いた夜戦の影響で、照明弾の在庫も残りわずかだ。コイツが払拭してしまったら、射撃戦どころではない。漫然と弾薬を浪費するくらいならいっそそのままチャンバラに入った方がマシというものだろう。
「白兵が始まったら、こちらから打って出るぞ。アリンコ隊が敵の頭を押さえているうちに、アーちゃんの身柄を直接狙いに行くんだ。わかったな?」
「ウーラァ!」
射撃を続けながら、我が幼馴染たちは頼もしい返事をしてくれた。アリンコ隊は精兵だが、ここ数日の消耗戦でだいぶ疲労が溜まっているはず。これ以上の長期戦に付き合わせると、兵の無駄死が生じかねない。少々危険だが、僕は外科的手段で本命を狙うことにした。そもそもアーちゃん本人が極めて優れた兵士なのだ。雑兵で囲んでも大損害を被るだけなので、精鋭で一気に制圧したほうが良いという判断である。
そうしている間にも彼我の距離はどんどんと縮まり、いよいよ両軍の前列同士が接触した。未収陣形を組んだまま、熾烈な白兵戦が始まる。武器と盾が打ち交わされ、壮絶な打撃音が戦場に鳴り響いた。
相手は下馬騎士たちだから、手持ちの武器はほとんどがサーベルや短めの槍などの取り回しの良い得物だ(まれに長大な馬上槍を振り回している者などもいるが)。根っからの歩兵であるアリンコよりも武器のリーチは総じて短めだった。しかし、だからと言って劣勢を強いられているかと言えばそうではなかった。むしろ果敢にアリンコ兵へと肉薄し、猛烈に攻め続けている。少し前の長槍兵との戦闘とは逆の流れだな。流石はアーちゃん自慢の精鋭部隊だ。一筋縄ではいかない。
とはいえ、アリンコ兵たちも容易にはやられない。四本の腕を最大限に活用し、城壁めいた陣形を組んでクロウン傭兵団の攻撃をはじき返す。典型的な密集陣形同士の戦いになった。この手の戦闘形態は見た目は派手だが意外とあまり死者は出ない。傷ついた兵士はさっさと後列に下がって後詰と後退するからだった。悲惨なことになるのは、隊列が崩れた後だ。
「赤色信号弾発射!」
号令に従い、赤色の信号弾が発射される。すると、さかんに打ち上げられていた照明弾の発射がピタリと留まった。すでに空中を漂っていた照明弾も燃え尽き、チリチリと音を立てながら地面へ墜落していく。あっという間に、夜は本来の暗さを取り戻した。光源となるのは空に浮かぶ月と星だけだ。こうなると、間近にいる敵軍の姿すらおぼろげにしか見えなくなってしまう。
突然のことに、敵陣は騒然となった。その隙に、僕たちは夜の帳に紛れて敵軍の側面に回り込む。獅子獣人は竜人ほど夜目が利かないのだ。今度は緑色の信号弾を打ち上げると、照明弾の発射が再開される。マグネシウムの放つ白々しい光が、敵陣をボンヤリと照らし出した。
「よし、行くぞ! 総員着剣!」
僕は大きく息を吸い込み、吐き出した。サーベルを指揮者のタクトのように掲げ上げる。騎士たちは目をギラ突かせながら、小銃に銃剣を取り付けた。決戦を前にしても、焦ってまごつくものなど一人もいない。僕は誇らしくなった。なんと頼もしい仲間たちだろうか。
「余は常に諸子の先頭にありッ! 我に続けェ!!」
突撃ラッパが鳴り響く。僕はサーベルを構えながら弾丸のように駆け出す。幼馴染らは鬨の声を上げつつそれに続いた。目指すは敵左翼、その翼端だ。我々の突撃に気付いた敵弩兵が迎撃を始める。矢弾の雨が我々に降り注いだが、怯む者など誰もいなかった。ライフルで応戦を始めると、敵弩兵がバタバタと倒れる。
「ぬわっ!?」
だが敵も負けてはいない。射撃の応酬が続く中、一本の矢弾が僕の胴鎧に当たった。母上からのお下がりとはいえ一応は魔装甲冑、クロスボウ程度では貫通されない。しかし着弾の衝撃波かなりのもので、僕はもんどりうって転倒した。受け身を取って即座に跳ね起きる。
「あっはは!」
先頭を走る指揮官がズッコケてしまった。何とも恥ずかしい。僕は思わず笑ってしまった。やりやがったなこの野郎。
「キエエエエエッ!」
全力疾走し、再装填中の弩兵へと斬りかかる。彼女は鎖帷子を着込んでいたが、その程度であれば強化魔法を使わずとも切断可能だ。母上から譲り受けた魔剣の切れ味は尋常ではない。弩兵は悲鳴を上げる暇もなく真っ二つになった。
「突っ込めクソッタレども! 立ちふさがる者はチェストあるのみ!」
「オオーッ!!」
血塗れのサーベルを振り回しつつ、僕は幼馴染らに号令をかけた。目指すはアーちゃんただ一人。雑兵なぞにかかずらっている暇はないのだ。




