第502話 くっころ男騎士とマイク合戦
リヒトホーフェン家の家紋を掲げた部隊が接近中との報告を受け、僕はほっとした。これだけ自信満々に前線に出ておきながら、アーちゃんにスルーされた日などには恥ずかしすぎて顔から火が出てしまう。
敵は中隊規模、おそらくはクロウン傭兵団だろう。傭兵団と言っても、その実態は名家・リヒトホーフェン家の近衛騎士の選り抜きとアーちゃんが各地でヘッドハンティングしてきた優秀な人材で構成された精鋭中の精鋭である。リースベン戦争で一度戦った経験のある相手とはいえ、油断できるものではない。そうとうの難敵だ。
「迎撃よーい!」
部下の兵たちは連戦により疲れ果てていたが、だからこそ乱れた隊列で精兵を迎え撃つ事態は避けねばならない。僕は陣頭指揮を取り、早急に戦闘準備を整えさせた。ゼラ率いるアリンコ隊には六列横隊の密集陣形を取らせ、そのサイドを我々近侍隊が守る姿勢だ。……代わり映えしないフォーメーションだが、これが一番合理的なのだから仕方ない。
そうして態勢を整えるころには、敵部隊はかなりの距離まで接近していた。だいたいライフルの有効射程ギリギリくらいの距離感だ。敵軍はみな揃いの黒甲冑で全身を固め、アリンコ隊に負けず劣らずの密集陣形を組んでいる。巨大な壁が迫ってきているようで、なかなかの威圧感だ。
しかし、ああいう陣形で来るか。アーちゃんであれば、ライフルや火砲の暴威は身をもって知っているはずだが。たぶん、こちらの火力不足を承知しているんだろうな。実際、山砲隊は中央の戦線で釘付けになっているし、鉄砲を持っているのは近侍隊の数十名のみ。しかも手持ちの弾薬もかなり乏しくなっていると来ている。こういう状況ならば、確かに散兵より密集陣の方が優位だ。
「……」
さあて、どうするかね。アーちゃんを獲るためならば、いっそすべての弾薬を射耗してしまっても別に構わないが。しかし、そうはいっても流石に無駄玉を撃つ余裕はないしな。むぅん……夜戦とはいえ、照明弾もあるしそろそろ発砲してもいい頃合いか? どうせ敵は密集してるんだ、適当に撃ってもある程度は命中するだろうし……。
攻撃命令を出すタイミングを推し量っていると、敵軍は前進を止めた。そして、一人の甲冑騎士が隊列の中から出てくる。周囲の騎士たちより明らかにデカい。アーちゃんだな。そう直感して、僕は望遠鏡を目に当てた。わあ、リヒトホーフェン家の家紋(月桂冠を被ったライオンの横顔だ)が刺繍されたサーコートを羽織ってらっしゃる。軍旗といい、もはやまったく正体を隠すつもりが無いようだな。
「アルベール!」
アーちゃんはメガホンを口に当て、大声で叫んだ。わあ、名指しされちゃったよ。まあ、そりゃそうか。僕は小さくため息をついて、ソニアの方を見た。彼女は不承不承といった調子で首を振ってから、頷く。護衛の許可が出た。僕はアーちゃんと同じように隊列の前に出た。敵将がこちらの目前に身を晒しているのだ。これで僕の方が後ろに隠れていたら大恥になる。
「何か御用でしょうか! 降伏したいというのならもちろん受け入れますが!」
こちらもメガホンを口に当て(この世界の指揮官は基本的にみなメガホンを持っている)、とびっきり憎たらしい口調でそう返してやると、アリンコ隊の方から笑い声が上がった。こういうのは一種のマイクパフォーマンスだから、徹底的にマウントを取ってやるくらいの調子でちょうどいい。
「違う!」
もちろん、アーちゃんはこちらの降伏勧告を一蹴した。当たり前である。
「到着が遅れたことを詫びようと思ってな! 我はイの一番に貴様に会いに行きたかったのに、野暮天どもに邪魔されてしまったのだ! 貴様のことを軽んじた結果の遅参ではないことはハッキリ伝えておきたい!」
「デートに遅刻した女の言い訳みたいですね」
後ろに控えていたソニアがボソリとそんなことを言うものだから、思わず吹き出しそうになった。戦場で、お互い百人以上の兵隊を引き連れてのデートか。いくらなんでも物騒過ぎるだろ。
「ううん、ヘーキ! 僕も今来たとこ!」
しなを作った声でそう言い返すと、自陣どころか相手の隊列からもドッと笑い声が上がった。これから殺し合いをする者同士だというのに、なんとも長閑なことだ。……つまり、敵は合戦の前に大笑いできる程度には心の余裕があるってわけだな。厄介だねぇ。
「そ、そうか。ウン、なら良かった」
そう言うアーちゃんの声音は、初デートに臨む学生のようにはにかんだものだった。シチュエーションがマトモなら僕も照れてるかもしれないが、ここはガッツリ戦場なんだよなァ。湧いてくるのは甘酸っぱい感情ではなくマグマのような戦意のみ。悲しいね。
「なにはともあれ、我は貴様をもらい受けに来た! 返答は聞かんぞ、貴様は必ずわが花婿になってもらう! 嫌ならばせいぜい抵抗することだ!」
あー、よかった。やっぱ僕の自意識過剰ではなかったようだ。これで大恥は回避だ。まあタチの悪いライオン女に貞操を狙われるのはちょっと怖いがね。僕は苦笑しながら味方の隊列へ振り返り、声を張り上げた。
「アレクシア・フォン・リヒトホーフェン陛下から大変に光栄な申し出があったわけだが、貴様らはどう思う? 僕はこのまま帝国の男になるべきかな?」
「馬鹿いっちゃいけんよ兄貴!」
そう答えたのはアリンコ隊のゼラだ。彼女は大変に立腹した様子で槍を掲げて見せる。……たぶん、半分以上は演技だろう。集団戦を身の上とするアリンコたちの長だけあって、彼女は部下たちの士気を上げるための"パフォーマンス"のやり方をキチンと心得ている。
「先帝だか童貞だか知らんがワシらの男に横恋慕した挙句攫うて行こうたぁええ度胸じゃ! リースベンの流儀ってものを教育しちゃる!」
童貞は僕の方なんだが? ……これはあれかね、エルフの言うところの「雄々しか女じゃ!」的な罵倒なのだろうか。何はともあれ、ゼラの檄によってアリンコ兵らが吹きあがったのは事実だった。彼女らは槍を天に突き出し、口々に叫び声を上げる。
「生きて故郷の土を踏める思いんさんなや、メス猫がァ!」
「生まれてきたことを後悔させちゃる!」
ウチの部下ども、ガラ悪すぎない? ……ま、まあいいや。兵隊なんて商売はこれくらいじゃなきゃ務まらないわ。うん、うん。そういうことにしておこう。
「……だ、そうです。この身が欲しければ、まずは我が精鋭たちの洗礼を受けていただきましょう」
「ふっ、フハハハハ! それでこそアルベール・ブロンダン! 我が花婿はこういう男でなければ務まらん!」
心底楽しそうな様子でアーちゃんは哄笑を上げた。この女は、相手が抵抗すればするほど燃え上がる天性のドSなのである。ほんと厄介極まりない相手だなぁ、どうにかならんか? 前世の頃はよくモテたいとか思ってたもんだが、こういうタイプは流石にノーサンキューだろ。
「お望み通り、力づくで組み伏せてくれる! 楽しみにしておけ!」
それだけ叫んで、アーちゃんは自陣に戻っていた。もはや言葉は不要ということだろう。パイクパフォーマンス合戦はこれにて終了だ。
「悪党に狙われた王子様をお守りするのは騎士の本懐だッ! 貴様ら、気合を入れろよッ!」
僕からメガホンを奪い取ったソニアがそんなことを叫んだ。思ってもみないところから奇襲を喰らった僕は、思わずズッコケそうになった。誰が王子さまやねん、こちとら下っ端騎士の息子やぞ。さっと頬に血が巡り、反射的に頬を抑える。しかしそんなこちらをしり目に部下どもは大盛り上がりだ。武器を手に殺せ殺せコールを叫んでいる。アリンコ兵はもちろん、近侍隊もだ。ホンッッッとうにガラが悪いなぁ、うちの兵隊どもは!
 




