第501話 くっころ男騎士の奮戦
「とぉつげぇき! 我にぃ、続け!」
号令と共に、僕はサーベルを振り上げながら走り始めた。突撃ラッパが鳴り響き、幼馴染がワッと鬨の声を上げながら僕に続く。敵は、性懲りもなくアリンコ隊の側面を突こうとした歩兵隊だった。いや、装備から見て下馬騎士かもしれない。全身甲冑を着込んでいるので、なかなか手ごわい相手だ。
僕たちは、アリンコ隊の援護を続けていた。強固極まりないアリンコ・ファランクスだが、極端な密集陣形だけに機動性はそれほど高くない。散兵による側面援護は必須だった。しかし、長期戦によりこちらの手持ちの弾薬数はだいぶ乏しくなってしまっている。不承不承、攻撃手段を白兵に切り替えた次第であった。僕が前線に合流して三十分。戦況はゆっくりと悪化していきつつある。
「キェエエエエエエエ!!」
絶叫しながらサーベルを振り下ろす。敵騎士は剣で受けようとしたが、それが運の尽き。刀身は一瞬にして切断され、それどころか体そのものが真っ二つになった。母上譲りの身体強化魔法とサーベル、そして前世から持ち越した剣技があれば、魔装甲冑とて熱したバターのように切り裂けるのである。
「アル様に遅れをとるな!」
「殺せ! 殺せ!」
部下たちも蛮声を上げながら騎士らに襲い掛かる。ソニアなどは、愛用の両手剣をブンブンと振り回してたちどころに二、三名の騎士を叩きのめしていた。彼女はガレア王国でも三指に入る実力を持った極めて優秀な剣士だ。並みの騎士では束になっても対抗できない。
それ以外の者も、ずいぶんと奮戦している。隊長のジョゼットは愛銃の銃身を握り、銃床で思いっきり敵に殴り掛かっていた。強烈な一撃で姿勢を崩した相手に、今度は銃剣による一刺しを加える。甲冑の隙間を刺された騎士は悲鳴を上げながら倒れ伏した。最新鋭のライフルも、こうなってしまえば原始的な武器と同じだな。僕は思わず苦笑した。
「こンの……トカゲ野郎どもめ!」
おっと、仲間の活躍に目を奪われている場合ではなかった。敵騎士が竜人に対する蔑称を叫びながら僕に襲い掛かってくる。いや、僕は竜人ではないんだがね。まあ、全身甲冑にフルフェイスの兜という恰好だから、見分けがつかないのは当然のことだけどさ。かくいうこちらも相手が獅子獣人なのかカワウソ獣人なのか判別がつかない。獅子獣人にしては体格がよろしくないので、たぶんカワウソ獣人だとは思うのだが。敵は皆、僕と大差のない身長だった。
「ッ!」
内心でツッコミつつも、僕はほとんど無意識に体が動いていた。腰から拳銃を抜き、サーベルを握ったままの右手で撃鉄を弾く。発砲音とともに、敵騎士の手の中から剣が吹き飛んだ。
「キエエエエエイッ!!」
拳銃から手を離し、サーベルを握りなおした。そのまま絶叫しつつ敵騎士に斬りかかる。あっという間に騎士の二枚下ろしができた。剣を失った剣士など、何も恐ろしくない。僕は獰猛な笑みを浮かべた。しかし、そこで身体強化魔法の硬化時間が切れる。全身を襲う虚脱感。徹夜二日目って感じだ。まあ、実際徹夜二日目なんだけど。
「よくもフリーデを!」
が、敵はそんなこちらの事情などお構いなしだ。メイスを振りかぶりながらまた別の騎士が襲い掛かってくる。あー、クソ。勘弁してくれよなぁ。こちとら只人やぞ。強化魔法抜きで亜人に対抗するのはだいぶしんどいのよ。
「じゃかあしい!!」
メイスの一撃を紙一重で躱しつつ、敵兵に肉薄し胸元を掴む。そのまま足を引っかけ、地面に転がしてやった。「グワー!」と悲鳴を上げる騎士の首筋にサーベルをぶっ刺し、トドメを差す。あーしんど。
「アル様!」
敵はまだまだいたが、そこへソニアが乱入してきて何もかも薙ぎ払っていく。なまじの騎士などソニアからすれば雑草と同じだ。まして、相手はどうやらカワウソ獣人らしい。戦場が陸であるのならば、最強の竜人である彼女がカワウソ獣人などに遅れをとるはずがなかった。最近前線に出る機会がなかったから忘れかけてたけど、やはり我が副官の個人武力は尋常なものではない。もうこいつだけでいいんじゃないかな、などとすら思ってしまう始末だ。
「ウオオ! 兄貴にお手数をおかけしんさんな!! いてこましたれ!!」
「ザッケンナコラー! 死に晒せコラー!」
そこへさらに増援がやってくる。アリンコ隊が正面に居た敵主力をはじき返し終えたのだった。彼女らは軍鼓を打ち鳴らしながら一糸乱れぬ動きで陣形を転換、今度は敵騎士隊を襲い始めた。我が隊とアリンコ隊に挟まれる形になった敵の騎士隊は、組織的な反撃も出来ずあっという間に壊滅した。主力部隊に見捨てられた助攻の末路など、こんなものだ。
「……」
その様子を見つつ、僕は密かにため息をついた。正直、だいぶくたびれた。まぁ、充実感はあるんだけどね。少なくとも、穴倉みたいな指揮壕に籠りながら淡々と指揮を取っているよりはよほど"戦っている"という気分がある。
「敵さんを撃退するの、これで何度目だろうね」
「これで五回目ですね。アリンコ隊が最終防衛ラインまで下がって以降の計算になりますが」
ダース単位の敵兵を薙ぎ払った直後とは思えぬほど落ち着いた口調でソニアが応えた。息すら乱していない。どういうフィジカルしてるんだろうね、マジで羨ましいんだけど。
「もうそんなになるのか……」
敵は波状攻撃を仕掛けてきている。頑張って敵を退却させても、息つく暇もなく新手が現れるのだ。疲労困憊なのは、何も只人である僕だけではない。幼馴染たちも、アリンコ兵らも、明らかに疲れ果てていた。例外はソニアのような体力オバケだけだ。
戦力差は一対三のはずだが、敵は明らかにそれより多かった。つまり選帝侯はこの右翼戦線に戦力を集中している。おそらくは、予備隊もすべて投入しているはずだ。……つまり選帝侯は後方の守りを放棄している。この采配から考えられる可能性は二つ。ヴァルマやフェザリアが予想外に早く敗退したのか、あるいは逆に防御を固めても無駄だと諦めるほどに大暴れしてるか、だ。
後者ならいいんだけどね、前者の可能性も捨てきれないから怖いんだよな。ヴァルマやフェザリアのことは信頼しているが、戦場に絶対はないからな。……あー、いかんいかん。万一のことを考えておくのは重要だが、不安に囚われてはいけない。とにかく今は彼女らの勝利を信じて耐えるフェイズだ。
「男がこれだけ誘いをかけているのに、顔すら見せないとは。アル様に恥をかかせる気ですかね、あの図体ばかりはデカいクソ女は」
死ぬほどダルそうな声でそんなことを言いながら、ジョゼットは愛銃の銃身を撫でた。彼女が使っているのは特注品の狙撃銃だが、残念なことにその銃身はすっかり曲がってしまっている。銃をこん棒代わりにして敵兵を殴ったせいだ。
「これで本当にアレクシアが出てこなかったら、マジで恥ずかしいんだけど。自信満々で逆ナン仕掛けたら、完全にスルーされちゃいました……みたいな感じだ。僕の自意識過剰じゃん」
「ハハハ、それはそれで面白いですね。慰め役は私でヨロシクお願いしますよ」
愛銃を撫でるジョゼットの手付きがいささかイヤらしいものに変わった。ソニアが深い深いため息をついて、彼女の兜をシバく。カーンといい音がして、幼馴染どもが大笑いした。
「敵のお代わりが来ましたよー! 中隊規模です!」
しかし、そんな緩んだ空気も長くは続かなかった。見張り役の騎士の報告に、皆が揃ってため息を吐く。ワンコ蕎麦じゃないんだから、そんなに次々お代わりを出してこなくていいのにな。
「敵の旗印は、獅子に月桂冠! リヒトホーフェン家の家紋です」
しかしそんな「またかよ」という雰囲気も、すぐに吹き飛んだ。おう、おうおうおう。やっと本命が釣れたようだぞ。もったいぶりやがって、あのライオン女め。僕は兜のバイザーを上げ、大きく息を吐いた。
「噂をすればなんとやら、だ。よおし、あと一息だ。あのいけ好かないファッキンライオンにもういっぺん痛い目を見せてやる! 根性入れていくぞッ、クソ野郎ども! センパーファーイ!」
「ウーラァ!」




