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第498話 くっころ男騎士と決戦の夜(6)

 右翼の突破を受けた三十分後。状況は悪戦といってよいような状態になりつつあった。エムズハーフェン選帝侯の指揮は巧みであり、アーちゃんの攻撃は熾烈だ。総指揮官の特性と現場指揮官の特性が見事にかみ合っている。正直、かなりキツい。

 右翼からの圧力は尋常なものではなく、近侍隊を投入したというのにいまだに苦戦を強いられている。ゼラ率いるアリンコ隊が密集陣形で攻撃をブロックし、後ろから近侍隊が射撃を加える。この戦法でなんとか戦線を支えているのだが、それでも敵の進撃を完全に阻止することはできずにいた。

 視点を右翼以外に向けてみても、状況は良いとは言い難かった。中央正面には相変わらずバカみたいに敵が突撃してくるし、先ほどまで静かだった左翼も今ではずいぶんと騒がしくなった。船団が左翼側に移動し、弩砲(バリスタ)による射撃を加え始めたのだ。そして艦砲射撃の後には陸上部隊の強襲がやってくるのが定石だ。左翼にもエムズハーフェン軍の第二陣が突入し、こちらも第一防衛線が破られてしまった。

 四面楚歌、まあそんな感じだ。エムズハーフェン軍がいるのは前と左右だけだが、我々の背後には反乱を起こした暴徒たちがいる。彼女らは今のところ防壁とアリンコ・ファランクスで町の外には出られない状況が続いているが、時折防壁の上に登ってきた者が石などを投げてくることもあり油断はできなかった。街中から防壁に上るためのはしごや階段などはすべて破壊してあるのだが、フリークライミングでもしてきたのだろうか? まったく、ご苦労なことだ。


「まあ、ここまでは予定調和とはいえ」


 地図を片手に、僕は小さく呟いた。現在、両翼の塹壕線はもはや完全に破られたも同然だった。地上で防衛線を構築しなおし、唯一無事な正面の塹壕線に敵がなだれ込んでくるのを防いでいる、そういう状況だ。

 とはいえ、それは作戦通りの流れであった。敵が本気で攻勢を仕掛けてきた場合、現状の戦力では街の全周を覆ったこの塹壕線を堅持するのは難しい。あえて戦線を縮小することで守備部隊の密度を上げ、防御力を高める。その際、敵の主力をこちらの陣地奥深くに引き込めばヴァルマ隊への支援にもなるので一石二鳥だ。

 こうしてみると、手元に居る部隊が精鋭ばかりでよかったと本気で思うよ。なにしろ撤退ほど難易度の高い戦術行動はほかにないからな。戦術的撤退が本物の潰走に転じたらもうどうしようもない。スムーズに戦線の整理が進んだのは、前線の将兵の頑張りあってのことだろう。どれだけ感謝してもしたりないね。戦いが終わったら、しっかり報いてやらねばならん。


「やはり、問題はアレクシアですね。あの女が一番のイレギュラーなのは間違いないかと」


 難しい顔をしながら、ソニアが唸る。僕もまったくの同感だった。アレクシアとその配下のクロウン傭兵団の力量は尋常ではない。練度が高く、装備に優れ、士気も高い。ジョゼットとゼラの二枚看板が揃っているにもかかわらず劣勢に立たされているのだから、冷や汗ものだ。

 アーちゃん、普段はアホの子にしか見えない挙動をしているくせに、こういう時に限ってクソ有能だから困るんだよな。部隊間で緊密な連携を取ることで兵の疲労と損失を最低限に抑えつつ、継続的な攻撃を仕掛けてきている。おかげでこちらは息をつく暇もない。

 その点、左翼の敵などはとにかく突撃を繰り返すだけなのでいなすのは簡単だった。アーちゃんもこういうタイプの将だったらやりやすかったのにな。まあ、腐っても大国の元元首だ。彼女が本物のアホだったら、その地位に就く前に"不慮の死"を迎えていたことだろう。


「選帝侯閣下の指揮も適確だしなぁ。尊敬するに足る敵手だよ、あの二人は」


 まあ、本音を言えば敵にはド無能であってほしいと思うがね。……いや、まあ、それにも限度はあるが。何はともあれ、この二人の大貴族が厄介極まりない相手であるのは確かだった。右翼側の圧力は正直想定外のレベルなので、できればこちらに注力したいのだがそうはいかない。選帝侯の指揮には隙を見せれば即座にひっくり返されそうなすごみがある。

 エルフ隊が手元に居ればまだ楽なのだが、残念ながらそういう訳にはいかない。彼女らには極めて重要な任務を任せていた。いまさら戻ってこいなどと言ったら、作戦が根本から崩れてしまう。


「城伯様、右翼の部隊が最終防衛ラインまで到達したそうです。これより方針を遅滞から死守に切り替えるとのこと」


「了解」


 早い、早いなぁ。予定では、最終防衛ラインまで下がるのにあと一時間はかけるつもりだったんだが。リースベン戦争の時といい、ダークホースにならなきゃ気が済まないのかアーちゃんは。はぁ……。

 しっかし、ヴァルマのほうはどうなってるんだろうか? むこうの戦況や進捗が滅茶苦茶気になってるんだが、戦闘が激化したせいでヴァルマ支隊との連絡は完全に途絶してしまっている。今はあの女を信じて戦い続けるしかないのだ。流石にちょっとしんどい。

 まあヴァルマのことだからしっかりやってるんだろうが、今のところエムズハーフェン選帝侯の指揮にヴァルマ支隊の攻撃が影響を与えている気配はないからなぁ。早い所選帝侯のケツに噛みついて指揮どころじゃない状態にしてもらいたいのだが。


「……」


 せめて山砲隊をもう一個小隊くらい手元に残しておくんだった、とか。守備兵力が千というのはいささか少なすぎた、とか。そんな後悔が脳裏をよぎる。しかし、僕は即座にそれをかき消した。戦っている最中の後悔などは、たんなる現実逃避に過ぎない。反省をするのは戦いが終わってからでも遅くはなかろう。今、僕がやるべきことは勝利をつかむ方法を考えることだ。

 とにかく、一番優先度が高い敵はアーちゃんだ。計画が狂いつつある主な要因は、あのライオン女が予想の三倍くらい派手に暴れまくっているせいだからな。……思えば、作戦が不味かったな。あのアーちゃんを相手に受動的な戦術を選んだら、そりゃあテンポを取られっぱなしになるよ。あの女と戦うなら、積極的にシバき返すくらいやらないと駄目だ。リースベン戦争でもそうだった。

 うん、うん。その通りだ。もう時間稼ぎなんてナメた真似はやめて、アーちゃんを積極的に叩くことにしよう。そもそも、あの女は今回の戦いの最優先目標なんだ。それがノコノコ前線に出てきたわけだから、チェストしない理由はないだろ。なぁにを弱気になってたんだ、僕は。


「ソニア、一つ聞きたい。お前なら、アーちゃんを一騎討で倒せるか?」


「いけます」


 世界で一番頼りになる僕の副官は、その豊満な胸をドンと叩いて断言した。僕の考えをすべて見抜いている顔つきだった。幼馴染だけあって、この辺りは完全に以心伝心だ。


「あの女は強敵です。しかし、この私がアル様を背にして負けることなどあり得ません」


「よおし、良く言った!」


 僕は自分の頬を両手で力いっぱい叩いた。気合を入れろ、アルベール・ブロンダン。前線勤務の機会が無くなったせいで、すっかり牙が抜けてしまっていた。前世の剣の師匠も「細け事はチェストしてから考えれば良か!」と言ってたじゃないか。こんな有様では、エルフどもに失望されてしまう。


「参謀長!」


「はっ!」


 僕の言葉に、壮年の竜人(ドラゴニュート)騎士が直立不動の姿勢になって返答した。この士官はもともとプレヴォ家に仕えていた武人で、ジルベルトからの推薦を受けて僕の参謀団に入った。もちろん、あのジルベルトが推すだけあってなかなかに優秀な人物だ。


「僕とソニアはアレクシア先帝陛下を叩いてくる。すまないが、しばらく指揮の方を頼む」


「は……はっ! 承知いたしました! ご武運をお祈りいたします!」


 参謀長は一瞬、「マジかコイツ」と言いたげな表情になった。しかしすぐに何もかも諦めた顔になり、敬礼をしてくる。僕は鷹揚にそれに応えた。いや、本当にスマンね。けど、しゃーないんだよ。釣りをやるなら、きっちりエサも用意しておかなきゃダメだからな。ニコラウス君いわく、アーちゃんは僕を"奪い取る"ためにこの戦場にやってきたらしい。ならば、僕が目の前に出てくればそれなりのアクションがあるはず。そこがねらい目だ。


「よし、行くぞ!」


 僕は傍に置いていた兜をひっつかみ、ソニアを伴って指揮本部から出ていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「何もかも諦めた顔」 苦労人が多いな、この小説w
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