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第492話 くっころ男騎士の罠

「ヴァルマ殿は今夜ん零時間際には作戦を始めらるっとおっしゃっちょっそうじゃ」


「流石、仕事が早いな」


 指揮本部でウルの報告を聞いた僕は、薄く笑いながらそう賞賛した。ヴァルマに援軍の要請を出したのがほんのこの間のことだ。リュパン軍が陣を張っている地点はそう遠方ではないが、頼んだ援軍が即デリバリーされるというのは素晴らしい。機動部隊たる騎兵隊の面目躍如だな。

 リュパン軍側の戦況はわりと落ち着いている。あちらの戦線ではわが軍の方が戦力的に優勢であり、敵軍は回避と防戦に徹して時間稼ぎを図っていた。そういう状況だから、一個騎兵大隊を引き抜いた程度では大きな問題にはならない。ならば、切り札の一つであるヴァルマ騎兵隊はこちらに投入しよう。そう判断した次第であった。

 現有戦力でも防戦自体は可能だが、反撃に転じるとなれば少しばかり厳しいのは事実。ましてや敵軍の指揮官はなかなかのやり手、既存の作戦ではいささか決定打に欠けるのではないかという懸念があった。だが、作戦を変更するにしてもリュパン軍の到着まで粘り続けるなどという受動的なやり方は僕の趣味ではない。何しろこちらの戦線に先帝と選帝侯という高価値目標が二人もいるのである。やはりここは、少し無理をしてでも勝負を決めに行きたいところだった。


「エムズハーフェン軍もこん動きは既に掴んじょるごたっせぇ、敵陣ん動きが慌ただしゅうなっちょっようじゃ。鷲獅子(グリフォン)が邪魔ゆえあまり詳しか情報は収集できもはんじゃしたが、一応部下らん報告をまとめちょいた」


 そう言ってウルは書類の束を渡してきた。現状、我々はリッペ市上空の航空優勢を確保できていない。彼我の航空戦力は伯仲しており、しかもお互いにそれを温存する方針に出ているため、なかなか決定的な状況に持ち込めなかった。しかしだからといって空の戦いが不活発というわけではなく、むしろ相手を出し抜くための熾烈な駆け引きが起きていた。

 そんな困難な状況において、ウルら鳥人隊はたいへんな頑張りを見せてくれていた。カラス鳥人にしろスズメ鳥人にしろ、エムズハーフェン軍の有する鷲獅子(グリフォン)に正面から挑むほどの戦闘力はない。だが、そのぶん身軽さでは敵の航空隊を遥かに優越している。鷲獅子(グリフォン)隊の隙を狙い、航空偵察や空中伝令など重要だが危険な任務を粛々とこなしてくれていた。


「ありがとう。ウルも、皆も、よくこの困難な任務を果たしてくれた。やはり君たち鳥人は我が軍の要だな」


 偵察、そして伝令。軍隊の行動には無くてはならない要素だ。それらを迅速に実行できる鳥人の存在は本当にありがたい。こちらに鳥人がいて敵軍にはいない、それだけでこちらはたいへんに有利な状況に立っているといっても過言ではないだろう。

 本心から賞賛しつつ、僕は彼女に砂糖菓子を差し出した。この手の菓子はかなり高価だが、ウル自身先ほどまで危険な飛行伝令をこなしてくれていたのだ。少しくらい役得があっても良いだろう。ウルは嬉しそうに菓子にかぶりつき、「うまか!」と叫んだ。相変わらず、彼女は僕の手から食べ物を食べることを好んでいる、


「さて、敵軍はどう出てくるでしょうか? 奴らが防御を固めるようであれば、急いでヴァルマに合流を指示しなくてはなりませんが」


 その様子を少し羨ましそうに眺めながら、ソニアが言った。ヴァルマの援軍に対し、敵軍が防御的な行動をとるか攻撃的な行動をとるかでこちらの作戦も変わってくる。前者であれば、ヴァルマと合流してライフル兵と騎兵砲の火力を生かした正面決戦を挑む予定だった。そして後者であれば……カウンターを狙う。

 僕としては、敵には前者を選んでもらいたかった。ヴァルマとの合流に成功すれば、我々の兵力は千三百名以上になる。これでもまだ敵との兵力差は千名以上あるが、彼女の騎兵隊は火力重視で編成された部隊だ。そして、野戦においてモノを言うのは兵力ではなく火力である。勝利を得るのはそれほど困難ではないだろう。


「うーん、この調子なら……選帝侯は賭けにでる公算が大きそうだ」


 しかし、残念ながらウルから受け取ったばかりの報告書を読む限り、そのような都合の良い話は無いようだった。敵軍は前線から戦力を後退させ、それと同時に全軍に物資の再配給を進めている。実際、先日から絶え間なく続いていた嫌がらせ攻撃ですら、今では完全に停止していた。これはどう見ても大攻勢の前準備だ。

 さらに言えば、エルフたちから「港から街中へと潜入する潜水兵(フロッグマン)の数が激増している」との報告も上がってきていた。市民らの反乱を支援するための動きだろう。リッペ市民らは想定よりも早く蹶起を開始するかもしれない、とはフェザリアの弁である。これもまた、敵本隊の攻勢開始に連動した動きだと思われる。


「状況を座視して我々とヴァルマの合流を許すより、予定を早めてでも勝負を決めに行く。なるほど、優秀な指揮官らしい判断です」


 腕組みをしながら、ソニアは小さく唸った。彼女から見ても、エムズハーフェン選帝侯はなかなか厄介な対手のようだった。それに加えて状況を引っ掻き回すことに定評のあるアーちゃんまでいるのだからたまらない。まったく、参っちゃうね。


「とはいえ、有能な指揮官だからこそ戦いやすい部分もある」


 僕は笑いながら、ウルに二個目の砂糖菓子を差し出した。彼女は満面の笑みを浮かべながらそれをぱくついた。いやはや、本当に楽しいね。小動物に餌付けしてるみたいだ。


「工兵隊はよく働いてくれたよ」


 唐突に過ぎる発言だったが、作戦の全貌を知っているソニアにはそれだけで十分だった。彼女はすべてを承知した顔で、コクリと頷く。


「では」


「ああ。わかっているとは思うが、ハードな作戦になるぞ。久しぶりに君にも剣を振るってもらうことになるかもしれない」


「ご安心ください、アル様。わたしがいる限り、御身には傷一つつけさせません」


 ニヤッと笑うソニアに、僕は拳を差し出した。彼女はそれに自分の拳をコツンとぶつける。我々は幼馴染だ。これだけで万事通じ合うことができる。……そのわりに、結婚が決まる際は大騒動になっちゃったけどな。


「おそらく、選帝侯閣下は今日の夕方にも仕掛けてくるはずだ。今晩がこの戦い自体の峠になるだろう」


「また夜戦にごわすか」


 口元に砂糖菓子のカケラをつけたまま、ウルが少しばかり嫌そうな調子で言った。彼女らカラス鳥人は夜間飛行はそれほど得意ではない。夜目がまったく利かないわけではないらしいのだが、それでも地面や木々に衝突したり現在位置を見失ったりしてしまうリスクは昼間の比ではなく高いのである。当然ながら、わが軍ではカラス鳥人やスズメ鳥人に夜間の任務を与えるのは原則禁止となっていた。貴重な飛行戦力を事故で無為に失う事態は避けねばならない。


「なぁに、前線に出て干戈を交えるばかりが戦争ではないさ。偵察や伝令によって、すでに君たちの"戦果"は赫赫たるものとなっている。次は他の者たちに手柄を立てさせてやる番だ」


 そう言ってやると、ウルはその褐色の肌を朱に染めて「んふ」と小さく声を上げた。どうやら、僕の返答を気に入ってくれた様子である。


「まあ良か。いっばん欲しかもんなもう手に入れちょっでね、今さら目を皿にして手柄を狙う必要もなかやろう」


 彼女は僕に顔を近づけ、鼻と鼻をチョンと触れ合わせた。そうしてパッと身を離すと、ニカッと笑いかけて来る。


「じゃっどん、日暮れ前までは我らん領分。ギリギリまで情報収集を続くっよう、部下らに檄を入れてくっ」


「ん、任せた。しかし無理はしないようにな。敵の鷲獅子(グリフォン)隊はなかなか強力だ」


 赤くなったほっぺたをこすりながら、僕はそう言い返した。このカラス少女は、時折このようなスキンシップを図ってくる。なかなか手強いんだよな、これが……。


「承知」


 ウルはスキップを踏むような足取りで指揮本部を去っていった。残された僕が小さく肩をすくめると、ソニアがぷくっとほっぺたを膨らませる。


「……わたしも頑張りますので、どうぞこちらの方も見ていてくださいね」


 わあ、やきもちを焼いていらっしゃる。僕は少し慌てて、コホンと咳払いをした。そう言えばこの頃、あれこれ忙しくてあまり彼女とスキンシップをしてこなかった。ソニアは優秀な同僚であると同時に、僕の婚約者でもある。仕事にばかり熱中して彼女を放置するのは良くないだろう。僕は「もちろん」と短く答え、彼女に体を寄せた。ソニアは少しほっとした様子で、僕のついばむように僕の唇に口づけをした。

 ……ソニアは副官だからまだいいが、アデライドなどはリースベン城伯代理の仕事を任せたっきりしばらく顔を合わせもしてない。これはよくない、かなり良くないよなぁ。嫁たちとの絆を深めるためにも、戦争などという不健全な状況はさっさと終わらせないといけない。せいぜい、頑張ることにしようか。

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[一言] 色んな所で爆弾の導火線に火が点いてそうやなあ(ときメモ感
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