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第488話 くっころ男騎士と戦場の昼食

 予想通り、戦いは夜を徹して続いた。敵軍はリッペ市の包囲を継続したまま、漫然とした攻撃を繰り返し続ける。むろん、その程度のナメた攻撃でどうにかなるわが軍ではない。即席弩兵隊の援護のもと、アリンコ隊と騎士隊は果敢に敵をブロックし続けた。

 だが、敵の指揮官エムズハーフェン選帝侯はなかなかの戦巧者だった。彼女は一時間、二時間と単調な攻撃を繰り返してから、不意に強烈な一撃を叩き込んでくる。これが本当に厄介だった。夜戦で疲労しているということもあり、油断しないように気を付けていてもなかなか対応できるものではない。

 とくに、夜明け間際の攻勢はヒヤリとした。東の空が明るくなるかならないかの時間帯に、敵軍はこちらの左翼に重装歩兵(おそらくは下馬した騎兵だろう)を先頭に据えた大隊規模の部隊を突っ込ませたのだ。この重装歩兵らはなかなかの練度で、アリンコたちとも互角やれるほどの連中だった。

 まあ、それはいい。互角の戦いならば守勢側のこちらが優位だからな。問題はその後で、左翼での激戦が続く中、選帝侯は手薄な右翼にむけてコッソリと魔術師部隊を派遣してきたのだ。その魔術師らは夜闇に紛れたまま、戦術級魔法をこちらの陣地にブチ込もうとしてきた。

 この手の魔法はニコラウス君だけの専売特許ではない。高位貴族の宮廷に仕えているような腕利きの魔術師が三、四人で同時詠唱をすれば、魔法で強化されていない城壁程度ならば一撃で破壊できるだけの大魔法を行使することも可能なのだ。

 あやうくリースベン戦争で塹壕線を突破された時の二の舞になるところだったが、これはギリギリのところで阻止された。こういう時のために編成しておいた狙撃部隊による迎撃が間に合ったのだ。この部隊は僕の幼馴染の騎士たちで編成されており、練度は極めて高い。現在の手勢の中では唯一ライフルを装備した部隊でもあり、大変に頼りになる。狙撃による魔術師の排除はリースベン戦争における戦訓から考案された戦術だ。それがうまく刺さった形になり、僕は大変にほっとした。


「肉もいいが魚も悪くないな。こんな状況でもなければ、秘蔵の白ワインを出してくるところなのだが」


 昼過ぎ。僕は前線指揮所で昼食をとりながらそう言った。戦場での食事といえば味気ないものになりがちだが、このリッペ市にはもともと大量の食料が備蓄されていた。それを徴発することで、我々は普段と変わりない食事をとることができている。

 状況はあまり明るくないが、だからこそ食事くらいは楽しまねばならない。リースベンでは食べる機会の全くない川魚のソテーに舌鼓を打ち、英気を養う。冷たい食事が続くと士気も萎えるからな。兵士たちにも同様の料理を配給するよう、兵站部には厳命してある。しんどい籠城戦だからこそ、食事には気を使わなくては。


「流石はブロンダン卿、戦のさなかとは思えぬ健啖ぶりですな。自分が貴殿ほどの時分は、戦いの最中にはなかなか食事が喉を通らなかったものですが」


 ほめているのかけなしているのかわからない口調で、ペルグラン氏が言った。日が昇ったあとも、敵軍の攻撃は続いている。危機感を覚えるような"大波"の頻度は下がったが、嫌がらせを目的とした"小波"は途切れる気配がなかった。食事をしている今ですら、遠くの方からは戦闘音が聞こえてくる。確かに、食欲がモリモリわいてくるシチュエーションとは言い難い。

 ちなみに、なぜ後方の安全な指揮本部ではなく危険な前線指揮所に出向いて飯を食っているのかといえば、これもまた部下たちの士気を上げるための工夫だった。兵士たちと同じ場所に来て、同じものを食う。これだけでも、兵士たちの心証はだいぶ良くなる。不満が溜まりがちな籠城戦では、こう言った工夫は欠かせなかった。まあ、飯時に上官と雁首突き合わせる羽目になったペルグラン氏は迷惑そうな顔をしていたが。


「そうはいっても、長丁場の戦いだからな。しっかり食わないと肝心なところで力が出ないじゃないか」


「そりゃそうですがね。頭ではわかっていても、身体がついてこないのが普通の人間なんですよ」


 そうは言っても、当のペルグラン氏ですらもう一匹目の魚を平らげ、二匹目をお代わりしているのである。戦闘音ごときで食欲が失せるような繊細さを持ち合わせていないのはお互い様だ。この程度で参るような神経の細いものに、兵隊は務まらない。

 しっかし、この魚は本当にウマいね。コイツはマスの一種で、この街の特産品らしい。沢山とれてサイズもデカイ庶民の味方のような魚なのだという。正直、大変にうらやましい。ウチの領地を流れるエルフェン川では、魚肥に使うのもはばかられるような小魚しか取れないのだ。

 まあ、何はともあれ腹いっぱい飯を食えるのはいいことだ。食料備蓄は十分だから、この調子で消費して言っても半月は持久することができる。いくらなんでも、そのころには勝負は決まっているだろう。長丁場云々といっても、この戦いは一般的な籠城戦よりは遥かに早くカタがつくだろうしな。


「おっとっと」


 などと考えていたら、突然爆発音とともに結構な地響きが前線指揮所を襲った。僕は慌てて自分のジョッキを抑える。こぼれたら大変だ。


「被害報告知らせ!」


 ペルグラン氏が叫ぶのと同時に、今度は銃声が響いた。聞こえたのは一発きりで、次の発砲はない。これだけで、だいたいの状況に察しはついた。敵魔術師が肉薄攻撃を仕掛け、狙撃隊がそれに対抗射撃を加えたのだ。二発目の銃声が聞こえなかったということは、一発で仕留められたということだろう。僕は落ち着いて食事を再開した。この程度はよくあることだ。


「敵魔術師の爆発魔法です! 負傷者が数名出ましたが、被害は限定的な模様」


 電信機の受信機を耳に当てた通信兵が叫び返した。電信のおかげで、この手のやり取りもたいへんにスムーズになっている。以前は、被害報告を求めるたびに伝令を派遣せねばならなかったので本当に大変だった。


「その魔術師は」


「ブロンダン騎士団の方が射殺したそうです」


 ほら、だいたい予想通り。軽く肩をすくめると、ペルグラン氏になんともいえない目つきで見られた。なんだよその顔は。ビビるほどのことではないだろ。爆発つったって、ニコラウスくんのアレよりは遥かにショボい規模だったし。たんに、着弾箇所が近かっただけの話だ。しっかりと構築された塹壕はこの程度の爆発ではこゆるぎもしない。


「……メシの邪魔をするにはいささか不足だが、睡眠妨害には十分だな。こんなものを四六時中撃ち込まれたら、兵たちも休みづらいだろう」


 僕はコホンと咳払いをしてからそう言った。エムズハーフェン軍の魔術師隊は好んで爆発魔法を使用している。おそらく、この爆発音で我々の士気を削ぐ作戦なのだろう。実際、前世の世界でも大砲の発砲音や着弾の際の爆発音で精神を病む軍人は少なくなかったので、かなり有効な作戦なのではないかと思う。

 こういう魔法の選択ひとつとってみても、やはりエムズハーフェン選帝侯は巧みだ。波状攻撃の手際から見るに、機を見る能力にも長けている。相手に回したくないタイプの指揮官というのが、選帝侯に対する僕の評価だった。やんなるね。


「ペルグラン卿、率直な意見を聞きたい。君から見て、前線の兵士たちの消耗はどんな具合だ」


「そうですねェ……」


 いきなり話を振られたペルグラン氏は、思案しながら椅子に座りなおした。どうやら、彼女も食事を再開する腹積もりらしい。僕のことをあれこれ言う割に、この人の神経もたいがい太い。


「ま、一日二日の徹夜でどうにかなっちまうようなヤワなヤツは、ウチの同輩やら部下にはおりませんでね。大丈夫でしょう」


「そいつは頼もしい、流石はガレアの誇る騎士たちだ」


 僕はそう言って笑い、それから表情を改めた。ペルグラン氏は「同輩やら部下」と言ったが、彼女にはウチのアリンコ隊も預けている。この連中の様子はどうなのだろうか? グンタイアリ虫人は昼行性だ。もしかしたら、夜に強い竜人(ドラゴニュート)と違って消耗しているのかもしれない。


「ところで、アリ虫人たちの様子はどうだ? 元気にしているとよいのだが」


「……ああ、あっちはうちの連中よりも元気ですよ。戦いの合間に、博打を始める程度にはね。おかげで財布の中身がスッカラカンだ。ありゃぜったいイカサマをやってると思うんですがね、尻尾がつかめねぇ」


 ペルグラン氏はひどく恨みがましい様子だった。戦闘中に何やってんのさ、アリンコ隊もペルグラン氏も。すっかり呆れた心地になって、僕はため息をついた。


「ま、みんな調子は上々ってことですよ。ヒマを見て休ませてもおりますし、しばらくは何とかなるでしょう」


「なるほど、安心した。ありがとう」


「ま、仕事ですんで。……とはいえ、敵は我々以上に元気いっぱいですな。奴らは、一定時間ごとに前線と後方の部隊を入れ替えておるようです。見る限り、敵に寝不足じみたツラをしている者はおりません。後ろにいる間はしっかりと休憩を取っているんでしょうな」


「ふぅむ。大軍の優位をフル活用しているな。大部隊を団子にしてぶつけるばかりの押し相撲なら、ひっくり返すのはそう難しくはないのだが……」


 我慢比べでは、やはり向こうの方が優位と見える。まあこればかりは仕方があるまい。兵力で優勢なのも、状況の主導権を握っているのもエムズハーフェン軍側なのだ。これをひっくり返すためには主導権を奪ってやる必要があるが、相手の後ろに莫大な予備隊が控えている以上は中途半端な反撃などむしろ自殺行為だ。現状は迎撃に徹するほかない。


「ま、自分らがここへ引きこもってんのは、ブロンダン卿の発案ですからな。それなりに策もおありでしょう。大船に乗ったつもりでいろと、部下たちには言い聞かせております」


 圧力ゥ! 僕は胃が引きつりそうな心地になった。実際、自分をオトリにして敵の精鋭を引っ張ったのも、そのお供としてペルグラン氏らをまき込んだのも僕なのである。言い訳はできない。

 いや、確かに策はある。それも、予備のものを含めれば五つほどある。ただ、相手はなかなかの知将だからな。焦って仕掛けるとロクなことにならない気がするんだよな。作戦を成功させるためには、状況を見極める勘所とそれまで耐え続ける忍耐力が必要だ。今のところは、ペルグラン氏に頑張ってもらうほかない。


「しかし、心配事がないわけじゃあありません」


 ペルグラン氏は周囲に聞こえないよう声を潜めながら言った。僕は無言で彼女に顔を寄せる。


「市民の方は大丈夫なんですかね。外からの圧力にはしばらく耐えられそうですが、踏ん張っているところを後ろから突かれちゃどうしようもありません。対策は打ってあるので?」


 どうやら、彼女は市民反乱を危惧しているようだった。実際、ペルグラン氏の危惧は杞憂ではない。自国の都市における籠城戦ですら、市民の扱いには気を使うのだ。ましてやここは敵国。市民全員が潜在的な敵と言っても過言ではない。"とりあえず殺す"という選択肢を取れない分、そこらの敵兵よりもよほど厄介な相手ですらある。やはり、制圧したばかりの敵都市で籠城などという戦術は常道ではないのである。


「ああ、大丈夫」


 しかし僕は、あえてそう断言した。


「なんの問題もない。君たちは安心して目の前の敵と戦っていてほしい」


 都市内の治安維持を担当しているエルフ隊からは、きな臭い報告が上がっていた。どうやらリッペ市には敵の工作員が浸透し、反乱の扇動を始めているらしい。三日四日もすれば間違いなく蹶起を始めるだろうというのが、フェザリアの見立てだった。

 結構結構、たいへん結構。選帝侯はしっかりと仕事をしてくれている。街へ潜入する少数の潜水兵(フロッグマン)を見逃した甲斐があったというものだ。さすがは知将・エムズハーフェン選帝侯だ。キッチリと市民反乱も制御してくれている。こんなにありがたいことはない。


「まあ、後ろの方は僕に任せろ。なんとかする」


 頭が回り機が読める指揮官だからこその弱点というものもある。僕はそれを反撃の糸口にしようと考えていた。

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