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第487話 くっころ男騎士と夜戦開始

 そうこうしているうちに、いよいよ敵の攻撃が始まった。エムズハーフェン軍は塹壕線を包囲するように部隊を展開し、全方位から圧力をかけて来る。対する我々は照明弾を打ち上げ、即席弩兵隊に弾幕を張らせることでそれに対抗した。

 即席弩兵隊は、鹵獲品のクロスボウを配布された騎士隊の雑兵たちが主力だ。マトモな訓練などしていない者ばかりだから、射撃の精度などひどいものだし再装填の手際も悪い。だが、それで十分だ。塹壕の中に射撃兵科がいるというだけで、けん制効果は十分にある。

 実際、クロスボウの猛射撃を浴びた敵部隊は前進する足を止めた。なにしろクロスボウは弓と違って射手に威力が左右されないのだ。たとえまぐれでも、命中すればタダでは済まない。例外は魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んでいる場合だが、もちろん普通の雑兵はそのような高価な装備は持ち合わせていない。結局、矢玉から逃れるには十分に距離を取るか置き盾などの遮蔽物に隠れるしかない。


「打ち返せ! クロスボウの扱いでは我らの方がはるかに上手であることを教育してやるんだ!」


 とはいえ、もちろん敵軍も一方的に射撃を浴びるばかりではなかった。彼女らも我々と同じように弩兵隊を展開し、矢玉を打ち返してくる。しかも、この数が尋常ではない。一発撃ったら二、三発は返ってくるような次第で、前線に出ている弩兵だけでもこちらの倍以上いるのは確実だった。これにくわえておそらく後方には予備隊も控えているのだからたまらない。エムズハーフェン軍はいったいどれほどの弩兵を有しているのかと、呆れた心地になってしまった。


「高価なクロスボウをこれほどの揃えるとは。金貨の入った袋で直接ブン殴られている気分だ」


 とは前線指揮官のペルグラン氏の談である。まったくもって同感だが、リースベン軍(ウチ)だって一般歩兵全員にライフルを配備するような真似をしているのであまり人のことは言えない。僕は曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁した。金満具合で言えばエムズハーフェン選帝侯よりも僕の嫁さんであるアデライドのほうが上かもしれん。


「この街の守備隊だけでも百張りあまりのクロスボウを持っていた。それに加えてこれだけの弩兵だ。選帝侯閣下のクロスボウ保有数は尋常ではないな」


 選帝侯が保有しているすべてのクロスボウを集めたら、弩兵だけで一個大隊くらい編成できるのではないだろうか。たしかに、豪勢なカネの使い方ではある。僕は苦笑した。


「選帝侯領には、クロスボウを特産品としている街があるそうです。おそらく、そこから安く買い付けているのでしょう」


「なるほどな」


 ソニアの解説に、僕は頷いた。彼女は絶えず敵味方の貴族についての情報を収集している。この手の説明ならばカンニングペーパーも見ずにスラスラと応えることができた。参謀の鑑だな。


「……しかし、まあ所詮はクロスボウ。いくら数があっても、塹壕に隠れている限りはそれほど怖くはない」


 弩兵の兵力差は圧倒的だが、優位なのはむしろこちらの方だった。我が方の弩兵が塹壕の中で安全に再装填できる一方、敵の弩兵は全身を暴露した状態でえっちらおっちら再装填せねばならない。この差は歴然で、こちらの陣地からは被害報告はほとんど上がらない一方、敵弩兵隊のほうからはちょくちょく悲鳴のような声が響いてくる。

 ついでに言えば、夜戦という環境もこの優位に一役買っていた。我々は敵の頭上に照明弾を打ち上げ、しっかりと敵兵を目視して射撃することができる。一方、敵は照明弾の残光と僅かな月の光を頼りに、薄暗い塹壕に隠れた我が方の敵を狙わなくてはならない。これでは圧倒的に不利だ。

 しかし、いやはや。にわか作りの即席弩兵隊が、エムズハーフェン選帝侯じまんの弩兵隊を相手に回して優位に立っているぞ。状況ありきとはいえ、この光景はなかなかに痛快だ。ま、我々は指揮壕という名の穴倉に籠っているのでその様子を目視することはできんのだが。


「敵前衛、塹壕線に接触しました」


 とはいえ、あまりふんぞり返ってばかりもいられない。こちらの弩兵の射撃が敵弩兵隊に集中したことにより、歩兵の前進が再開してしまった。通信兵の報告に、僕は無言で頷いた。塹壕線各所には有線式電信機が設置されており、そこからもたらされる情報は指揮本部で一括管理するようになっている。

 しかし、もう敵の白兵部隊との交戦が始まったのか。やはり、鹵獲クロスボウで水増ししたとはいえこの程度の射撃戦力では敵の完全な足止めなど不可能だということだな。敵の前進を完全に阻止したいなら、機関銃は必須だ。機関銃どころか連発銃(まあリボルバーはあるが所詮は拳銃だ)すら手元にない状況では、戦闘の主軸は鉄条網を挟んだ攻防にならざるを得ない。


「アリ虫人隊と騎士隊が迎撃中です。両部隊の隊長によれば、現状突破される心配はなし、とのことです」


「了解」


 まあ、鉄条網の隙間から槍でツンツンしているだけでも、十分な防御力はあるんだけどな。特に、この手の戦闘ではアリンコ隊が強い。通常の野戦でも十分に強力な彼女らの防御力は、塹壕に籠ることでさらに磨きがかかる。アリンコ隊がブロックしている限り、普通の歩兵部隊では手も足も出ないだろう。


「そろそろ山砲隊に支援射撃を要請してもより頃合いだと思いますが、いかがしましょう」


 ソニアの問いに、僕は少し思案した。本来ならば敵の前進を粉砕すべく真っ先に射撃を開始するであろう我らが砲兵隊は、いまだに沈黙を保っている。僕がそれを禁じているからだった。

 なぜかと言えば簡単で、手持ちの弾薬が乏しいからだ。正確に言えば弾はあるのだが、それを発射するための装薬が足りない。例の即席機雷作戦のせいだ。ただでさえ乏しい火薬の在庫をそちらに回してしまったため、現状の我々の弾薬備蓄は少々不安を覚えるほどまでに減少してしまっている。

 そういうわけで、むやみやたらな射撃は厳に慎まねばならない状況なのだった。僕としては弾薬をケチるような戦い方はまったくもって趣味ではないのだが、無い袖は振れない以上致し方がない。むろん弾薬がまったく払底してしまった、というわけではないのだが、コイツはいざという時のために取っておく必要があるからな。今は我慢だ。


「雑兵を蹴散らす程度ならば弩兵隊で十分だろう。山砲隊にはもうしばらく待てと伝えておけ」


 苦いものを噛み締めながら、僕はそう言った。はっきり言って、気分はよろしくない。火力戦の本質は、人命の代わりに鉄と火薬を使うという部分にある。つまり、弾薬をケチるということは人命の浪費を容認するということだ。正直かなりイヤーな感じ。でもなぁ、市街地戦を避けるためにはあそこで機雷を大量投入するほかなかったんだよなぁ。むぅーん。

 そんなことを考えながら、ニ十分ほど指揮をつづけた。状況はまったくもって代わり映えがない。彼我の弩兵隊は相変わらず熾烈な射撃戦を続けているし、敵歩兵はその間隙をぬって塹壕線への攻撃を続けている。変わったことと言えば、適度兵隊が置き盾を用意してそこに隠れながら射撃をし始めたくらいだ。東部戦線異状なし、そういう感じ。まあまだ戦闘が始まってから一時間も立ってないけど。


「ふぅむ」


 戦況に変化がなくとも、これだけの時間があれば敵の思惑が見えてくる。僕は地図上に配置された駒を見ながら、小さく唸った。


「思った以上に敵の圧力が低い。我が方と接触している部隊の規模から考えても、前線に展開している敵の兵力はごく一部だな」


 僕の言葉にソニアは頷いた。敵は我々の二、三倍の兵力を持っている。やろうと思えば、もっと分厚い戦力展開をして我々の防衛線に強力な圧力をかけることだって出来るはずだ。しかし、相手はそれをせず薄く展開した部隊で漫然とした攻撃を繰り返すばかり。違和感を覚えるなという方が無理がある。


「時間稼ぎ、あるいは陽動を意識した動きに見えますね。……もしや、前線に展開している部隊は囮。本命は船団の方に戻り、再び港側からの揚陸作戦を目論んでいるのでは?」


「ならいいんだけどね」


 たしかに背後からの攻撃は怖いが、相手の本命が揚陸部隊ならばむしろ逆襲のチャンスだ。この作戦を取った場合、敵は戦力を分散せざるを得ないからな。まずは弱体な囮部隊を叩き、その後で揚陸部隊を叩けばよい。各個撃破はそれほど難しいものではないだろう。


「でも、あのアーちゃんとエムズハーフェン選帝侯閣下が揃ってるのに、そんな隙の大きな作戦に出るかな?」


「……可能性は低そうですね」


 僕とソニアは揃ってため息をついた。アーちゃんの指揮官としての手管は知っている。果敢ではあっても無意味な綱渡りはしない。猛将というよりは、勇将。そういうタイプだ。一方、選帝侯のほうはさらに手堅い雰囲気がある。こちらはどちらかと言えば知将タイプだろう。この二人がトップに立っている以上、敵軍が露骨な失策をするとは考えづらい。


「だとすれば、敵軍の目的は……」


「こちらの消耗、かな」


 敵は潤沢な兵力を持っている。おそらく前線に展開している部隊以外は後方で休息をとっているのだろう。この前線部隊は、ある程度の時間が立ったらいったん後退して後詰の部隊と交代するものと思われる。こうすれば、兵士たちを温存しつつこちらに嫌がらせを続けられるという寸法だ。

 一方、我々の方は兵力に余裕がないので交代で休むにしても限度がある。夜通しこのような嫌がらせ攻撃を受け続ければ、ほとんどのものが睡眠不足に陥ってしまうだろう。そうしてこちらが消耗したところで、本命の部隊を投入して一気に制圧。それが選帝侯の描いている絵図ではなかろうか。


「一見堅実に見えてなかなか難しい作戦だ。選帝侯閣下としては出来るだけ我々に嫌がらせをしてこちらの力を削ぎたいだろうが、あまりモタモタしているとリュパン軍の救援が間に合ってしまう。攻撃のタイミングはかなりシビアだぞ」


「そこまでしてでも、絶対にアル様を仕留めたいのでしょう。警戒されていますね」


 その言葉に、僕は何とも言えない表情で肩をすくめた。焦って力攻めを仕掛けてくるような相手ならば、話は簡単なのだろうが。だが、選帝侯はわざわざ難易度の高い作戦を選択してまでこちらの首を狙ってくるようなお方だ。油断も判断ミスも期待できないような気がする。まったく、困ったもんだね。


「とにかく、しばらくは我慢比べだ。出来るだけ消耗しないよう、力をセーブして戦おう。弾薬や照明弾も節約しなきゃな」


 こんなケチくさい戦い方は、僕の趣味ではないのだが。しかも、省エネモードで戦うということはそれだけ戦闘力も下がるということだ。今のような漫然とした戦闘ならばそれでも対処できるが、いざ本格的な戦闘となった時に対処が遅れればそのままズルズルと負けてしまう。反撃に移るタイミングを見極める必要があるな。

 こうしてみると、彼我ともにシビアなタイミングに縛られた作戦だな、コイツは。敵方の攻勢が遅れてリュパン団長が間に合うというのが一番ラクなルートだが、たぶんそう上手くはいかないだろうな。ここはひとつ、保険をかけておこう。幸いにも、布石は既に打ってある。後で工兵隊に進捗を確認しておこうかな。

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