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第486話 くっころ男騎士と敵の思惑

 その後もアーちゃんは何かにつけて話を長引かせようとしたが、最後には部下たちに引きずられるようにして敵陣に戻っていった。まだ戦いも始まっていないというのにどっと疲れた心地になりつつ、僕も指揮本部へと帰る。

 アーちゃん、何かにつけて人を勧誘しようとするけど、こういうところを見てると『コイツの部下にはなりたくねぇなぁ……』という感想しか湧いてこないんだよな。まあ、僕だって人の上に立つ立場なのは同じなのでぜんぜん他人事ではないのだが。ああいう風にはならないよう、気を付けておこう。他山の石という奴だ。


「なるほどなぁ……」


 指揮本部へ戻って早々、僕はニコラウス君からの手紙を開封した。軍使であるアーちゃんが帰還した以上、敵軍はすぐにでも作戦を開始するだろう。本当ならば悠長に手紙を読んでいるヒマなど無いのだが、差出人がニコラウス君となれば話は別だ。なにしろ彼は切り札(ジョーカー)級の凄腕魔術師であり、その動向ひとつでこちらの作戦も左右されてしまうからな。


「いかがでしたか? 内容の方は」


 指揮卓に乗った地図を見てあれこれ思案していたソニアが、僕の方を見て聞いてくる。やはり、彼女としてもニコラウス君の所在は気になるのだろう。リースベン戦争で彼が放った戦術級魔法の威力は、一年たった今でも我々の脳裏に焼き付いている。くしくも、今回の戦いはあの時と同じ塹壕線を用いた防衛戦だ。否が応でも、あの重砲めいた魔法への警戒感は高まってくる。


「ニコラウス君いわく、この戦争は所属組織の都合であって、お互いの本意ではないことは理解している。できるだけリースベンに不利益を与えぬよう立ち回るので、水面下での協力は継続してもらいたい……だ、そうだ」


「水面下での協力?」


「要するにカネだよ。僕はちょくちょく彼に資金援助をしてたからな、今後もそれを続けてほしいってコト」


 ま、送金してたといっても、その原資の大半がアーちゃんが一方的に貢いできたカネだけどな。あの獅子女は、要らんと言っているのに一方的に金を送り付け続けているのである。敵国の大幹部から金を受け取っていることが表沙汰になったら僕の立場がヤバイので、もらった分はそのままニコラウス君に送り返している。


「ああ、なるほど……つまり、少なくともこの戦いでは彼が参戦してくる可能性は少ないと」


 ホッとした様子で、ソニアはため息をついた。正直、僕としても同感である。人間一人分の身軽さで動き回る重砲相当のユニットなど、相対する指揮官からすれば悪夢以外の何者でもない。戦わずに済むというのであればこんな有難いことはないだろ。


「まあ、アーちゃんにしろニコラウス君にしろ敵には違いないからな。その発言を真に受けすぎるのは危険だが……少なくとも、警戒レベルを一つ下げるくらいはしていいだろう」


 もちろん、この手紙が我々に対する偽装工作であるという可能性は排除できないけどな。敵の言うことを一から十まで信じられるほど、僕はお人よしではない。なんなら味方すら信用しきれない段に、いわんや敵の言うことにどれほどの真が含まれているのやら。そういう訳で、ニコラウス君への対策を怠る訳にはいかん。

 とはいえ、実際のところニコラウス君がどういう人間なのかはある程度理解しているつもりだ。彼は理念を優先して動くタイプで、必要ならば上司であるアーちゃんに対して魔法をぶっ放すことも躊躇しない。そして、彼の本願は男性の権利拡大だ。そういう面で言えば、彼にとって僕の存在はそれなりに都合が良い。直接対決を避けようとする彼の動きにはそれなりの合理性がある。


「そうなると、やはりアレクシアの言った通り彼はレーヌ市の方の戦線にいるわけですか」


「その可能性は高いだろうな」


 それはそれで、不安を覚える状況ではあるが。我が国の王太子殿下相手にあの威力の魔法がぶっ放されたらシャレにならん。まあもちろん戦術級魔法は彼だけの専売特許ではなく、王侯お抱えの宮廷魔術師が複数人いれば行使できる程度の技術ではある。だから、大軍同士がカチ合う際はそれなりの対策は施しておくものだが……。


「ま、ヤキモキしたところで状況が改善するわけでも無し。一応殿下の方に警告の手紙は出しておいて、あとはこちらの仕事に集中しよう」


 ニコラウス君抜きでも、こちらの状況はそれなりに厳しい。エムズハーフェン選帝侯単独でもそれなりに厄介なのに、それに加えてアーちゃんまでもが敵に回ってしまったのだ。彼女の率いるクロウン傭兵団は数こそ少ないが戦力としての質は極めて高いし、何よりアーちゃん本人がリースベン戦争を通してある程度こちらの手のうちを理解してしまっている。この点が大変に厄介だ。

 こちらの優位性は、前世の知識由来の先進的な用兵術や兵器に担保されている。この一方的な知識の差が我々の連戦連勝の手品の種であって、そこが割れてしまうと効果は半減してしまう。下手をすれば、逆手に取られてこちらが罠にはめられてしまう可能性があった。正直、かなり困っている。


「そうですね。……ところでアル様、手紙に書かれていたのはそれだけですか? 資金援助の継続を打診してきたのなら、その手土産代わりに他に何かしら有用な情報などがあっても良いのでは。たとえば、あの発情猫の思惑とか」


「……鋭いねぇ」


 僕はため息をついた。確かに、手紙にはアーちゃんの狙いについての情報もあった。ただ、少しばかり刺激的な内容なので、ソニアには黙っているつもりだったのだが。しかし、この様子であればむしろ下手な隠し立ては悪手だろう。正直に白状するほかないか。


「どうやら、アーちゃんはこの戦いで僕を"お持ち帰り"する腹積もりらしい。前回と言い、本当にくだらない理由で戦場を引っ掻き回すのが好きだね、あの人は


 再会した時はあのような態度だったアーちゃんだが、ニコラウス君いわく僕が婚約したと聞いた時は少しばかり動揺していたらしい。で、出した結論が略奪婚だ。まったく、相変わらず野蛮極まりない女である。まあでも、よくよく考えれば彼女は抵抗する相手を無理やりに組み伏せるのが大好きな生来のサディストだ。略奪婚などというシチュエーションは大変に燃えることだろう。だからといって、国家の一大事にそんな私情でウロチョロするのはどうかと思うが。

 でもたぶん、アーちゃんが狙ってるのは僕だけじゃないと思うんだよな。彼女は婿だけではなく有能な部下も欲しがっている。僕を回収していくついでに、ソニアをはじめとした僕の部下たちまでまとめて寝返らせるつもりではなかろうか? あのよくわからんエロ本発言は、そのあたりの狙いから来た発言なのではないかと疑っているのだが……。


「やはりですか」


 ひどく冷たい声で、ソニアは答えた。しかし声音とは裏腹に、彼女の目には熱い炎が宿っている。


「しかし、このわたしがいる限りはそうはさせません。二度とそのような不埒な行いができぬよう、このわたしが懲罰いたしましょう。アル様はご安心を」


「……ありがとね」


 やっぱり、そういう反応になるか。だから、この情報は隠しておきたかったんだけどね。相手が戦略・戦術的に合理性のない目的に沿って動いているのなら、そこに付け入るスキが生まれるものだ。わざわざ真っ向勝負でそれに付き合ってやる理由はない。まぁ、ソニアの気持ちも理解できなくはないし、まったく嬉しくないといえば嘘になるけどね。でも、それはそれこれはこれ。戦争は合理的にやるもんだ、余計なことをやったり考えたりするべきじゃないと思う。


「ま、アーちゃんが厄介といっても手勢はそれほど多くない。やはり、問題はエムズハーフェン選帝侯だよ。まずはあの人を何とかしなくちゃ」


 そう言って、僕は視線をソニアから逸らした。そろそろ、敵が行動を開始する頃あいだ。近いうちに前線の監視哨から接敵の報告が入ってくるだろう。とりあえずはその対処と対策に集中せねば……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎日更新とはいえ、なんだかグダってきた感が。
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