第483話 くっころ男騎士と陣地転換
エムズハーフェン軍の大船団は、機雷原とエルフ舟艇部隊に阻まれリッペ港への突入を断念し一時撤退した。だが、あくまでそれは一時的なことだ。彼女らのリッペ市奪還の意志が折れたとも思えず、僕は翼竜隊に船団の追跡を命じた。あくまでこの撤退は体勢を立て直すための一時的なものなのか、あるいは敵前上陸そのものをあきらめたのかでこちらの対処も変わってくるからだ。
ところが、翼竜による追跡はうまくいかなかった。船団の上空を援護していた九頭もの鷲獅子が迎撃に出てきたからだ。敵の反撃は苛烈であり、追跡を断念せざるを得ない状況に追い込まれた。船団襲来時には大人しくしていた敵鷲獅子騎兵隊だが、こちらが翼竜を空に上げたとたんにコレだ。どうやらエムズハーフェン軍は航空戦力をあくまで防空用に運用する腹積もりらしい。敵の指揮官は相手の航空偵察を潰すことの重要性を知っている人物のようだ。厄介だな
「機雷の再敷設を急げ!」
まあ、何はともあれ船団の追跡に失敗した以上、敵の次のアクションを予想するのは難しくなってしまった。僕としては、港からの再攻撃と陸路からの攻撃の双方を想定した準備をせねばならない。とりあえず消耗したぶんの機雷を再敷設し、エルフ舟艇部隊に矢玉や焼夷剤の補給を行った。
とはいえ、虎の子の機雷の数は限られている。なにしろここは敵地で、しかも我々の補給線はハッキリいって脆弱なシロモノだからだ。いくら機雷が即席兵器とはいえ、火薬の数が限られている以上あまり多くは製造できない。仕方がないので、二度目の機雷敷設では空き樽を利用したニセ機雷で敷設数を水増しすることにした。
これは、リッペ市内や周辺の田畑などに潜んでいるであろう敵の偵察員に対する偽装工作だ。ニセ機雷は中身こそ空っぽだが見た目は本物とほぼ同じであり、敵からは本物なのか偽物なのかを判別する方法はない。この水増し工作により、敵が機雷原は健在だと誤認してくれれば万々歳である。
なにしろ、今回の防衛戦の要である機雷とエルフ式火炎放射器兵は両方とも兵站への負担が大きい兵器だからな。はっきり言って、二度三度と同じような迎撃戦を展開する余力はない。敵が港からの攻撃に拘泥すれば、いずれ突破を許してしまうかもしれない。セコい手でもなんでも使って、港への攻撃を断念させる必要があった。
「南方の街道上に敵部隊を発見。規模は二個連隊程度……二千五百名程度とのこと!」
だから、その日のうちにそんな報告が入ってきたときはほっとした。どうやら敵はどこぞの河原で兵力を揚陸し、陸上からリッペ市を攻めることに決めたらしい。おそらく、揚陸用の船が沈没して少なくない数の兵士が溺死したことを重く見たのだろう。いかに精強な兵士でも、乗った船を沈められてしまえばどうしようもない。
むろん、部隊人員の少なくない数がカワウソ獣人で構成されているエムズハーフェン軍である。水泳は得意中の得意であり、船が沈没したところで泳いで逃げ出せばよいというのは確かだ。ただし、それはあくまで軽装の者に限った話だった。
さすがのカワウソ獣人も、金属甲冑を着込んだ状態で泳ぐのは困難なのである。実際、敵船団に肉薄戦闘を挑んだエルフ兵の少なくない数が『甲冑姿の兵士が水に沈んでいくのを見た』と証言していた。
板金鎧は高価だが強力な装備だ。こんなものを着込んでいるのは、騎士のような戦士階級か裕福な市民兵、傭兵のみ。つまり、溺死者は士官や精兵などに集中していたということになる。流石にこの損失は痛かったのではないか、というのが分析に当たったソニアの見立てだった。
「第二ラウンドは陸戦か。よろしい、川でも陸でも我々の方が強いということを見せてやろう」
報告を聞いた僕は自信満々な口調でそう言い放ったが、もちろん部下向けのポーズである。実際のところ、数の差もあるし揚陸戦では明らかにエムズハーフェン軍側のほうが強い。第一ラウンドで彼女らを撃退できたのは、機雷とエルフという二枚の切り札を切ったからだ。どちらも使えば使うほど目減りしていくばかりのリソースなので、頼りっぱなしになるのは危険だろう。
「部隊配置を陸戦仕様に切り替える」
とにもかくにも、戦闘の焦点は陸上に切り替わったのだ。僕は部隊の配置もそれに適したものに転換せねばならない。街外縁の塹壕線にアリンコ重装歩兵と騎士隊を置き、山砲隊も塹壕を援護できる位置へと移動させる。エルフ隊も、配置を港から街中へと切り替えた。
エルフ隊を街に置いたのは、市民による反乱の抑止のためだ。敵軍の襲来に呼応して市民たちが蹶起したら少しばかり面倒なことになる。いわゆる内憂外患というヤツだな。この街は結局のところ敵地なので、このような対応が必要となる。通常の籠城戦のセオリーは通用しない。
ちなみに、このエルフ隊の役割は治安の維持ばかりではない。敵が潜水兵や船などを用いて港側からの再揚陸などを目論んだ際にこれを阻止するのも彼女らの仕事のうちだ。敵の主力はすでに陸上にいるが、かく乱目的で小規模な部隊を背後から送り込んでくる可能性は十分にある。
「さて、敵軍の様子はどんな感じだ?」
港から街の防壁の外へと移設した指揮本部で、僕はそう聞いた。どうしてわざわざ壁の外に指揮本部を設営したかといえば、これもまた市民反乱を危惧してのことだったりする。今回の作戦では、街の防壁は外敵を退けるための盾として運用するつもりはなかった。どちらかといえば、内部の不穏分子を封じ込めるための檻だと認識している。
こうして戦力の中核を外縁の塹壕線に移した今も、やっぱり背後……つまり街や港の方はへの警戒は怠れなかった。市民たちの反乱の懸念はもちろんあるし、陸側の敵戦力はあくまで陽動であり、本命の少数精鋭部隊が川側から突入してくる可能性も排除できない。エムズハーフェン軍の指揮官はなかなかの知将だ。油断はできない。
そういう懸念を考慮した結果が、この布陣であるわけなのだが。外側からの攻撃は塹壕線で防ぎ、内側からの攻撃は防壁で防ぐ。そういう作戦だった。この街の外壁は平凡な石壁だが、攻城砲や戦術級魔法などがブチこまれない限りはそれなりに頼りになる。……こうなると、チート魔術師ことニコラウス君が怖くなってくるんだよな。エルフどもには、魔術師は見つけ次第ぶっ殺せと命令してあるが。
「先ほど戻ってきた斥候部隊によれば、敵は野営地の設営などはせずリッペ市に向かって行軍を続けているようです。三十分もすれば、敵の前衛がこちらの防衛線に接触するのではないかと思われます」
「フゥン」
僕は懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認した。そして、西の空に目を向ける。すでに太陽は地平線へと迫りつつある。この時間に部隊を動かすというのは、あまり一般的ではない。いくら夏場とはいえ、今から野営地を作っていたのでは日暮れに間に合わない。このままだと、兵士たちは安全な寝床を確保できず温食も口にしないまま一夜を過ごすことになる。
「夜襲を仕掛けてくるつもりでしょうか?」
腕組みをしながら、ソニアが聞いてきた。僕はコクリと頷く。
「だろうな。……しかし、揚陸失敗の当日に夜戦となると、兵士たちは大変だな。まあ敵船団の離脱から再捕捉までの時間差を考えるに、多少の休憩はとっているんだろうが、ハードスケジュールなのは確かだ」
「どうやら、敵の司令部はなかなか焦っているようですね。やはり、リッペ市が予想外に早く陥落したことが響いているのでしょう」
「ああ。向こうの本来の思惑では、この攻撃はリッペ市の守備隊と連携して実施するハズだったろうからな。それを自分たちだけで行わねばならなくなった以上、ゆっくりはしていられないだろう」
リュパン団長が今日送ってきた報告書のことを思い出しつつ、僕はそう返した。団長は相変わらず敵軍と追いかけっこをしているようだ。敵のこの消極的に過ぎる動きを見るに、どうにもあちらの敵軍には独力でリュパン軍を撃破できるだけの戦力はないようだ。エムズハーフェン軍としては可及的速やかに我々を撃滅し、リュパン団長のほうの戦線へ援軍を出したいところだろう。我々もしんどいが、敵にとってもなかなかにしんどい局面である。
「ま、そうは問屋が卸さんさ。照明弾の在庫は十分だな?」
「もちろんです」
「よろしい。エムズハーフェン軍の皆様に、ガレア式の夜会の作法を教育して差し上げよう」
ニヤリと笑って、僕はそう宣言した。……まあ、実際のところ当の僕には夜会に参加した経験などほとんどなかったりするがな!