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第482話 くっころ男騎士と港封鎖作戦

 モルダー川は、この辺りの地域の大動脈を担っているだけあってかなりの大河だ。川幅は極めて広く、流れも緩やかだった。一見すると、細長い湖のようにすら思える。そんな大河の川上側から、数えるのも馬鹿らしいほどの数の船が現れた。そのどれもが、エムズハーフェン選帝侯家の紋章である交差した銛を描いた旗を掲げている。いよいよ、敵船団がリッペ市に来襲したのである。


「ほう、ほう、へぇ」


 その様子を港から見ていた僕は、感嘆の声を漏らした。望遠鏡を使って詳しく敵情を観察する。船団の主力は二枚帆を備えた大型船だが、帆装をもたない小型ボートも少なからず混ざっている。使える船はすべて出撃させたという風情のごちゃ混ぜ編成だ。

 それを迎え撃つ我が方の兵士は、迫りくる大船団を緊張した面持ちで眺め……てはいなかった。みな、淡々と自分の持ち場で仕事をこなしている。それもそのはず、港に展開している我が方の部隊は砲兵隊とエルフ隊だ。どちらもわが軍では最精鋭といっていい連中だ。大軍が相手とはいえ、気後れするような肝の小さい連中ではなかった。まったく、頼りになる部下を持てた僕は幸せ者である。……まあ、エルフに関しては頼りになりすぎて逆に困る場合も多いがな。何事も限度ってもんがあるだろ。


「さすがモルダー川のヌシとまで呼ばれる大貴族。なかなかご立派な艦隊じゃあないか」


 あの船団にミッシリ兵隊がすし詰めになっていると思うと、なかなか怖いものがある。我々リースベン軍がエルフ内戦に介入する際も川船を利用したが、あの時は兵士の大半が船酔いでダウンしてしまっていた。だが、相手はカワウソ獣人の軍隊だ。おそらくそのような醜態とは無縁だろう。

 あー、しかし残念だなぁ。手元に我が軍の最新鋭軍艦、マイケル・コリンズ号があれば派手な水上戦が見られたものを。……いや、普通に考えて川船を他所の川に回送なんて現実的じゃないし、そもそもいくら新式でも一隻だけじゃあんな船団に対抗するのは不可能だけどな。まあ、気分の問題だ。


「対舟艇戦闘は実戦では初めてだな。自信はあるかね、小隊長殿」


 僕がそう聞いた相手は、山砲隊の小隊長だ。我々の手元にある三門の山砲はすべて港に展開し、敵船団の方へ砲口を向け砲列を敷いている。正直、この規模の船団を相手に手元にある砲兵戦力が山砲小隊ひとつだけというのは少々心もとない。もう一個小隊くらい残しておいたほうがよかったかなぁ、などとも思ってしまった。送り先のヴァール支隊のほうは、意外と苦戦していないようだしな。

 とはいえ、いまさらそんなことを悔やんでもしょうがないけどな。意外と苦戦していない、なんていうのは所詮結果論だし。まあ、とにかく今は手元にあるカードを使ってやりくりするしかないさ。勝てるだけの策は用意しているつもりだし。


「むろんです、城伯様」


 そんなこちらの思惑を知ってか知らずか、山砲隊を指揮している若い小隊長はなんとも自信ありげに胸を叩いてくれた。その顔には挑戦的な笑みが浮かんでいる。


「確かに実戦は初めてですが、船に砲弾を命中させる訓練はエルフェン川でイヤになるほどやっておりますからね。我らにお任せください」


 我らがリースベン軍では、対艦攻撃は砲兵の基本的な任務の一つとされている。そのため、砲兵隊では頻繁に標的船を相手に射撃訓練を実施していた。移動目標が相手ということもあり当初はさんざんな成績だったが、砲兵たちの練度の上昇や射法・計算尺などの改良により今ではかなりの命中率を叩きだすようになっている。


「大変結構」


 僕はニッコリと笑って頷いた。そして視線を港のアチコチに展開したエルフ隊の方へと向けた。当然のことながら、僅か三門の前装砲では大船団の上陸阻止などは不可能だ。撃ち漏らしはかなりの数が出るだろうし、そもそも大砲では狙えないような小型ボートにも対処する必要がある。

 そこを補うのが、フェザリアに率いられたエルフ隊だ。彼女らは水上戦に慣れているし、メインウェポンが弓や魔法ということもあって船が相手でも戦いやすい。こういう局面ではピッタリの連中だった。

 ……というかまあ、そもそもエルフはだいたいなんでもできちゃうんだけど。便利過ぎて困るんだよな、仕事を振りすぎて過重労働になってないかちょっと心配だよ。彼女らの強さの源泉は長寿命からくる豊富な戦闘経験なので、損耗したら取り返しがつかない。野蛮性云々はさておいても、エルフ隊の運用にはそれなりに気を使った方がいいんだよな。


「敵船の先頭が射程内に入りました!」


 そんな僕の思考は、見張り員の出した大声によって妨げられた。船団の船たちは結構なスピードでこちらに向けて突進してきている。明らかに強行上陸を狙っているように見える。さあ、踏ん張りどころだぞ。僕は気合を入れるために自分の頬をペチンと叩いた。


「撃ち方はじめ!」


 号令に従い、三門の山砲が順番に火を噴く。オモチャじみた見た目には似つかわしくない猛烈な砲声が港中に響き渡った。周囲にいた小鳥たちが一斉に飛び立つ。……が、命中弾は一発も出ない。砲弾は水柱を上げるばかりで、何の効果もなかった。しかし砲兵たちは残念がる様子もなく、冷静に再装填作業を始めた。相手は一キロ以上も離れた移動目標だ。初弾命中など、奇跡でも起こらない限り成功しない。

 最初の命中弾が出たのは、第三斉射の時だった。八六ミリの榴弾が船団の先陣を切っていた軍船に命中し爆発を起こす。小口径榴弾の威力などはっきり言って大したものではないのだが、相手は大型とはいえ所詮は排水量十トンあるかないか程度の川船だ。船首に大穴を明けたその船は、一瞬のうちに轟沈してしまう。


「いい腕だ! 射撃を継続しろ!」


 内心ガッツポーズをしながらそう命じるが、敵船団は一隻沈んだ程度では怯んではくれなかった。むしろ船足を上げ、一気にこちらへ突っ込んでくる。ふ頭にそのまま衝突してしまうのではないかと不安になってくるような勢いだ。


「やはりそう来るか」


 大砲は威力抜群だが、再装填に時間がかかる。数とスピードを頼みに突撃されれば対処不能になってしまうのだ。敵の判断は的確だった。しかしもちろん、僕の方も大砲だけで敵を抑止しようなどとは思っていない。


「来たな……!」


 敵船が港の入り口に差し掛かった瞬間、船首で大爆発が起きた。さきほどの八六ミリ榴弾が直撃した時よりも大きな爆発だ。しかも、それだけでは終わらない。港内に侵入しようとした船は、軒並み爆発を受けて轟沈しはじめた。

 さすがのエムズハーフェン水軍もこれには面食らったようで、あわてて舵を切ったり(オール)を使って急制動をかけたりして、港への突入ルートから逃れようともがいた。だが、戦列を組んだ状態でそんなことをすれば、当然ながら大変なことになる。あちこちで衝突事故が発生し始めた。何隻もの船が巻き込まれ、次々と沈没したり漂流したりしていく。

 だが、衝突事故程度で済んだ者たちは幸運だ。港への突入ルートから逃れることのできなかった船の方は、強烈な爆発を喰らって次々と轟沈していく。船団はすっかり大混乱に陥り、阿鼻叫喚の様相を呈していた。


「素晴らしい。工兵隊は見事な仕事をしてくれたな」


 僕は思わずそう呟いた。敵船を襲った爆発の正体は、我が方の工兵隊が仕掛けた機雷だった。いわば対船舶用の地雷だな。もっとも、今回使用したものは工兵隊が現地で製造した急造品だが。飲料水用の樽に防水加工を施したうえで火薬を詰め込めこみ、砲弾の信管を起爆装置として組み込んだだけの簡単な構造だが、効果の方はご覧の通りだ。

 まあ、急造兵器といっても研究や試験自体は前々からやってたモノだからな。それなりの信頼性はある。なにしろこの世界の物流は結構な割合を水運に依存している。もちろんそれは軍隊の物資や兵員の輸送でも同じことが言えた。機雷系の兵器は、前世の世界以上の有用だった。使わない手はないだろう。

 もっとも、補給面に不安があるのはこちらも同じこと。重くてかさばりおまけに用途も限られている機雷をいちいち遠征に持って行くのは困難だ。そこで、現地で手に入る資材を使って即席機雷をでっちあげる研究を以前から進めていたというわけだ。

 もっとも、所詮は即席なので弱点がないわけではない。一番の問題は防水加工が不十分な点だ。なにしろ素体が木製の樽だから、いくら防水加工を施しても漏水をゼロにはできない。作動が期待できるのはせいぜい一週間程度で、それ以降は火薬が湿気って使い物にならなくなってしまう。まあ、掃海の手間や危険性を考えればメリットともなりうる特性ではあるが。


「敵船、港内に突入してきました!」


 しかし、機体の新兵器も完璧ではない。機雷を敷設した区域を運よく無傷で突破した数艘の小型船が、帆を全開にして突撃してくる。敵船は弩砲(バリスタ)を搭載しているようで、鉄の槍のような巨大な矢玉を砲兵陣地に向けて打ち込んできた。命中こそしなかったが、なかなかヒヤリとさせられる。


「獲物が自分から出てきおったぞ! 丸焼きにして若様に進呈してくれるっ!」


 それを阻止しようと現れたのが、エルフの操る小舟だ。彼女らは巧みな(オール)捌きで敵船に接近、火炎放射器でその舷側をあぶった。敵船はあっという間に炎上し、火だるまになった水兵や陸戦隊員たちが慌てて川に飛び込んでいく。船員があわてて水をかけたが、炎は消えるところか余計に激しく燃え上がる始末だ。


「……」


 なんともエグいその戦法に、僕は小さく息を吐きだした。むろん敵船も無抵抗という訳ではない。エルフの小舟を近づけまいとクロスボウを射かけてくるが、エルフ兵はそれを風の魔法で吹き飛ばしてしまった。そのまま見事な手際で敵船に接近、一瞬の早業で放火してそのまま離脱していく。居合切りのように鋭い攻撃だった。

 もちろん、エルフ兵の攻撃手段は火炎放射器だけではない。機雷腹を迂回し船団の本隊を奇襲したエルフの一団は、船体や帆装に火矢や炎の魔法を射かけたり、甲板に手榴弾を投げ込んだりしている。

 鈍重な大型船では、このような変幻自在の攻撃には対処しきれない。。エムズハーフェン水軍は短艇を展開してエルフ隊の迎撃に当たったが、この手の乱戦はエルフの最も得意とするところだ。エルフの焼夷剤から発生する濃密な煙が視界を悪化させたこともあり、カワウソ兵らは受け身に回らざるを得ない状況になっていた。


「水場での戦いでカワウソ獣人が後れを取るなどあり得ん! いけ!」


 これを見て、エムズハーフェン軍側は戦法を変更した。指揮官が大声で命令すると、銛を手にした水兵たちが次々と川面に飛び込んでいく。彼女らは魚雷のような勢いでエルフの小舟に接近、水中から奇襲をかけた。


「踏み込みが足らん!」


「グワーッ!」


 だが、そこは人魚とも互角にやり合ったというエルフ兵である。水中からの攻撃が来ることなどお見通しだったようで、銛を構えて水中から飛び出してきたカワウソ兵の横っ面を(オール)でぶん殴って吹っ飛ばしてしまった。


「魚ん餌になっがよか」


 そこへさらに魔法で追撃するのがエルフ流だ。風の刃が川面にブチこまれると、みるみるうちに川の水が赤く染まっていく。それと同じような光景が、そこかしこで発生していた。やはりエルフの戦闘力は異常である。


「エルフどもに負けるな! 撃ちまくれ!」


 その様子を見て奮起したらしい砲兵隊長がそう叫んだ。山砲はまさにつるべ打ちの様相で連射され、港の入り口付近でまごついている敵船団に追撃を加える。数隻の川船が直撃を喰らい、轟沈した。

 なんとも一方的な戦いだ。敵は少しの間右往左往しながら砲撃やエルフの小舟から逃げ回っていたが、やがて舳先を揃えて川下側へと撤退を始めた。我々の与えた損害はまだまだ軽微なものなのだが、機雷原の突破は困難と判断したのだろう。僕は密かに安堵のため息をついた。用意できた機雷の数を思えば、数を頼みに損害を度外視した突撃を仕掛けられていたら不味い事になっていたかもしれない。敵の指揮官が諦めの良いタチで良かったよ。


「さて、第一ラウンドは我々の勝利だ」


 とはいえ、状況を考えればこれだけで敵が完全にあきらめるとは思えない。じきに二回目の攻撃が始まるだろう。それが港側から来るのか陸上から来るのかまでは分からなんがね……。

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[良い点] あー埋め火がアリなんだから機雷もアリっちゃアリなのかあ。信管が榴弾のを流用できるかどうかはともかくとして。 港口を沈没船で閉塞しちゃうと迂回されるから、加減が難しいですね。 しかしエルフ…
[一言] カワウソ「やりましたよ…やったんですよ…!必死に!!その結果がコレなんですよ…」 読者「せやな」
[良い点] エルフ強すぎィ!
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