第480話 くっころ男騎士と籠城準備
早くて明日には敵の増援が現れる。そう予告した僕だったが、幸いにも二日たってもまだ敵はやってこなかった。流石に夜戦の翌日にまた戦闘というのは兵たちの疲労度敵に流石に無茶だし、補給や防衛体制の構築も不十分だからな。多少なりとも猶予が得られてよかった、というのが正直なところだ。
まあ、そうは言っても実際のところ我々にはゆっくりと休息をとったり迎撃準備を整えている余裕などなかったが。なにしろ我々は敵国の街一つを制圧したわけだからな。旗を立ててはい、おしまいというわけにはいかない。しっかりと街の中枢を掌握し、民衆やレジスタンスなどが暴れだしたりしないよう采配する必要があった。
まずは市長に街の中でわが軍が略奪などをしないことを約束し、その代わり治安の維持や反乱の抑止などを申しつけた。なにしろ今の僕の手勢は千名ぽっちしかいない。彼女らだけで市内の不穏分子の取り締まりをしていたら、それだけでマンパワーのすべてを消耗してしまう。少し前まで敵だった相手に"反乱の抑止"なんて仕事を頼むのはどう考えてもおかしいが、人手が全く足りない以上このあたりは妥協するほかあるまい。
「軍政も楽じゃないなぁ……」
リッペ市代官屋敷に設けた指揮本部で、僕はそう呟いた。街一つを制圧化に置き続ける、というだけでも本当にたいへんな作業だった。なにしろ市民ひとりひとりがこちらに敵意を抱いている。むろん甘い汁を吸おうと自主的に協力を申し出てくる者などもいるが、そんなヤツはもちろん信用できない。そして当然ながら、我々の兵士よりもリッペ市民のほうが数が多いのだ。まるで針のムシロに座りながら仕事をしているような気分だった。
一時的な占領ですらこの調子なのだから、恒久的な占領や統治なんてのは本当にたいへんだろうな。まあ、僕も前世ではアフガンやらイラクやらでゲロ吐きながら仕事した経験があるので、戦後統治というのがどれほど困難なものかは理解していたつもりなんだが。とはいえ、あの時の僕はたんなるいち下級士官だったが、今の僕は総指揮官だ。立場が変われば見える景色も変わってくるものである。
こういう立場になるのは、本当に嫌だね。侵略者の尖兵、みたいな? まあ、前世の僕が忠誠を誓っていた国もガレア王国も、これは侵略ではないというポーズは獲っていたがね。でも結局、相手の国に攻め入って街を戦場に変えてるんだから似たようなものだ。マジでゲンナリする。こんなことのために軍人やってるんじゃないよなぁ。
「……」
内心でため息をついて、思考を切り替える。とにかく、なにはともあれせっかく制圧した都市を反乱で失うなどという事態はカンベンだ。この街はレンブルク市やミューリア市と同じく戦後は返還するつもりでいるが(そもそもここは敵の内地なので割譲されてもだいぶ扱いに困る)、最低でも作戦の間中は維持し続ける必要がある。頑張らねば。
「こんな調子で、本当に防御拠点として使えるんですかね、この街」
半目になりながらそんなことを言うのは、ペルグラン氏であった。彼女は火のついた煙草を口にくわえながら、僕に報告書を押し付けてくる。この報告書は、ペルグラン氏が管轄している騎士隊から上がってきたものだ。騎士隊には、我々との戦いで損傷した塹壕陣地の補修や配布した鹵獲クロスボウの戦力化などを命じている。
「頼りにしてるのは塹壕線だけさ。市民たちの協力なんか、最初から求めていない。大人しくしてくれればそれでヨシだ」
「それが一番難しいんですがね」
煙をぷかりと吐き出してから、ペルグラン氏は肩をすくめた。まあ、確かにその通り。征服者にとって、反乱の抑止ほど頭を悩ませる問題はない。とにかく、アメとムチでうまいことコントロールしてやる必要があるわけだが、それがやれそうな人材は残念ながら手元に一人もいない。僕自身を含め、戦闘以外はからっきしの武張った人間しかいないのがこの部隊の特徴だった。
せめて、ロリババアがいればなぁと思わなくもない。しかし彼女は、ジルベルトの補佐としてミューリア市に残してきてしまっていた。実際のところ我々の拠点としての価値はリッペ市などよりもよほどミューリア市のほうが重要なので、リソース分配の優先順位はそちらの方が高くなる。今さら、こちらにロリババアを呼び寄せるわけにもいかなかった。
「ま、城伯殿にはそれなりの考えがおありでしょうから、あたしがあれこれ言ってもしょうがないでしょうが」
「……」
イヤミだねぇ。ま、気分はわかるから甘んじて受け入れるけどさ。僕は無言で肩をすくめた。
「それはさておき、敵は本当にこっちに来るんですかね。チャンバラが仕事の人間としては、そっちが気になるんですが。ちゅーか正直こないで欲しい」
「来ない方が困るだろ常識的に考えて。推定三千の兵力がフリーハンドとか冗談じゃない」
三千も兵隊がいたら、いろいろなことができる。ミューリア市に対して擾乱攻撃とか、それよりもっと後方奥深くに侵攻してガレア南部を荒らしまわるとか……そんな状況になったら僕の胃に穴が開いてしまう。そうならないように、わざわざリスクを冒して敵を誘引したのだ。
「三倍の敵を敵の都市に籠って迎撃、なんてのも大概冗談じゃネェっすわ。攻撃三倍の法則なんていうけど、あれは守勢側がしっかり守りを固めてる想定の場合だし」
「たしかに準備不足は否めないが」
僕は小さく息を吐いて、香草茶を一口飲んだ。そして一枚の書類を取り出し、文面を目で追う。
「ま、駄目そうならリュパン団長閣下なりヴァール子爵殿なりに泣きつくさ」
それは、今朝届いたばかりのリュパン団長からの手紙だった。それによれば、救援軍はヴァール支隊との合流に成功したようだ。絶望的な戦いを強いられていた支隊ではあるが、ヴァルマの活躍により損耗は僅か。なんとも嬉しい報告である。
ただ、気になるのは敵方の動きだ。支隊を奇襲した七千のエムズハーフェン軍は、救援軍の接近にともない一時撤退をした。しかし戦場から離脱することはなく、ヴァール支隊を吸収したリュパン軍とにらみ合いを続けているらしい。
数的に不利でも退かないとすると、やはり敵には何かしらの勝ち筋があるらしい。普通に考えれば、奇襲の目論見が崩れた時点でエムズ=ロゥ市まで撤退したほうが合理的だからだ。そして、敵方に残った予備戦力の数を考えると……やはり、エムズハーフェン選帝侯は僕の首を狙っているのではなかろうか。
「とはいえ、僕としてもむざむざとやられる気はない。ペルグラン卿、正面の防備は任せたぞ」
「あいあい。ま、前回の戦いじゃあそれほど活躍できませんでしたのでね。契約分と報酬分程度の頑張りはさせてもらいますよ」
ぷかぷかと煙をふかしながら、ペルグラン氏は頷いた。あんまりやる気はなさそうに見えるが、まあポーズだろう。戦場における彼女の戦いぶりは、なかなかのものだと聞いている。
「しかし、玄関をいくら固めても裏口を破られればどうしようもありませんよ。我々が使ったのと同じ手を、敵も使って来たらどうするんです?」
さすが、歴戦の騎士だけあって鋭い指摘をしてくる。港側から攻撃を受ければ、正面の塹壕線がいくら強固でも関係ない。この街が港側からの攻撃に対して脆弱なのは、先日我々が実証したばかりだ。たぶん、そもそも制海(川)権を喪失するような事態を想定せずに設計した街なんだろうな。エムズハーフェン家はたいへんに川での戦闘に自信がおありと見える。
「実際その通り。まず確実に、敵は港側から攻撃を仕掛けてくるだろう。そもそも、敵は戦力の輸送にこのモルダー川を使っているわけだからな。軍用の川船もいっぱい持ってるんだろう。たぶん、初撃はその川船を使って港に強襲揚陸してくるんじゃないかな」
地図を見ながら、僕はそう説明した。七千もの大軍がいきなりヴァール支隊を奇襲できたのも、モルダー川を使った迅速な兵力輸送あってのものだと考えられている。相手は河川交通を牛耳って成長してきた貴族だ、川を使う戦術に関しては一家言あるだろう。
「それ、正面の防御陣地を強化する必要あります?」
半目になったペルグラン氏に、僕は苦笑した。言いたいことはわかるが、もちろん僕も対策は打っていた。現在、港の方ではソニアに率いられた砲兵隊と工兵隊の一部があれこれ工作をしている。塹壕線側は塹壕線側で、港側は港側で大忙しだ。そりゃあ、人手も足りなくなるというものだろう。
「こっちに関しては心配する必要はないよ。港側からの強襲は必ず阻止する。君たちは安心して正面を守ってほしい」
「まあ、城伯殿がそうおっしゃるのなら……」
そう言ってため息を吐くペルグラン氏。僕は少し笑ってから、もう一度頭の中で作戦のシミュレーションをやり始めた。彼女の言うように、港側からの攻撃は何が何でも防がねばならない。そのためには……少しばかり派手なことをする必要がある。この街の住人には申し訳ないが、我々も負けるわけにはいかんのでな。致し方あるまい。




