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第479話 くっころ男騎士と囮作戦

 その後、エルフ隊は見事な働きを見せてくれた。川船による港の封鎖は火計により見事排除に成功し、そのまま上陸戦に移行する。とはいえ、むろんリッペ市守備隊もやられるばかりではなかった。音に聞くカワウソ獣人の水中戦能力は偽りではなかったらしく、エルフ兵の乗る小舟に潜水で接近、水中から奇襲を仕掛ける作戦でエルフ隊に襲い掛かった。

 夜戦ということもありさしものエルフ隊もこれにはやや苦戦したそうだが、そこは古兵の経験と新しい技術が解決した。エルフ兵は風や火、雷などの魔法を川面に打ち込んで水中のカワウソ獣人兵を追い込み、そこへ爆雷代わりの手榴弾ブチこむことで勝利をつかみ取る。前世の知識から水中の敵には爆発物が有効であることはわかっていたので、エルフ隊には事前にかなりの量の手榴弾を追加支給していたのだ。

 水上戦で勝利を掴んだエルフ隊は、満を持してリッペ港に上陸する。こうなればもう、守備隊側に勝ち目はない。彼女らが優位を取れるのは水場だけだ。ひとたび陸に上がってしまえば、そこらの騎士よりよほど強いエルフ兵の敵ではなかった。

 港側に配置されていた戦力は僕の予想よりもそれなりに多かったようだが(やはり、水城ということで糧食の備蓄や補給計画に余裕があったのだろう)、フェザリアに率いられたエルフ隊はその防衛線を濡れた障子紙のごとく容易に打ち破った。あっというまにエルフ隊は市街地になだれ込み、代官屋敷や市参事会などの中枢施設への攻撃を開始する。


「おいワレら急がんか! 早うせにゃあリッペ市の男どもが皆エルフのお手付きになっちまうでぇ!」


 時を同じくして、ゼラに率いられたアリンコ隊(とその補助戦力である騎士隊)も攻撃を激化させる。リッペ市の火事が気になって戦闘に身が入らない守備兵を蹴散らし、いよいよ塹壕線に突破口を開けた。

 こうなればもうあとは一方的だ。守備兵側のほとんどは動員された市民兵だが、こちら側の兵士はアリンコ兵にしろ騎士にしろ生粋の戦士である。両者には、一対一どころか一対三でも蹴散らせるほどに地力の差がある。守備隊はあっというまに駆逐されてしまった。

 とはいえ、リッペ市を守る設備は塹壕だけではない。次に我々の前に立ちふさがったのは、この街を昔から守っている石積みの防壁だった。壁と言っても流石にあのレンブルク市ほど立派な代物ではないが、なにはともあれこれを突破しないことには市の攻略はできない。

 そこで我々は手元にある三門の山砲を分解し、人力での運搬を開始した。これならば、掘り返された地面によって足を取られることもない。三方の面目躍如だ。そのままリッペ市の防壁の正門前に砲兵陣地を構築し、砲撃を開始する。口径八六ミリで口径長(砲身の長さのことだ)も短い山砲では攻城砲としてははなはだ威力不足だが、流石に木製の大扉を破壊する程度のことならばカンタンだった。三十分もしないうちに防壁を挟んだ攻防は終結し、我々はリッペし市街地に突入した。


「アルベール、市長と代官を捕めてきたじゃ。二人とも降伏すっちゆちょっが、どうすっ? とりあえずさらし首にすっか」


 が、突入したはいいものの、そのまま市街地戦……とはならなかった。すでにリッペ市の中枢を制圧し終えていたフェザリアが、縄でグルグル巻きになった要人二名を手土産に帰投したからだ。

 晒し首などという物騒な単語を耳にした中年のカワウソ獣人二人は、涙を流しながら首をブンブンと振っていた。猿ぐつわをしていなければ命乞いもしていたに違いない。二人の怖がりようは尋常ではなかった。おそらく、制圧戦の最中に見たエルフ兵の戦いぶりが相当に恐ろしかったのだろう。


「もちろん、そんなことはしない」


 出鼻をくじかれた心地の僕は、苦笑しながらそう言った。市長と代官といえば、この街のツートップである。とくに、代官の身柄を抑えることが出来たのが大きい。領主直属の部下であるこの役職は、有事の際には守備隊の指揮も担当するのである。

 その彼女が降伏を明言したというのならば、話は早い。僕は代官殿の猿ぐつわを解き、停戦交渉を始める。代官殿の心は既に折れており、話は大変に早かった。結局、両軍の間に停戦協定が発布したのは、日付が変わる直前のことであった……。


「諸君、昨夜はよく頑張ってくれた。まさに獅子奮迅の働きぶりだったな。諸君らのような勇士たちと轡を並べる機会を得られたことを、僕は誇りに思う」


 翌朝。リッペ市の代官屋敷の一室で、僕はわが軍の幹部陣を前にそう言った。代官屋敷とはいっても、ハッキリ言ってカルレラ市にある僕の屋敷よりもよほど立派な建物だ。石造りの丈夫なたたずまいで、しっかりとした防衛設備も備えている。木造の"自称城"である僕の屋敷と違い、こちらはちゃんとした城砦だった。

 カルレラ市とリッペ市は、人口を比較すれば大差ない。しかし、それ以外はまったく大違いだ。キチンと城としての体裁が整った領主屋敷、きちんと石畳で鋪装された道路、そしてレンガ造りの街並み……。やはり、ド辺境の開拓都市と河川流通の恩恵にあずかった交易都市とでは、発展の具合が違いすぎる。正直、けっこう羨ましい。

 もっとも、今やそのご立派な領主屋敷の尖塔にはためいている旗はエムズハーフェン選帝侯家の紋章ではない。ガレア王家の紋章と僕の将旗代わりの青バラ紋(ブロンダン家の家紋だ)であった。これまでの苦戦からは一転、我々は攻勢開始から僅か一夜でこのリッペ市を制圧したのである。


「むろん、諸君らの赫赫たる戦果は王家にも報告させてもらおう。それから、僕の方からも感状を書くつもりでいるので、自分自身や部下に推薦したい者が居るのであれば後ほど教えてほしい」


 そんなことを言いながら、僕は部下たちを見回した。当然ながら、みな昨日は一睡もしていない。とはいえ、ここにいる者のほとんどが二十代から三十代の武人としては最も油の乗った時期の連中だ(エルフを除く)。少なくとも、疲れを顔に出している者など一人もいない。まあ、よく鍛えられた亜人の戦士の体力は只人(ヒューム)などとは比べ物にならないからな。一回徹夜したくらいではそれほど応えないのかもしれない。

 そのまま、僕は部下たちとやくたいのない雑談をした。体力的にはまだ余裕があっても、精神的には昨夜の戦いの熱がまだ残っている。いったんくだらない話などをして、気分を弛緩させるのは絶対に必要な儀式だった。これを怠れば、魂が戦場から帰ってこなくなった半死人のような人間になり果ててしまう。


「リッペ市の守備隊のほうはどうだろう? なにかトラブルは起きていないか?」


 やがて、僕は何の気なしにという風を装って実務的な話題を出しだ。場の空気は十分にユルくなっている。そろそろ本題に入っても良かろう。


「問題ありません。武装解除に応じればそのまま解放すると伝えたところ、ほとんどの者が従ってくれました。兵士の大半は本業が別にある市民兵ですからね。死ぬまで戦おう、などという者はなかなか居ないようです」


「大変結構」


 ソニアから返ってきたその答えに、僕は頷いて見せた。野蛮な連中であれば身分の低い捕虜などは殺すか奴隷として売っぱらってしまうものだが、僕としては当然そのような真似をするつもりはなかった。武器さえ奪ってしまえば十分だ。


「戦利品はどうだろう? ……ああ、金品はどうだっていい。武器、それもクロスボウがどれだけ得られたかの方が重要だ」


「弩なら百張りは手に入った。頭数の割にゃあぶち多いいのぉ」


 敵兵の武装解除を担当しているゼラが、手元の資料を見ながらそう言った。グンタイアリ虫人は、意外とこの手の仕事が向いている。彼女らはいかにも脳筋な外見とは裏腹に算術を得意とするモノが多かったし、兵士同士の連携もよく取れている。体格に優れていることもあり、捕虜が怪しい動きをしても即座に抑え込むことが可能だった。

 ちなみに、敵軍の武装解除にもっとも向いていない連中はエルフ兵だ。あの連中は、武器を奪うついでに首まで奪ってしまう。彼女らの価値観の上では、負けた戦士は腹を切らねばならぬのである。ましてや武器を差し出すのは論外だった。そのため、ついつい手が出てしまうのだそうだ。戦場では滅茶苦茶頼りになるんだが、それ以外は本当に厄介な連中だよな。


「この規模の街の防衛にクロスボウ百張り? 何とも豪勢な話だ」


 肩をすくめて皮肉気な言葉を吐くのは、いささかくたびれた容姿の竜人(ドラゴニュート)騎士だった。居残り組の小領主や騎士たちで編成された騎士隊の代表者、イアサント・ペルグラン氏である。彼女自身は人口数百名ほどの農村を治める領主騎士であり、所領から連れてきた二十名ほどの自警団員を民兵として指揮していた。


「流石は金満で有名なエムズハーフェン選帝侯閣下、といったところでしょうかね」


 クロスボウというのは複雑な機構を内蔵した兵器なので、かなり高価だ。具体的に言えば、クロスボウひと張りを買う金があれば従来型の火縄式小銃ならば二挺から三挺は買えるほどである。まあ、わが軍で採用されている雷管式小銃は撃発機構やライフル銃身のぶん高コスト化しているので、クロスボウとのコスト差はそれほど大きくないが。


「たしかに。これだけのクロスボウを揃えたら、それだけでわが領の税収が何十年分も吹っ飛びそうだ」


 同調したのは、ペルグラン氏の友人だという領主騎士だ。彼女らのような小領主にとって、クロスボウは憧れの兵器だった。なにしろ扱いやすいし、意外と筋力を要求される弓と違って誰が撃っても威力は全く同じときている。人口も税収も少ないような小さな領地では兵の育成にも手間をかけられないから、こういう誰でも扱えるような兵器が好まれているのだった。


「そういえば、ペルグラン卿の軍にもたしかクロスボウが配備されていたな」


 配下は二十名だけでも、僕はあえてペルグラン市の部隊を軍と呼んだ。領主というのは独自の軍権を持っている存在だ。規模が小さくとも、れっきとした一つの軍として扱う必要があった。……まあ、さすがにこの規模の小領主となると軽く扱われることも多いのだが、ささいなことで部下から反感は買いたくないからね。可能な限りは相手を尊重するのが僕のやり方だ。


「ええ、まあ……お袋の代で敵から鹵獲したヤツがひと張りあるだけですがね」


「結構、結構。つまり、きちんとした訓練を受けた弩兵が一人はいるということだな」


 僕はそう言って、ペルグラン卿に笑いかけた。


「では、戦利品の配分としてペルグラン卿にクロスボウ五張りを進呈しよう」


「おや、よろしいんですかい?」


 片方の眉を上げ、ペルグラン氏は口笛を吹いた。ぶっちゃけ今回の戦いではそれほど騎士隊は活躍していないので、だいぶ破格の報酬ではある。


「残りのクロスボウも、すべて騎士隊の中で配分しよう。いや、それ以外の武具類も全部騎士隊行きだな」


「そいつは太っ腹で。みな、喜びますでしょうな」


 詰まらなそうに肩をすくめてから、ペルグラン氏は煙草を一本取り出した。燭台を使ってその先端に火をともし、口にくわえる。


「で、あたしらに何をやらせようって言うんです? もらった報酬分くらいは働きますがね」


 曲者ぞろいの騎士隊の代表者を任されるだけあって、ペルグラン氏は話が早い。世の中にはタダより高いものがない事をキチンと心得ている。


「即席でいい。今日中に弩兵を配備したクロスボウの数だけ仕立て上げておいてくれ」


「……は?」


 ペルグラン氏の手から、たばこが落ちた。まあ、そういう反応も当然のことだろう。クロスボウは弓に比べればはるかに習熟が容易な兵器だが、それでも一日二日で使いこなせるようになるはずもないからだ。とはいえ、こちらにも事情がある。自分や味方を傷つけない程度の練度でも良いので、とにかく射撃兵科を早急に水増ししておく必要があった。


「良ければ、理由を聞かせてもらってもよろしいですかね」


「早くて明日、遅くとも三日か四日後までに新手の敵が来る。数はおそらく三千前後だ。可及的速やかに出迎えの用意を整えておく必要がある」


「……っ」


 さすがのペルグラン氏も、これには絶句した。もちろん、困惑しているのは彼女だけではない。話を聞いていた他の幹部陣も、顔を見合わせてざわざわしている。澄ました顔をしているのは、唯一すでに僕の腹のうちを知っているソニアだけだ。


「なぁ、諸君。どうして僕は、一個連隊に満たぬこんな微妙な戦力をリッペ市に張り付けていたと思う? しかも、そこに僕が居残りしているとハッキリとわかる形で」


「アッ!」


 ペルグラン氏の顔色が土気色になった。僕の作戦に察しがついたのだろう。


「……まさか、囮はヴァール子爵だけではなかったと?」


「その通り。千名ぽっちの戦力で、敵の数千を誘引できるんだからやらない手はないだろ?」


 いくらヴァール子爵を囮にして敵を引っ張り出すとはいっても、敵の総兵力は一万だと見積もられているのだ。これが団子になって襲い掛かってきたら、かなり厄介なことになる。なにしろこちらの兵力も一万、頭数的には五分五分だ。砲兵や蛮族兵の力があっても、容易に勝利は得られない。なんとかして、敵主力部隊の頭数を減らしておく必要があったのだ。

 その点、僕の存在は大変に都合が良い。こちらが隙を見せれば、敵は確実に僕を仕留められる戦力を送り出してくるだろう。総兵力が同程度である以上、敵が僕の斬首にリソースを割けば割くほどリュパン団長の戦線は優位に戦いを進めることができる。

 むろん、僕としてもやすやすと首を献上するわけにはいかんのでそれなりの対策を打っているが。この街をひどく慌てて攻略したのは、名誉の為でも略奪の為でもない。返す刀で敵別動隊をブッ叩くためなのだ。


「楽しい攻城戦の次は、これまた楽しい籠城戦だ。いやあ、嬉しいね」


 僕がそううそぶくと、ペルグラン氏はゾンビのような声音で「噂でも大概だったのに、現実はその三倍以上クレイジーじゃねえか……」と呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ペルグラン氏が小隊先任曹長っぽくてイイですね。 頭の回転も早いし、主人公のことをクレイジーと罵っても、ヤルしかないと考え方が素敵。 ところでリッペ市は籠城戦だから矢玉は多く備蓄してたでしょ…
[良い点] やあ面白い
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