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第478話 くっころ男騎士とリッペ市攻略戦(2)

 塹壕線をどう突破するか? それは、前世の世界において二十世紀以降のすべての陸軍人の頭を悩ませ続けている問題だ。現代戦ですら、十分に構築された塹壕線を強引に突破しようとすれば、おびただしい被害が出るのである。

 リッペ市を取り囲む塹壕線を前にした僕も、例によってこの問題をどう解決するのか悩んでいた。正攻法は戦車と航空機の連携攻撃なのだが、この世界ではまだ自動車も動力飛行機も存在しない。無いものねだりをしても仕方がないので、このやり方は論外だ。……まあ、戦車と航空機を一人で兼ねているトンデモ戦力ならば、一名ほど存在しているが。とはいえ、ネェルを一人敵陣に突っ込ませるような作戦は論外だ。危険すぎる。

 そういう訳で、まず僕が考えたのは砲撃による解決だ。これは日露戦争や第一次世界大戦でも実行された方法で、戦車も航空機もないならばこのやり方こそが正攻法と言って差し支えない。ただし……。


「手持ちの火砲が前装式山砲九門ぽっちではなぁ……」


 一分に一発とか二発くらいしか発砲できない小口径砲が九門あったところで、塹壕を制圧するには全く足りない。同じ前装式でも迫撃砲があれば話は別なのだが、残念なことにリースベン軍において迫撃砲はライフル中隊の管轄する兵器だ。そのライフル兵部隊をミューリア市に置いてきてしまった以上、迫撃砲もそちらにある。……そもそも、あんなに弾薬消費の激しい兵器を遠征に持ってくること自体、だいぶ無茶だしな。この判断自体は間違ってなかったと思う。

 まあ、何はともあれ火力で突破口を明けるのは難しい。ならばリースベン戦争でディーゼル軍がやったように、馬車を使って鉄条網を踏み潰すやり方も考えてみた。塹壕線の防御力は結構な割合を鉄条網に頼っているので、有刺鉄線を無力化するだけでもかなり楽になるのは事実だった。だが……


「路面があの調子ではなぁ……」


 リッペ市の周辺の平地は、念入りに掘り返されている。これは大砲対策のためにやったことだろうが、大砲が通行できないところは当然馬車も通行できないのだ。木製タイヤの踏破性の低さを甘く見てはいけない。鉄条網を踏み潰せるサイズの馬車となると、どう考えても塹壕線にたどり着く前にスタックしてしまう。


「やっぱり、塹壕線の正面突破を狙うのがそもそも間違いなんだよな。じゃ、もう迂回するほかないなぁ」


 結局、僕の出した結論はコレであった。まあ、そもそも敵が十分に防御準備を整えた陣地は迂回したほうが良いなどというのは、塹壕戦が生まれる遥か前から戦術の基本中の基本である。実際のところ、ヘンな奇策に頼るよりは基本に立ち返って正攻法で戦うほうが効果的な場合が多いのである。


「あの……リッペ市、なんか燃えてません?」


 作戦が決まった経緯を思い出していた僕の意識を現在に呼び戻したのは、傍仕えの騎士の言葉であった。彼女の言葉通り、遠目でもハッキリわかるほどの炎と煙がリッペ市の方から上がっている。すでに太陽はすっかり沈んでいるから、周囲は真っ暗だ。漆黒の空を焦がす火柱は、大変に良く目立つ。


「燃えてるね」


 僕は端的に答えた。


「何が燃えてるんですかね」


「たぶん船だね」


「なんで船が燃えてるんですか」


「知っての通り、あの街には川港がある。でも、現在その港は船同士を連結して作った簡易防壁で封鎖されてるんだよね」


 リッペ市は普通の街ではない。川に寄り添うように建設された、港湾都市だ。そして、当たり前のことだが川には塹壕を作れない。塹壕線を迂回して攻撃を仕掛けようと思えば、川からのルートを使うのは当然のことであった。


「そんなモノがあったら揚陸作戦の邪魔だからね。船主や船員には申し訳ないけど、燃やすことにしたんだよ。……知ってる? エルフ伝統の焼夷剤って、水をかけても鎮火するどころか余計に激しく燃え上がるらしいよ。水上戦で使う兵器にはピッタリだよね」


「ああ……」


 すべてを察した様子で、騎士は遠い場所を見るような目つきで視線をさ迷わせた。前線では相変わらず鉄条網を挟んで敵味方が押し合いへし合いをしているが、その中にエルフは一人たりとも混ざってはいない。

 フェザリアに率いられた二個中隊のエルフ兵は、周辺から徴発してきた小舟を使ってリッペ市の川港を襲撃していた。まずは火炎放射器で水上封鎖を焼き払い、そののちに港湾設備を制圧。余力があればそのまま市長や守備隊の司令官などを狙い、降伏を促す。そういう作戦だった。

 むろん、危険も大きい作戦だ。我が方の中核戦力であるエルフ隊をあえて孤立させるわけだから、失敗した際のリスクは計り知れない。だが、僕には勝算があった。なぜかといえば、リッペ市が明らかに長期戦の準備を整えていたからだ。

 籠城戦においては、拠点内に置く戦力は最低限の数にするのが基本だ。なにしろ兵糧は有限なのだ。無暗に頭数を増やすとそれだけ食料の消費もおおくなり、籠城を続けられる期間も短くなる。ましてやリッペ市は都市であり、兵士だけではなく市民らも養わなければならない。配備できる兵力は嫌でも少なくなるだろう。正面から陽動攻撃を仕掛ければ、背後の防備は薄くなると判断した。

 むろん、リッペ市は港湾都市だ。兵糧は川を使って外部から運び込むことができる(水城の一番の強みだ)。そのため、余裕を持った兵力配置をしている可能性もあったのだが……フェザリアに意見を聞いたところ


「上ぐっ首級ん数が増ゆっだけど。むしろ有難かくれじゃ」


 などという頼もしすぎる答えが返ってきたので、安心して送り出すことができたのだった。


「しかし、懸念がないわけではありません」


 僕の顔をチラリと見てから、ソニアは小さな声でそう言った。


「相手はカワウソ獣人。水中、水上戦はお手の物でしょう。確かにエルフたちは強力な戦士ですが、流石に船を使った戦闘では後れを取る可能性があります」


 ソニアの懸念はもっともなことだった。川を使った作戦は以前からアレコレ考えていたのだが、作戦会議に同席していたリュパン団長やジェルマン伯爵は難色を示していた。曰く、カワウソ獣人は陸戦ではそれほど脅威ではないが、戦場が川になったとたんにトラ獣人やオオカミ獣人をも圧倒する戦闘力を発揮しはじめるそうだ。流石カワウソ、伊達に水棲肉食獣はやっていない。


「たしかにそうなんだけどね」


 僕はそう言って、視線を逸らした。


「フェザリア曰く、『カワウソ? ようわからんが人魚と大して変わらんやろう。(オイ)は人魚ん首級なら十や二十は獲っておっど』……だそうだ」


「ああ、人魚。そう言えばそんな連中もいましたねぇ」


 ヤレヤレと首を振りながら、ソニアはそう吐き捨てた。リースベンに住む蛮族は、エルフやアリンコだけではない。沿岸部には結構な数の人魚がいるそうだ。この人魚どもは時折エルフェン川を遡上してきて、川辺の村落を略奪していたらしい。この狼藉人魚と戦うため、エルフは小舟を用いた戦技も習得しているのだそうだ。

 そういえば、エルフ内戦に介入したときも、小舟にのったエルフ兵に襲撃を受けた記憶がある。あの時は相手が百歳未満も若造ばかりだったから、なんとか撃退できたが……フェザリアに率いられているような手練れのエルフ兵だったら、我が船マイケル・コリンズ号は沈められていたかもしれないな。


「エルフどもは何でもできますね……もうあいつらだけでいいんじゃないかな……」


 騎士の口調はやや憂鬱なものだった。まあ、気分はわかる。どれだけ頑張って鍛錬しても、何百年もの寿命を生かして延々戦い続けているような連中には届かない。騎士のような立場から見ると、なんともズルく感じてしまうのだろう。


「でもあいつらだけにしといたら内紛始めるからなぁ」


 僕はため息をついた。戦場に居ると忘れがちになるが、相変わらずエルフどもは派閥争いをしている。リースベンに加わった後も新エルフェニアと正統エルフェニアは別の国だという意識が強く、両陣営の出身者はたびたび仲たがいをしてトラブルを起こしていた。まあ、いざ戦闘が始まると一致団結して戦い始めるのだが。どうにも、彼女らが協力し合うには共通の敵が必要らしい。


「ま、それはさておきそろそろ頃合いだな」


 いつの間にか、街の方からは危機を知らせる半鐘の音がひっきりなしに聞こえるようになっていた。良く見えないが、港の方の火勢も強くなっているように思える。そんな有様だから、塹壕に籠って戦うエムズハーフェン兵もこの異常事態に気付き始めている。我々の前衛と戦う彼女らの動きは、あきらかに気もそぞろなものになっていた。ま、そりゃそうだよね。こういう都市守備隊って、大半が軍役義務を持つ市民兵とかで構成されてるし。

 つまり、戦っている者のほとんどがリッペ市の居住者ということだ。自分の街が背後で燃えていたら、そりゃあ戦うどころじゃ無くなっちゃうだろう。早く戻って、家族やご近所さんの無事を確かめたい心地になるはずだ。……その分僕らに対する敵愾心も増すだろうがね。

 一応、エルフどもには民間施設には攻撃しないように命じてあるんだがな。それに、野蛮なエルフどもにも戦士ならざる無辜の民衆を殺してまわるような真似は悪だという感覚は確かに存在する。市民への被害は、それほど大きなものにならない……ハズだ。おそらく。


「エルフばかりに手柄を上げさせるのも、アリ虫人や騎士たちにとっては面白くないだろう。この隙を逃す手はない! 的防衛線に攻撃を集中し、突破口を明けろ!」


 塹壕を使った防御陣地は大変に強力だが、それはそこを守る兵士たちの士気あってのモノ。気持ちを折ってやれば、突破はそれほど難しいものではない。実際、港湾の封鎖線を破壊するために火計を使ったのは、敵の士気を減退させるための作戦でもあった。

 水上の船を燃やせば、延焼の危険を抑えたうえで大火事を演出できるからな。物理・心理の両面から敵を攻めたてる一挙両得の作戦だ。幸いにも、現場を見る限りその効果は抜群のようだからな。おそらく、リッペ市は今夜中に白旗を上げることだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、鉄条網を突破する方法として、布団や毛布を被せて乗り越えるという方法があったと思うけど、あれどうなんだろ?
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