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第477話 くっころ男騎士とリッペ市攻略戦(1)

 リュパン団長らに率いられた救援軍は、迅速に動き始めた。もともとからして彼女らは戦闘に参加していなかったわけだから、野営地を畳み行軍に移るまでにかかる時間は極めて短かった。そもそもからして、彼女らに待機を命じていたのはヴァール支隊への救援に送るためだったわけだからな。計画通りの状況な訳だから、スムーズに事が進むのは当然のことだ。

 しかし、諸侯らの忍耐力が持ってよかったよ。この陽動作戦では、大規模な予備戦力をずっと保持しておく必要があった。だが諸侯らが僕に対して完全に失望し、勝手にリッペ市を攻め始めるような事態になったりすればこの目論見は完全に崩壊していた。

 一応、そうなる前に作戦の意図を説明しておくつもりではあったんだけどね。とはいえ、防諜のことを考えればそれは次善の策だ。今回はなんとかギリギリまで意図を隠すことができたので助かった。それもこれも、不満タラタラな諸侯たちを抑えてくれたジェルマン伯爵とリュパン団長のおかげだな。この二人には足を向けて寝れない。


「さぁて」


 諸侯らが去りガランとしてしまったわが軍の陣地で、僕は自分の頬をパンと叩いた。なんだかんだ言ってもヴァール支隊の方は心配なんだが(なにしろ三千対七千の戦いだ。防戦に徹するとはいえ圧倒的に不利であるのは間違いない)、打てる手はすべて打っている以上いまさらアレコレ思い悩んでも仕方がない。あとはすべてを天運と現場の頑張りに任せ、こちらはこちらの仕事に取り掛かる必要がある。

 つまりは、リッペ市の攻略だな。諸侯らには、僕たちリースベン軍の役割はリッペ市の敵を拘束し続け、リュパン軍(支隊というよりはほぼ本隊なのでこう呼称することにした)が挟撃されることを防ぐこと……と説明してある。が、僕としてはそのようなチンタラした作戦運びをするつもりはさらさらなかった。

 罠に引っかかったとはいえ、敵はこちらの隙を見て即座に動き始める程度には機敏な連中だからな。ゆったり構えていたら、主導権を奪われてしまう。作戦のテンポを維持するためには、ここで僕がとるべき選択肢は"遅滞"ではなく"攻撃"だ。


「工兵隊、準備はどうか」


 もともとの場所よりもかなり前線よりに移設した指揮本部で、僕は工兵隊の隊長を呼び出していた。わが軍の工兵隊はハキリアリ虫人を中心に編成されている。ハキリアリ虫人はグンタイアリ虫人よりもかなり小柄な種族で、隊長もその例にもれず僕と同じくらいの体格だ。まあ、五人に一人くらいの割合で、たいへんに体格に優れる者も生まれて来るそうだがね。そういう連中は、グンタイアリ虫人の部隊の方へ配属している。


「とっくに準備万端です。ゼラの姉貴もいつでもいける言いよるんで、あたぁ兄貴が号令を出すだけですわ」


「大変結構」


 背筋をピシリと伸ばしながら、工兵隊長は頼もしいことを言ってくれる。僕はニコリと笑って頷いた。


「では、総員戦闘用意。各員の奮戦を期待する」


 命令を下すと、前線に部隊が展開され始める。三つの独立部隊がそれぞれ戦線の左翼、中央、右翼に布陣する形だ。この独立部隊はアリンコ重装歩兵中隊ひとつを中核に編成されており、それに加えてハキリアリ工兵隊と、リッペ市に居残りになった小領主などの部隊も参加している。

 この居残り連中は、爵位を持たぬ領主騎士や領地の相続権を持たない部屋済みの次女・三女といった貴族としてはあまり身分の高くない者たちだ。連れてきている兵士の数も数名とか多くて二、三十名といった有様で、編成上ちょっと扱いにくい連中ではある(だからこそ居残りを言い渡されているわけだが)。

 とはいえ、戦力的にまったく役に立たないというわけでは断じてなかい。むしろ、微妙な立場にあるからこそ、手柄を上げて成り上がってやろうという気概は人一倍強かった。そのため士気は旺盛だ。しかも騎士身分ではあるのは確かなので、騎兵としても運用できる。意外と馬鹿にならない戦力だ。まあ、リッペ市の周辺は土が堀り返されまくっているので、騎兵は活躍しづらい状態なのだが。とはいえそもそも攻城戦では騎兵の出番はあまり多くない。今回の作戦も、彼女らには最初から下馬させていた。


「そろそろいいころ合いですね」


 部隊の展開が終わるのとほぼ同時に、ソニアが懐中時計を見ながら言った。すでに空は茜と藍のグラデーションを描いている。じきに夜のとばりが降り、周囲は真っ暗になるだろう。つまり、夜戦が始まる。

 聞いた話によれば、リッペ市の住民はカワウソ獣人の比率が高いという話だった。そもそも、エムズハーフェン選帝侯自信がカワウソ獣人だという話なので、自然と領民もカワウソ獣人が中心になってくる。獣人たちには、同じ種族同士で固まって共同体を作る性質があるのだ(別にこれ自体は獣人に限ったことではないが)。

 それはさておき、カワウソ獣人はそれなりに夜目の利く種族だ。対して、グンタイアリ虫人は完全に昼行性の種族。夜戦はやや不利ではあるのだが……今回の作戦では夜戦は不可避だからな。アリンコたちには、頑張ってもらうほかない。まぁ、騎士隊にの方はカワウソ獣人に負けず劣らず夜目の利く竜人(ドラゴニュート)を中心に編成されているので、何とかなるだろう。


「ン、そうだな。赤色信号弾を撃て、作戦決行だ」


 打ち上げ花火の発射機のような見た目の信号砲から、信号弾が発射される。それは空中で炸裂し、真っ赤な光を放ちながらパラシュートでゆっくりと降下していった。それを見たアリンコ鼓笛兵が軍鼓を叩き始める。その勇ましいリズムに誘われるように、前線部隊が前進を始めた。前衛をアリンコ兵が務め、側面を下馬騎士たちが守る。そしてその後ろにピッタリくっつくようにして、工兵たちが控えているという陣形だ。

 目指すはもちろん、リッペ市周辺に張り巡らされた塹壕陣地だ。塹壕に潜んだ敵兵たちは、固唾をのんでわが軍の前進を眺めている。彼女らの主力武器はクロスボウだ。野戦砲はもちろん、ライフルすら持ち合わせていない。ある程度接近するまでは、指をくわえて眺めているほかないのだ。


「やはり、野戦における塹壕戦は火器ありきの戦術だな」


 その様子を眺めながら、僕はボソリと呟いた。クロスボウの最大射程(あくまで矢の届く範囲の距離のことだ。有効射程はもっともっと短い)は長くても三百メートル程度。これでは、敵兵が塹壕に取りつく前に殲滅するような真似はとてもできない。最低でも前装式ライフル、できれば後装式ライフルに加えて機関銃や近代的な野戦砲が欲しい。これらの兵器が揃えば、攻め込む方がアホらしくなるようなとんでもなく硬い防御陣地ができあがる。


「確かにそうですね。……アレクシアの頭であれば、その程度のことはもちろん理解しているはず。もしかしたら、すでに彼女もライフルの調達を始めているかもしれませんね」


「あり得るなぁ」


 僕は小さく唸った。実際のところ、前装式ライフルの製造はそれほど難しいものではない。この世界ではすでに、それなりに洗練された形状のマスケット銃が生産されていたからな。あとはその銃身にらせん状の溝を刻めばライフルの完成だ。問題は銃本体ではなく弾丸のほうなのだが、こちらも構造さえ理解していれば簡単にコピーすることができる。実際、王都での内乱では敵方もライフルを運用していた。ライフル銃は既に我々だけの専売特許ではない。

 聞いた話では、王都では王軍に納入するためライフル銃の大増産が続いているらしい。それはまあ良いのだが、急速な生産ラインの拡大は設計図の流出のリスクが高まるんだよな。アレクシアはかなり頭の回るヤツだから、スパイなどを通してすでにこの情報を掴んでいる可能性は高い。敵が違法コピーされたライフルを戦場に持ち出してくる日もそう遠くないだろう。


「……ま、その辺りは今考えても仕方のない部分だ。とりあえず今は、目の前の敵を倒すことに集中しよう。この作戦は、時間制限がかなりシビアだしな」


 腕組みをしながら、僕は前線を観察した。ちょうど今、我が方の部隊に向け敵がクロスボウを放ち始めた。有効射程にはまだだいぶ遠いが、それでもあえて打っているのは牽制を狙っているからだろう。実際、有効射程外とはいっても矢そのものには十分な殺傷力がある。敵方には矢の雨を降らせられるだけのクロスボウがあるようなので、数うちゃ当たる戦法は十分に有効だった。


「なんじゃこのチンケな攻撃は! 妖精弓(エルヴンボウ)の掃射に比べりゃあ小雨のようなもんじゃ!」


 しかしアリンコ兵たちは余裕をもってそれを受け止める。二枚の盾を巧みに操る彼女らは見事に矢の雨を防ぎ切り、前進の速度を緩めることすらしなかった。伊達にエルフと延々戦い続けてきた種族ではない。アリンコ兵からすれば、クロスボウによる有効射程街からの射撃など大した脅威ではないのだ。

 だが、そんなアリンコ兵ですら足を止めざるを得ない時が来た。鉄条網が彼女らの前に立ちふさがったのだ。鋭利な有刺鉄線を編んで作られたこの構造物は、肌を露わにすることを誉れとするアリ虫人たちにとっては天敵同然の存在だ。強引に突破しようとすれば、あっという間に全身血塗れになってしまうことだろう。


「工兵隊、かかれっ!」


 アリンコ隊の指揮官がそう叫ぶと、大型の金切ハサミを手にした工兵が鉄条網の除去作業を開始した。もちろん、敵の方もこの動きを放置することなどない。クロスボウを打ったり、塹壕の中から槍を突き出したりして工兵の動きを妨害する。


「工兵をやらせるな!」


「蛮族どもばかりに良い格好をさせるんじゃない! ガレア騎士の力を見せてやれ!」


 これに対し、アリンコ兵はスクラムを組んで工兵を守りに入った。槍には槍で返し、遠い敵には投げ槍や手榴弾の投擲で対抗する。一進一退の攻防だ。ここまでの流れは、機能までの流れと全く同じだった。僕たちは何度もこの手を使って敵塹壕線の突破を目論み、そして失敗してきた。


「今頃、敵は僕らのことを、代わり映えしない戦術を繰り返して無暗に被害を増やす愚か者だとあざ笑っていることだろうな」


 僕は少し笑って、リッペ市の方を見た。よく見れば、市壁の向こう側の空は微かに赤く染まっていた。もちろん、太陽の残り火などではない。リッペ市のある方向は、僕たちから見れば北だ。夕日が北の空を照らすような時刻はとうに過ぎている。


「エルフ隊は作戦の第一段階をクリアしたようだ。流石はフェザリア、仕事が早い」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 変わり映えしない攻撃が主眼とはいえ、アリンコ兵は貧乏くじ引き続けてるような 内線防御なら仕方ないけど、外征でこれはかわいそう。 とはいえ、エルフの市内侵攻で前線が浮き足だったら一気呵成に正…
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