第473話 くっころ男騎士とガンコ騎士団長
それからさらに一週間。僕たちは相変わらず進撃を続けていた。この間、一つの小都市といくつかの村を制圧したが、大規模な戦闘は一度も起きていない。都市攻略の際ですら、ほぼ無抵抗だった。おそらく、レンブルク市が一日で陥落してしまったことが伝わっているのだろう。市参事会の怯えようは尋常ではなく、代官などは夜逃げしている有様だった。
破竹の勢いで、我々は北上していく。目指す先は、南部屈指の大都市エムズ=ロゥ市だ。この街は大河モルダー川と南部では貴重なしっかりと整備された大街道、聖アデナウアー祈念街道が交差する交通の要衝であり、ここが墜ちると神聖帝国の南部はもとより中部にすら影響が出る。狙えるならぜひ狙いたい都市だった。
とはいえ、この街は神聖帝国領のかなり奥深くにある。ここを落とすのははっきり言ってかなり難易度が高かった。本来であれば周辺の諸都市や街道などを制圧し、きちんと足場を固めてからじっくり攻略を狙うのが常道だろう。
しかし、我々はあえて一直線にエムズ=ロゥ市を狙うことにした。なにしろ、敵は緒戦の敗北のショックでは完全に委縮している。この隙を突いて速攻をかければ、勝利の目はあるだろう。いわば、原始的な電撃戦モドキだ。
「存外に順調ですね」
夜。野営地の一角に立てられた大天幕の下で、僕は香草茶を飲みながらそう言った。確かに、作戦は順調に進んでいる。ハッキリ言って拍子抜けだ。我々は一応エムズ=ロゥ市の攻略を掲げて進撃しているが、正直に白状するとほとんどの者はこんな目標が達成できるとは考えていなかった。もちろん、僕もその一人だ。
速攻だのなんだのと言っても、所詮は歩兵が主力の軍だ。進軍速度は一日二〇キロ程度がせいぜいで、電撃戦からは程遠い。現実的にこの作戦を成功させようと思ったら、モンゴルばりの巨大騎馬軍団が必要になるだろう。
じゃあなんで達成不能とわかっている作戦を実行しているのかと言えば、まあお題目のようなものだ。エムズ=ロゥ市にたどり着く前に敵は迎撃に出てくるだろうから、その連中と一戦してお茶を濁す。実際の作戦は、そういう消極的なシロモノだった。
「順調すぎて逆に困っている」
しかめっ面でそう答えるのは、リュパン団長だ。彼女は半袖シャツの胸元をパタパタと仰ぎながら、ため息を吐く。『常在戦場!』などと言いながら年中全身甲冑で過ごしていそうな風情のあるリュパン団長だが、兵の前に出ない時は意外とラフな格好をしている。「要らぬところで肩肘を張っていたら、肝心なところで力が出なくなる」というのが本人の談だった。
実際、季節は既に真夏に近くなっている。湿度が低いので日本の夏よりはかなり過ごしやすいが、それでも暑い事には変わりない。僕の方も、服装はリュパン団長と大差ないラフなものだ。真夏の全身甲冑はほぼ着るサウナだからな。好き好んで身につけたいものではない。
「このままでは補給線が伸びすぎる。あまり宜しくない事態だ」
指揮卓に頬杖を突きながら、リュパン団長は地図を眺めまわした。すでに、我々はミューリア市から百キロも離れた場所に居た。現代戦ならば目と鼻の先の距離だが、この世界の常識で言えばそれなりに遠方だ。これ以上離れると、補給拠点などを構築しないと兵站が厳しくなってくる。
「しかし、足を止めるのもマズイですよ。四方八方からタコ殴りにされたら勝ち目がありません」
一万の兵が塊になって動いているのならばそうそう負けはしないが、残念ながら我々の部隊は二つに分かれている。おまけに、リースベン軍は主力のライフル兵大隊を欠いているのだからたまらない。敵からみれば、各個撃破の絶好のチャンスだろう。間違っても、足を止めてはいけない。そんなことをすれば四方八方から敵が集まってくる。
「ウム……ヴァールの小娘が役に立つのなら、まだやりようはあるのだが。まったく、無能な味方は有能な敵よりも手に負えん」
ため息を吐くリュパン団長。彼女と僕は、こうして毎夜頭をひねっていた。今回の戦いが容易ならざるものであることは、この過激派騎士ですら認識している。気合だけで解決する問題でも無し、とにかく現場が頭を絞って何とかするほかなかった。
というか、『この過激派騎士ですら』とは言うが意外とリュパン団長の用兵術は堅実なんだよな。軍議中の発言から猪突猛進を旨とする猛将タイプだと勝手に思っていたのだが、実際は合理的で効率の良い采配をするタイプだということがわかってきた。
例えば、行軍。リュパン団長は、行軍の際には露払いを軽騎兵に任せる。これ自体は常識的なやり方なのだが、彼女が優れているのはその運用だった。尖兵役の軽騎兵たちは本隊の先鋒として前方の安全を確かめた後、周辺の農村などを回って食料の徴発を準備を始めるのが常だった。
食料はある程度現地調達に頼らざるを得ない物資だ。だが、食料の徴発に時間がとられると行軍に回せる時間が少なくなり、進軍スピードが落ちる。それを避けるために編み出したシステムが、このやり方らしい。もちろん索敵にあてる時間が少なくなるので、敵を見逃す可能性は増すが……それは、翼竜による空中偵察で補っているのだそうだ。なんとも効率的なやり方だな。
「ヴァール子爵ですか……」
僕は、あのやる気のない伯爵名代の顔を思い出した。正直に言えば、僕としてはリュパン団長よりもこの子爵のほうに近い意見の持ち主なんだけどな。こんな戦争からはさっさと足抜けしたいよ、実際。とはいえ、だからって手抜きをするのも僕の趣味ではないからな。できるだけのことはやるつもりだった。
「正直、かなり心配ですね。一応ヴァルマが監視に当たっているとはいえ、あの愚妹とヴァール子爵はかなり相性が悪そうですし……」
腕組みをしながら、ソニアが言った。僕はヴァール子爵のもとに、お目付け役としてヴァルマを派遣している。監視無しで野放しにしたら、雑に暴れた挙句そのまま所領に帰っていきそうな雰囲気があるからな、あの人。
「ヴァルマ殿は立派な武人だ。あの小娘のような輩と一緒に働くのは我慢ならんだろう」
ニヤッと笑いながら、リュパン団長がソニアを見た。僕には何かと辛辣な団長ではあるが、スオラハティ姉妹との関係はそれほど悪くない。どちらも武人気質だからな、ある程度のシンパシーはあるのだろう。
「とはいえ、子爵の尻叩き役をこなせるのは彼女かソニア殿しかおらんだろう。ヴァルマ殿には申し訳ないが、頑張ってもらわねば」
「そうですね。ヴァール子爵にも、最低限の仕事はこなしてもらいたいですし」
僕は指揮卓の地図に視線を戻しながら言った。ヴァール子爵の別動隊は、我々のやや後方にいる。我々が通った後の集落で、"落ち穂拾い"をしているのだ。すがすがしいほどのカスムーブだが、一応言い訳はしている。なんでも、我々の後方と補給路を守っている……のだそうだ。
確かに、後方の安全確保は必須だがね。あんまり腰の据わっていない連中にそんな重大任務を任せるのは正直怖い。とはいえ、だからこそヴァルマを派遣しているわけだが。まあ何にせよ、ヴァール子爵には後々働いてもらうつもりではあった。美味しい所だけ持って行こうなんて、都合がよすぎるだろ?
「同感だな。……何はともあれ、問題は補給線だ。我々の背後を守っているのが頼りにならぬ弱卒どもであることを忘れてはならん。矢玉が切れると困るのは鉄砲兵だけの専売特許ではない」
「そうですね。時間稼ぎをしつつ、補給体制の強化も目指したいところ。そこで提案なのですが、いったん回り道をしてこの街を攻めるというのはどうでしょうか」
そう言って、僕は地図の一点を指さした。大河モルダー川のほとりにある、小さな川港だ。
「街道をそのまま北進したほうが、エムズ=ロゥ市には早くたどり着けます。モルダー川は曲がりくねっていますからね。しかし、川港が使えるようになれば補給面はかなり改善できます。作戦が上手くいきすぎてエムズ=ロゥ市で攻城戦、などという事態になっても、この街を抑えていればかなり戦いやすくなるはずですよ」
「なるほど、一理ある」
小さく頷いて、リュパン団長は自らの顎を撫でた。
「……認めたくはないが、貴様には参謀の才能はあるようだ。まったく、残念だな。女として生まれていれば、喜んで轡を並べられていたものを」
「男ではだめですか? 頭を使う分には、男女など関係のない話だと思いますが」
僕は唇を尖らせて反論した。たしかに、現実問題この世界だと女性の方が武人向きだ。亜人と只人の身体スペック差は明白で、殴り合いの際の不利は免れない。身体強化魔法である程度のカバーは可能だが、それだって所詮は付け焼刃だ。僕がなんとか白兵戦でも戦えていたのは、前世の経験によるものが大きい。転生者というゲタ込みですらこの調子だから、人生一周目で男騎士を目指すのはだいぶムリゲーなのではなかろうか。
……とはいえ、それはあくまで肉体面の話。当然ながら、知略の面で負ける気はさらさらなかった。むろんリースベン軍の連戦連勝は前世の技術と戦略・戦術ありきなので、あまり慢心はできないが。しかしそれでも、僕は自分の指揮官としての能力にはある程度の自負があった。
「駄目だな」
しかし、リュパン団長の返答は端的だった。彼女は僕をギラリと睨みつけ、僕の胸元をぴしりと指さす。
「例えばそう、これだ! 先ほどから気になっていたが、なんだその破廉恥な格好は!」
「ええ……」
僕は自分の胸元を見た。たしかに、第三ボタンまで外しているのでそれなりに露出度は多い。ただ、このような格好をしているのは僕だけではないのだ。リュパン団長にしろソニアにしろ同様で、体格の良い竜人特有の豊満な胸がまろび出そうになっている。熱さのあまりダラけた格好になるのは皆同じことだ。
「女ばかりの空間に、そんな恰好をした男が一人混ざってみろ! 風紀の紊乱甚だしいだろうだろうが!」
「暑いんだから仕方がないでしょうが。なあ、ソニア」
僕は助けを求めて副官の方を見た。ソニアは「え、ええ」などと言いつつも僕の胸元をチラチラ見ている。なんやねんお前は。初めて女体を前にした童貞か。いい加減付き合いも長いんだから慣れろ。ユニコーンに蹴られるような真似はまだとはいえ、裸になってベッドで抱き合った仲だろうが。
「ほら言わんこっちゃない。この歩く風紀紊乱罪め、さっさとその卑猥な胸を片付けろ!」
「リュパン殿も僕と似たり寄ったりの格好じゃないですか」
「拙者は女だから良いのだ! 貴様は男だろう!」
憤怒した容姿で、リュパン団長は自分の胸元をガッと開いた。とうとうその豊かなバストが完全に露出してしまうが、彼女はまったく気にしない。ほぼ常時上半身を露出しているアリンコほどは少々極端にしても、この世界の女性はだいたい胸の露出ていどはそれほど恥ずかしいものではないと思っているのである。
「ああ、もう! やめてください! 破廉恥なのはどちらですか!」
僕は赤面して、自分の胸元のボタンをとめた。これ以上露出を続けられると困ってしまう。女ざかりの屈強な武人のナマ胸は、童貞にはかなり目の毒だ。
「まったく……これだから、男を軍隊に入れるべきではないのだ!」
こちらを睨みながらプンスカ怒るリュパン団長。この程度で文句言われちゃ困るよ、まったく。武人としては有能なようだが、やはりこの人の頭は固い。幼年騎士団や騎士隊の隊長をしていたころは、この程度のことで文句を言われることはなかったんだがなぁ……。