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第472話 くっころ男騎士の進軍

 ヴァルマの一件から一週間が経過した。相変わらず和平交渉も諸侯たちの軍議も空転しまくりまったくといっていいほど進展がなかったが、わざとやっている前者と違って後者の方は早急になんとかする必要があった。なぜかと言えば簡単で、いかにミュリン領周辺が穀倉地帯と言っても、一万人もの兵士が一つの街にずっと滞在していたらあっという間に食料価格の高騰が始まってしまうからだ。

 物流に難のあるこの世界の内陸部では、大軍は常に食料を求めてあちこちをさまよい続ける必要がある。一か所にとどまり続けるのは論外に近い(攻城戦が過酷なものになるのもこの辺りが原因だ)。当然そのようなことは軍学を修めた人間であれば皆心得ており、このままチンタラ軍議を続けるわけにはいかないということは、あの厭戦派のヴァール子爵すら認める事実であった。

 方針が定まらないのに、タイムリミットは刻一刻と迫ってくる。こういう場合、どのようなことが起こるか? ……最後の最後で、皆が納得できるような妙案が浮かんでくるような奇跡は、まず起きない。結局、結論はひどくあいまいで玉虫色なものになった。

 まず、部隊を前衛と後衛の二つに分ける。前衛は敵領域の奥深くに侵入し、防衛線の突破や後方のかく乱を担う。そして後衛は前衛が開けた穴に食らいつき、戦果拡大に務めるわけだ。一見マトモな作戦に見えなくもないが、要するにリュパン団長ら主戦派とヴァール子爵ら厭戦派を分離して、それぞれ好き勝手やらせるだけというなんともひどすぎる代物だった。


「船頭多くして船山に上る、とはこのことですね。まとまりがないにもほどがある」


 会議が終わった直後、ソニアはそう呟いていたが僕としてもまったくの同感である。とはいえ、そもそもからしてこの戦いは戦争目標があいまいなのだ。その下に位置する戦略や作戦のレイヤーまでふわふわしてくるのも自然なことだ。まあ北の戦線はレーヌ市の奪取に集中すれば良いにしても、そのレーヌ市から遠く離れたこの南部で派手に動いたところでどれほどの効果があるのかはだいぶ怪しい。国境に軍を集め、圧力を加えるだけでも牽制としては十分ではなかろうか?

 そんな疑問は尽きなかったが、とにもかくにも方針が決定した以上は動かねばならない。幸いにも、状況自体はそれほど悪いものではなかった。ミュリンやジークルーンの軍が事前に粉砕されたおかげで、帝国南部諸侯は明らかに腰が引けている。カネは払うからウチは見逃してくれ。そんな打診も、水面下では少なからず来ていた。

 そんな状況で継戦意欲を残しているのは、こちらで言うところのリュパン団長のような筋金入りの武人のみ。つまりは、王国と神聖帝国それぞれの主戦派をぶつけあってしまおう、というのが作戦の裏の目的だった。内心、僕はこれを『勝手に戦え!』作戦と呼んでいる。


「やっと戦場(いくさば)の空気が吸える」


 愛馬の背中の上でアレコレ思案していた僕の耳に、そんな声が聞こえてくる。横を見れば、そこに居るのはこれまた軍馬にまたがったリュパン団長だった。南部方面軍再始動後、僕はリュパン団長の遠征軍に同行していた。

 もちろん、好き好んでこの過激派騎士と一緒にいるわけではない。気分としては、ジルベルトと共にミューリア市に居残りたいとは思っていたのだ。しかし僕は一応肩書の上では方面軍の総司令官である。安全な後方でのんびりしているわけにはいかなかった。そんなことをすれば王家からも諸侯からも白い目で見られるからだ。

 ヴァルマとの密約で王家への対抗策を整えつつある僕ではあったが、当然ながら自らクーデターを起こすつもりなど微塵もなかった。なにしろ僕のモットーは"常に忠誠を!"なのだ。自分から反逆するなどとんでもない話である。まあ、そうは言っても実際に忠誠を誓っているのは国民であって主君ではなかったりするのだが。とはいえそれでも王家が実際にこちらに牙を剥かない限りは、忠実な臣下のままで居るつもりだった。

 そういう訳で、軍役は真面目にこなさねばならない。何もかも配下に丸投げして後ろでヌクヌクしていたら、王家の心証は凄まじく悪くなるだろうからな。場合によっては、この怠慢を理由に反逆者認定される可能性もある。僕としては、好き好んで新しい戦乱を呼び込むつもりなどさらさらないのだ。冷や飯を食わされる程度であれば、我慢するつもりでいた。


「とはいっても、作戦そのものはあまり良いとは言い難いですがね」


 僕はリュパン団長にしか聞こえないように声を潜めてそう答えた。気弱な発言を兵に聞かれるわけにはいかないからだ。じゃあ最初から黙っていろよ、と自分でも思わなくもないが、ボヤきたくなるのも仕方がないほど今回の作戦はひどい。


「分進合撃とは名ばかりの戦力分散。僕が軍学の教か……教師だったら、落第点を与えているところですよ」


 わが軍の主力は完全に二つに分けられている。好戦派と厭戦派の間で妥協が図られなかった結果がこれだ。しかも、この両者の部隊の戦略目標は完全に別物なのだからたまらない。前者の部隊は王太子殿下の命令を順守して陽動作戦を遂行しようとしている一方、後者の部隊はミューリア市周辺の小都市や農村などを適当に荒らして戦費を回収し、お茶を濁してからそのまま所領に帰ろうと目論んでいた。


「やる気のない将兵が戦力として計上できるとでも?」


 返ってきた答えは、なんとこリュパン団長らしい過激な発言だった。


「あのような腰の据わらぬ将に率いられた兵は、みな例外なく弱卒だ。敵にひと当たりされるだけで逃げ出すことであろう。はっきり言って、そのような連中は有害無益! 糧秣を無駄に浪費した挙句戦線崩壊の発端になるゆえ、捨て置くべし!」


 まあ、言い方は荒っぽいが一理ある意見ではある。戦闘の趨勢を決めるのはいつだって兵たちの士気だ。前世の世界における現代戦ですら、その原則に変化はない。いわんや白兵戦がたびたび発生するこの世界の戦争ともなればなおさらである。


「貴様とて例外ではない。指揮は拙者がとる故貴様はミューリア市なりなんなりに戻るが良い!」


「そういう訳には参りません。僕の任務はまだ果たされておりませんので」


 この騎士は、ことあるごとに僕を後送しようとするのである。男である僕の指揮下で働くのが嫌なのだろう。リュパン氏は伝統的な価値観の信奉者のようで、男軍人という存在は認めがたいものがあるようだった。


「王家に対する言い訳がしたいのなら、あのヴァール子爵について行けばよかったであろうが! なぜ拙者の方に来たのだ!」


「略奪なんかにはできれば参加したくないので……」


 ヴァール子爵の目的は略奪による戦費の回収だ。僕としては信じがたい所業なのだが、この世界ではまともな国際法すらないのだ。友軍の略奪を阻止する方法はない。ならば、曲りなりとも戦争のほうが主目的のリュパン氏のほうへ合流したほうがマシ……というのが僕の結論だった。まあ、もちろん戦略・戦術的な理由もあるのだが。


「騎士の本分は民を虐げることにあらず、という部分には同意しよう」


 不承不承と言った様子で、リュパン団長は頷いた。この人も、伊達や酔狂で伝統ある騎士団を率いているわけではない。自分は高潔なる騎士である、という強い自負は持ち合わせているようだった。


「ご安心ください。やる気はありますよ、僕たちは」


「主力をミューリア市に置いて来たのに?」


 疑うような目つきで、リュパン団長が僕を睨みつける。彼女の言うように、リースベン軍の主力であるライフル兵大隊はミューリア市でお留守番だ。少なくとも書類上は、ミュリン家との戦争はいまだ継続中だからな。いくら敵の主力が壊滅状態とはいっても、流石に完全放置というわけにはいかない。ミューリア市をわが軍の拠点として活用するためにも、守備戦力の駐留は必要不可欠だった。

 そのライフル兵大隊の代わりに僕が率いてきたのが、蛮族兵たちだ。大半がエルフとアリンコの部隊で、当然ながら鳥人航空兵も同行している。唯一の例外は、王都出身者が大半を占める山砲隊のみだ。

 これでも兵数は六百名を超えており、数的にはむしろライフル兵よりこちらのほうが主力っぽいんだけどな。とはいえ、ガレア王国や神聖帝国では服属させた蛮族の兵士などは補助戦力としか見られないのが普通だった。特にエルフなどはマトモな甲冑も着込まず武器は一見原始的な木剣なので、舐められるのも仕方のない部分はあるだろう。


「進軍路がこの調子ですから、射撃兵科に偏重した編成は避けるべきだと判断しました」


 軍馬の足元をちらりと見て、僕は笑う。僕たちは現在街道にそって進軍していたが、その街道はなんともひどいものだった。鋪装などはもちろんされていないし、それどころか路面のデコボコすらまともに修繕されていない。今は乾いているからまだマシだが、雨など降った日には大変なことになってしまうだろう。人や馬などはまだなんとかなるが、馬車の通行は難しいかもしれない。

 これは、別にこの街道だけが特別荒れているわけではなかった。帝国の南部の街道は、おおむねこの調子なのだ。なにしろ帝国南部は肥沃な大地が広がっているので、リースベンのように食料を外部に求める必要はない。そうなると物流の優先順位が下がるので、高いコストを払ってまで立派な街道を作ったり維持したりする必要はないのだ。

 そしてこの荒れた街道は、侵略者に対する備えとしても機能する。使い勝手の良い街道は、進軍ルートとしても使いやすいものだ。これを侵略者に利用されれば、かえって自分の首を絞めることになってしまう。街道整備に熱心な領主がいないのも、当然のことだった。

 実際、この荒れた街道は侵略者たる僕たちガレア諸侯に牙を剥いていた。このような道路では当然ながら進軍速度は遅くなるし、武器弾薬や食料などを運ぶ輜重段列(補給部隊)の通行にも支障をきたす。戦いにくいことこの上ない土地だった。まあ、エルフ内戦への介入時は道自体がなかったのでそれよりはよほどましだが。


「ガレア建国戦争の際の戦訓か」


 リュパン団長は、片方の眉だけを上げていった。ガレア建国戦争は、西の島国アヴァロニアのいち諸侯であったヴァロワ家が大陸に領地を得たことをきっかけに発生した戦争だ。何百年も前の話ではあるが、歌となって現代でも語り継がれている。日本で言うところの、太平記や平家物語のようなものだな。


「ええ。かの戦争の前半では、アヴァロニアの長弓兵が猛威を振るいました。しかしガレア側が補給路の攻撃に徹したことで矢の補充が間に合わなくなり、最終的には壊滅しています」


「ほお? 鉄砲兵は貴様が自慢とする最新鋭兵科だろう。それが数百年前の長弓兵と同じ戦術の前に屈するというのか」


 挑発的な口調で、リュパン団長はそう言った。僕はニコリと笑って頷く。


「数百年程度で戦いの原則が変わるとお思いですか?」


「思わんね。撃つものが無くなれば無力化されてしまうのは太古の投石兵も現代の弩兵も同じだ。……ふふん。貴様、男の割にはよくわかっているではないか。不相応な精兵を与えられて調子に乗っているだけのお飾りかと思ったが、一応しっかりとした軍学は修めていると見える」


 ニヤッと笑うリュパン団長。どうやら、僕の返答がお気に召したようだ。


「だが、調子に乗ってはならんぞ。所詮男は男だ。股間に鍛えようのない弱点をぶら下げているような者が、戦いに向いているはずもない。戦が始まったら、後方で待機しておれ。拙者より前に出ることはまかりならん」


 真顔でなんてこと言うんだこの人は!? いや、確かに金的は鍛えようがないが、防具でカバー可能だろ……。まあいいや、この手の人にいちいちツッコミを入れてたら身が持たない。僕は神妙な表情で頷いた。


「心しておきましょう。ご心配頂き、ありがとうございます」


「ふん。この肥沃な大地を一ミリでも多く切り取って、竜の民(ドラゴニュート)のものとするのが我らリュミエール騎士団結成以来の使命。その好機を男の騎士気取などに邪魔されてはたまったものではないからな……」


 そう言って、彼女はそっぽを向いた。照れ隠しなのかもしれないが、発言が物騒過ぎる。これがなきゃ意外と仲良くできそうな雰囲気はあるんだけどなぁ……。

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[良い点] なぜこうも次から次へと、この人の活躍をもっと見たいもっと描写されてほしい、と思うキャラが登場するのか
[一言] 勝 手 に 戦 え ! 作戦で草生えた
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