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第470話 くっころ男騎士と恋慕

「王家が自爆する分には、大変結構なことじゃありませんの。わたくし様から見れば好機ですわ~! 次にガレアの王冠を被るのはあの気取った優女ではなく、このわたくし様でしてよ~!」


 ヴァルマの放ったその言葉に、僕とソニアは思わず顔を見合わせた。直球の王位簒奪宣言だ。こんな発言を誰かに聞かれたら、一発で反逆者認定されてしまう。


「……本気で言っているのか? それは」


 さしものソニアも動揺は隠せないらしく、額に冷や汗を浮かべつつ聞き返す。しかし、対するヴァルマはいつもの通りの調子だ。


「冗談だと思います? わたくし様は前々から王になると宣言しておりましてよ~? あえてガレアの王冠である必要はありませんけど、転がってくるならもちろん拾いますわ~!」


 いや確かにこいつは前々から辺境伯程度で収まる気はないだとかなんだとか言ってたが……ガッツリ本気で言ってたみたいだな。僕は思考を巡らせながら、周囲を見回した。この部屋、防音はちゃんとしてるんだろうな? 不安にならずにはいられなかった。

 いや、もちろん事前にキチンとプライベートが確保できているかは確認してるけどね。この宿は仮設とはいえ司令本部だ。機密保持の観点から、盗聴のリスクは可能な限り潰してある。それがわかっているから、ヴァルマもこのような大胆な発言ができるのだろう。


「なんでまた、そんな……」


 僕は顔をしかめながら言った。こちとら、現状の立場ですら七転八倒しながらやっとこなしているのだ。最近などは、これ以上の出世など冗談ではないとすら思っている。辺境の小領主ですらこれなのだから、王様なんてのはほとんど罰ゲームか貧乏くじみたいなモンだろ。自分からなりたいとか正気じゃないぞ。


「なんで? なんでと言いました、今」


 ところが、ヴァルマはこの問いがたいへんに気に入らなかったようだ。眉を跳ね上げ、椅子から立ち上がる。そして、僕の前に歩み寄って、ズズイと顔を近づけてきた。当然ソニアがそれを阻止しようとするが、彼女は強い目つきで姉を睨みつけてそれを牽制する。


「それはもちろん、アナタにふさわしい女になるためですわ~! アルベール・ブロンダンの妻が、辺境伯程度の器で務まると思いますの~? 最低でも、王様くらいにはならなくちゃ」


「……」


 ええ……。いや、ええ……。ナニソレ。ひでぇ冗談だ。いや、残念ながら冗談を言っている雰囲気ではない。マジでやるつもりっぽいぞ。うわぁ、勘弁してくれよ、マジで。僕を理由にクーデターを起こすんじゃねえ。まあ、こいつもこれで結構あれこれ考えている人間だから、流石にこれだけが理由という訳ではないと思うが。

 しかし何はともあれ、、ヴァルマの奴が妙なことを企んでいるのは確かなのだ。ため息をつきたい心地になりつつ、僕はソニアの方を見た。何とか言ってくれよ、そう思ってのことだったが、我が副官にして婚約者は「ああ、なるほど!」と納得した様子で手をポンと叩いている。いやいや、なんなんだその態度は。


「……あの、その……君から憎からず思われてるってことは、僕も知ってるんだけど」


 僕は吹き出る脂汗を拭いつつ、声を絞り出した。この女は顔を合わせるたびに毎回求愛してくるので、"そういう対象"として見られていることはなんとなく気付いていた。こいつがこんな態度をとる男は僕だけだったしね。

 とはいえ性格がこの調子なので、「喜んでお婿に行きます!」とは言い難い(お婿に来れないならお嫁に行きますわ~、なんて言われても困るし)。僕にだって相手を選ぶ権利くらいはあるのだ……たぶん。だから、今までは気付かないフリをして逃げ回っていたわけだが……。


「でもその……僕ってば、ほら、もう婚約者のいる身だからね。実質的に人夫(ひとおっと)みたいなものというか。ね、ねぇ、ソニア!」


「え、ええ、その通り。アル様はもうわたしのモノなのだ、ヴァルマ。すまんな」


 智・武・勇を兼ね備え、その代わり良識や常識を備えないヴァルマに対抗できるのは姉のソニアしかいない。僕が彼女に助けを求めると、ソニアは僕とヴァルマの間に惜し入ってきた。


人夫(ひとおっと)? それが何の問題ですの?」


 ところが、ヴァルマは姉に対してもひるむことなく反論をぶつけてきた。


「アルが誰を愛し誰と子供を作ろうがどうでもいい話ですわ。アルが愛する者たちを丸ごと愛せるくらいの度量はありますもの、わたくし様。許せないのはただ一つ、アルがわたくし様の夫にならないことだけですわ~!」


「ええ……」


 コイツ無敵か? 困惑していると、ヴァルマは姉を押しのけ再びグイと顔を近づけた。その顔には、肉食獣めいた笑みが張り付いている。


「いいですの、先生(・・)。わたくし様が生まれて初めて尊敬した人間も、初めて恋した男も、初めてキスをした相手も、初めてした自慰のオカズも! あなた、アルベール・ブロンダンなのですからね! これだけわたくし様のハジメテを奪っておきながら、逃げられるとは思わない方がよろしくってよ~!」


 そんなこと言われても……そんなこと言われても困る……! 僕はただ普通に友人の妹と遊んだり家庭教師したりしてただけなのに、なぜこうも執着されるんだ……?


「……こればかりは、アル様が悪いと思います」


「ソニア?」


 冷や汗をダラダラと垂れ流していると、いきなり味方が裏切った。ソニアはなんとも微妙な顔をしながら、僕とヴァルマを交互に見る。


「ハッキリ言いますと……わたしもヴァルマと同じ立場ですから。アル様にいろいろと奪われた結果、今はこうなっているわけです。ですから……ヴァルマの気持ちを否定することだけは、たとえアル様のご命令でも致しかねます」


「んなぁ……」


 まって、待ってほしい。そんなこと言われてもメチャクチャ困るんだけど。僕にはすでに少なくない数の婚約者がいて、シャレにならない立場に置かれている。真剣に分身の術の習得を検討するレベルだ。まあ、いかに剣と魔法の世界とはいえそんなファンタジックな忍術が実在すかというとだいぶ怪しいが。


「そうですわ~! もとは言えば先生がわたくし様たちを誘惑したのが悪いんですのよ~! こちらは被害者ですわ~!」


「誘惑とかした覚えは一切ないんだけど……」


 なんもやってないよ僕は。というか前世の時点で童貞のまま三十代で死んだ男に誘惑なんて高等スキルが使えるわけないだろ!


「現実的にわたしたち二人は魅了されてしまっているわけで、その主張は通用しないと思います」


 とうとう完全に敵側に寝返ってしまったソニアが、きっぱりとした口調で言い切った。


「駄姉の言う通りですわ~。それに、実際問題先生はスオラハティ家から大変な便宜を受けてますのよ! 今さら逃げ出すのは責任感が足りないのではなくって~?」


「ぐっ……」


 それを言われると流石にキツイ。僕だって、戦働きのみの評価で現在の地位にまで上り詰めたなどという勘違いはしていない。なにしろブロンダン家はもともと最下級に近い位の宮廷騎士家で、しかも僕自身性別というハンデを抱えているのだ。辺境伯や宰相のケツモチがなければ、今でもどこぞの騎士隊の下っ端をやっていたに違いない。


「わかった、わかったよ。責任があるってんなら取るよ! でもさぁ、それと王位簒奪は別問題だろ!」


「確かにそれはその通りです」


 はっとした調子で、ソニアがポンと手を叩く。そして、ヴァルマをギラリと睨みつけ「愚妹、貴様いったいどういうつもりなのだ?」と問い詰めた。どうやら我が副官は知らぬ間に手首にモーターを仕込んでいたらしい。


「そんなもん決まってますわ~! 先生が何人もの妻を持つのは致し方ありませんわ。しかし! その中で一番偉いのはわたくし様でなくてはならない! 正妻の座はわたくし様のモノでしてよ~!」


「は?」


 そんなくだらない理由でクーデター起こすのはやめてもらいたいんですが……。僕がヴァルマを睨みつけると、彼女はニヤッと笑って肩をすくめた。


「ご安心なさってくださいまし~! 王室に瑕疵(かし)のない状態で王冠を強奪したりすれば、先生は良い顔をしないなどということは理解してましてよ~。キチンと相手の方から手を出してくるのを待ってから殴り返しますわ~」


 は?


「なるほど、愚妹も一応は考えて動いているようだな。ならば良し! わたしも可能な限り協力してやろう」


 いや、いやいやいや。ソニアさん、なにを言っているのですか? クーデターですよクーデター。協力しちゃダメでしょ。


「ソニア、それは流石に不味くはないか?」


「別に不味くはありませんよ。そもそも王室がこちらに手を出してこないのであれば、事は起きないのですから。これは正当な自己防衛です」


「いや、まあ、確かにそうだが……」


 実際問題、王家がこちらに牙をむいた場合、むざむざやられるつもりは僕にもなかった。モラクス氏らの態度を見ればわかるが、中央の人間は蛮族を甘く見ている。リースベンの統治者が僕から王家の手の者に変われば、エルフやアリンコどもは容赦なく反乱を起こすだろう。そうなれば、無辜のリースベン領民が大勢戦乱に巻き込まれることになる。それだけは容認できない。


「四の五の言ってないで覚悟を決めなさいな! 誰よりも女々しいのが先生の魅力なのですから、シャキッとしなさいシャキッと!」


 ヴァルマはそう言って僕の背中を叩いた。結構痛い。……ああ、もう、仕方ないか。コイツは暴走特級みたいな女だ。ブレーキをかけようとしたって無駄だろう。それに、王家を相手に紛争が発生するリスクは現実としてあるのだ。最悪の状況に備え、味方は出来るだけ増やしておいた方がいい。有能な相手ならばなおさらだ。


「……わかった。だが、能動的に王家をハメて王位を簒奪するような真似には絶対に賛同できない。あくまで行くところまで行ってしまった場合の事前の策としてなら、その案に乗ってもいい」


「結構ですわ~! 安心してくださいまし~、流石にこっちからガレア王家に手を出したらアルに嫌われるってことくらいは理解してますわよ~。夫の本気で嫌がることはやらない、当然のことですわ~」


 ニッコリと笑って、ヴァルマはサムズアップした。……本当にわかってんのかね、心配だなぁ。


「結局のところ、わたくし様の一番の目的は先生を我が物にすることでしてよ~。他の野望もたくさんありますけれど、まあ一番はアルですわ~。ですから、その他の部分に関してはそれなりに妥協できましてよ~」


 チラチラと僕を見ながら、ヴァルマは淫靡な笑みを浮かべた。うげぇ、ガッツリ圧力かけて来るなあ……。つまり、協力が欲しいなら自分と結婚しろってことだろ? 僕はソニアのほうに目を向けた。僕は既に彼女の婚約者だ。結婚云々の話については、僕よりもむしろ彼女の方に選択権がある。


「まあ、わたしとしてはアル様が納得できるのであればそれも良しだとは思います。一応、このアホはわたしの妹ですし。姉妹で夫を共有する例は、決して少なくはありません」


 星導教は只人(ヒューム)と亜人の妻をそれぞれ一人ずつ持つ一夫二妻制を推奨しているが、皆が皆それを順守しているわけではない。姉妹で、友人同士で、あるいは君主と臣下で夫を共有するのは、星導教が普及する遥か昔から行われてきた慣例だった。


「とはいえ、ことが事ですからね。わたしの一存では決められません。一度、アデライドのほうに相談してみましょう」


「そうだな。明日にでも、一筆書いて送るか……」


 憂鬱な気分になりながら、僕は呟いた。せっかく結婚できることになったというのに、このような提案を婚約者にせねばならないとは。なんとも気分が悪い話だ。いやまあ、ヴァルマが嫌いなわけではないのだが。問題は、自分がクズ以外の何者でもないムーブをしている点だった。ただでさえ多い婚約者が、また増えそうになっている。まったく、どうしてこうなったって感じだ。


「じゃっ、報酬の前払いをもらい受けますわ~! 貰える時にもらっとかないと次がいつになるか分かったもんじゃありませんし~」


 しかし、当のヴァルマはウキウキ顔だ。そんなことを言うなり、アホ女は僕を捕まえベッドに投げ飛ばした。そのまま僕の上にのしかかり、唇を奪う。舌をこちらの口の中にねじ込んでくるような、強引で熱烈なディープキスだ。


「オイコラ! アデライドに相談してからっつってるだろ! 話を聞け話を!」


 唇が離れるなり、僕はそう叫んだ。


「正直に言えばもうムラムラが限界ですのよ~! 観念してくださいまし~!」


「クソッ、この……淫獣め! ソニア! ソニア! ヘルプ!」


 ソニアはため息をつき、ヴァルマの頭をぶん殴った。アホは「ぴぎゃっ!」と悲鳴を上げ、涙目になる。その隙に、僕は彼女の拘束から逃れベッドから抜け出した。もう一度ため息をついたソニアが、僕に手を貸してくれる。そしてそのまま、妹のものを上書きするように僕に口づけをした。思いもよらぬ方向からの攻撃に、僕は目を白黒させた。


「アル様、愚妹はああ申しておりますが惑わされぬよう。あなたを一番愛しているのは、いつもあなたのお傍に居続けたこのわたしソニア・スオラハティです。愚妹は二番目……いえ、アデライドより下の三番目くらいかと」


「……ほう? このわたくし様の愛を疑うとは良い度胸ですわねぇ~? カモの雛みたいに後ろからヨチヨチついてくるだけの駄姉が愛を語るなど片腹痛いですわ~。愛する男の手を引いてエスコートすることもできない女に、本妻の資格はなくってよ~」


 ベッドから起き上がったヴァルマが、姉に挑発的な視線を向けた。よく見れば、眉が微かに痙攣している。ヴァルマがだいぶキレてるときのサインだ。


「愚か者め、貴様の目は節穴か? アル様ほど偉大なお方の手を引いて先導する? あまりに不遜で身の程知らずな考え方だな」


「笑止! 男が偉大なら女の方はもっと偉大になればよい話ですわ! 駄姉のやり方はまさに敗北主義者そのものでしてよ~!」


「ほう……良い度胸じゃないか。良かろう、久方ぶりにこのわたし手づから教育してやる」


 ソニアの目がスッと細くなり、ゆっくりとファイティングポーズを取った。もちろんヴァルマはこれにひるむことなく、自らも拳を構える。


「面白い! その喧嘩買いますわ~、妹より優れた姉が存在しないことを教えてあげましてよ~!」


 そのまま、スオラハティ姉妹は猛烈な喧嘩を始めた。こいつら、昔からぜんぜん変わってないなぁ……。僕はほほえましい心地になりつつ、酒瓶を回収した。せっかくの高級ワインだ、巻き込まれて割れでもしたら勿体ない。

 もちろん、心配しているのは酒瓶だけだ。姉妹については一切心配していない。この二人はガキの時分からこの調子なので、この程度の殴り合いであればせいぜいじゃれ合い程度にすぎないのだ。双方ともに滅茶苦茶頑丈だしそれなりに限度も知っているので、放置しておいても大した問題はない。

 ……とはいえ、このままでは晩酌どころではない。まだ飲み足りない気分だし、ロリババアの所にでも行こうかな。僕は酒杯のワインを飲み干してから、取っ組み合いを続けるソニアとヴァルマを一瞥した。


「まあ、たぶん大丈夫だろうけどやり過ぎないように気を付けてね。諸侯たちの手前、君たちが揃ってズタボロになってたら宰相派閥全体が大恥かくからさ……」


 スオラハティ姉妹の長姉と末妹は、そろってコクコクと頷いた。そのまま、喧嘩を続行する。仲がいいのか悪いのかわからんな、これじゃ。僕は苦笑してから、部屋から出ていくのだった。


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[良い点] 講和にせよ進軍にせよ、話がオクラホマミキサーでちっとも前に進まないw このままエタるのかw とりあえずミュリン領から食料は提供するから、好戦派に誰か司令官任せて解き放っちゃえば? 厭戦派は…
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