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第469話 くっころ男騎士と愚痴

 その後も、諸侯軍の軍議は踊りに踊った。インド映画ともタメを張れるレベルだ。相も変わらずリュパン団長が大声で積極策を叫び、ヴァール子爵がそれに茶々を入れる。それの繰り返しだ。この二人は最終的につかみ合いの喧嘩にまで至ったので、相当に相性が悪いものだと思われる。

 しかも問題は両氏だけではない。二人の喧嘩に便乗し、その他の貴族共もあれこれ好き勝手な主張を繰り出してくるのだから厄介だ。この機に手柄を上げて成り上がりを図りたいものもいれば、さっさと領地に戻って内政に励みたい者もいる。無気力な者、貴族というより盗賊みたいな価値観で動いている者、義務感にかられ"正義の怒り"を燃やしている者……諸侯たちの思惑は完全にバラバラであり、このような集団の意思統一を図るなど不可能なのではと思ってしまうほどだった。


「はぁ……」


 その夜。僕は臨時司令部たる宿屋の一室でため息をついていた。三日間ぶっ通しで野戦演習をした時のような疲労感が、僕の全身を苛んでいる。むろん肉体的にはピンピンしているのだが、精神的疲労という奴だ。


「お疲れ様です」


 苦笑交じりの声音でそう言いながら、ソニアがワイン入りの酒杯を手渡してくる。夕食を終えた後、気晴らしも兼ねて晩酌をしようということになったのだ。


「ソニアこそ、お疲れさまだ。そっちのほうもなかなか大変だったろう」


 軍議にソニアは参加していなかったが、彼女は彼女で別の仕事をしていた。諸侯らが連れてきた兵士たちの受け入れにかかるさまざまな手続きや手配などだ。こちらはこちらで、尋常ではなく大変な仕事だったろう。なにしろ、集まってきた兵士の数は一万名近く。これだけの人数の衣食住を差配するのは、ほとんど都市運営のようなものだ。


「いえ、そんなことは。……と言ってしまうと、嘘になりますね。流石にくたびれました」


「そりゃあね」


 僕は小さく苦笑した。ソニアとしてもこんな仕事は初めてのことだろう。いかに彼女が優秀だと言っても、やはり朝飯前とはいかないはずだ。


「あら、わたくし様の方にはねぎらいの言葉をかけてくださらないの? 姉妹の間で扱いに格差をつけるのは感心しませんわね~!」


 そこへ、ヴァルマがくちばしを突っ込んでくる。本来、晩酌はソニアと二人っきりでやるつもりだったのに、このスカポンタンは当然のような顔をして僕の部屋にやってきやがったのだった。まあ、コイツがそういうヤツだということは昔から心得ているので、今さら気にしないが。


「はいはい、ヴァルマもお疲れ様」


 苦笑を深めながら、そう言ってやる。まあ、こいつはこいつでしっかり働いてくれているからな。邪険にはできない。ヴァルマ・スオラハティの武名と悪名はノール辺境領から遠く離れたこの南部でも鳴り響いているからな。跳ねっかえりの下級貴族を抑え込むには、これほどうってつけの人材もなかなかいない。


「言葉だけじゃ不足ですわ~! 適切な報酬を要求しますわよ具体的に言えばキスとか貞操とかご奉仕とかとかとか~!」


 そんなことを言うなり、ヴァルマは唇を尖らせて僕の方に突撃しようとした。が、この場にはソニアがいる。いかなヴァルマとはいえこの鉄壁の防御をかいくぐるのは至難の業だった。即座に迎撃に入ったソニアは妹の胸倉をつかんで足払いをかけ、彼女をあっという間に床に転がしてしまった。


「グワーッ!」


「まだ一滴の酒も飲んでいないというのにこうも酔っぱらえるとは、なかなか愉快な特技を持っているな愚妹。酔い覚ましをくれてやろうか?」


「結構ですわ~恋の酩酊はそう簡単に冷めるものではなくってよ~!」


 妹に容赦なく足払いをかけるソニアもソニアだが、平気な顔をして立ち上がり埃を払うヴァルマもヴァルマだった。この姉妹の間では、この程度の"じゃれあい"など日常茶飯事なのだ。暴力的な連中だなぁ……。


「はぁ……この年中発情期が……」


 ため息をつきながら椅子に腰を下ろすソニアだが、君には人にそんなことを言う権利はないと思う。今ではなんかうやむやになってるけど、冷静に考えると盗撮はヤバいよ盗撮は。


「んっ」


 そんな姉の様子などまったく気にしていない様子で、ヴァルマは空っぽの酒杯を差し出してくる。僕は少し笑って、お酌をしてやった。もちろん、ソニアのほうにも同じように酒を注ぐ。妹ばかり相手をしていると姉の方が拗ねるからね。まぁ、そうは言ってもソニアは酒に弱いので、酒杯の半分程度までしか入れないが。代わりに、柑橘系の果実水を注いで、酒精を薄めてやる。彼女がワインを飲むときは、冬なら生姜湯、夏ならジュースの類で割るのが常だった。


「それじゃ、皆様お疲れ様ということで」


 準備が整ったところで、酒杯を掲げて音頭を取る。乾杯、という声とともに酒杯がぶつかり合い、最初の一口を飲んだ。戦利品のワインは僕が普段飲んでいるものよりよほど高級な味と香りだった。


「ふはぁ……」


 酒杯から口を離し、ため息ともつかない息を吐く。いくら高価な酒でも、憂鬱な気分は洗い流してはくれない。お疲れ様、などと言っても、僕の仕事はまだ始まったばかりなのだ。それを見たヴァルマが「エッロ」などと呟いて、ソニアにシバかれる。


「なかなか、難儀をされておられるようですね。軍議の方は、まとまりそうにありませんか」


「まぁ、なかなかね」


 僕は視線を宙にさ迷わせた。


「南部諸侯なんてひとくくりにされてても、みんな仲良しこよしってわけじゃあないからね。平時から、水面下ではいろいろやり合ってる連中なんだろう。外様で新参の僕がアレコレ言ったところで、響いてる感じはしないな」


 まあ、この辺りは敵方も同じだろうが。今回戦ったミュリン軍やジークルーン軍も、お世辞にも連携が取れているとは言い難い有様だった。とはいえ、和平交渉での挙動を見ているとイルメンガルド氏とジークルーン伯爵の関係はそこまで悪くはなさそうなんだがな。それであの調子なのだから、マジで諸侯間の関係がメチャクチャ悪いわが軍が実戦に突入したらどうなってしまうのか、不安を覚えずにはいられないね。


「アデライドも言っておりましたね。諸侯どもは煮ても焼いても食えない連中だから気を付けろ、と」


「言ってたねぇ」


 思わず苦笑しつつ、ワインを一口飲む。彼女の忠告は確かに正しかったが、やはり口で言われるのと実際に体験するのでは大違いだ。


「しかし、ここまでひどいとは思ってなかった。正直、この手の仕事はもう二度とやりたくないなぁ……」


 今後こんなふうに大規模な諸侯軍を組む機会があったとしても、その時は指揮官ではなくいち貴族としての立場で参加したいものである。指揮官だの、調整役だの、そんな役割ははっきり言ってもう御免だ。


「情けないことをおっしゃりますわね~」


 ところが、ヴァルマはそんな僕に辛辣な言葉をかけてくる。


「アルはそう遠くない未来に南部の盟主になりますのよ? はっきり言って、今後はこんな感じの仕事ばかりやることになりますわ~!」


「……いやなこと言うね」


 僕は思わず顔をしかめた。盟主、盟主ってなんだよ。いや、そういえばアデライドやカステヘルミなどもそんなことを言ってたような気はするが……。


「まぁ、アデライドは最初からそのつもりでしょうからね。避けられぬ話やもしれません。彼女がわざわざ自分からブロンダン家に降嫁したのは、南部での地盤を固めるという意味も大きいですし」


「確かにね」


 アデライドの実家、カスタニエ家は資金力と政治力には優れるものの、領地を持たぬ法衣貴族だけに土地に根付いた地盤を持ち合わせてはいない。そこでリースベン領と僕を利用し、領地持ちへの貴族へと脱皮する……それがカスタニエ家の計画だった。つまり、アデライドとくっつく限りは、今後も影響力の拡大運動に付き合う必要があるということだ。


「それに、王家の件もありますわ~。今の南部には、決定的な権勢を持つ"盟主"は存在しませんわ。ヴァロワ王家が崩壊した場合、高確率で南部は戦乱の時代に突入することになりますわ。それはアルの望む未来ではないと思いますけどね~? この南部の王にふさわしいのはただ一人、アルベール・ブロンダンですわ~!」


「物騒なこと言うんじゃないよ」


 思わず、周囲を確認してしまった。こんな発言を誰かに聞かれたら、大変なことになる。さいわいにも、ここは高級宿のスイートルーム。防音に関しては、しっかりしているはずだが……。


「今さらですわ、今さら。ここまで来て、王家が穏当に事を終わらせるはずがありませんわよ~? 先日も申しましたが、神聖帝国との戦争が終われば次は"わたくし様たち"ですのよ~? 喰われる前に喰っちまえ、ですわ~」


「……」


 そう言われると、僕は黙り込むしかなかった。たしかに、この頃の王室の挙動を見ていると随分きな臭い雰囲気はある。ガッツリ圧力をかけてくる王室特任外交官、立場に見合わぬ大役の押し付け……挙句の果てに、こちらの消耗を狙っているとしか思えない戦果拡大要求だ。状況証拠的には、正直かなり黒に近い感じはする。


「王家が自爆する分には、大変結構なことじゃありませんの。わたくし様から見れば好機ですわ~! 次にガレアの王冠を被るのはあの気取った優女ではなく、このわたくし様でしてよ~!」


 その危険極まりない発言に、僕とソニアは思わず顔を見合わせた。コイツ、本気で下克上を狙う気か……?


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